帰る場所
ポーラロード王国陥落後、国民に降伏を促すと抵抗をすることなく下った。
死体や瓦礫などの片付けがある為、ポーラロード王都の街を、七凪と鈴鹿とラグルドの三人で歩く。
「結構商業などで栄えてるって聞いてましたけど、皆さん痩せていらっしゃいますね」
七凪が言うと、ラグルドが周りを見回す。
確かにこの街には、痩せ細っている人しか居ない。
「ポーラロード王は結構肥えてたって事は、まあ、大体予想ができるな」
「税が重過ぎるって事ですか。それに、ここは商業国だから、農業が発展していないのもあるかもしれないですしね」
七凪が如何でしょうか? と言わんばかりに、鈴鹿の方を向く。
見られた鈴鹿は、微笑みを浮かべて頷く。
「王は十分過ぎるくらい食べ、民には多く残らないってことだな」
少し休むために脇道に入ると、先程の通りと、雰囲気が少し変わる。
殺伐とした空気が漂っており、常に誰かに狙われているような感覚がする。
「少し道を逸れただけで、こうも空気が悪くなるものなのでしょうか」
突然鈴鹿に抱き上げられ、先程までまで歩いていた大きな通りに運ばれる。
「ラグルド、七凪を少し頼むぞ。此処で待っててくれ。此処でだぞ」
鈴鹿が言い、身を翻して、再び小さな路地に入っていく。
「いきなりなんなんすかね、団長さんは」
ラグルドに有無を言わせる間も無く、鈴鹿は歩いて行く。
「行きましょう。理由も聞かずにただ待つなんて、負けた気がします」
七凪はラグルドの腕を掴み、鈴鹿が消えた路地に入る。
ラグルドは叱られるからと拒否したが、軽く脅すと、諦めたが、乗り気ではない様子で渋々付いてきた。
鈴鹿を探す為奥に進むと、強い異臭がした。
「うわっ、肉が腐ったみたいな匂いがするっすね」
ラグルドが涙目になりながら鼻をつまむ。
七凪は構わず道を右に曲がると、行き止まりの道の奥に、鈴鹿の姿を捉えた。
鈴鹿はこちらの存在に気付くと、大きな布で何かを隠し、歩いて来ると、ラグルドの胸倉を掴む。
「ラグルド、あそこで待っていろと言った筈だ。貴様だけなら構わんが、七凪を連れ……」
「やめてください鈴鹿。私が無理を言って連れて来てもらったのです。そもそも何も言わずに一人で行く方が問題です」
鈴鹿から解放されたラグルドは、地面に蹲って咳き込む。
「すまない、今回は私が悪かった。見たいのなら良いけど後悔するなよ」
鈴鹿は驚いた様な顔を見せたが、申し訳無さそうな顔になる。
落ち着いたラグルドと一緒に鈴鹿の後をついて行く。
道を進んで行くと、徐々に腐敗臭が強くなっていく。
「団長、まさかとは思いますけど」
突然ラグルドが立ち止まり、進むのを躊躇する。
「君の考えている通りの物があるだろうな、あの布の下には」
ラグルドが青ざめ、戻ろうと抗議し始める。
「ラグルドさん五月蝿いです。私にはこの国の現状を、この目で見る必要があるのです」
それを聞いたラグルドが大人しくなる。
鈴鹿は何も反応する事なく、平然と歩く。
「やっぱり凛の妹だな、情けないぞラグ」
「あー、分かりましたよ。見りゃいいんすよね見りゃ」
ラグルドが吹っ切れ、布をめくる。
布の下を見たラグルドが慌てて布を被せ、顔を赤面させて走ってきた。
「ちょっと待ってください! 聞いて無いですけど!」
「いや、言ってないが。予想は出来てたんだろ?」
鈴鹿は悪戯が成功した子供の様に笑う。
そのやりとりを傍に、七凪が布を取ると腐敗臭がきつくなる。
「なるほど。でもどちらにしろ死んでますよね」
布の下には、殆ど衣服の着ていない若い女性の死体があった。
七凪は布を被せて手を合わせる。
「ああ、残念ながら死んでしまっている。食料の取り合いで襲われたんだろうな。爪に何かの果肉が付いている」
鈴鹿とラグルドも、隣で手を合わせる。
「じゃあ担いで行ってください、ラグルドさん」
「え、担ぐって、何処に持ってくつもりですか帝」
明らかに嫌がる素振りを見せるが、ラグルドは女性を巻いた布を担ぐ。
ラグルドを置いて、先に鈴鹿と大通りに向かって歩く。
大通りに出ると、先程より騒がしくなっていた。
「何があったんすかね」
最初会った時より、口調が軽くなっているが、気にしないことにしておく。
「ちょっと聞いてみるか」
鈴鹿が言い、四人で話しをしていた女性たちの輪に入ると、少し話しをしてから戻って来た。
「どうだったの?」
少し難しい顔をしていたので、不安になりながらも、鈴鹿に話の内容を聞く。
「ポーラロードの貴族の一部が、今になって抵抗を始めた。数はそれ程多くないが、城下は確実に戦場になる。ラグと七凪はすぐに王城に戻れ」
鈴鹿が近くの鍛冶屋の職人にわ剣を借りて戻ってくる。
「団長一人で大丈夫なんですか?一度全員で戻って騎士団を出撃させてからでも遅くはないと……」
「それでは間に合わん! 狂った貴族は何をするか分からん。国民と街に被害が出る。私たちが街の修復を手伝って、やっと国民の心が開いたのに、平和を望む国民がまた心を閉ざしてしまうだろ」
鈴鹿は言い、走り出そうとする。
「私も行く!」
七凪が鈴鹿の服を掴んで引き止める。
「駄目だ危険過ぎる。いくら一貴族とは言え、百人は私兵を持っている」
「一緒に戦う!」
七凪が言うと鈴鹿は溜息を吐き、目を瞑る。
「ごめんな七凪。ラグ」
鈴鹿はラグルドと頷き合うと、突然体が浮く。七凪はラグルドに抱えられ、鈴鹿と反対の方向に連れて行かれる。
「離してラグルド! 今すぐ引き返して! 鈴鹿を助けに行きなさい! ラグルド!」
ラグルドの腕を叩いて暴れるが、腕が外れる気配は無く、どんどん鈴鹿が遠くなっていく。
「すみません帝。今回ばかりは命令を聞けません」
鈴鹿はこちらの姿が見えなくなるまで、ずっとこちらを見ていた。
「鈴鹿! 嫌、私も行く! 鈴鹿……すず……か」
声は鈴鹿に届かず、虚しく地面に落ちる。
「帝」
突然ラグルドに呼ばれる。
「何よ、不忠者」
ラグルドは困った様に、少し笑いながら言う。
「騎士長なら大丈夫っすよ。王城に戻ったら直ぐに助けに行きゃいいんすよ。あの人なら、百人や二百人居たって勝てる気がするっすから」
話が終わる頃には、ラグルドの顔に困ったような笑みは無く、唯強い上官を信頼する騎士の顔になっていた。
「ならもっと速く走りなさいよ不忠者」
ラグルドの腕を抓って捻る。
「痛いっすよ帝。あとその呼び方やめてもらっていいっすか。一応帝の為に命を……」
「口を動かす余裕があるなら足を動かして不忠者」
抓る力を強くし、更に強く捻ると、走る速度が少し速くなった。
王城に到着し、大至急城内の小隊に召集をかける。
「ラグルド、その女性には悪いけど、鈴鹿を助けに行った後で埋葬しに行くわ」
ラグルドは女性を椅子に座らせる。
「ラグルド早く馬と剣。鎧は要らないから城門前に急いで」
城門前に行くと、予め召集しておいた街の復興をしている小隊以外の全小隊が、列となって集まっていた。
「帝、城に駐屯している全四十八小隊、召集完了いたしました」
一人の騎士が膝をつき、低頭しながら報告する。
「ありがと、あなたの名前は?」
「私はラグルドの兄、シグルドです」
騎士から意外な名前が出てきて、少し驚いていると後ろからラグルドの声が聞こえてくる。
「帝、剣と馬お持ちしました……って兄さん!?」
ラグルドから剣を受け取り馬に乗る。
「ラグルド、帝に迷惑掛けていないか?」
「兄さん、こんなところでそんな話しなくても。それにもう心配されるほどの年齢でもないよ」
シグルド兄弟が話しているのを背中で、聞き人数を計算する。
「こんな急な召集で千四百四十人も集まったなんて意外ですね。城も中隊が駐屯しているので安心ですし」
連れて来た大隊は、全員街の復興をさせている為、城に残るのは八十二の中隊が残る事になる。
「帝、出撃準備が整いました。ラグルドには先に城下町に行ってもらい、今回の掃討の為に通る道の、人払いをしてもらっております」
シグルドが隣に馬を並べて報告する。
「流石ね、仕事が早くて助かるわ」
出撃の合図と同時に、馬をだす。
鈴鹿と復興支援をしていた一つの小隊が交戦している場所に、全速力で馬を飛ばす。
「鈴鹿と一緒に戦ってくれている小隊の数はどれくらいなの?」
少し後ろを走っていたシグルドが横に来る。
「比較的被害の少ない地区でしたので、規模の少ない出来たばかりの小隊を向かわせましたので、新米兵約十八名です」
約百人を相手に、新米兵十八人で戦っていると聞き、更に不安が積もり、目に涙が滲んでくる。
「もっと速く、もっともっと速く走りなさい!」
「帝、もう少しですので、少々落ち着いてください」
戻って来たラグルドの言葉で、気を取り直し、深呼吸をして落ち着く。
「総員戦闘用意! 騎士長鈴鹿と小隊全員を救出!」
七凪が剣を掲げ、騎士たちを鼓舞すると、それに応えるように、騎士が雄叫びや咆哮を上げる。
「見えました! ポーラロードの貴族兵です」
シグルドが叫び、槍を構えて小隊の騎士と前に出る。
「鈴鹿たちはどこ?」
どれだけ探しても、貴族兵しか見当たらない。
四百人をシグルドとラグルドに任せ、三百四十人を鈴鹿捜索に回す。
「帝、逃げてきた街人が、城門前通りの住宅前で国民を避難させながら戦っている、若い女性が居るとのことです」
その報告を聞いた瞬間、五百人を率いて城門前に向けて馬を走らせる。
「お待ちください帝!」
一人で飛び出した為、単騎駆けの形になる。
それを見た各小隊が、後ろから急いで追いかけて来る。
死なせるものかと心の中で叫びながら、溢れそうになる涙を何度も拭う。
「ケラサスはアルセラを城門に避難させろ! アルミタはもう少しだけ持ちこたえてくれ! 私の方が片付き次第援護する!」
城門前の少し広い道辺りから、鈴鹿の声が聞こえた。
道を曲がると、貴族兵とストレント帝国の軍服を着た若い兵士が、交戦していた。
「突撃!」
手短に命令を飛ばし、単騎で貴族兵の背後から突っ込み、陣を突き崩す。
貴族兵を三人吹き飛ばすと、遅れていた小隊の先頭が続いて突っ込む。
「帝に指一本触れさせるな!」
次々と到着する小隊の波状突撃により、貴族兵は混乱し、陣形を維持できない状態になる。
「逃げ出した者は、一人残らず捕らえてください」
全ての道を塞がせ、誰一人出ることも入ることも出来なくなる。
逃げ場の無くなった貴族兵は、一つの道に追い詰められる。
捕らえた者を武装解除させ、全員を拘束する。
「どうする気なんだ」
ボロボロになった鈴鹿が、負傷した左腕の傷を抑えて、貴族兵の前によろよろと立つ。
七凪は馬から下り、何も答えず、唯微笑みかけ、鈴鹿の横を通り過ぎ、拘束されている貴族兵の前に立つ。
「貴方たちの仲間に犠牲者は出ませんでした。理由は、貴方たちが殺そうとしていた敵の命令でです。しかし貴方たちの敵には、つまり、私たちの兵士には多くのの犠牲者が出ました」
突然の事に、ストレントの騎士と貴族兵が騒々しくなる。
「私たちは、貴方たちを捕虜にしたり、殺したりはしません」
七凪が手を上げ合図を出すと、ストレント騎士団の兵士が、貴族兵を縛っていた縄を一斉に切る。
「二日後、全国民を集めてこの国処分を下します。その時は貴方たちもいらしてくださいね」
七凪が言うと、貴族兵は感謝の言葉を述べ、様々な顔を見せて帰っていった。
貴族兵の後ろ姿を見送り、鈴鹿に手招きをする。
それに気付いた鈴鹿が前に来る。
パンッ!
七凪が鈴鹿の右の頬を張り飛ばすと、鈴鹿は踏み止まることなく倒れる。
倒れた鈴鹿こ前でしゃがみ込み、顔を覗き込むと、鈴鹿は笑っていた。
「私は今、七凪に殴られてほっとしたよ。生きて帰ってきたって。七凪に触れられて気が抜けたみたいだ。すまないな」
そう言いまた笑う。次は子供みたいな、無邪気な笑顔を浮かべる。
「まったく……だらしないですよ。立てます?」
七凪が手を差し出すと、鈴鹿はその手を取り、勢い良く引き寄せる。
突然のことで七凪は受身を取る事が出来ず、鈴鹿の上に倒れ込む形になる。
「敬語もそろそろやめろって。他人みたいで悲しいぞ」
「分かった。努力する」
言うと、鈴鹿が強く抱きしめてくる。
「あー、帰ってきた」
「もう……おかえりなさい」
そろそろ恥ずかしくなってきたので、立ち上がろうとするが、鈴鹿が、より強く抱きしめる。
「もう少しだけこのまま」
「恥ずかしいから……続きは帰ってから」
鈴鹿は納得がいかないという顔で、七凪を離す。
鈴鹿と一緒に馬に乗り、全軍が合流してから王城に帰投する。
「全軍帰投!」
「はっ!」
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