謎の剣客

「まあ。とりあえず足を崩しなさいな」と小吉翁は笑顔で羽二重団子を食べ始める。

「うまいねぇ」口に蜜が付こうがまったくのお構いなし。

それを見た奥様が駆け寄りちり紙で拭くのである。

「まったくこの人はいつまでたっても子供なんですから・・・」

私はめざしで酒を頂いている。

翁に言われた通り足を崩した。

「そうだねぇ。この人と所帯を持つ前の話だからね」といって翁の手が奥様のお尻に伸びたがまた足をつねられた。

「ぎゃー」

「なにをおおげさな。」といって奥様は席を立った。


「それでね。」といって翁は話の続きをし始める。



「おいらが江戸を売ったってのは話したが途中で護摩の灰に服まで取られちまった。いくら腕に覚えがあっても刀がなくっちゃなんにもならない。

見ると山道で一人きり、遠くに明かりが見えるがあそこまでいくのは大変だ。

寒くて、不安で、なにより腹が減ってね、もうおいらは死ぬんじゃねえかって思ってね。

疲れもあったのだろう、つい「うとうとっ」と眠ってしまった。」



気が付くと旅籠の布団に寝かされてた。あんどんの明かりで天井が見えた。

ふっと横を見ると火鉢の前に子供みたいな小さな背中が見えた。


「ぐー」とおいら不覚にも腹の音がひどく大きく出ちまって。その背中が振り返った時は驚いたね。

なんと猫なんだよ。おいらはてめぇの目をこすったが嘘じゃねぇ。

その服を着た猫がおいらに近づいてくる。

「はっ」と腰に手を当てたが刀はなかった。


「捨て猫ってのは多いが捨て子ってのは珍しいと思っておまえさんをひろってきたんだよ」と猫が言う。

「まあ、とりあえず腹が減っては戦が出来ねぇ。こいつを頂きな」

といって猫は握り飯を差し出した。

野良猫に餌をやるってのは聞いたことがあるが猫から施しを頂くってのはきいたことがない、でも腹が減ってるからそりゃあもう我武者羅におおきな握り飯を3っつ食べちまった。一通り食べ終わると

「私、江戸の者で男谷小吉と申します。このたびは命を助けていただきましてありがとうございます」とおいら猫に頭を下げた。


「おまえさんも江戸者かい?おいらも事情があってこっちに流れてきたんだ」

そういうと猫は「しー」と唇に指をあてて明かりを消した。


と同時に障子が破られ「やー」と刀を抜いた浪人が3人ほど襲ってきた。

一宿一飯の恩義ってやつだ。おれも襲ってきた侍の一人を体をつかみ階段からおとしてやったよ。


そしてふりかえってみるとどうだい。猫が刀を抜いて侍と戦ってるじゃねぇか。

その猫の太刀筋がなかなか年季が入ったものでね。おいらが立ち会っても一本とれるかどうかってすげぇ技さ。

暗い中を時々剣が交わる火花が見えた。

おいらも負けちゃいられねぇ。徳利があったものですばやく侍の後ろに回るとそいつで頭をぽかっと殴った。

たちまち侍は気絶してしまったが、まだまだ追っ手が来るようだった。

猫が「こっちだ」といって二階の部屋の窓を開けて屋根に飛び乗った。


おいらも屋根に飛び乗り猫に必死についていったさ。

 

宿場は何も音がしなかった。みんな寝ているのだろう、そんな時刻さ。

猫は屋根から降りると厩がある。

馬ももう寝ていたが猫は馬に飛び乗りおいらも馬に乗った。

馬に鞭を打つと「ひひぃーん」って大きないななりをしたね。その馬に乗っておいらたちは宿場を後にした。


その猫が「猫又の新十郎こと千葉新十郎だ」


「ねこ??ですか?」私は小吉翁に尋ねた

「まあ。信じるか信じねえかは、おまえさん次第だよ。」


おいらたちは宿場から少し離れた荒れ寺に隠れたよ。

「はぁはぁ」と二人とも急な襲撃に息を切らせたがやがて、なんだかおかしくなっちまって「はははっは」と笑い始めた。二人とも一通り笑い終わると、猫が、

「おいらは千葉新十郎、悪いやつらは猫又の新十郎なんていいやがる。まあ新さんとでも呼んでくれ」

と新十郎は言った。

それがおいらと猫又の新十郎、いや新さんとの出会いだったよ。


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椿説 幕末風雲傳 若狭屋 真夏(九代目) @wakasaya

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