椿説 幕末風雲傳

若狭屋 真夏(九代目)

鶯谷

私が鴬谷の庵なるものを訪れると勝子吉翁は足を広げて書き物に夢中であった。

ふっと目を私に配ると破顔し「おっかぁ。座布団と酒を出してくれ」

と言うと奥様が座布団と銚子を私の前においてくださった。

「すみませんね。こんなものしかなくて」とメザシを肴として出してくださった。

「おいらもいただこうかな」と小吉翁は銚子に手を伸ばすと、奥様の手が「ピシャリ」とたたく。

「いけませんよ。あなたは痛風なんですから、お医者様にも言われているでしょう」といって翁の足の指をつねった。

「いってぇーーー」

「わかったらお茶にしなさいな」といって翁の前にお茶を置いた。

「すまねぇな。小吉も痛風には勝てない。若いころはさんざっぱらわるさぁしたがその報いだ。こんな格好で許してくんな」

「痛風は風邪でもいてぇが、女房殿の顔を見ててもなんだかいたくってね」

「誠につまらないものですが。」といって私は「羽二重団子」を差し出した。

「わるいねぇ。酒も飲めねぇから最近は甘党になっちまった」


小吉翁は煙管に煙草を入れると煙草盆の炭から火をつけて「ふー」と一服。

「私も頂戴いたします。」私も亡父の銀煙管を煙管入れから出し煙草を詰めて一服する。

「麟さんから話は聞いてるよ。なんでも若いころの話を聞きたいんだって?」

「はい」

一瞬小吉翁の目が鋭くなる。

煙草盆に煙草を「ポン」っと落とす。

「きいてどうするんで?」

「私も剣術を学ぶ身として先生の反省を教訓にいたしたいと思いまして。」

小吉翁は私の差料に目をやる。

「おまえさんのは、なんだい?」

「はい」と私は刀を小吉翁に差し出した。

小吉翁は口に紙をはさみ、一礼して刀を抜く。

銀色の刀身が外の光を反射し輝いている。

一通り刀を見るとゆっくりと鞘に納めた。

「粟田口吉光・・・・いい刀だ。手入れもしっかりしてある。」

「我が家重代のお宝で」

「わかったよ。いいものを見せてもらったお礼としておいらの昔話でも話してあげようじゃあねぇか」

「ありがとうございます」私は深々と頭を下げる。

「とはいっても長くなるよ。それに。。。。あんまり役には立たねぇとおもうんんだが」

「結構でございます」

「とりあえず、酒でも呑みながらゆっくりときいてくんな」



「あれはおいらが14になったころだったか。。。おいらは江戸を売って上方に逃れようとした。そもそもおいらは餓鬼の自分から喧嘩が大好きでね。とはいっても餓鬼の時分はそんなに強くなかった。

多少なりとも腕に自信をもったなぁ剣術を学んで少し経ったからだよ。

腕に多少の覚えがあればそれを試してぇのは剣客の宿命。

物見遊山もかねてお伊勢参りに出かけたが、護摩の灰なんて盗人に路銀と服をとられちまった。さむかったねぇ。まったくどうしたらいいのかわからなかった。


そんな時だよ。あの「お人」に出会ったのは。。。。」


「あのお人とは?」

「お前さん知らないかい?猫又の新十郎。」

「猫又の。。。。」


「そう、剣を取ってあの人にかなう奴なんていなかったさ。おいらの師匠みてぇ直人さ。」


そういって私はその晩小吉翁から話を伺うことになった。

伝説の剣士猫又の新十郎こと、千葉新十郎の事を。。。。



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