第39話 勝って兜の

奇襲を撃退してから、砦を2つほど落とした。


辺境伯領ほどではないにしても、伯爵領に近づいているので抵抗が激しい。


半兵衛さんの軍略と、関羽かんう張飛ちょうひの活躍でなんなく落としているけど、この3人がいなかったら苦戦していたんじゃないかな。


ミュアも活躍していた。


こっちに飛んで来た、魔法と弓矢を防いでくれている。


…… 便利なアイテムみたいだ。


めておかないとねるので、のどを撫でながら褒める。


「猫扱いするにゃ~!」


ええ!? 喉がゴロゴロって気持ち良さそうにしてるのに……


神経質そうなおじさんは連戦連勝で機嫌が良い。


戦場では後ろの方で立派な椅子に座りながら鼻歌を歌っている。


その椅子運ぶの大変なんだけど…… 気にしてないんだろうなぁ。


「この私、ノーバス子爵にかかれば伯爵領を落とすなど造作ぞうさもない。王都にも一番に着いてしまうな―――」


砦を落として、半兵衛さんと一緒に報告に行ったら、騎士達と一緒にお酒を飲みながら盛り上がっていた。


「なんなら、私が王都も落としてやろうか。そうすれば伯爵、いやいや侯爵こうしゃくも夢ではない!」


伯爵領に来てから何もしてない気がするんだけど……


ちょっと気が緩み過ぎなんじゃないの?


僕はこちらの言葉が苦手なフリをしているから何も言わないけど。


最前線ですごく活躍しているのに、関羽と張飛の奴隷紋は消してもらえない。


他の奴隷はいつも通り消しているのに……


グッと怒りを抑えて、半兵衛さんと戦果を報告する。


「アロ騎士爵にハンベイ。ご苦労、ご苦労。後はこの次期侯爵が指揮をるからゆっくりしていたまえ」


砦が落ちてから何を指揮するのか分からないけど、前もこうやって最後に前線に出て行って、偉そうにあれやこれやと兵士に指示を出していた。


みんな白けた目をしているの気付いていないのかな?


6人の騎士や奴隷管理人も一緒に神経質そうなおじさんについていく。


あの焼き印があれば……


奴隷管理人の腰にくくり付けられている焼き印を目で追った。


半兵衛さんいわく、奴隷紋は魔法を掛けた人と、それを譲渡された人にしか消すことができないらしい。


僕の場合は魔法を掛けた街の魔術師と、それを譲渡された奴隷管理人だ。


後は、あの焼き印。


僕達の奴隷紋を消している、あの焼き印は魔石の付いた魔道具なのだそうだ。


焼き印の魔石に奴隷管理人の魔力を入れておくと、他の人でも消すことができる。


呂布りょふが僕にグリグリと押し付けて消すことができたのは魔道具のおかげというか、魔道具のせいだ。


あれは痛かったよ。今も焼けただれて、消されたところがへこんでいる。


奴隷管理人の魔力が入った状態の焼き印を盗むことができれば、関羽と張飛の奴隷紋を消すことができる。


ただ、魔力を入れて消せるのは1人だけ。


だから、1人だけならなんとかなりそうなんだけど、2人となると難易度が高い。


1回でも盗まれたら警戒するだろうしね。


関羽と張飛のどちらかの奴隷紋が消えていれば、慌てて新しい奴隷紋をきざむかもしれない。


2人同時に消して、すぐに逃げるのがベストなんだけど……


う~ん、何か良い案ないかな。




「伯爵の城は堅牢けんろう山城やまじろです。今の戦力では攻め切れないでしょう―――」


落とした砦の一室で半兵衛さんが伯爵のお城を攻める説明をしている。


作戦会議という名目だけど、他の人は口を挟まない。


半兵衛さん主催の説明会が正しいと思う。


小さい部屋に、神経質そうなおじさん、奴隷管理人、騎士6名、僕と半兵衛さん、それぞれの秘書官、合わせて19名が詰めているので狭い…… 秘書官っていらないと思うんだけど。


会議内容を聞き漏らさないために必要?


ちゃんと聞いていようよ……


僕の秘書官は相変わらず、グフ、グフ言っている。


一度、治療の出来る人に見てもらった方がいいと思うけど、本人は大丈夫と言って聞かない。


辺境伯のお城は街の中にあったけど、伯爵のお城はけわしい山の上に建てられたお城らしい。


相手の戦力の詳細は分からないけど、こちらは砦を2回落とした戦闘で当初の7割ぐらいの人数になってしまった。


補充される予定はないそうだ。


ちょっと前まではたくさんの戦場奴隷が来ていたんだけど、伯爵領に入ってからは一度もない。


犠牲者は少ない方がいいけど、戦場にいる方は困るよね。


この人数だと小さい砦を後1つ落とすのが精一杯で、伯爵のお城を落とすのにはまったく戦力が足りないそうだ。


神経質そうなおじさんがショックを受けている。


そこで、半兵衛さんが考えたのが伯爵の城を無視して、侯爵領に向かうというもの。


王都に続く侯爵領に行く軍を無視しておくわけにはいかないので、伯爵は城を出て追ってくる可能性が高い。


それを待ち伏せして叩く。


あっ、みんな唖然あぜんとしている。


伯爵を無視するというのはなかなか考え付かないものね。


神経質そうなおじさんは「勝てる、勝てるぞ」と熱くなっている。


「――― それと、この策は臨機応変に対応する部隊が必要です。待ち伏せへの追い込みや、伯爵軍を城に戻さないために、アロ騎士爵と私が50名ほど率いて遊撃する許可を頂きたく―――」


半兵衛さんがたたみかけるように詳細な話をして一つずつ許可を取っていく。


重要なのは僕達が自由に動けること。


さすが半兵衛さん、他の策に上手く紛れ込ませて、許可を取ってしまった。


奴隷からの解放も大事だけど、まずは半兵衛さんの義弟おとうとさんを助けないと。


「おお、アロ騎士爵いつになくやる気ではないか。活躍楽しみにしているぞ」


うん、おじさんのためじゃないけど、頑張るよ!




◇◆◇◆◇◆


私は男爵だんしゃくである。


おっと、いかんいかん、私は子爵ししゃくである。


子爵…… 良い響きだ。


やっと私にも運気が巡って来た。


大将首の大出世。国に戻れば街を一つ任される立場。


今後は面倒なことは男爵や騎士爵に任せ、一番良い屋敷で書類を見ていれば良い。


おおおお、早く国に帰らねば。


いやいや、待て待て、慌ててはいけない。


スレイン王国を落としてからだ。


私は1つ間違った認識をしていた。


戦場奴隷から解放された子供…… ええっと、小鬼アロと言ったか。


成人していないのになぜか戦場奴隷として従軍し、魔物であるブラッディウルフを討伐とうばつする腕を持っていた。


正直、不気味で恐ろしい。


だからなるべく避けていたのだが……


騎士爵を与えて、部下として接していると非常に優秀だ。


北のドワーフ兄弟や頭の切れる優男、それに奴隷共を従えて、どんどんと敵軍を撃破してくれる。


避けるなんて間違っていた。重用ちょうようしてやれば良かったのだ。


ヤツがいれば、勝てる!


この調子ならば伯爵の位も夢ではないかもしれん。


後ろでドンと構えて、優秀な部下に任せる。


これだ! これが私の理想のスタイル!




ふむ、この砦も落ちたか。


お気に入りの椅子に座って戦果を聞く。


ドンと構えられるように重厚感のある椅子にしたのだが、正解だったようだ。


騎士達の評判は上々だ。


ほうほう、損害はそんなものか…… 


この立派な砦を落とせるだけでもすごいが、損害まで少ないとは流石さすがだ。


今までの私達だったら…… いや、考えない。考えちゃいけない。


「アロ騎士爵にハンベイ。ご苦労、ご苦労。後はこの次期伯爵が指揮をるからゆっくりしていたまえ」


優秀な部下をねぎらって、休ませてやることも優秀な子爵の仕事だ。


騎士達と奴隷管理人を連れて砦の中に入る。


兵士も奴隷も戦意は高いようだな。


なかなか鋭い視線を送ってくる。


勇猛な君達を誇りに思うぞ!


「さあ、もう一息。残党を駆逐くちくしてやろうぞ!」


あれ? 反応が鈍いな。


あ、もう敵は降伏したやつらだけなのね……


少し来るのが遅かったか。


奴隷管理人よ、降伏したやつらはいつも通り戦場奴隷にするように。


後はそうだな……


…… ハンベイにどうしたら良いか聞いて来てくれるか?




次はいよいよ伯爵の居城きょじょうだ。


なんでも山の上に建つ堅牢けんろうな城らしい……


その情報はどこから仕入れてくるのやら。


もちろん疑ってはいない。ハンベイの情報はいつも正しいからな。


その正しい情報をつかむ方法を少し教えて頂けると助かるのだが……


聞きたいが、みんなに馬鹿にされそうで聞けない。


人の上に立つとは難しいものだ。


今の人数では伯爵の城どころか、砦を落とすのすら難しいだと!


3割程度しか減っていないから、まだまだ大丈夫だと思っていたがダメなのか!?


ある人数を割ると一気に勝率が下がる? そんなものなのか、知らなかった。


「そうか、分かってはいたが、我々であればこの人数でも大丈夫と思っただけだ」


もちろん知らなかったことは言わない。


顔にも出さない。出てないよな?


それでも伯爵領を落とさねば、降格こうかくもありえる。


なんとかならないのか?


なる!?


一旦、伯爵を無視して侯爵領に行くフリをするだと。


確かに敵軍に素通りされて王都に続く侯爵領を危険にさらしたら、降格どころか後で打ち首ものだ。


おお、さすがハンベイ! 城攻めせずにこちらの有利な土地を選んで戦えるのであれば勝機はある。


「勝てる、勝てるぞ」


ふおお、伯爵を打ち取ったとなれば、また2階級特進ではないか!


元上司の子爵よりも上になれる!


今まで散々こき使われていたからな。


今年の冬は貴族の交流サロンに参加するのが楽しみだ。


国に戻って上司だった男に会ったらなんと言ってやろうか?


想像が膨らむ。楽しみで仕方がない。


細かいことはアロ騎士爵とハンベイに任せた。


私は優秀な部下に任せて、その邪魔をしない。


これが一番成果の上がる仕事だ。


ハンベイの案を全て承認すると、アロ騎士爵がいつになく嬉しそうにしている。


「おお、アロ騎士爵いつになくやる気ではないか。活躍楽しみにしているぞ」


奇襲も砦も落とした。今の我々に敵はいない!


運気は上々。本当に楽しみだ。

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