第40話 初めてのおつかい

遊撃隊ゆうげきたいは奴隷だけの10名になった。


50名と言ったはずなのに、与えられたのは秘書官ひしょかんを入れて11名だけ。


ドワーフ兄弟が強いから、そんなに必要ないだろうと減らされた。


自分の身を守る兵士が減るのが嫌だったみたいだ。


神経質だけじゃなくって、せこいよね……


半兵衛さんはこうなることが分かっていて、多めに言ったみたい。


10名ぐらいが丁度良いので助かると言っていた。


さすが半兵衛さん!


本隊から別れたら、戦場で集めたスレイン王国の軍服を着る。


服に付いた血や汚れを落とすのに苦労したけど、近くの川で頑張って洗ったので今では真っ白だ。


この服は辺境伯へんきょうはく領のお城を落とした後にみんなで一生懸命に集めたけど、半兵衛さんは今回のことまで考えていたのかな?


ちなみに僕に合う服はないので、そのままだ。


分かっていたけど、ちょっと悲しい。


その後はスレイン王国人らしい振舞いを徹底的に叩き込まれた。


敬礼や話し方、馬鹿な貴族を隠語いんごで『太った鳥』と言うことなど、スレイン王国人なら知っていることは全てなので覚えるのが大変だ。


僕は集中力のおかげか比較的早く覚えることができたけど、奴隷のみんなはなかなか覚えられないみたい。


特に一番体が大きくて強面こわもての人が苦戦している。


僕の秘書官は一番早くできるようになっていた。


意外に優秀なんだ。


ちなみに彼女が奴隷達の管理権を持っている。


僕は魔力袋が無いので、管理権の譲渡を受けられるのが彼女しかいなかったからだ。


魔力袋を持っていても、戦場奴隷から解放されたばかりの僕には管理権はくれないだろうけど……


秘書官がちょっと楽しそうだ。


無茶な命令とかしちゃダメだからね。




みんなが自然に振舞えるようになると伯爵はくしゃく領の街に入った。


辺境伯領の街と同じくらい規模で活気のある街だ。


戦場になってなかったら、辺境伯領もこんな感じだったんだろうけど……


街では高級そうな宿屋に泊まる。


久しぶりに人間らしい生活。


3人部屋で関羽かんう張飛ちょうひのいびきが響くけど、ちゃんとしたベッドに入ったときは涙が出た。


次の日、半兵衛さんに連れられて、街中で仕立ての良い子供服を買ってもらった。


おお、格好かっこういいね。半兵衛さんはセンスも良いみたい。


帰りには「秘密ですよ」と言って、2人で串焼きを食べる。


半兵衛さんが楽しそうで良かった。


本隊から別れてから眉間みけんしわを寄せて、忙しそうにしていたから心配していたんだ。


宿に帰ったら、秘書官のグフグフ病がひどくなっていた。


街にいるうちに無理やりにでも治療士のところに連れて行こうかな……




その後、街に入って2日ほど


お酒や保存食、それとなぜか子供用の服や毛布を買って過ごす。


僕のではないみたいだけど……


「このお酒はどう?」


「おう…… いや、それよりこっちの方が」


「うむ、それとこの蜂蜜酒ミードも頼む」


関羽、張飛と一緒にお酒を選んで買っていく。


半兵衛さんから頼まれて、なるべくたくさん買ってくるように言われている。


僕はよく分からないから、一番量が多いお酒を買おうとしたら、関羽と張飛がこだわって、なかなか買えない。


僕達が飲むためじゃないから適当で良いと思うけど……


えっ? ドワーフの矜持きょうじとして妥協できないの?


物語とかだとドワーフは酒好きが多いけど、ここでもそれは同じみたいだ。


「ほら、俺が選んだ葡萄酒ワインが最高だろう」


「いや、この芳醇ほうじゅん蜂蜜酒ミードだ」


こちらの世界では未成年はお酒を飲んじゃダメなんていう法律はないみたいだ。


どっちのお酒が旨いかで2人が張り合っている。


張り合っているのはいいけど、僕を巻き込まないで欲しいんだけど。


どっちの酒が美味しいか言わなきゃダメ?


…… これは飲まないと終わらないな……


保健体育の授業で未成年の飲酒がダメなのは脳やホルモンへの影響が深刻だからって習ったけど……


舌だけ付けて、飲んだ振りをする。


う、う~ん、どっちも苦いだけで、あんまり味がしない。


「「アロにはまだ酒の味は早かったか」」


そう言うなら、僕に飲ませようとしないでよ。


そういえば、街に来る途中の森で甘酸っぱいレモンに似た果実を拾ったんだった。


このお酒に混ぜたら美味しくなるんじゃないかな?


また、止められそうだから言わないけど。


でも、沢山たくさん買ったね。


僕の腰ぐらいある大きな酒樽さかだるだから重そうだけど、どうやって運ぶの?


関羽と張飛は2つ重ねて持つんだ。


…… 真似してみたら、簡単に持てた。


これならもう1つ重ねても持てそう。


他の6名が手持ち無沙汰ぶさたになるから、2つで良いか。


あれ? 他の人は2人で1つを持つの??


そんなに手持ち無沙汰だったら、僕達1つずつにするけど。


他の6名が首が千切れるんじゃないかというくらい首を振って拒否された。


そ、そう…… そこまで嫌ならこのままでいいけど……




帰り道で怖そうなお兄さん達に囲まれた。


近道だと裏路地を通ったのが悪かったんだと思う。


このお酒はあげないよ。半兵衛さんに頼まれた物なんだから。


めてるのかって、言われても……


ナイフをちらつかせて、すごまれても困る。


すごく怖い顔でにらまれているけど、不思議とあまり怖くない。


戦場で怖い顔の人をたくさん見たから麻痺しちゃったかな。


山で会った魔物も迫力があったし。


言ったら悪いけど、子供のチワワが吠えているようにしか感じない。


「あん? その程度で俺らに喧嘩を売る気か?」


関羽と張飛が酒樽を下ろして相手を睨みつける。


2人は強いけど、今日は武器を持っていないから危ないよ。


僕だけはクゥマから隠しナイフを持たせてもらっているけど……


酒樽を下ろして、何かあったら隠しナイフを関羽か張飛に渡せるようにする。


あれ? なにか相手が震えてない?


「う、う、せ、先生……」


「いやいや、みなさま、この馬鹿どもが申し訳ありません」


路地の後ろから大きな剣を背負ったおじさんがあやまりながら近づいてきた。


鋭い目と筋肉隆々の体をしている。


後ろで奴隷仲間がつばんだ音が聞こえた。


――― ギン


おじさんがいきなり剣を抜いてきたので、前に出て隠しナイフで受ける。


僕でも受け止められるくらいゆっくり抜いてきたから、冗談で攻撃してきたんだろうけど、そんな大きな剣だと危ないよ。


張飛は欠伸あくびをしているし、関羽もつまらなそうにしている。


「そんな大きな剣を振り回したら危ないよ」


あれ? おじさんが青い顔をしている。


冗談に対して真面目に言い過ぎたかな? もっと上手く返せればよかったけど……


「いや~ 御見おみそれしました。ここらで用心棒をしていますが、こんなに簡単に受け止められたのは初めてですな」


「うん、手加減してくれたから、なんとか受け止められたよ」


おじさんの蟀谷こめかみがピクリと動いた。


「…… これはこれは、太った鳥だと思ったら、たかでしたか…… お互い怪我をしちゃつまらないですし、今回は許しちゃくれませんかね」


うん、喧嘩なんてしたくないし、そっちが何もしないならそれで良いよ。


関羽と張飛も同じ意見だったから、お互い立ち去ることになった。


有難ありがたいこって、こいつらにはよく言って聞かせますので」


うん、でも、後ろのお兄さん達、すごく震えているからケアもお願いね。




◇◆◇◆◇◆


俺はガレトン王国でマフィアの構成員だった男だ。


窃盗、恐喝、暴行。


非合法なことはなんでもやった。


体の大きさ人相の悪い容姿も相まって街中では恐れられる存在だ。


だが、ある日、仲間の裏切りで衛兵に捕まった。


こんな商売だ油断していた俺が悪い。


俺が悪いが、あの野郎は許せねぇ、生きて戻ったら覚えてやがれ。


山賊、盗賊、海賊、マフィア、非合法組織の構成員は問答無用で戦場奴隷行きと決まっている。


戦場奴隷なんて生きて帰れることはないだろうがな……


――― 運が良かったのか、辺境伯領での戦争は生残ることができた。


えっ? アロとかいうやつを俺達のトップにしたい?


好きにしろよ。戦場奴隷のトップなんて貴族や正規兵に睨まれるだけだ。


俺でなければ誰でもいい。


誰でも良いが、こんな子猿を連れて来たのは誰だ?


ああ、あの詐欺師か。いくら詐欺でもこれはひどくないか?


このガキは確かに王国を出発したときに居たな。


ここまで生き残ったのは素直に驚きだが、どこにでも運の良いやつはいる。


こんな子供だ、まともに相手する敵もいなかったから生残っただけだろう?


まあ、いいさ、さっきも言ったが俺がトップでなければ誰でもいい。




…… いつの間にか、あの子猿は戦場奴隷から解放されて騎士になっていやがった。


どうなっていやがるんだ。何かの悪い冗談か? 


子猿の部隊に入れられて、敵の軍服を着てスレイン王国のいろはを叩き込まれる。


みんな飲み込みが早いな……


えっ? 俺か? 俺がそんなに器用ならマフィアの世界になんて入ってねぇよ。


高級宿に泊まって、買い出しか、やっぱりシャバは良いねぇ。


ドワーフ兄弟が選んだ酒は俺が今まで散々飲んだ酒よりも格段に美味い。


鍛冶や酒ならドワーフに勝てる種族はないと言われているが、間違っていないようだ。


おいおい、9たるも買いやがって、沢山たくさん買うのはいいがどうやって運ぶつもりだ。


2人以上でなんとか運べるから18人は必要だ。


俺達は9人しかいないぞ。


ドワーフ兄弟は2樽ずつ運ぶのか…… ドワーフの腕力は化け物じみてるな。


それでも人数が足りな…… 子猿が簡単そうに2つ持っている。


馬鹿な! もしかして思ったよりも軽いのか?


1つ持ち上げようとしたがやはり重い! とても1人では無理だ……


「手持ち無沙汰だったら、僕達1つずつにするけど」


俺達は青褪あおざめて、必死で首を振った。




子猿とドワーフ達が軽そうに酒樽を運びながら、裏路地に入って行く。


俺の経験から言うと、この路地はやばい。


裏の組織があるはずだ。


…… やっぱり当たったか…… しかも、そうとうヤバいやつらだ。


もったいないが、さっさと酒を渡して逃げるに限る。


こら! 挑発するな。こいつらは簡単に人を殺すようなやつらだぞ。


ナイフを抜いて…… すごい殺気だ。


こいつら、そうとう場数を踏んでやがるぞ。


俺でもビビるのに、ドワーフ兄弟と子猿は酒樽を下ろすと平然と相手を見据みすえている。


「あん? その程度で俺らに喧嘩を売る気か?」


チョウヒとかいうやつが睨みつけると、相手の数十倍の殺気が充満した。


み、味方のはずだが、俺達でも震えがきやがる。


魔物に睨まれたみたいだ。


「いやいや、みなさま、この馬鹿どもが申し訳ありません」


後ろから大剣を背負った男が出てきた。


この感じ、相当な猛者もさだな。


この業界ではよくいる凄腕の用心棒。


表の仕事ができなくなった騎士や傭兵。暗殺者くずれなどが多いが、どいつもただのマフィアでは太刀打ちできない戦闘に特化した力を持ってやがる。


一瞬で俺の首を落としかねない…… 無意識に唾を呑み込んだ。


――― ギン


な、何が起きた?


気が付くと、用心棒が大剣を振り下ろしていて、子猿が小さいナイフでそれを受けていた。


早過ぎて見えなかったぜ。


用心棒が力を入れているけれど、子猿はビクともしていない……


「そんな大きな剣を振り回したら危ないよ」


完全に用心棒を馬鹿にしてやがる。


子猿…… いや、アロ様はそんなに強かったのか……


この世界、められたら終わりなのに、あんなに強そうな用心棒が負けを認めて逃げに入っている……


…… うん、俺達のトップはアロ様だ。誰でもいいなんてもう言わない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る