小さな皇帝
斑鳩と凛凪が戦っている。
それより少し離れたところで、鈴鹿が聖冬様をカバーして戦っている。
「凛凪スイッチ!」
斑鳩が叫ぶ。
「了解!」
斑鳩と凛凪が、場所を入れ替わる。
「七凪ベレッタ!」
すると鈴鹿がこちらに、銃の名前を叫ぶ。自分の手に持っているケースを開く、その中からベレッタを出して鈴鹿に向かって投げる。
「七凪ウィンチェスター!」
今度は斑鳩が叫ぶ。
七凪は、ケースの中から、ウィンチェスターM一八九七を取り出し、斑鳩に向かって投げる。
「鈴鹿‼︎ 聖冬と七凪を避難させろ。退路は凛凪が開いてくれる、私はここを食い止める。」
斑鳩が言い、残弾を確認する。
「斑鳩、這ってでも帰ってくるんだぞ」
鈴鹿が心配そうな顔で言う。
「七凪、行くぞ」
凛凪に手を引かれる。
「鈴鹿こそ、聖冬に傷を付けさせるなよ。それと聖冬、顔はしっかり隠せよ」
斑鳩が意地を張ったのだろう、鈴鹿にそう言い返す。
「斑鳩ちゃん、ウィンチェスターの弾入ってるから、このポーチを腰につけておいて」
斑鳩に、全ての弾が入っているポーチを渡す。
「急げ七凪」
凛凪にそう言われ、手を振って凛凪の後を追う。
全員で階段を上り、屋上のヘリコプターに乗って離陸する。
下を見ると、斑鳩が血だらけになっても尚、闘っている。
「お姉様、斑鳩はおそらくもう、帰ってこないのではないですか?」
「帰ってくるだろ、鈴鹿が育てたんだ、簡単には死なないさ」
凛凪の目は遠くを見ていた。本人も、帰って来る確率は、低いと考えているのだろう。
「私は下りるから、操縦変われ、凛凪」
鈴鹿が立ち上がる。
運転手を失ったヘリコプターが揺らぐ。
運転席に凛凪が座り、ヘリコプターの体勢を立て直す。
「鈴鹿さん」
「じゃあ、行ってくる。帰ってきた時の為に、迎え入れる準備しとけよ」
鈴鹿は、笑顔でヘリコプターを飛び出した。
落下後、直ぐにパラシュートを開く。
鈴鹿が飛び出した直後、斑鳩が、力なく倒れ込んだ。
「斑鳩ー!」
銃弾の雨の中を潜り抜けながら、鈴鹿が叫ぶ。
「チッ、誰一人残さず生きて帰れると思うなよ」
鈴鹿が手榴弾のピンを外し、斑鳩を回収しようと、近付く四人組目掛けて投げる。
地面に着地し、斑鳩を抱えて敵の反対に向かって走る。
鈴鹿が走っている場所が爆発する。
色が消え、目に何も映らなくなる。
ーーーーーーーー
瞼が開き、天井が目に入る。
「夢」
荒くなっている息を整える。
夢で良かったと、胸をなでおろす。
「ここは……どこなのでしょうか」
見覚えのない鮮やかな紅い天井、壁、床、家具。
とりあえず髪を整える為に、鏡に向かう。が、自分の姿を見て唖然とした。
服を着ておらず、下着すらつけていなかった。
その驚きで、眠気がふっ飛ぶ。
背後で、部屋のドアがノックされる。
「失礼する」
「駄目です!」
慌てて布団を体に巻き、ベッドに戻る。
ドアの向こうから曇った声が聞こえる。
「宜しいでしょうか帝」
ドア越しなので、声で男性なのか女性なのかが、判断できない。
「ど……どうぞ」
「では、失礼する」
ドアが開くと、髪の長い、長身の女性が入ってくる。
「七凪……か?」
「えっ?」
突然名前を呼ばれた事に驚いて、顔を上げると、そこには見覚えのある人が立っている。
「鈴鹿!」
驚きで声が少し大きくなる。
「なんで七凪が居るんだ?」
鈴鹿が近付いて来る。
「それはこっちが言いたいです」
目を覚ますと、突然知らない場所で鈴鹿に遭遇した為、頭が状況に追いつかない。
「帝の部屋に行ったら、突然七凪が居るなんてな。心配事がひとつ減って良かったよ」
鈴鹿のいつもと変わらない男らしい喋り方を聞いて、肩に入っていた力が抜ける。
「鈴鹿、ここはどこなのですか?」
「ここは、ストレント帝国って国の帝都だ」
「鈴鹿はここで何してるのですか?」
「私は飛ばされてから、とりあえず帝国兵をしていてな、それで……」
「斑鳩ちゃんは?」
鈴鹿の話を途中で切ってしまう形だったが、兎に角その事が気掛かりでならなかった。
「あ、ああ……まあ斑鳩はまだ見つかってなくてな」
鈴鹿は持っていた剣を置き、服の内ポケットから、
「そう…ですか」
「すまないな」
鈴鹿が申し訳なさそうな顔をして、此方に歩いて来る。
「鈴鹿のせいじゃないですよ?」
「いや、私が悪いのだ。私がもっとしっかりしていれば。聖家の年長者である私の責任だ」
いつもは、どんな時も凛としている鈴鹿だが、珍しく不安を表に出している。
ドアがノックされ、騎士の声が部屋に転がり込む。
「なんだ」
鈴鹿が返事をすると、ドアが開き、騎士が部屋に入ってくる。
「報告します。ポーラロードと、タリアスと、アーマクスが手を結んだようです」
報告を聞いた途端、鈴鹿の顔が強張る。
「どうかしたのですか?」
会話の内容が分からないので、鈴鹿に聞く。
「敵の攻勢が始まるんだよ。たった今、三国連合となった敵のな。恐らく来るぞ」
その後、鈴鹿は騎士と共に部屋を出て行った。
取り敢えず、動けないので部屋で待っていると、会話が終わった鈴鹿が部屋に戻って来る。
「行くぞ七凪」
鈴鹿に手を引かれる。
「ちょっと待って! 服着てないから!」
慌てて鈴鹿を止める。
「そうか、すまないな」
急いで自分の服を着て、鈴鹿と部屋を出る。
鈴鹿が先導して、どこかに向かう。
「悪いが七凪はこの国の帝になってるみたいでな、戦争に出てもらわないといけなくなった」
こちらを向かずに、前を歩く鈴鹿が言う。
「私は戦争なんてしたくありません。それに、突然戦争だなんて、私には無理です」
先程見た夢のこともあり、断固として戦争に反対する。
「敵が攻めてくるんだ、戦わねば国民が死に、国が滅びるだけだ」
「また、断りにくいことを言うのですね」
更に少し歩いていると、大きな広間に出る。
鈴鹿が、既に整列していた騎士たちの前に立つ。
「今日三国連合の攻勢に備えるため、各砦に防衛隊を配置する。今から準備をして日が落ちる頃には帝都を出る。部隊編成は各小隊中隊へ通達が行く。以上」
鈴鹿の以上の言葉と共に、騎士たちが解散する。
「やっぱり戦争になるの?」
「ああ、私は最前線の砦に行く。七凪もそこに来る事になっている。と言うか来てもらわなければ困る」
「私は戦争なんてしたくないって言ってるでしょ!」
「そんなことを言っていると兵の士気が落ちる、控えろ。一軍の大将なんだからな」
鈴鹿は広間の壁にもたれ掛かり、そのままズルズルと床に座る。
「なんで戦争なんてするの?」
「守るもの、譲れないものがあるからだ。七凪にもあるだろ?それと思想と思想のぶつかり合い」
「あるけど」
「ならそれを奪われないために戦う。それだけだ。戦争で己を正当化する」
「相手のものを奪ってまでですか?」
「無論、奪わなければ奪われる、誰でも自分が一番可愛いのだからな」
鈴鹿はそう言いながら笑う。
「分かりました。でも私は戦えませんよ」
「それでこそ聖の人間だ。まあ七凪は居るだけでいいさ、私が守るからな。私の戦う理由は七凪ってのもある」
「その代わり、戦争の早期終結を目指します。戦争を早く終わらせてから斑鳩ちゃんを探します」
「一度退けても、敵は何度でも来るぞ」
「ならその度に退けるだけです」
「なら準備してこい」
「また後で、お願いします」
自分が目覚めた部屋に向かい歩く。
ーーーーーーーー
鈴鹿が中庭に騎士を集め、整列している騎士の前に七凪が出る。
「全騎士よ、よく聞け。三国連合が来ようが退けるだけだ。我々は何者にも屈しない、帝国の誇りと力を見せる! 私がストレントに勝利をもたらす! 皆、付いてきてくれるか!」
「はっ!」
できる限り口調を荒くし騎士たちを奮い立たせる。その狙いに呼応する様に、騎士たちが一斉に声を上げる。
「おい七凪」
「どうしたの?」
「凄い変わりようだな。そんな口調が出来るとはな……何か……もうここに来てから色々と腹が一杯何だが、凄いものをぶち込んでくれたな」
「当たり前です。早くお姉様と斑鳩ちゃんと秋奈様と都子様を探さないといけないのですから」
先程までとは、見違えるくらいのやる気を、七凪が見せる。
「そうだな。よし、じゃあそろそろ行くぞ」
そんな七凪を見た鈴鹿も、剣を握り締めながら目を閉じる。
ーーーーーーーー
鈴鹿が騎士を従えて、先頭で馬を走らせる。
鈴鹿の横に馬を並行させながら、行き先を問う。
「私たちは、北タリアス国のグランフリートを警戒するために、ストレント帝国領内のバサク砦に行く。一番の激戦になるのは恐らくここだからな。今、後ろにいるのは四万五百人だ。次にポーラロード王国に対抗するために、アルスマ砦を拠点とする西方部隊が三万六千。そしてアヴァント王国と対立しているアーマクス王国に対抗するために、ペンケ砦を拠点とする南方牽制部隊が一万二千」
部隊の編隊が全て頭の中に入っているのか、次々と策を話すのを、感心しながら聞く。
「廊下を歩いている時に聞いたのですけど、北タリアス国のグランフリートと言う人は、娘の謀叛の鎮圧に気を取られているのじゃないですか? それなのに、こんなにバサク砦に連れて行く必要はあるのでしょうか?」
「それがそうでもないんだ、娘の南タリアス軍は、攻勢に出れるほど兵が無いらしいからな。放っておいても良いという判断だろうな」
鈴鹿が地図を広げながらも、会話を続行する。
「睨み合って時間を潰すくらいなら、こちらから攻めてしまえば良いのではないでしょうか?」
一刻も早く、全員を探したいので、冗談半分でそう言う。
「それも良いかもしれないな。私もそちらの方が楽だし。兵糧も満ち溢れているということでもないしな」
「えっ! 本当にそうするのですか?」
「ああ、早期終結を目指すなら、それが一番かな。主命とあらば、なんてな。はは」
余程難しい顔をしていたのか、珍しく鈴鹿がちゃらける。
「降伏を促したらどうかな」
「そう簡単に降伏してくれるかな?」
「なら潰してしまいましょう」
「普通にえげつないこと言うな。ボスでも滅多に言わなかったぞ」
「斑鳩ちゃんは早く見つけないと心配ですし。お姉様はなんとなくやっていけるでしょうし。都子様も秋奈様はしっかりしてらっしゃいますから。問題は斑鳩ちゃんだけです」
「斑鳩のことを喋るときは、相変わらず楽しそうだな。良い姉弟だな」
見られてたのかと思うと、恥ずかしさで、顔が少し暑くなってくる。
「斑鳩ちゃんは弟みたいなものですからね。聖冬様が連れて来た時は驚きましたけどね」
「そろそろ話を戻すが、結局潰すのか?」
本当は分かっていると思うが、改めて鈴鹿は聞く。
「もちろん」
鈴鹿はふっ、と笑った後、指示を叫んだ。
「全騎士よく聞け! 作戦変更だ、睨み合ってただ攻められるのも面白くないよな?早く帰って家族に顔を見せてやりたいよな?」
「ああ面白くねえ」「そうだな」「しゃらくせえしな」「娘と妻に早く顔を見せてやりたいです」
多くの騎士が返事をする。
「砦で一日休憩して準備を整える。後日一気に侵略する!」
「おおー!」「流石騎士団長、話が分かって助かるぜ!」「やってやろうぜー!」
「帝、騎士団長、もうじき砦が見えます」
側近の騎士が言うと、先に砦に向かっていった。その背中を目で追っていると、砦のたかい壁の部分が見える。
「皆、今日はゆっくり休んでくれ」
「はっ!」
鈴鹿の完璧な指示で、軍は一糸乱れず、纏まっている。出発から僅か一日で、国土のほぼ端まで移動して来たことになる。
砦に入り、すれ違う騎士に挨拶をしながら、自室に向かう。
騎士に案内された部屋に入り、鈴鹿を待つことにした。
ーーーーーーーー
「七凪、入るぞ」
少し待っていると、ノックと、鈴鹿の声が聞こえた。
「あ、どうぞ」
返事をすると鈴鹿が部屋に入ってくる。
「どうだ? 不自由とかはないか?」
流石聖家で教育長をやっていただけはあると思い、行き渡っている気遣いに感心する。
「砦内が、少し殺気立った雰囲気があるから怖くて。不自由は特に無いですが……」
その後の言葉が言いにくく、なかなか出てこない。鈴鹿は相変わらず部屋の
「なあ七凪、久しぶりに一緒に寝るか?」
実に女性らしい、優しい笑顔で、鈴鹿が言う。
「うん!」
難しい年頃なので、素直に甘えられない事に、鈴鹿が気付いてくれたのが嬉しくなって、鈴鹿に抱きつく。
「おお? 元気が良いな」
鈴鹿は驚くが、優しく抱き返してくれる。更に頭を優しく撫でてくれる。
「ふふっ、ありがとう鈴鹿」
突然眠気が顔を出してきた為、鈴鹿をベッドまで押して、鈴鹿を巻き込んで一緒に布団を被る。
「眠いなら構わずに寝ろよ、明日は忙しくなるだろうしな」
ーーーーーーーー
瞼を開けて体を起こすと、鈴鹿が隣に居ない事を確認する。
突然不安に襲われ、ベッドから出て鈴鹿を探す。
「鈴鹿、鈴鹿、どこ?」
鈴鹿を呼ぶと、部屋の中にある、一つのドアの向こうから、鈍い音と共に、高い声の悲鳴が聞こえる。
「鈴鹿?」
部屋の中にある、音がしたドアが開いた。
「ごめん、まだ寝てるかと思って」
余程焦って来たのか、服を着ず、髪と体が濡れたまま出てきた。
「ごめんなさい、お風呂に入っているとは知らず」
鈴鹿が近付いてきて、抱きしめられた。
「ごめん、不安だったろ、取り敢えず一緒にお風呂入るか? 昨日は準備で入れなかったしな」
「いや、鈴鹿はもう入ったんでしょ? 二回も入るなんて」
「良いって遠慮しなくても。私も風呂に入るのは好きだし。さあ、入るぞ」
「うん、ありがと。鈴鹿もちゃんと女性なのですね」
こんなに優しくされると断れないので、お言葉に甘えて、一緒に入ることにした。
「おいおい、確かに男っぽいとは言われるけど」
「男っぽいのでは無く、かっこいいの間違え……って、足から血が出てるけど、大丈夫?」
「唐突だな、多分さっき出てくる時に足を打ってな、その時のかもな」
「私の所為だよね……ごめん……なさい」
「だから良いって、気にするな」
止血している七凪の頭を、鈴鹿がくしゃくしゃと撫でる。
止血するが、血が止まらない。
七凪が、傷口を舌で舐める。
「止まらないね」
「おい、汚いから駄目だ」
鈴鹿が足の傷を隠してしまったので、仕方なく諦める。
鈴鹿は完全に血を止めてから、浴室に入る。
「今考えると、本当に久しぶりだな、一緒に入るのは」
鈴鹿が嬉しそうに、七凪の頭を洗う。
「そうですね、昔は聖冬様と、都子様と、秋奈様と、お姉様と、鈴鹿さんと、斑鳩ちゃんと、私で入ったことありますもんね。懐かしいです、あの頃が」
懐かしさで、少し顔が緩むと同時に、ぎゅっと胸が痛む。
「そうだな、昔はセイクリッドファミリーで入ったな。 雨宮家から時々抜け出してきた秋奈も居たっけな」
「そうですね、本当に懐かしいですね」
「しかし、七凪も大きくなったな」
鈴鹿が笑顔で言うと、七凪が鈴鹿の方に振り向く。
「ど、どこの話ですか」
「どこって、身長だ。昔は私の太もも辺りだったのにな」
「確かに、身長はあの頃に比べると伸びてますけど、でも、身長百五十センチ前後なんですけど。お姉様と細胞は同じはずなのに、この格差です」
七凪は自分の体を見下ろす。もう少し起伏が欲しいと思うような肉付きの無さだ。
「もう直ぐ大きくなるって、凛凪も大きいんだから、同じ遺伝子受け継いでるんだぞ、な?」
慌てて鈴鹿がフォローを入れる。
「もうそろそろ成長が止まる時期なんですけど……」
鈴鹿のモノがどうしても目に入る。
「あ、あっても邪魔だぞ、戦闘の時とかは特に、あと肩も凝るし。歳をとると垂れるし」
「嫌味だ」
「嫌味じゃない」
後ずさる鈴鹿を壁に追い詰める。
「嫌味を言う子には」
「ちょっと待て、何をする気だ」
「えい」
「待て、止まれ七凪」
浴室から鈴鹿が脱兎の如く飛び出す。
「どこ行くの……」
七凪が泣きそうになると、鈴鹿は一定の距離を保ってくれている。
「落ち着け七凪!」
言うと、鈴鹿は体に布を巻き、大きく後ろに飛び退く。
鈴鹿に狙いを定め、七凪が飛飛び掛かると、鈴鹿の居た場所に布だけが落ちる。
「鈴鹿?」
突然手足に何かが巻き付き、身動きが取れなくなり、体勢を崩す。
「はい、確保だ」
七凪は体にタオルを巻かれて、ぐるぐる巻きに拘束されていた。
「いつの間に服を着てたの?」
「布を巻いた時にだ」
「布を巻いてたのは二秒くらいじゃなかったっけ?」
「その二秒で服を着たんだよ」
物理限界を無視した鈴鹿の早業に驚いていると、急に寒くなってきた。
「くしゅっ」
七凪から小さなくしゃみが出た。
「そろそろ風邪ひくぞ、体を拭いて服を着ろよ」
「寝るから後はよろしくね」
体も拭かずにベッドに飛び込む七凪を見ても、鈴鹿は叱るでもなく、ただ少し呆れたように笑みをこぼす。
「せめて下着くらいは履けって。新しいの用意したから」
「鈴鹿が履かせてくれれば履けるかも」
「おいおい、いきなり甘えるようになったな」
「私でも、たまには甘えたくもなりますから」
「まあ、今まで頑張ってきた分は甘えさせてやるよ」
七凪が言うと、鈴鹿が下着を履かせる。
「次は添い寝して」
「そんなの言われなくてもするつもりだ」
七凪はうっすらと目を開けて鈴鹿を見ると、いつも着ているスーツを脱ぎ、白いワイシャツと下着だけでベッドに入る。
「下着だけだと風邪ひくぞ」
そう言い、七凪を後ろから抱きしめる。
七凪が鈴鹿の手を払って、反転して鈴鹿に抱きつく。
「そう言う鈴鹿も、大して下着一枚と変わらないですよ」
「そう言う減らず口は、凛凪と同じだな。やはり姉妹だな」
鈴鹿が言うが、七凪は反応をせず、聞こえないふりをしている。
全く。と、ため息交じりの言葉を吐くが、娘を想う母のように、鈴鹿は七凪の頭を撫でる。
細くて長い指は、眠りに落ちるまで、ずっと頭を優しく撫でていた。
ーーーーーーーー
目が覚めると、窓から赤い光が入ってきていた。
「黄昏時か」
七凪は隣で寝ている鈴鹿の顔を覗き見る。
「容姿端麗ってのは、鈴鹿の為の言葉ですね。全く、羨ましい限りです」
鈴鹿が寝ているのを確認し、七凪が言う。
「七凪の為の言葉だろ?」
寝ているはずの鈴鹿の口が動く。
「な……」
鈴鹿の片目が開き、しっかりとこちらを見ている。
「起きてたんだ、なかなかのいけずですね」
「美人さんのこれからの成長が楽しみだな」
からかう様に、鈴鹿が言う。
七凪は、気怠い体を引き摺り、ベッドから這い出る。
「もう……そろそろ準備する?」
珍しく、だらし無い格好で寝転がっていた鈴鹿だったが、勢い良く飛び起きる。
「そうだな、服投げてくれ」
ベッドの横にある机に、鈴鹿がいつも着ているスーツが畳まれていた。
七凪はそのスーツを手に取り、スーツに袖を通す。
「おいおい、その服を投げてくれって」
鈴鹿が困ったように笑って言う。
「うん……いい匂い過ぎて惚れる」
鈴鹿のスーツは、甘い花のような香りがする。
「ちょっと待て……匂いを確かめられるのは、すごく恥ずかしいんだが」
ベッドから出た鈴鹿に、服を取り上げられる。
「大人の女性って感じで羨ましい」
鈴鹿を少し睨みながら言う。
「七凪もなれるって、だから服着ろ」
そう言われて軽く頭を撫でられる。
「また子供扱い」
「ははっ、私に子供ができたらこんなんだったのかな? って思ってな」
鈴鹿が微笑みながらそう言う。
「鈴鹿まだ二十代前半でしょ、まだまだ子供産める若さですよ。鈴鹿はそこら辺の男を簡単に引っ掛けられる美貌持ってるんだから」
「そうだな、まだ二十代だったか。まあ、こんな女らしく無い私に惚れる男なんて、何処探しても居ないだろ」
「斑鳩ちゃんはどうでしょうか?」
「おいおい、七凪の一つ下だぞ? まだまだ子供じゃないか」
「えー鈴鹿の子供が見たい」
「やめなさい」
「鈴鹿の子供が見たいなー」
「待て待て、斑鳩はそう言うのに興味がないし、恋愛感情なんて無いだろ」
「確かに、でもだからこそ押し切ったらできるんじゃない?」
「この話やめ」
「は〜い」
珍しく鈴鹿が話を切り上げたので、機嫌を悪くさせない内に引く。
「とりあえず準備」
「ん」
二人で部屋を出て、砦の外に向かう。
全小隊中隊が集まったところで、鈴鹿が馬に乗り、全騎士を前に話し始める。
「一度降伏を勧める、だがしなかった場合、我々は一気にポーラロードを攻め落とす」
全小隊中隊がそれぞれ準備に取り掛かる。
一人の騎士が、降伏を勧める書状を持って行ったのを、全員で見送る。
「降伏してくれるかな?」
七凪が鈴鹿に問いかける。
「どうだろうな、同盟を組んだってことは降伏する気はないってことなんじゃないだろうか」
しばらくすると騎士が帰ってきた。
「どうだ?」
鈴鹿が、帰投した騎士に問う。
「降伏には応じないとのことでした」
「そうか、御苦労であったな。戻って良いぞ」
騎士が自分の小隊に戻っていく。
「鈴鹿、指示を出す?」
「ああ、今回は七凪がやってみるか?」
「うん、帝なんだしやってみる」
少し躊躇ったが、七凪はやることを決断する。
「堂々としてれば良いからな」
鈴鹿の言葉を聞くと、不思議と気持ちが落ち着く。
「全騎士、よく聞け! 敵は我々の出した降伏を断った、よって! 我々は今から、一気にポーラロードを攻め落とす! 一瞬たりとも油断せず、慢心することなく、最後まで全力で進軍し、完全な勝利を収める!」
すると全騎士から、今までに聞いたことのないくらいの歓声が上がる。
「おおおおおーー!」「皇帝陛下万歳ー!」「皇帝陛下がああ仰ったのだ、負けられんぞー!」「皇帝陛下万歳ー!」「ストレント帝国万歳ー!」
「全軍突撃!」
鈴鹿が突撃命令を出すと、全騎士が一斉に馬を進めた。
騎士の列が、龍のような形をして進んでいく。
この砦に向かう時よりも、全騎士が纏まった動きをしている。
横に並走する鈴鹿が喋りかけてきた。その顔には、勝利に確信した笑顔が浮かんでいる。
「今、国境を越えたぞ」
「もう敵国の中なのですね。慢心は駄目ですよ鈴鹿」
「七凪こそ気をつけろよ」
国境を越えてから数分、中規模な砦が姿を現わす。
「あれがベイト砦?」
「ああ、あれを落とさないと挟撃されるからな。流石にそれはキツイ」
「厳しくなりそうですね」
「そうだな。全軍散開!」
鈴鹿の合図と共に、隊列が二つに分かれる。
「七凪、私たちは王都に行くぞ」
「え? なんでですか?」
「敵の援軍を断つのと物資を断つ。そして王都を落とせるなら落とす」
「少し急ぎ過ぎじゃないですか?」
「主な目的は物資と援軍を断つだからな。無理と分かれば無理はせんさ」
「鈴鹿、あれ」
七凪の指差す方向には、敵小隊が平原を疾走している姿が確認出来た。
「早速砦に物資を運んでるぞ。攻めてくるとは思ってなかったから急いで物資を運んだが、間に合わずに私たちに見つかったか。上々だな」
「第三小隊あの小隊に奇襲を仕掛けて!残りの全軍はこのまま進行」
七凪が指示を叫んだ途端、弾かれるように列から小隊が離れて行き、敵小隊の横腹にに突撃していった。
「七凪の成長の早さには驚きだな。流石聖に仕えるだけはあるな」
鈴鹿が、何処か寂し気に語り掛けてくる。
「だって私はこの軍の大将なのですから、これくらいやれて当然ですよ。何より、聖家に恥はかかせられませんから」
鈴鹿が微笑みながら見てくる。
「なに?」
「何にもだ、王都に帰ったら剣の使い方を教えてやるよ。あと、頑張り過ぎるなよ、私を頼っていいからな」
小隊が、敵を蹴散らして戻って来た。
「第三小隊ご苦労様、全員無事に帰ってきてくれて嬉しいわ。ありがと」
七凪は第三小隊に、労いの言葉をかける。
「はっ! 有り難き御言葉です、皇帝陛下」
小隊長が応える。
「北西の方角に敵中隊です。おそらく物資の輸送かと!」
見張りの騎士が報告に来た。
「ありがと、鈴鹿率いる第一小隊お願い!」
「了解、行くぞ!」
鈴鹿率いる第一小隊が、敵中隊に突撃する。
「報告ありがと、貴方の名前は?」
報告に来た騎士の名前を聞く。
「私は第二小隊隊長、ラグルドです」
ラグルドと名乗る騎士が、手短に名乗る。
「そう、ありがとラグルド。その名前覚えておくわ」
「あ……ありがたきお言葉です皇帝陛下! このような一騎士にまでお気を遣っていただき、我々騎士は幸せです! では、失礼致します皇帝陛下」
ラグルドは頭を下げ、嬉しそうに列に戻っていった。
ラグルドと入れ替わる形で、鈴鹿が率いる第一小隊が戻ってきた。
「第一小隊、只今帰還」
鈴鹿が血の付いた剣を拭きながら、並行する。
「ありがと第一小隊。貴方たちの働きに感謝するわ」
「勿体無きお言葉です!」
違う小隊から声が上がる。
「皇帝陛下、次は第四小隊が行きます!」「いいや、俺ら第六小隊におまかせください」「皇帝陛下、第五小隊におまかせを!」
その他にも、色々な小隊や中隊から声が上がる。
「皆ありがと、でもその力は王都にぶつけて!」
王都に入る為の門が、目と鼻の先に迫る。
「鈴鹿、王都落としますよ!」
「了解! 聞いたか! 皇帝陛下が落とすと仰った。王都を死んでも陥せ!」
「おおおおぉ!」「第五小隊が一番手柄を上げやるぞ!」「いや第二小隊が一番手柄を上げるぞ!」「第八小隊が一番だ!」「いいや、第十一中隊が一番だ!」
「皆やる気に満ち溢れてるわね」
七凪は隣を並走している鈴鹿に話しかける。
「どうしたらこんなに士気が上がるんだよ」
「戦争って、攻める時はこんな感じじゃないのですか?」
「こんなに士気が高いのは初めてだ」
「高いなら高いで良いじゃないですか」
「まあな。逆に怖いがな」
門を潜り、ポーラロード王国の王都に入る。
「全軍略奪など乱暴な事は禁止! 破った場合は厳しい処分を下す! 小隊中隊、全員連帯責任!」
「はっ!」
騎士全員から、命令に対する不安の感じない返事が返って来る。
「第一城門! 波状鎚準備!」
鈴鹿が叫ぶと、騎士が波状鎚を持って城門に突撃する。
鈍い音と共に、城門が大きく揺れる。
「なかなか開きそうにないな」
順調に進んでいたが、鈴鹿が全軍停止と叫ぶ。
鈴鹿の見ている先を見ると、城門の上から弓矢を持った敵兵が出て来る。
「弓矢隊、放て!」
ポーラロード軍の、分隊長らしき騎士が叫ぶ。
「全軍対空陣!」
鈴鹿が叫ぶと同時に、全騎士が一斉に盾を頭上に掲げる。
掲げた盾が、隙間のない壁となり、全ての矢が弾かれる。
異例の光景に、ポーラロード軍は、弓を構えたまま唖然としている。
「第一城門突破!」
対空陣の下で波状鎚で第一城門を破ったという声が飛んで来る。
「全軍対空陣を維持したまま突撃! 弓兵を抑えろ!」
全騎士が一斉に門を潜り、前に居た小隊の一部が、第一城門の階段を駆け上る。
「城門制圧!」
第一城門の上を見ると、第三小隊の旗を掲げた騎士が剣を掲げている。その反対側は、第四小隊の騎士が旗を振っている。
第二小隊が、王城の城門を波状鎚で突っ込む。
王城の城門を警備していた兵を、各隊が次々と斬り倒していく。
帝国軍の一糸乱れぬ連携に、ポーラロード軍は、殆どが戦闘放棄する。
「城門攻略!」
第二小隊が一斉に叫ぶ。
「全軍突撃!」
それを聞いた鈴鹿が指示を出す。
一斉に王城内に騎士が雪崩込む。
「全軍対空!」
先頭を走る鈴鹿は、城門を潜った瞬間停止する。
王城内の壁際には、ポーラロード兵が弓を構えていた。
「不味いな」
更に前方から歩兵と騎馬兵が襲来する。
「前方歩兵が来ました!」
「第二小隊、第三小隊、第五小隊は前方の敵を殲滅! 残りの小隊は前方の小隊に矢が届かぬように対空陣! 第一小隊は私と共に弓矢隊を殲滅する!」
城内は既に混戦となっている。
更に状況は悪化し、背後の城門からポーラロード兵が突撃する。
「第二小隊と第八小隊は後方の敵を食い止めろ!」
前方の敵兵を殲滅していた第二小隊がはなれ、後方の敵と交戦する。
対空陣を敷いていた第八小隊は対空陣を抜け、第二小隊に加勢する。
この状況でも、帝国兵は全く乱れる事がない。
「第三小隊第五小隊歩兵殲滅完了!」
前方から、再び歩兵が突撃してくる。第三小隊と第五小隊は、引き続き前方のの対処に追われる。
「第一小隊は城門側に加勢!」
鈴鹿の指示で第一小隊が後方の敵に突撃する。
だが鈴鹿は何処に行ったのか、声だけで姿が見えなかった。
「前方殲滅!」
第五小隊隊長が叫ぶ。
「分かった、引き続き前方の警戒をしておいて」
「はっ!」
第一小隊が加わると、徐々に後方の敵がどんどん押されている。
「このまま押しきって!」
「はっ!」
二十分くらい交戦していると、確実にポーラロード側が不利になる。
「前方から再度敵が……いや、騎士団長だ!」
振り向くと、確かに鈴鹿が歩いて来ていた。
始めは馬に乗っていたが、馬の姿が無い。
「七凪、ポーラロード国王を討ったぞ」
鈴鹿は返り血を浴びたのだろう、全身に血を付けている。
「え、ポーラロード兵!ポーラロード王は討たれた、降伏して! 悪いようにはしないから!」
少し動揺はしたが、降伏を促すと。
戦っていたポーラロード兵が、殆ど武器を捨てる。
血の滴る剣を握り、鈴鹿が隣まで歩いてくる。
「鈴鹿」
「済まない七凪、敵に囲まれた時、馬が死んじゃった。帰りは乗せてってくれ」
鈴鹿は筆箱を忘れた中学生が、友人にペンを借りる時みたいなノリで言う。
「一人で全て片付けてきたの?」
「ああ」
「ああじゃない!そんな無茶してると死んじゃうよ!?」
「でもあの状況を打破するにはこれしか無かったんだ。許してくれ」
「はぁ……分かりました。帰りの馬が無いのですよね? 仕方がないので、今回だけは私の馬に乗せてあげます」
「そうさせてもらうよ」
「案外呆気なかったのですね。鈴鹿が人並み外れた強さってのもありますが」
「そうだな、元々あまり軍事力では優れてなかった国だからな。私もそこら辺の兵には負けんさ」
進行途中で会った。伝令を主に担う隊の小隊長であるラグルドが来る。
「皇帝陛下、お次はどういたしましょうか?」
「そうですね、まず広間に全騎士を集めてから、街に下りて街の人に今回の戦争の結果を伝えましょう」
「はい。では、騎士を整列させておきます」
「ん、ありがと。頼むわ」
城内を鈴鹿と粗方周り、広間に辿り着く。
広間には、今回のポーラロード攻略部隊の、全騎士が綺麗に整列している。流石ラグルドだ、仕事が早いと、少し感心する。
「今回の戦争お疲れ様でした。皆さん、本当に良くやってくれました。王都に帰ったら二日間全員に休養をとってもらいます。自分の故郷や家族の下に帰って、家族や親戚に会ってきてください。これは強制します。でも、それが終わったら、残りの時間は自由になさってください。私からは以上です」
七凪が下がると、入れ替わる形で鈴鹿が出て行く。
「とのことだ、帰ったら皆ゆっくり羽を伸ばしてほしい。だが! 帰路は気を抜かず、警戒を怠るな。帰るまで決して気を抜くな!」
「はっ!ありがとうございます鈴鹿様!」「危うく気を抜くところだったな」「流石騎士団長だ」
騎士たちが口々に喋る。
バァン!
鈴鹿が手を叩く。
発砲音にも劣らない大きな音が鳴り、騎士たちが静まる。
「それが気を抜いてると言うのだ!」
「はっ!」
「帰投するぞ!」
「帰投準備!」
各隊の隊長が指示を出すと、全騎士が一斉に広間から散る。
「帰ろう七凪」
「帰りましょう鈴鹿」
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