アリアセイクリッド
「どうして通行許可が出ないの!」
都子は国境警備の兵士を睨み、詰め寄る。
「剣龍国から来たものは通せんと、上が仰っておるのだ」
睨み付けられる兵士は、困った様子で言う。
「冗談じゃないわ急いでるの。そもそもどうして通せないの? 理由は何?」
都子は更に兵士に詰め寄る。
「り、理由は知らんが通行許可が下りんのだ。他の国を通って行きなさい」
兵士はそう言い、持ち場に戻る。
「都子様……やっぱり他の国を通って行きましょう」
アルマは眠た気な顔をして目を擦る。
「嫌よ。時間も掛かるし、何よりも面倒だわ」
アルマからフユを受け取る。
「フユの体に触るし、この時間じゃ夜通し歩いてもこの国から出られないし」
国境に来る途中、色々な景色を見てはしゃいでいたが、はしゃぎ疲れたのだろう、寝てしまったフユの顔を見て、深い溜息を吐く。
「通れないのですから仕方がないですよ」
アルマが言い、背中の荷物を背負い直す。
「待ちなさい、もう一度あの警備兵に交渉してくるわ」
都子は再びフユをアルマに預け、国境警備の門に向かう。
「そこの人。この国に入国したいんだけど」
都子は先程とは違う兵士に話しかける。
「は、はい。確かめて参ります。その前に身分確認を致します」
夜遅くの来客で、兵士は少し驚いたような反応をするが、それだけを言い、小走りで奥に消えていった。
暫くすると、先程の兵士が戻ってきた。
「申し訳ありませんが国王から入国許可が下りませんでした」
兵士は入国希望書と書かれた紙をを開けて、拒否と書かれている場所を指差す。
「何で入国できないの?」
変わらない結果に、都子が不機嫌オーラ全開で問う。
「はい、御説明させて頂きますと、近頃、商人を名乗る賊を多く入れてしまい、この国は甚大な損害を被ったので、一時的に入国規制をさせていただく形になっているとの事です」
兵士はこの国の内情を丁寧に説明する。
「私たちはその賊を追い出しに来た者なんだけど」
ギルドの依頼書の裏を見せ、適当な理由を付け、もう一度入交渉する。
「では、しばらくお待ちください」
そう言い、再び消えて行く。
「本当に面倒だわ」
隣まで来ていたアルマに、都子が愚痴を溢す。
「仕方がないですよ。賊が入って来たのなら、国民を守る為に警戒をするのも当然ですし」
アルマは、フユの頭をを撫でながら言う。
「どこをどう見たら私たちが賊に見えるの?」
都子は、アルマの剣を剥ぎ取り、剣を肩から下げて、兵士が帰ってくるのを門の前で待つ。
「都子様、そんなに目の前で剣を持っていたら、帰って警戒心をを強めるのではないのでしょうか?」
フユが目を覚ましたらしく、アルマと手を繋いで近付いて来る。
「通してもらえなかったら切り捨てるまでよ」
門に背を向け、寄り掛かる。
「それは本当にやめてください都子様。国を敵に回すだなんて、私は絶対に嫌です」
アルマがフユの手を動かし、身振り手振りさせ腹話術をしている。
「殴るわよ」
出来るだけ、今出来る最大限の冷ややかな目でアルマを見る。
「はい……ごめんなさい」
アルマがフユの手を解放する。
「君、此方に来なさい」
先ほどとは雰囲気の違う兵士が、門の横に有る、小さな扉からこちらを呼んでいる。
「それで、入れるの? 入れないの?」
身長が高い兵士だったので、自然と都子が見上げる形になる。
「許可は出たが真っ先に賊の討伐をしてもらう。最も貴様ら如き、女に期待はしていないがな。それと、不審な動きをせぬ様に、見張りも付ける」
兵士は命令口調で悪態を吐く。
「賊も殲滅できない騎士団に、何の意味があるの? 情けないわね」
都子が嘲笑しながら兵士に吐き捨てる。
「貴様、我々を侮辱するか!」
その言葉に対し、兵士の顔が真っ赤になり、明らかに憤怒している。
「今のを聞いてて分からないの? 侮辱してるの。役に立たない騎士団はただの税の無駄遣いよ、国民がこの国の騎士を頼る筈がないわ」
都子が言い、騎士を見る事も無く門を潜る。
「都子様、やめてください。折角通して頂けるのに、失礼です」
アルマがフユを抱きながら、後を付いてくる。
「侮辱されたのよ? しかも賊如きを潰せない兵士如きに」
剣をアルマに押し付けるように返す。
「貴様等、ここを通れるとは思うなよ! 王は許可を出したが、俺が出す訳には行かん!」
騎士が剣を抜き、急激に間合いを詰める。
「やめないか!」
門の奥から、雷鳴のような怒号が飛んで来る。
都子は反射的に怒号が聞こえてきた方を見ると、鮮やかな紅い鎧を着た老騎士が、歩いて来ている。
「剣を下ろさんか!」
もう一度老騎士が、都子に剣を向けている騎士に言う。
「はっ」
兵士は納得のいかないと言う顔で剣を納める。
「すまないな、私の部下が。あやつの代わりに、私が謝罪をしよう」
老騎士が言い、深々と頭を下げる。
「やめてください。主に非がありるのは此方ですので」
それを見て、アルマが老騎士よりも頭を深く下げる。
「いや、その少女は正論を言っているだけだだよ」
老騎士が頭を抑えながら言う。
「それで、どうして賊が蔓延っているの?」
「この国は、タリアス国が分かれる前に降伏しましてな。今もグランフリートが軍と政治を全て操作してるのです」
老騎士の顔が険しくなる。
「今もグランフリートってのが、全てを操作してて自由に軍を動かせないって事ね」
老騎士が頷く。
「謀叛を起こした南タリアス国に味方して、この現状を打破する為に戦おうとは思わなかったのですか?」
「タリアス国は今、グランフリートが北。娘のシエオラが南という風に分かれてます」
アルマは自分で持っていた地図を広げ、タリアス国をペンで半分に分ける。
「ですが、最近シエオラ殿の軍は押されていると報しらせが届きましてな……」
机の上に置いた地図に、老騎士が二色の駒を置く。
「なら貴方達が行けば良いんじゃないの? 押し返しなさいよ」
王都の方角の門から出てきた一人の騎士が、老騎士の前で膝をつく。
「デルタナ将軍。グランフリート軍がまた徴兵に来ました」
騎士が言うと、報告に来た騎士が出て来た門と同じ門から、紅い鎧を着た騎士が歩いてくる。
「おい、兵は用意してあるんだろうな、デルタナ」
紅い鎧の騎士は、デルタナと呼ばれる老騎士の目の前で止まり、老騎士を挑発する様に睨み付ける。
「この私が行く、若い者はここに置いて……」
「使えねえ老兵は要らんな!」
紅い鎧の騎士は、デルタナを蹴り飛ばす。
「じゃあ、そこら辺に居るのを貰っていくぞ」
紅い騎士は、何人かの騎士を連れて行き、去っていく。
「申し訳ない……この様な有様ありさまでな」
デルタナは、自分を情けないと責めるように下を向く。
「連れて行かれた兵士も、帰って来る頃には負傷するまで使われる。更に死者も出るから加勢は不可能って訳ね」
「お恥ずかしながら……」
「行くわよアルマ」
地図を机の上から取り、王都に向かい歩く。
「都子様」
紅い騎士が歩いて行った方向と、同じ方向に向かう。
「デルタナさんだったっけ? 私たちはこの国の賊を殲滅したら出てくから」
都子は振り返らずに、そしてこの国の内情には興味無さそうに言う。
「それならば、宿はこちらで用意させてくれ、討伐が終わったら自由にして下され。陽が落ちるここに寄ってくだされ」
「アルマ、一日で終わらせるわよ。宿を用意してくれるのに、だらだらしてて国民に被害が出たら申し訳無いわ」
ーーーーーーーー
デルタナに先導してもらい、王都に続くと言う道を暫く歩くと、大きな街に入る。
都子とアルマは、周りを警戒しながら街を歩く。
「きゃーーーー」
反射的に、デルタナの腰にぶら下がっていた刀を手に取り、悲鳴が上がった方向に向かい、街の中を全力で走る。
「この刀、貰ってくわよデルタナ!」
都子は手に持った刀を、腰のベルトに掛けながら走る。
「お頼み申した都殿!」
後ろから、相変わらずの大きな声が返って来る。
「あの刀、良かったのですかデルタナ将軍」
「異国の珍しいものではあるが、まあ良い良い。儂はあの少女に希望を託した。あの刀は儂の思いじゃよ」
「希望ですか……北タリアスに占領されてからの私たちには、無かった物ですね」
「そうじゃな。そろそろ合図を送れ」
「はっ」
都子は民家の屋根を次々と飛び移り、煙の上がっている方向に向かって進む。
「アルマ上手くやってるみたいね」
道で民を避難させているアルマを、横目でチラッと見る。
「燃えてる家は……今の所二軒」
火が上がっている民家に向けて、スピードを落とさずに走る。
「三軒目に火が着いたか」
火が放たれ民家の屋根を蹴り、舗装された道に着地する。
「居た」
目に付いた賊を、片っ端から斬る。
「殺せ! 奪え!」
「大量だなー!」
「ぐぁっ」
大口を開けて笑っている男の口に、左手に持った剣を突き立て、左に振り抜く。
「なんだ?」
男たちの笑い声が、一瞬で驚きの声に変わる。
「あんたたち、楽には死なせないわよ」
その隣に立っている男の脚と腕の骨を、剣の峰で砕く。
アルマの呼んで来た街の人が、民家に水を掛け、必死に火を消す。
「良いタイミングよアルマ」
賊を一人一人縛り、道に伏せさせる。
「二軒の火は消火しました都子様。残りは一軒です」
その後、街の人の協力もあり、火は十五分程度で消えた。
「さて、行くわよアルマ」
「もうですか?」
「なに、文句あるの?」
「とてもあります」
「ふーん、アルマにしては良い度胸ね」
「二つ言わせてください」
「嫌よ」
「私もフユも都子様も疲れてます」
「誰が言って良いって言ったの?」
「もう一つは褒めてください」
「は?」
「追加です。褒めながら撫でてください」
「やめて、ほんと……なんか違うわ。イメージが崩壊したわ」
「良いじゃないですか。少しくらい人を褒めてみてください!」
アルマは、都子に飛び込む。
「ちょっと」
アルマを回避しながら手を掴み、倒れない様に止める。
「い〜け〜ず〜」
アルマが膨れっ面でしゃがみ込む。
「この国にはね、賊を殲滅する事と、この国を通るって目的だけで入ったのよ」
フユと手を繋ぎ、アルマを立ち上がらせる為に、アルマの手を引っ張る。
「い〜や〜だ〜ほ〜め〜て〜」
立ったアルマだが、都子の腕に絡み付く。
「やめなさい。歩き難いし恥ずかしい」
アルマを引き剥がそうと腕を振る。
「暴れないでください都子様」
嬉しそうにアルマが振り回される。
「あんた、ほんとにどうしちゃったの?」
アルマの足が引っかかり、二人とも前に倒れる。
都子は倒れる直前、咄嗟にフユの手を離す。
「痛いじゃない馬鹿!」
都子の下敷きになったアルマは、顔がを赤くして、先程とは打って変わり、大人しくしている。
「み、都子様……こんな所で駄目です……人が沢山居ますし……初夜はベッドでヤ……」
「やめなさい」
都子は話を打ち切り、素早く立ち上がり、フユを抱き抱えて、アルマから逃げる。
「待ってくださーい!」
アルマが後方から、都子を追いかける。
「意外と速いわね」
都子は細い路地に入り、アルマを撒くことにした。
「都子様発見ー!」
アルマが黒い翼を広げ、上から飛来する。
「龍人っての忘れてた」
すごいスピードで!アルマが都子目掛けて突っ込む。
「陽が完全に落ちてしまう前に、デルタナさんの所に行きましょうよ」
アルマに掴まれ、都子の体が宙に浮く。
「ちょっと! 馬鹿じゃないの? 怖い怖い、落ちる! 死ぬ!」
アルマが突然急降下し、急激に地面が目前に迫る。
「都子様、着地準備をしてください」
「無理無理折れる、脚折れるから!」
「さん」
「ちょっと」
「にぃ」
「フユだけは連れてって!」
アルマにフユを抱かせる。
「あら……」
都子はフユと入れ替わったことにより、地面に向かい落下する。
「役二十四メートルくらいか」
地面に足を着き、前に転がり込み、勢いを殺す。
「都子殿」
デルタナが驚いた様子で駆け寄ってくる。
「デルタナさん」
「この度は、賊の討伐、感謝致す。我々騎士団一同、本当に頭が上がりませぬ」
「別に良いのよ」
「都子様、生きていらっしゃったのですね」
「お陰様でね」
「龍人殿も、此度はありがとうございました」
デルタナがアルマに頭を下げる。
「都子様、疲れました。あと約束もです」
「約束?」
「まだ褒めてもらってませんから」
「後にしなさい」
「御二方、今日は宿をこちらで用意させて頂く、今夜はそちらにお泊りください」
「この国には長居しない予定だったんだけど」
「疲れました。今にもフユを落としそうで」
「なら私が抱くわ」
アルマからフユを奪い取る。
「はっはっはっ。一日くらいお泊りください。御礼もまだお渡ししておりませんので、我々としては、そちらの方が助かるのですが」
「分かったわよ」
都子は渋々了承し、もう一度街に向かって歩く。
「アルマ、宿の場所とかは私に伝えに来て」
都子は、先程燃えた民家の家主をら街に探しに行く。
前方に、燃えた家の瓦礫の前で、立ち尽くしている女性が見える。
「貴方もしかしてこの家の家主かしら?」
家の前で佇む女性に話しかける。
「はい……そうです」
「今回は大変だったわね。ごめんなさい、私たちがもう少し早く駆け付けていれば」
自分の無力さを痛感しながら、都子は拳を固く握る。
「そんな、命だけでも助けて頂き、ありがとうございます」
その言葉を聞き、更に胸が痛む。
「貴方、今日の泊まる場所はあるの?」
「いえ、それがまだ決まらなくてですね……」
「他にも家が燃えたでしょ? その家の住民は?」
「隣の人は独り立ちした子供の家に行きました。その隣は私と同じく家の前で立っています」
「来なさい」
「はい?」
女性と、女性の子供は、驚きながらも、都子に付いて行く。
「貴方、ここの家の家主よね?」
三軒目に襲われた民家の前に立っている男性に問い掛ける。
「ああ……助けてくれてありがとう」
男性は都子に向かい、深々と頭を下げた。
「良いのよ別に、無事だったのなら。頭を上げなさい」
男性はおずおずと頭を上げる。
「今日の泊まる場所とか決まってる?」
「独り身な者で。実家も遠くて……」
男性は困ったように頬をかく。
「なら付いて来て」
デルタナの下に向かおうと歩き出すと、前から遅れて来たアルマが来る。
「宿が決まりました。貸切だそうです、一つの宿を」
アルマが笑顔でフユと手を繋ぎ、こちらに走ってくる。
「案内しなさい」
アルマが後ろの男性と女性と男の子を見て、首をかしげる。
「後ろの方たちは?」
「良いから案内しなさい」
「はい、お任せ下さい」
アルマの先導で、街の真ん中の宿に到着した。
「ここの宿、結構大きいから、貴方たちは一部屋ずつ使いなさい」
家を失った男性と女性にそう言い、アルマと一緒に、工業が盛んな通りに行く。
「この国は、商業や工業で栄えていたんですって」
二人で活気の無い通りを歩く。
「北タリアスに、随分と苦しめられているみたいね」
デルタナが言っていた事を思い出す。
「戦争は大変ですね」
アルマが不意に呟く。
「戦争は各国の思想がぶつかり合い、自分の思想を邪魔する国を潰す、戦争ってのは生物の醜い部分の塊なのよ。大変じゃない訳が無いじゃない」
話を切り上げ、一通り街を見てから宿に戻る。
「今日はここで一泊してから早朝に出るから、早く休んでおくこと。あと、自由に街に出歩いても良いことにするわ。以上」
都子は部屋を出て、浴場に向かう。
「都子様」
後ろからアルマが追いかけて来た。
「何処に行く気なのアルマ」
アルマが帯剣していなかったので、その姿を疑問に思う。
「私はお風呂に入るのですが、都子様こそ、帯剣してどちらに行かれるのですか?」
「浴場に行くつもりだけど」
「帯剣してですか?」
「帯剣してだけど?」
「お風呂に剣持って行きますか? 普通」
「持って行くわよ、普通」
「お風呂ですよ?」
「いつ敵が来るか分からないでしょ? 常在戦場」
「お風呂くらい、気を抜きましょうよ」
「剣を手放すのが不安なだけ」
「以外な弱点ですか? それは」
「本当に、最初と印象も何もかも違うわね」
浴場の入り口のドアを開けると、広い脱衣室が目の前に広がる。
「広いですね〜!」
アルマが小走りで、脱衣室を一周する。
「大人しくしなさい。みっともない」
アルマを捕まえて、上の服を脱がす。
「大胆ですね……」
アルマが揶揄う様な目で、都子を見る。
「なんで頬を染めてるの……いい加減殴るわよ」
今度は服を脱がされる。
「意外と着痩せするタイプですか? 服着てたらほとんど起伏が無いのに、脱いだら結構……あらあら」
独り言を言っているアルマを放置し、服を全てカゴに入れてから一人で浴場に入る。
頭を洗っていると、後ろでドアが開く音がした。
足音はゆっくりと近付いて来て、自分の真後ろで止まった。
「だ〜れ〜だ?」
視界が手で遮断されて、お決まりの質問が飛んでくる。
「頭のイカれた馬鹿龍人」
気にせず、お湯を被り、頭のイカれたソレを、水攻めで落とす。
「塩対応……何故か癖になりそうです」
頭のイカれた龍人が倒れかかってくる。
「邪魔、重い、大きい、むかつく」
背中に当てられている物のサイズに驚きながらも、お湯を、今度は背中メインで被る。
「ふわぁぁ! 溺れる」
アルマに抱きかかえられ、一緒に後ろに倒れる。
「ねえ……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「はぁ」
長い一日を思い出したのと、今の状況との二つで溜息が出る。
目を閉じると、水の揺れる音や、水滴が床に落ちる音、うるさい龍人が一人で喋っている声が聞こえてくる。
「ふふっ」
少しだけ口元がほころんで、無意識に声が出た。
「どうしたのですか?」
「なんでもないわ。少し昔を思い出しただけよ」
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