第33話 乱取り

ミュアがあまりに泣くので、仕方なく張飛ちょうひと西にある村へ向かった。


徒歩で10分も歩くと森の中に整地したところや納屋なやが見え始め、人のいとなみを感じることができる。


もうすぐかな?


もう夕食も過ぎたような時間なのに、村の方が騒がしい。


煙も見えるし、祭りでもやっているのだろうか?


木が日の光をさえぎるので、森の中は日が暮れるのが早い。


そのため遠くからでは村の様子がよく分からなかった。


納屋があったところからは下っていて、少し歩いた先でやっと何軒かの民家の屋根が見えた。


「おい、アロ。乱取らんどりだ!」


乱取り? 体育の授業で柔道をやったときに練習で乱取りをやったけど、それとは違うよね? 


「あ~ 分からんか。軍隊が野盗の真似事をすることだ。あれはスライン王国軍じゃないのか? 領民から略奪りゃくだつしてどうするよ!」


軍隊って略奪するの? しかも自国の村をおそうって正気じゃない。


――― 後で聞いた話だと、結構けっこう良くある話なのだそうだ……


もしかすると元の世界でも―――


「た、助けないと」


「アロならそう言うと思ったぜ。無関係だから助けてやる義理なんぞこれっぽっちもないんだけどな」


そう言うけど、張飛だったら僕がいなくても助けに飛んで行っていると思う。


だって、顔が笑ってるよ。


「無茶はするなよ。さっきの遺跡に逃げるように言って回るだけだ。殿しんがりは俺がやるから、アロは村人を先導してやれ」


「分かった。張飛も無理しないで」


張飛が村の中心に集まっていた兵士に向かって弓を放つと、一直線に切り込みに行った。


張飛の弓は相変わらず大砲のような音と共に飛んで行き。辺り一面を粉々にしている。


あれは反則技だよね…… ちょっとだけ、敵の兵士に同情した。


僕は大きな声で「遺跡に逃げろ!」と言って回る。


家に押し入ろうとして、家主と攻防をしている兵士を見つけたので後ろから加勢した。


一人は僕の槍で足を刺され、一人は家主のすき威嚇いかくされて逃げて行った。


戦争で何度も敵に突撃していたので、恐怖感が薄らいでいる気がする。


関羽かんうや張飛が強いだけで僕自身が強いわけじゃないから気を引き締めないと。


「東の遺跡に逃げてください」


御礼を言う家主に逃げるように伝えて、次の家に向かって走り出す。


あっ! ババンのことを聞かないと。


「ババンという少年を知りませんか?」


「ババン? その道を真っ直ぐ行った先にある家だ。あっ、あの煙が出ている……」


家主が指差した先に確かに煙を上げている家がある。


火事!? い、急がないと。




家に近づくと5人組の兵士が笑いながら出て来た。


多勢たぜい無勢ぶぜいなので、家の陰に隠れてやり過ごす。


裏口に回り込んで扉を開けると煙が一気に出てきた。


な、何も見えない……


「…… う、うう……」


うめき声が近くから聞こえた。


「助けに来ました。見えないので声を出してください」


槍を置いて、目一杯息を吸ってから匍匐前進ほふくぜんしんで進む。


裏口から一気に煙が出たからか、床に近いところはかすかに視界が確保できた。


声の方に進むと男性が床に座っている。


柱に縄でくくり付けられている?


火がせまっているので急いで近づいて、短剣で縄を切る。


「わ、私は動けそうにない…… 右奥の床下に子供3人が隠れているから…… ゴホゴホ、た、助けてやってくれ」


確かに足が変な方向に曲がっている。


さっきの兵士にやられたのかな?


ここまで来て助けないなんて考えられないので、左手を男性の脇に入れて引きる。


水汲みのバケツに比べたら、軽いもんだ。


ババンは何としても助けないといけないので、そのまま右奥に進む。


こっちは火が回り始めていてすごく熱い。


「ババン、ゴール、マリー!」


男性が叫ぶと床がせり上がった。


中から小学生ぐらいの子供達が顔を出す。


「あっ! 危ない!」


火のついたはりが子供達の上に落ちて来たので、咄嗟とっさかばった。


ガン! ガラガラ


男性を離して、走り込んで背中で受ける。


そんなに大きな梁でなくて良かった。


すごく痛いけど……


「ゴホ、ゴホッ。早く逃げて」


梁を受けたときに煙を吸い込んでしまった。


「お父さん!」


3人の子供が床から出て男性に近づくのを見て、梁を床に落とした。


「熱、熱!」


いつの間にか服に燃え移っている。


急がないと、大火傷おおやけどしちゃうよ。


「ふぬ~」


火事場の馬鹿力って本当にあるんだね。


気が付くと、男性と3人の子供を引きって外に出ていた。




地面にこすり付けて火を消そうとするけど、なかなか消えない。


「ババン、おけの水を」


一番背の高い子が桶に入っていた水を持って来て、掛けてくれた。


外にあるトイレの水だろうけど、ありがたい。


「君がババンか、ミュアが呼んでたよ」


「ミュアを知ってるの?」


う~ん、知り合って一時間くらいだけどね。


「泣いて会いたがってた。みんなを連れて遺跡に行ける?」


ババンよりも小さい子が2人と、ババンのお父さん。


お父さんは僕が運ばないとダメだね。


散々、殴る蹴るされたようで、あちこちれている。


骨も何か所か折れていると思う。特に右足は変な方向に曲がっているから自分で歩いて避難するのは無理だ。


「アロ! あっちの方の家はもうダメだ。敵がうじゃうじゃいやがる」


数十人の村人を連れて張飛が後ろを気にしながら走って来た。


「うん、分かった。急ごう」


遠くに兵士の姿が見えた。


こっちを指差して、何か叫んでいる。


ババンのお父さんを抱えて、村人と一緒に東の遺跡へと走った。


ドゴーン


ときどき、張飛の放つ弓の音がする。


村人を助けたかったから逃げているけど、単純に敵を倒すだけだったら張飛一人でできちゃうんじゃないの?




◇◆◇◆◇◆


僕の名前はババン。たぶん10歳くらい。


生まれは貴族の子供だったみたいけど、物心付いたときには孤児院にいたから、貴族らしいことは何も知らない。


孤児院に一緒にいた年下のゴールと共に山村さんそんの男性のもと里子さとごとして出された。


男性にはマリーという娘がいて、母親は亡くなったらしい。


山村では男手が必要だから、僕達を引き取ったと聞いている。


山の暮らしは大変だけど、孤児院ほどではない。


里親も優しいしゴールと二人で喜んでいる。


里親は山村で大工をしていて、僕は長男として仕事を手伝う。


建物が大好きなので大工仕事は天職! 神様に感謝しないといけない。


特にお城や砦は最高に格好良い。


街の孤児院にいたときは、ゴールを連れ出してよく見に行った。


ゴールは孤児院で詩を読むのが好きだったから、連れ出すのが大変だったけど。




マリーに誘われて、森の東に向かった。


秘密基地があるらしい。


秘密基地と聞いてワクワクしながら向かうと、古いけど砦のような建物があった。


おお、いいね!


僕はすぐにとりこになった。


ここを僕の考える最高の砦にしたい。


秘密基地というには守りが手薄だから、来るたびに少しずつ改造していく。


ゴールとマリーも面白がって手伝ってくれた。


「何をしてるのかにゃ?」


ミュアという猫みたいな女の子が、「この場所はミュアのだ!」と言うので初めは喧嘩けんかになったけど、今では一緒に遊ぶ仲だ。


ミュアはすごく物知りで、建物のことについて色々と教えてくれた。


「見た目はおバカそうなのに」と言ったゴールは爪で引っかれた。


僕は思ってても言わないようにしよう……


…… 言わなかったのになぜか引っ搔かれた……


魔法も上手なので、重くて運べない資材も移動させてくれた。


思い通りの砦を作ることが出来る。


ミュアが「天才、天才」とめてくれるので、嬉しくなって全力で僕の考える最高の砦を完成させた。




夕食を終えて、仕事道具を片付ているときに村が騒がしくなった。


「乱取りだ!」


乱取りってなんだ? と思っていたら、お義父とうさんに床下の収納に押し込められた。


「何があっても絶対に出てくるな! 音もたてるな!」


優しいお義父さんが大きな声で僕達に言うと床板を閉めた。


ゴール、マリーと身を寄せ合って、なるべく動かないようにしていた。


大きな物音が何度もした。


「ちっ、金も女もないじゃねぇか。外れだな」


「こいつ、無駄な時間使わせやがって、動けなくして火を付けてやろうぜ」


大きな物音の中から不吉な声が聞こえた。


お義父さんが心配だけど、言いつけを守ってじっとしている。


しばらくすると焦げ臭い匂いがしてきた。


「ババン、ゴール、マリー!」


お義父さんが呼んでいる。


思い切って扉を開けると家が煙だらけ、お義父さんは?


「あっ! 危ない!」


ガン! ガラガラ


上から火の粉が降ってきた。


上を見ると、誰かが僕達の上に落ちて来た梁を背中で受けている。


「ゴホ、ゴホッ。早く逃げて」


そうだゴールとマリーを逃がさないと。


あっ!


「お義父さん!」


ゴールとマリーの3人で近づくと、ボロボロのお義父さんが横たわっている。


あの声のやつらにやられたんだ。


早くお医者さんに。


「ふぬ~」


さっきの人が、お義父さんと僕達3人を抱えて外に出た。


すごい力だ!


ムキムキの大男だと思ったら、少し年上のお兄ちゃんだった。


「ババン、桶の水を」


トイレで流すために汲んでいた水桶みずおけを慌てて取って、助けてくれたお兄ちゃんに掛ける。


――― ふぅ、なんとか消えて良かった。


…… 僕達の家が燃えている。


悲しいけど、みんな生きているのだから悲しんでばかりはいられない。


お兄ちゃんがいなければ危なかった。


危機に颯爽さっそうと現れるなんて、物語の勇者みたいだ。


こんな炎の中に入って、僕達を助けてくれたお兄ちゃんには感謝しかない。


火傷も梁が落ちて来た怪我も物ともせずにお兄ちゃんがお義父さんを抱えて走る。


なんでもミュアが呼んでいて、村のみんなを守るために、僕達の秘密基地に向かうらしい。


大丈夫。秘密基地に着きさえすれば、お義父さんはミュアの魔法で治してもらえるし、僕達の砦は乱暴をする悪い兵士になんかに負けない。

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