殲滅戦

「この書類をエルトに頼む」


初陣後、迎撃戦の後始末を一任されたアルカナは、閉じてしまいそうな目をなんとか開け、書類と対峙している。


迎撃戦から四日後、タリア砦に駐屯している時、散り散りになった北タリアス国の兵士が、タリア砦の近くで、再集結しつつあるという報告を受けたエルトに呼ばれているのを思い出して、勢いよく椅子から立ち上がる。


「暫く書類を頼むぞ秋奈」


机に置いてある上着を持ち、鏡の前で身なりを整えてから剣を腰に掛ける。


「何処に行く気なの?」


作業の手を止めず、秋奈はアルカナに問う。


「エルトに呼ばれてたのを忘れてたから、今から行ってくる」


一応上官なので、しっかりと正装をすることにした。


剣を机に置いて、髪を整え、ネクタイを締める。


「ネクタイ綺麗に出来てるか?」


振り返って秋奈に聞くと、作業の手を止めて出来を確認してくれた。


「まあ悪くないんじゃない?」


言うと、秋奈は直ぐに書類へと目を落とす。


「じゃあよろしく頼む」


鼻返事を背中で聞き、ドアノブに手を掛けると袖を摘まれた。


「本当に抜けてるわね、こんなんでよく当主が務まってるわね。忘れもの、あと……いってらっしゃい」


いつの間にか、秋奈はすぐ後ろまで来ており剣を持っている。


「ありがと。世話をかけてしまうな。いってきます」


秋奈に手を振ると、手を振り返して見送ってくれる。


廊下を歩いていると、初めてティエオラに謁見した時、エルトに後で私の部屋に来てほしいと言われていたのを思い出す。


北タリアスの侵攻もあったので、エルトの下に行くのを、すっかり忘れていた。


「今回のはそれも含めたものかな?」


一人呟くと、すれ違った騎士が、こちらを見て、暫くしてからまた歩き出す。


『そうやったら楽なんやけどなあ。あとさっきの騎士、話し掛けられたと思っとったみたいやねえ』


自分にしか聞こえない声が、脳内に響く。


「仕方がないだろ。喋らないと、こっちの声はお前には届かないんだから」


再び喋ると、今度は廊下に立っていた騎士が、不可解そうな顔でこちらを見る。


『頭の中で考えるだけでは何も伝わらへんのやから、仕方がないやないの』


相変わらずやる気のない声で、斑鳩が返答する。


「今から静かに」


エルトの部屋のドアを、中指の裏で軽く二回ノックする。


「失礼します」


ドアを押して入室すると、窓の前に立ち、外を眺めていたエルトが、こちらに振り返る。


「やっと来てくれたようだな、アルカナ」


エルトは椅子を出すと、机の前に置いて、座るように促す。


「いや、急いでるので結構です。北タリアス残党の殲滅命令でしょう。ならば……」


「まあ待てアルカナ。確かに今回はその件で呼んだのだが……」


「その件なら私じゃなくても務まるのではないのでしょうか? こっちはあんたから押し付けられた書類などで忙しいのだが」


名家の当主をしていたということで、書類仕事は手慣れているだろうと言う理由で、被害状況の整理、兵の損耗、今後の対策や、その他色々と仕事を押し付けられ、秋奈とアルカナは、三日も寝ていない状態で北タリアス残党兵の殲滅命令。


ブラック騎士団にも程があると、すごく文句が言いたくなる。


「だがな、君以外に適任者が居ないのだ」


エルトは再び自分の椅子にストンと座り、こちらに背を向け外を見る。


外を見ているだけならあんたがすれば良いじゃないか、と思うが、その言葉は心の中に留めておく。


「副騎士団長では駄目なのでしょうか?」


「ああ、あれは君に圧倒的に打ちのめされた後、修行とか言って、ティエオラ王に許可を貰って城を出て行ったよ。戻るのは三日後になるだろうな」


エルトは椅子から立ち上がり、アルカナの前に移動し、両手で肩を掴んでから頷く。


「あんたがやれ。見るからに暇そうだろ」


流石に腹がたったので、今まで抑えていた心の声が漏れる。が、エルトは特に怒る様子もなく、また自分の椅子に座る。


「今、私が王都を離れれば、この国はどうなると思う?」


エルトはこちらを向き、机に両手をつき、前のめりになり、机に体を預ける。


「今あんたが離れたら、王都の最大戦力が不在となり、王都の守りが手薄になるのは分かってる。だがこれは言わせろ、それなら書類はあんたがしろ」


「アルカナ、私は君の上官だぞ? そんな口の利き方良いのかなー?」


挑発する様な顔で、頬を指で撫でられる。


「失礼しました」


これ以上居ると剣を抜きそうなので、足早に部屋を出て自室に戻る。


自室の前に到着し、ドアを押して部屋に入ると、相変わらず秋奈が書類と戦っていた。


「秋奈、書類を全て運ぶから、ちょっと手伝ってくれ」


完成した書類を除き、未完の書類を全て積み重ねる。


「ちょっと、何処に運ぶ気なの?」


丁度秋奈が完成させた書類を取り上げ、処理済み書類の束に移動させる。


「今から北タリアス兵残党を殲滅しに行くから、何もせずに黄昏ているエルトに書類を押し付ける」


積み上げた書類の大半を持ち、持ちきれない書類は秋奈に任せ、書類が重いため、よろよろと部屋を出る。


秋奈は状況に付いて行けず、されるがまま少量の書類を持って後ろを付いてくる。


エルトの部屋のドアを開け、机まで一直線に歩いて行き、書類の山を机の上に置く。


「お、おい、何だこれは……多くないか?」


エルトが苦笑して引きつった顔になる。


「これでも減った方だ。なあ秋奈」


後ろに立っている秋奈の方を見て、援護射撃の要請を送る。


「そうね、二人で五日不眠でもこの量だから。頑張ってね」


「五日二人が不眠で頑張ってもこの量って」


エルトが大量の書類を前に戦意喪失し、早くも机に突っ伏している。


「じゃあのんびり殲滅してくるから、書類よろしくなエルト」


「殲滅戦の後始末でまた書類が増えると思うけど、まあ頑張ってね。騎士団長さん」


出来るだけ嫌味っぽく言ってから部屋を出て、急いで自室に戻り、服を脱ぎ捨てる。正装をして行った事を後悔しながら、軍服を用意する。


「秋奈、指揮だけでも一応剣は持ってろよ」


「使えないのに持ってても意味がないんじゃない?」


「いざとなったら使うんだよ」


着替えを済ませて部屋を出る。


「部隊は?」


「志願する兵を二百程連れて行く。ただでさえ少ないのに、ティエオラは二百も割いてくれるそうだ」


今この国の兵士は約千百人。対して北タリアスは約八千七百人。


今回の殲滅戦はその中の約五百人の北タリアス兵が殲滅対象になっている。


今回の作戦が成功すれば、南タリアスにとっては、かなりの戦果になる。


「ぱっと出の一騎士に、二百も付いてきてくれるかだけどね、問題は」


確かに軍に入ったばかりの新参者に、誰も付いてきてくれそうにはない。


「最悪二人でか?」


「私は武術を心得てないから、実質一人になるわよ」


一人で五百人は流石に無理がある。


誰もが付いてきてくれるような要素を探す。


「クラウスはどうしたんだ」


迎撃戦の時、秋奈の配下になった少年を思い出す。


「避難した家族に会いに行ったわ。二日あっちで宿泊してきて良いって王から言われたって、喜んで家族の下に出て行ったわ」


絶賛戦争中だと言うのに、誰かさんに圧倒されたからと言って修行に行く戦闘バカやら、王が良いと言ったから家族の元に帰る頭の緩い若者やら、本当に中身は平和な軍だと思う。


「まあ、エルトに命令されたんだしらエルトの名前使えば良いか」


「ここで待ってるから、出来るだけ刺激しない様にね、二百以上集まったら収集つかなくなるからね。分かってる?」


「あの時の様にはしないって」


兵士棟に入り、階段を二つ上がる。


司令室と札の掛かっている部屋のドアを開ける、中には五人の騎士が大きな机を囲んで、地図を睨んでいる。


雑に挨拶を済ませ、部屋の隅にある伝声管を借りる。


「只今から騎士団長命令の下、北タリアス兵殲滅戦に志願する者を二百名募集する。日没の前には出撃する予定だ。志願する二百名は城門前にて待機」


これで集まるかは不安だが、とりあえずそれだけ言って兵士棟を出る。


外で待っていた秋奈は、此方の姿を確認するなり、笑顔で走り寄って来る。


「随分と遅かったわね、待ちくたびれたわ」


「二分も経ってないだろ。まあ……待たせたな」


秋奈の顔を見ると、確かに笑顔だが、笑顔の下には不安で一杯と言う表情が隠れている様な気がした。


その表情から逃げる様に、秋奈の手を引いて馬小屋に寄る。


馬の世話係をしている騎士に、馬を二頭借りる。


「馬には乗れるだろ秋奈」


「一応はね」


迎撃戦と同様に、鎧は着けずに城門前に向かう。


秋奈が先程は掛けていなかった細剣を、肩からかけ、アルカナの横を並走する。


「その剣、いつの間に持ってたんだ? 武器庫には無い物だが」


「武器庫に無いのは、この剣はクラウスが買ってくれた剣だからよ」


「それは私からも礼をしないとだな」


太陽の位置を確認してから会話を切り、馬を少し飛ばして、日の入り前に、城門前に到着する。


目測でも、百五十人は城門前に集まっていた。


「まあ、これでも集まった方かな」


アルカナが集まった騎士の前に立ち、少し高い台に乗る。


「此度の殲滅戦の指揮を執る事になったアルカナだ。集まってくれた事、非常に嬉しく思う。今回の殲滅戦を機に、南タリアスの反撃としたい。南タリアスの誇りを見せてやろう」


「おーー‼︎」「反撃だー‼︎」「南タリアスの誇りをー‼︎」


全員が雄叫びや意気込みを叫び、一気に士気が高まる。全身にビリビリとした衝撃が走り気が高まる。


「出撃時刻になったわ」


太陽の位置を見ながら、秋奈が馬に乗る。


「分かった、南タリアス殲滅部隊。出撃!」


王城と城下町を繋ぐ橋の上を、統率の取れた隊列が、原速で進む。


城下町に差し掛かると、国民が両脇に避け、膝をついて低頭する。


「途中で物部の偵察小隊が合流するらしいわ」


聖家の中で鈴鹿に次ぐ実力者で、出会った直後、北タリアスの第二次攻撃隊が、いつ来るかなどを調べる任についていたが、再侵攻する日が分かったので、殲滅戦に協力してくれることになったらしい。


「それは助かるんだけど、物部の疲労が心配だな」


「大丈夫よ、聖家に仕える者が、一週間睡眠無しで動けなくてどうするのって話よ」


「戦闘と書類仕事は別だ。そして、今だから休むのも大切なんじゃないのか?」


偵察隊との合流地点で進行を止め、馬を休ませる。


突如山の方からじとっとしたぬるい風が吹く。


山には黒い雲がかかっており、雲が低い位置にある。


「物部が来たみたいよ」


遠くから物部を含め九人が、馬でこちらに向かって来ている。


「全軍騎乗! 原速で目的地に向かう。物部が合流後強速で進み、迎撃準備が整う前に敵を叩く!」


「冬、こっちの数は物部たちが合流して百五十九騎。数は敵の半分にも満たない。厳しい戦いになると思うけど、私の策で、南タリアスを勝たせてみせるわ」


「ああ、信じてるぞ。秋奈に兵を百人付ける。物部と私は、それぞれ残りを半分にして敵を叩く」


秋奈と策を講じていると、左側に馬が並ぶ。


「久しぶりだな」


声の主を見ると、長い黒髪をなびかせた、凛凪が居た。


「偵察任務から休み無しで悪いな凛凪。早速で悪いが、三十騎付けるから、北タリアスの残党兵ざんとうへいが潜ひそんでいる森が見えたら二手に分かれてくれ、凛凪は東から頼む、敵を見つけ次第狼煙を上げてくれ」


予め分けておいた中隊に、命令を飛ばす。


「分かった、三十人、必ず無事に返してみせる」


「そろそろ準備した方が良いんじゃない?」


秋奈が言うと、前方に大きな森が見えてくる。


「第一中隊、第二中隊散開! 秋奈率いる百騎はこの平原に陣を張れ! 本陣から上がる狼煙の色で作戦を伝える、作戦は出陣前に伝えた通り!」


秋奈と凛凪と頷き合いそれを合図に散開する。


秋奈はゆっくりと速度を落として停止する。


凛凪は大きく速度を上げて、東から森に入る。


それを横目で確認し、自ら率いる隊も森に入る。


「斑鳩、やはり秋奈を残してこなかった方が良かったかな」


誰も聞こえる距離に居ないのを確認し、斑鳩に話しかける。


『もう散開したったんやで、後悔しても遅いやろ。後悔する様な策なら最初から考えるなや』


「敵が森から逃げた時、食い止めるのが本隊の役目だが、百で耐えられるかどうか」


『自分の策に自信も持てへんのに、策を実行するなんて言語道断や。聖家の当主としてこの策は必ず成功する。ってくらいの自信くらい持てばええのに、どんだけネガティブなんや、もっと楽観的に考えればええんや』


斑鳩から溜息混じりの説教を受ける。


「秋奈は戦場に出したくなかった。出来れば手を汚さずに終わってほしいな」


出撃命令書に、秋奈の名前があったのを見た時、命令書に対して反対したが、受け入れられなかったのを思い出す。


『それは同意見やけど、しゃーないやろ命令なんやし。凛凪だけに任して、本隊の前に陣取るか?』


「いや、これだけの数で抑えられるとは思えない」


『なら分かるやろ? どうすればええか。どうするべきか』


「全力で俺が叩き潰す。敵が本隊に辿り着く前に、全てを捻り潰す」


気の焦りから、かなり早いスピードで、森の木を避けながら進む。


『生まれ落ちた災惡の力見せたり』


「やめよそれ、恥ずかしい」


『なんでやの、あんたが動いたって報告が警察に入ったら、国がたった一人の殺し屋の為に、軍まで動かす程恐れられてたんやで? それが何で今ではこんなに自信が無いんやろか」

「やめろ、黒歴史を掘り返すな……静かに」


左手を上げ停止の合図を出す。


前方に赤い物体が動いている。


「見つけたな、少し様子見しようか」


馬を下り、木の陰に隠れながら近付く。


木の陰から顔を覗かせると、そこには、森の中とは思えない程の、広い楕円の平地が広がっていた。


『森の中やのに、ここだけ木が無いか。これは困ったもんやねえ、奇襲もできへんわ』


そう言いながらも、斑鳩は、楽しそうに笑っている。


「数が本当に多いな、ここに長居する気もないだろうし、大体集まったら国に帰るだろうな」


敵の数は、迎撃戦後、各地に散らばった五百人に、殆ど近い数まで集まっていた。


『向かいで狼煙が上がったぞ。赤やで突撃するって意味やな』


空を見上げると、確かに赤色の狼煙が上がっていた。


「やばい、俺らもこうなれば突っ込むぞ」


急いで馬に乗り、突撃の合図を送る。


迎撃準備をしていなかった敵は、大いに混乱し、秋奈が指揮を執る本隊の方角に向かって逃げ惑う。


「このまま追撃! お前たちは凛凪の部隊と連携して敵を後ろから突け!」


「はっ!」


指示だけを飛ばし、隊を離れて一人で森に入る。


『どこ行く気なんや、自分の隊を離れて、一体何のつもりや』


先程より、声のトーンを低くして、斑鳩が問い掛けてくる。


「敵の横をある程度並走してから、横から敵を突く」


短く斑鳩に返答し、腰の剣を抜く。


敵の横腹に追い付き、一番近くの兵士を標的にする。


「ふっ」


右後ろから騎士の首を突き、そのまま首を跳ね飛ばす。


左手で太ももに付けていたナイフを抜き、前を走っている馬の足目掛けて投げる。ナイフが刺さり転倒した馬から兵が投げ出される。


馬から投げ出された兵士に躓き、後ろを走っていた兵士が、次々に転倒する。


『そろそろ森から出るぞ、下手すりゃ押し返されるぞ』


目を凝らして見ると、木々の間に平原が見える。


「大丈夫だ、秋奈が居る。意地でも通さないだろ」


森を抜け、秋奈が陣を張っている予定の場所を確認すると、そこには南タリアス兵と、北タリアス兵が衝突していた。


「如何言う事だ! なぜ北タリアスの騎士団が!」


約千騎程の北タリアス兵に、秋奈の本隊が飲み込まれている。


「秋奈!」


馬を最大速度で走らせ、本隊に急いで向かう。


南タリアス兵に守られる様に、中心に秋奈が見えた。


「森に撤退だ! 完全に囲まれる前に逃げろ!」


まだ北タリアス兵が、秋奈隊を包囲しきれていない穴から、秋奈を中心にして、一斉に本隊の兵が、森に向かって駆け出す。


秋奈とすれ違い、約千騎の敵に突っ込む。


「どうする斑鳩! 挟撃するつもりが、逆に報告に無かった筈の北タリアスの兵に挟撃されたぞ!」


北タリアス国は、タリア砦攻めの際、散り散りになった味方が帰還するまでは、侵攻しないと予測していた。


だが、あちらから散り散りになった味方を迎えに来ると言う、予想だにしない、最悪の形となった。


『取り敢えず! 森に逃げてる本隊が完全に森に入るまで、あんたは時間を稼がなあかん! ここは取り敢えず耐えることや!』


時間を稼ぐ為に、敵に突っ込んだは良いが、瞬く間に敵に囲まれ、全方向から攻撃が来る。


今は、何とか流したり防いだりしているが、圧倒的な数の差に反撃が出来ず、こちらが力尽きるのが先なのは、容易く予測できた。


「くっ……そ、がぁぁあぁぁ!」


気合いを入れる為に叫ぶと、周りの敵が、浮き足立つ。


『まあそうなるわな。これだけの攻撃を捌き続けとる化け物が叫ぶんや、そら怖いわなぁ」


その一瞬を見逃さずに、目の前に居る敵を斬る。


斬った敵を蹴り飛ばし、その後ろの兵にぶつける。


戸惑った敵の足下に滑り込み、その場から離脱する。


「このまま俺が全力で走っても、森に入る前に、敵に追い付かれてまた囲まれると思うか?」


全力で森に向かって走っていると、前方から森の北タリアス兵を追撃していた凛凪の部隊が来る。


凛凪隊に追われている北タリアス兵と、アルカナを追いかけている北タリアス兵の先頭が、どちらも困惑した顔をしている。が、アルカナを追いかけている北タリアス兵が、「南タリアス兵の変装だ」と叫ぶ。


『斑鳩、このまま凛凪に撤退命令出すんや』


「森に撤退だ凛凪‼︎」


撤退の指示を出しながら、凛凪が追いかけて来た北タリアスを、すれ違いざまに、何人か斬る。


それを聞いた凛凪は左手を上げて、了解の意を示す。


追撃していた凛凪の部隊は、踵を返し、森に駆け出す。


アルカナが馬に乗っていないのを見て、待ってくれていた凛凪に拾ってもらい、馬の後ろに乗せてもらう。


「どうしたんだ斑鳩」


凛凪は、命令には従ったが、理解できていないという顔をしている。


「後ろ見てみろ」


アルカナが指差す方向を見ると、北タリアス兵同士が戦っている。


「おお!? 何だあれは。滑稽だな」


ますます訳が分からなくなった凛凪は、後ろを見たまま固まっている。


「凛凪が追撃していた五百の事を、五百と合流しに来た約千の北タリアス兵が、変装した南タリアス兵だと勘違いして戦ってるんだよ」


自分の推測を整理し、出来るだけ簡潔に話す。


「敵を挟撃しようとしていたが、逆に挟撃された。が、今回は運が良かったってことか」


「まあそうなるな」


背後で争っている北タリアス兵を一瞥し、森の中に入り、本隊と合流を目指す。


ーーーーーーーー


楕円に広がる平地で秋奈の部隊と合流し、陣を張っていた本隊の作戦本部に入り、状況を報告し合う。


「偵察に出た騎士が、背後から北タリアスが迫って来ていると報告を受けて……其方の対応に追われて……ごめんなさい」


軍議が始まり、第一声が秋奈の謝罪だった。


「やめろ秋奈、お前な何も悪くない」


凛凪はそう言い、秋奈の頭を優しく撫でる。


「すまない、私の読みの浅さ故の敗北だ。お前たちに責は無い。指揮官である私の責任だ」


自分の無力さに怒りが抑えきれなくなり、太ももに拳を叩きつける。


「やめよう、そういう誰が悪いとか。軍ってのは連帯責任だろ?」


凛凪が言う。


『確かに話も進まへんしな。自分を責める会は後でや』


斑鳩が共感し喋るが、勿論周りには聞こえない。


「すまない、始めよう」


アルカナの言葉を受け、最初に秋奈が立ち上がり、報告を始める。


「私たち本隊は、後方から敵が来ると言う報告を聞き、急いで陣を払って森に向かったわ。かなり接近されていたらしく、驚異的な進行スピードで追いつかれ、包囲されかけたけど、丁度冬が来てくれて、何とか切り抜けたわ。その際、死者を二十六名出してしまったわ。以上」


秋奈が座ると、入れ替わる様に、凛凪が立ち上がる。


「私は、斑鳩隊の二十九騎、私の隊の三十騎、計五十九騎、全員帰還。以上」


現在の兵は百三十三人となり、とてもじゃないが、今回の北タリアス騎士団を突破出来る数じゃない。


「今回の殲滅戦、何人返してやれるか分からない。だが、一人でも多く返せるように尽力する。私は常に最前線に立つ。異論は無いな秋奈、凛凪も」


アルカナが二人に問いかけると、秋奈が手を上げる。


「異論あり、大将が一番前に出るのは得策と言えないわ。今回は圧倒的に数が違い過ぎるのよ? 死ぬリスクが一番高いのは最前線なのよ?」


「最前線に立つことで、兵たちを鼓舞する」


「失礼します」


話の途中で、騎士が駆け寄って来て、膝をついてから低頭する。


「どうしたんだ?」


「北タリアス兵が相討ちを止め、合流して平原に陣を張りました」


「そうか……ありがとう」


騎士は一礼し、天幕から去っていった。


「早いな、気付くのが」


「まあ、予想は出来ていたことよ」


「暗くて視界が悪いのに、良くこんなにも早く相討ちを止められたな」


凛凪が北タリアスの統率力の高さに、賞賛する。


「では再開する、恐らく今日衝突する事は無いだろう。流石に暗い森に攻めようなんて言う馬鹿は居ないはずだ」


「それは同意見だ」


凛凪が頷く。


「そうね、馬鹿が居たら困るけどね」


秋奈が苦笑しながら言う。


「そう言う馬鹿が居ても、指揮官が却下するだろ」


暫く話し合いは続き、夜も遅くなってきたので、今日は解散する。


アルカナは、一人陣を離れ、木の上に登り、静かな空を見ている。


『なあクソ当主』


「呼び方を直してくれないかな」


『この場を打開する方法……もう分かっとるやろ』


「ん?」


『私に言わせんといてや」


此処を切り抜ける打開策と斑鳩は言うが、何の事かさっぱり分からない。


「打開策なんて、私が突っ込めば良いだけだろ?」


『まあ、まだ早いか、寝よ寝よ」


それから全く斑鳩が喋らなくなったので、アルカナも眠る事にした。

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