逃げることを恐れた臆病者

「暑い」


炎天下の中、凛凪は誰も居ない草原を歩いていた。


道もない、街もない、人も居ない、自動販売機も無い、水道も無い、店もない、


そんな中、彼此一時間以上歩いている。


草原を歩き続けていると、前から馬車が来た。


「馬車が実際に走ってるなんて……初めて見るぞ」


前から来た馬車が、近づいて来る。そして一人の清楚な女性が降りてきた。


「そこで何をしてるんだい?」


気品があって、何処か不思議な雰囲気だ。


「いや、少し迷ってしまって。一番近くの街に行きたいのだが」


「迷ってしまったのか、それは大変だったんだね、僕が乗せてあげようか?」


凛凪にとっては意外な誘いだった。


見知らぬ自分の前で止まり、乗せていくなんて話が良すぎる。


「迷惑にならないなら頼みたい」


少し疑わしかったが、限界だったので乗せてもらうことにした。


「迷惑じゃないさ、僕もその街に行く途中だしね、乗るといいよ」


清楚な女性は微笑みながらそう言った。


「私の考えすぎか」


「何か言ったかい?」


「いや、何も言ってない。です」


女性の後について行き、馬車に乗った。


乗る前に見た馬車の運転手もローブを着ていてフードを深く被っていた。


そして名前も聞かれていない……やはり怪しい。


馬車が出発すると、前に座っている女性が話しかけてきた。


「名前をまだ聞いていなかったね」


愛想の良い笑顔で聞いてきた。


「はい!」


急に喋りかけられ、慌てて返事をしたため、声が大きくなる。


「僕の名前はアルカナだ」


「私の名前は凛凪です」


「凛凪って言うのか。良い名前だね」


「ありがとうございます。私も結構気に入っています」


今出来る、精一杯の笑顔を返した。


「ところで、どこから来たんだい?」


「さっき歩いていた草原ですが」


「いや、来た街や村を聞いてるのだが」


「そこの草原に突然立っていたので」


「それは転送されたのかい?」


「まあ、海に飛び込んだらここに居たというか」


「海ってかなり遠い国から飛ばされてきたんだね。ここら辺に海は全くないからね」


「海が近くにない? ここはどこなのですか?」


「南タリアス国だけど」


「タリアス国?」


「街に着いたみたいだね。すまないがまた会えたら話そうか」


「あ、はい」


馬車から降りると、大きな街があった。


到着早々、突然街の中から、悲鳴が聞こえてきた。


人々が街から逃げてくる。


その中の一人を呼び止めて話を聞く。


「どうしたんだ、何があった」


問い詰めると、女性が怯えた様子で話し始める。


「賊が来たんですよ」


「街の警備隊とかは無いのか?」


「この街にはありません」


「そうか、ありがとう」


街に向かい走り出す。


「凛凪、どこへ行くんだい?」


アルカナが話しかけてくる。


「賊を片付けに行くのですが」


急いでるのと賊に対する怒りで、少し強い口調になる。


「君は逃げるんだ」


アルカナにそう促される。が、勿論逃げる気なんて全く無い。


「どれだけ敵が多くても逃げません」


「ふ〜ん。君は戦えるのかい?」


「一応」


そう短く言い、全力で走る。


街の中心部で家が燃えていた。


燃えた家を七軒分通り過ぎると、武器を持った賊が、襲ったであろう八軒目の家から出てきた。


腰のナイフを抜き、急速に間合いを詰める。


「まずは火を持ったあいつから」


「ぐっ……」


深く突き立てたナイフが、火を持った賊の心臓まで達した。


ナイフを男から抜き、構え直す。


「何だお前は! この街に警備隊なんてのは無いはずだろ?」


「てめえらこそなんだよ」


殺意を纏い、賊を睨みつける。


「舐めた野郎だな、行くぞ!」


賊が四方八方から、一斉に斬りかかって来る。


一人目の攻撃を避け、足を引っ掛けて転倒させる。


二人目の攻撃をナイフで止め、横腹に蹴りを入れる。


三人目を無視し、四人目を、相手の斬撃より速く斬る。


後ろで見ていた賊が少し引く。


残りの八人と、睨み合う形になる。


「もうすぐで頭領が来る。それでお前は終わりだ」


賊は笑いながらそう言った。


刺し殺した賊の剣を拾い、ナイフに付いた血を拭き、腰に差す。


「賊は誰であろうが殺す」


頭痛を押し殺し、賊に向かって踏み込む。


賊を一人、また一人と斬り伏せ、最後の一人になる。


「くそ、化け物が」


男が怯えた表情で後ずさる。


「何て言われようが構わん。ゴミ共が、さっさと死ね」


「くそっ」


男が剣を投げる。が、その剣を弾き、男を掴んで投げ飛ばす。


男の顔を踏みつけ首をはねる。


「さて、こいつらのボスが入ってくる前に、入り口で殺すか」


また街の入り口まで走る。


門の前に、送ってもらったアルカナと、クロークを身に纏ってフードを被り、本を読んでいる少年が立っていた。


近付いて話しかけようとすると、アルカナの後ろが血の海になっている。


確認すると、街の中で殺した数の、三倍くらいの賊が倒れていた。


「凛凪はどうして逃げなかったんだい? こんなに大人数が来たんじゃ、一人では到底無理だよね」


「それは……昔危なくなった時があって。そしたら一緒に戦っていた小隊の仲間が、私を逃がすために全員敵に殺された。それが起きてから逃げるのが恐くなったんだよ」


「そうだったのか。それは悪いことを聞いてしまったね」


アルカナの表情が暗くなる。


「それで、これはアルカナがやったのか?」


「いや、僕じゃないよ」


アルカナが笑顔で答える。


「じゃあ誰だ?」


「この子だよ」


アルカナがフードの少年を指差す。


少年に視線を移すと、相変わらず本を読んでいる。


確かによく見れば、黒いクロークに血が付いている。


そしてクロークの中に、隠す様に帯刀していた。


「君、フードを取らないのか?」


本を読んでいる少年に話しかけてみる。


すると少年が本を閉じこちらを向いた。


「久しぶりだな、物部凛凪無事で何より」


「な!?」


この知らない地に来て、久しぶりと言われる相手が居るはずもないのに、この少年は今確かに久しぶりと言った。


「俺だよ。聖家第53代目当主」


少年はフードを外しながら言う。


徐々に顔が見えてくる。


「斑鳩だ」


「探したんだぞお前」


「あー。それ秋奈に聞いた」


「秋奈って……秋奈はもう居るのか」


「そうだな、戦争している国と衝突した時にな」


「そ、そうなのか」


「ああ、でもまだ都子と七凪と鈴鹿が見つかってないんだ。あんたら二人が来てるならどうせ居るだろ、その三人が」


「鈴鹿は安心できるとして、都子様と七凪が心配だな」


「感動の再会の邪魔をして悪いんだけど。この街で買い物はできなくなってしまったようだからさ、王都に帰るよ」


アルカナが街の中から戻って来て、不機嫌そうにそう言った。


「買い物出来ないのか?」


「買い物をする予定だった店が無かったんだよ。どうやら焼かれたみたいでね」


「アルカナのお友達は連れて行って良いから、取り敢えず準備」


「アルカナ? 名前を変えたのか? ってあるかな?」


「まあな、ついでに言えば俺がアルカナで、アルカナと名乗っていたのはティエオラだ」


「何で嘘を?」


「ティエオラ・ルーシュって名前なんだよ」


「ティエオラって何者なんだ?」


「この国の王だよ、一応」


「こふっ……国王?」


「そうだけど? 嘘をついていた理由は、王とばれない様にだ」


「え、この国の王と馬車に乗ってたって……国王を崇めている国民に殴り殺される」


今思い返すと、敬語も使わずに荒い言い方もしてしまった。


「大袈裟だよ凛凪」


ティエオラが楽しそうに笑い、馬車に乗り込む。


「アルカナ、そろそろ行くよ」


「そうか、凛凪行くぞ」


再びティエオラと、馬車に乗る。


王と二人きりの馬車内には、街に向かう時よりも会話が無い。


「凛凪、そんなに気にすることじゃないって。ねえ、ティエオラ」


斑鳩が笑う。


「そうだね。そして僕の民は殴り殺すなんて事はしないよ。そもそも僕は崇められてもないしね」


ティエオラが苦笑している。


「大袈裟かもしれないけど、一国の王にタメ口を……」


声が小さくなって、徐々に聞こえなくなっていったのが、自分でも分かった。


「そういえば、名前はそのままで良いのかい?」


「名前?」


「そう、斑鳩もこっちの世界に合わせる為に、名前をアルカナに変えたんだよ。凛凪はどうするんだい?」


「私……ですか、変えます」


「あっさり言ったね」


「そうでもないですよ……この名前は大切な幼馴染みに貰った大切な名前ですから」


「アルカナもそう言っていたね。確か聖冬だったかな?」


「はい、それは聖家第五十二代目の聖冬が、死ぬ前に斑鳩にあげたものです。

自分の名前を分けたものだそうです」


すると、会話に斑鳩が割り込んできた。


「俺の体内には、聖冬の血が三割入ってるんだ」


「初耳だ」


斑鳩から初めて聞く事に驚く。


「アルカナ会話を遮断しない」


ティエオラが軽く叱る。


「ういうい」


斑鳩が軽い返事をする。


「それで、名前を決めようか」


「はい」


「女っぽいのにしてもらったらどうだ?」


また斑鳩が余計な事を喋り出す。


「女らしくないって言いたいのか?」


「いや、まあね」


「お前後で覚えとけよ」


「暴力はんた〜い」


「絶対殴るからな」


「分かったからアルカナは静かに」


ティエオラが制す。がまたも優しい言い方だ。


「良いじゃないか。私も混ぜてくれよ」


「静かに斑鳩」


今度は少し強めにティエオラが斑鳩を叱る。


「は〜い」


「ふふっ」


なぜかティエオラは外を見て、楽しそうに笑った。がすぐにこちらに向き直った。


「決めた、君の名前はリリア。女の子らしくないかい?」


「ありがとうございます。ティエオラ王」


膝をつき低頭する。


「そう言うのやめないかい?」


ティエオラがそう言ったので、急いで座り直す。


「はい。申し訳ありません」


そして、話していると斑鳩がまた喋った。


「ティエオラ、王都に入ったぞ」


「分かった、王城までもう少しお願いするよ。


「ん〜」


斑鳩から鼻返事が返ってきた。


「リリアは僕の騎士団に入る気は無いかい?」


「この国には騎士団があるのですか」


「今は戦争中でね。一人でも強い人が欲しい。アルカナの知り合いって事は、信用できるし、強いってことだろう」


「まあ、行くところもないので、騎士団に入らせてもらいます」


「なら決定だ」


すると馬車が止まった。


ドアが開くと、斑鳩が踏み台を置いた。


「行こうかリリア」


ティエオラが言い、馬車から下りる。


「名前リリアになったんだな。残念ながら女っぽいな」


「なかなかのセンスじゃないかい?」


「そうだな」


「今流さなかったかい?」


「行くぞリリア」


斑鳩はティエオラの問いに答えることなく、小走りでこちらに来た。


「ああ、分かった」


「アルカナ、今日エルトに訓練を申し込んでおくから、昼休憩にエルトの元に行くように、しっかり反省して叩き直されてくると良いよ」


ティエオラは聞く耳を持たないと言わんばかりに、足早に城内に入って行った。


「ティエオラ、それだけはやめて」


斑鳩がティエオラを直ぐに追いかけて行き、酌量を求めている。


凛凪は一人残されたので、取り敢えず城に入った。






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