第35話 ダンジョン

スレイン王国の兵士達が悲鳴を上げて逃げて行く。


うん、ババンの遺跡要塞いせきようさいはすごい。


もし、辺境伯領のお城がこんな要塞だったらと考えると背筋が凍る。


遺跡要塞の城壁の上に少しスペースがあったので、そこで村人が車座になって座り、情報交換をしている。


僕と張飛も加わって事情を話したけど、感謝と同時にあきれられた。


張飛、馬の暴走の件は話さなくっても良かったと思うけどな……


「う、うう……」


「お義父とうさん!」


5人ほど怪我をしており、草で出来た簡易ベッドに寝かせている。


ババン達が遺跡で休憩用に作った簡易ベッドなので大人が寝るには小さいが、無いよりはましだ。


5人の中でもババンのお義父さんの怪我が一番酷い。


呂布にやられたときの僕みたいに熱も出てきてるから、危険だと思う。


傷薬きずくすりだったらこれかな?」


メイプルシロップ味の樹液と少し青っぽくなっている樹皮をふところから取り出した。


袋を開けるとババン達が青い顔をする。


「お父さんはまだ大丈夫だから!」


マリーがすごい剣幕けんまくで迫った。


ええ!? いや、これで少しは良くなると思うんだけど。


そっか、民間療法じゃ信用できないよね。


「アロ、それは仕舞しまっておけ、村のやつと薬草を採ってくるから待ってろ」


張飛ちょうひ蟀谷こめかみを両側からグリグリされた。


これ、見た目以上に痛いんだけど。


村の人の何人かと薬草を探すみたい。


まだ、兵士が残っているかもしれないから、護衛でついていくようだ。


ちょっとウキウキしている。


遺跡要塞では活躍できなかったものね。




「ずいぶんと苦しそうだにゃ、回復魔法でも使っとくかにゃ?」


「ミュア!」


ビックリした。


気配もなしに真後ろから声をかけないで欲しい。


「ミュアどこに居たんだよ。早くお義父さんに魔法をかけてよ」


「にゃ~ ババンは頼み方がなってないのにゃ!」


「え~ 仕方しかたがないな。偉大なるミュア様どうぞ回復魔法をお願いします」


ババンが土下座しながら大仰おおぎょうに言った。


「む~ なんか馬鹿にされている気がするにゃけど、いいにゃ」


ミュアが白いモヤをババンのお義父さんに飛ばした。


魔物と戦ったときに見た回復魔法だ。


ファンタジーだと獣人は身体能力が高くて魔法が苦手なことが多いけど、ミュアが魔法が使えるんだ。


「やっぱり、人間には効き難いのにゃ」


ちょっと熱が引いて小さな傷が無くなったたみたいだけど、人間には効き難いってどういうことなんだろう?


ミュアが言うには、生物は肉体と魔素の両方で出来ていて、人間は魔素の部分が少ないから魔気による治療は効果が薄いらしい。


人間のような肉体がほとんどを占める生物は肉体の老化によって寿命が短く、怪我も治り難いという欠点を持っているが、繁殖力はんしょくりょく、環境適応力に優れていて、また、個人をはっきりと認識する利点があるとのことだ。


妖精のような魔素がほとんどを占める生物は人間とは反対に不老で、怪我も魔力の補充ですぐに治る。一方、繁殖力はなく、環境が変わると生きていけない。また、意識は希薄で自然の一部と思っているふしがあるらしい。


ミュアはすらすらと学術的なことを語る。


見た感じと喋り方はおバカそうなのに……


「みんな失礼なことを考えている顔にゃ!」


そうかな? ババン達を顔を見合わせた。


「魔法で治しても危険な状況なのにゃ。遺跡の中にあるポーションが使えたら良いのにゃけど」


おお、ポーションがあるんだ。異世界らしい。


使えたら良いのだけどって、何か問題があるのかな?


「分かってるにゃね。遺跡には入ったらダメにゃ」


「こっそり入ろうとしたけど、入るとすぐに体が熱くなって動けなくなるんだよね」


「あれは危なかったよね」


「にゃ~ 入ったらダメと何度言ったらわかるにゃ! 遺跡の中は魔気が超高濃度だから、入ったら魔力袋が暴走しちゃうにゃ!」


魔力袋が関係しているのだったら……


「もしかすると僕、入れるかも……」


だって、魔力袋なんて持ってないから。




ぼんやりと緑色に光る遺跡の中を進む。


やっぱり魔力袋がない僕は何事もなく中に入れた。


ミュアとババン達の驚きの顔は忘れられない。


それにしても遺跡の中に光源があってよかった。


何が光っているかわからないけど、天井と壁が光を放っていて進むのには困らない。


気分はダンジョン攻略だ。


この世界には冒険者って職業はあるのかな? あったら目指してみても良いかもしれない。


「ここは数万年前に栄えた魔法帝国の研究所にゃ。防犯はしっかりしているから気を付けるのにゃ」


魔法帝国って何かすごそう。ミュアは顔に似合わず博識はくしきだな。


「ミュアも入れるなら、ポーションを持ってきてくれたらいいのに」


「この姿は魔法で作った幻影にゃ、持ってくるなんてできないにゃ!」


あ、あれ? こんなにはっきり見えているのに幻影なの?


そういえば、大人には猫に見えるんだっけ。人によって見え方が違うって、確かに幻影だと言われたほうが納得できる。


「驚いた。なんで幻影なの?」


「本体は遺跡の奥に封印されているにゃ。解放されるには早くてもあと数万年はかかるから諦めているにゃ。まぁ、もし封印を解いてくれたらアロの寿命が無くなるまでくらいなら伴侶はんりょでいてやるにゃ」


「ええっと、お断りします」


「にゃ~! この姿は魔力の消費を抑えるための仮の姿にゃ。本物は超セクシーの美人なのにゃ~ 見たらきっと今の言葉後悔するにゃ!」


ええっと、姿というよりかは、そのおバカそうなお喋りがお断りポイントなんだけど……


まあ、冗談だろうから流して、ミュアがなぜこんなところに封印されのたかを聞いた―――


――― 聞くんじゃなかった…… 話が長い、遺跡の防犯システムを一つ一つ解除しながらずっと話ている。


まだ、終わんないのかな?


えっ? 毒ガス部屋の解除に失敗したから逃げろ?


ちょ、ちょっと待って。死んじゃう、死んじゃうよ!




◇◆◇◆◇◆


ミュアの名前はμa。


正確にはμ(ミュー)のa型にゃ。


数万年前に栄えた魔法帝国で最終決戦兵器と呼ばれていたにゃ。


まあ、今は封印されて、ただの子猫の幻影にゃ。


アロにババン達の救出をお願いしたけど、見事に果たしてくれたにゃ。


成人していないのにすごいにゃ。


千里眼で見ていたけど、焼け焦げ、打撲だらけで良く勇気を出して助けたにゃ。


感謝感激かんしゃかんげきなのにゃ。


兵士は心配いらないにゃ、ミュアとババン達で作った要塞は無敵なのにゃ。




兵士達はすぐに返り討ちにしてやったのにゃ。


一昨日おととい来やがれなのにゃ。


にゃ! ババンのお義父さんが大怪我なのにゃ。


今、助けるにゃ。助けるから安楽死させようとしちゃダメなのにゃ。


アロの持っているのは全部猛毒にゃ。


あきらめるのは早過ぎるのにゃ。


――― 魔気の回復魔法は魔素分しか回復できないから、人間のような魔素が少ない種族には効きが悪いのにゃ。


ミュアやドワーフだったら、もう少し魔素分が多いから、これくらいの傷だったら全快なのににゃ。


後は神聖魔法だったら治せるにゃけど、ここには神聖魔法を使える者はいないのにゃ。


ミュアを封印した聖女だったら治せるにゃけど…… そういえば、封印されているところにポーションがあったにゃ。


ここはミュア達を作った研究所だったところだから、魔法のアイテム類も豊富だったにゃ。


でも、遺跡の中は超高密度の魔気で、誰にも入れないようにしてあるにゃ。


大人しく薬草を待って、後はババンのお義父さんの体力に期待にゃ……


「もしかすると僕、入れるかも……」


…… ええっと、何でアロは遺跡に入ってなんでもないのにゃ?


魔力袋がないって、よく今まで生きてこれたにゃ。


ビックリにゃ!


「ここは数万年前に栄えた魔法帝国の研究所にゃ。防犯はしっかりしているから気を付けるのにゃ」


本当に気を付けるのにゃ。ミュアは幻影だから全部の罠は把握していないにゃ。


研究所で死なれては目覚めが悪いにゃ。


アロはここ数万年で初めて遺跡の中に入れた人なのにゃ。


ポーションの近くにミュアは封印されているから、アロが解放してくれると嬉しいにゃけど、封印は非常に強力にゃ。


封印した聖女か研究所に所属していた研究者でなければ解放は不可能なのにゃ。


後はミュアに入ったこの強いたましいの正しい名前を呼んでくれたら、もしかするとミュア自身で解くことができるにゃ。


もし、そんな奇跡が起きたら、アロのために数十年くらいくしてあげても良いにゃ。


良いと思ったのにすぐに断りやがったにゃ!


きっと後悔するにゃ! というか腹が立つから嫌がってもまとわりついてやるにゃ。


ミュアのことが気になったみたいなので、これまでのことを話してあげたにゃ。


断るとか言って、れてるだけだったかにゃ。


可愛いやつにゃ。


まずは生まれたところからにゃけど、数万年を語るのは大変にゃ。


長くなるけど、まあ聴くにゃ。


カチッ


あっ、話に夢中で毒ガスの罠の解除に失敗したにゃ。


アロ早く、早く逃げるにゃ!

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