第32話 迷子の迷子の

馬はどんどんと加速して細い林道を全力で走る。


分かれ道はその都度つど、馬の気分で曲がってゆく。


もう、どう来たのかも分からなくなった頃に、馬が走り疲れてやっと止まった。


長時間、馬にしがみ付いていたので全身がだるい。


きっと明日は筋肉痛だと思う。


張飛ちょうひがすぐ後ろをついて来てくれていたから不安はなかったけど。


あれ? ええっと、張飛いわく馬の暴走は5分ぐらいだったらしい。


もっと長かった気がするけど……


「張飛、ごめんなさい」


「ああ、俺の監督不足だ。気にするな」


張飛が頭をボリボリいて許してくれた。


「早く戻って、合流しないと」


「そうだな。アロは帰り道は覚えているよな?」


「えっ?」


二人して止まってしまった。


「もしかして、張飛は帰り道分からない?」


「アロ、帰り道覚えていないのか?」


あああ、きっと関羽かんうだったら細かくきっちり覚えているんだろうな……




二人して、「こっちだった気がする」と言い合って少しずつ戻るけど、同じような林道が続く…… 完全に迷子だ……


どんどんと林が深くなっていく。


きっと、道を間違えたな……


こんな、林か森か分からないところで迷子になったら危険だ。


捜索そうさくなんてしてくれないだろうし。


食べ物はリンゴやキノコがいっぱいってたから大丈夫そうだけど。


『うええぇぇえぇえん、うええぇぇえぇえん』


森の中をキョロキョロしていたら、突然、子供の泣き声が聞こえた。


「どうしたアロ?」


「子供の泣き声が聞こえる……」


「…… 何も聞こえないぞ?」


えっ? こんなにはっきり聞こえるのに……


ホラーじゃないよね!?


恐る恐る声の方に近づくと、森が抜けて人工的な石がゴロゴロと転がっている場所に出た。


古代遺跡かな? 社会の教科書にっていたアンコールワットみたいな感じだ。


遺跡の門の前で小学生くらいの女の子が泣いている。


…… やっぱりホラー?


こんな小さい子が森の奥深くの古代遺跡で泣いてるなんて、普通の人間なはずないよね。


足があるのか確認しながら、ゆっくりと近づく。


おそわれませんように……


「うええぇぇえぇえん、うええぇぇえぇえん」


「おお、確かにないてやがるな」


張飛がスタスタと近づいて、頭をポンポン叩いた。


「うええぇぇえぇえん! うええぇぇえぇえん!」


ちょっと、泣き声が大きくなったんだけど。


「どうしたの?」


僕も近付いて、しゃがんで話し掛けたけど全然泣き止んでくれない。


よく見ると、この子、猫の耳と尻尾しっぽが出ている。


ファンタジーでよく出てくる獣人じゅうじんだ。


初めて見たよ。


「張飛、この子は獣人みたいだね」


「獣人? なんだそりゃ?」


あれ? あまりメジャーじゃないのかな?


「こんな所でどうしたの?」


「うええぇぇえぇえん、うええぇぇえぇえん」


こ、困ったな。


まるで童謡の『いぬのおまわりさん』だよ。


「うええぇぇえぇえん、うええぇぇえぇえん」


「ワン!」


「えっ?」


ダメ元で犬の鳴き真似まねをしたら、驚いたのか泣き止んだ。


「僕の言葉分かる? なんでここで泣いているの?」


「……ぐすっ、ババン達が来ないのにゃ」


あ、語尾は「にゃ」なんだ。


「ババン?」


時間をかけて聞き出したところ、友達のババンという少年が来なくて泣いていたらしい。


張飛は興味が無くなったのか、遺跡を探索している。


「ババンはすごくお家を強くするのが得意なのにゃ、ミュアのお家もババンが強くしてくれたのにゃ」


この子の名前はミュアというみたいだ。


それにしてもお家を強くするって何だろう? こっちの言葉は難しい。


「おい、アロ、猫にかまってないで、こっちに来て見てみろ」


張飛は子供が苦手なのかな? 面倒見が良さそうなのに。


「ババン達はあっちに住んでるにゃ、連れて来てほしいにゃ」


ミュアがちょうど西に沈みつつある太陽の方を指して言った。


「もうそろそろ日が暮れるから、また明日の方がよくないかな?」


「ダメにゃ、絶対にすぐに連れて来るにゃ」


う、う~ん。


「連れてくるにゃ~ うええぇぇえぇえん、うええぇぇえぇえん」


「あ~ 分かったから、来るように言うから」


ババン君に伝えて、明日の朝には来てもらおう。


「お~い、アロよ」


「張飛、ちょっと待ってね」


ミュアに呼んで来ることを約束して、張飛の下に向かう。


――― おお、立派な要塞ようさいだ。


遺跡の中心部にある塔がちょっとした要塞になっている。


自然にちょっと手を加えただけみたいだけど、水堀みずぼりも落差のついた防壁ぼうへきもちゃんとある。


「おお、アロ。辺境伯領の城よりも攻め難そうだろう。誰がやったか知らないが、立派なもんだ。自然を利用して上手く作ってやがる」


張飛も職人気質だから、気になるようだ。


お家を強くする…… これを作ったのはババンって子かな?


まぁ、連れて来いって言われたから、また泣き出す前に出発しないと。


「うええぇぇえぇえん、早くババン達を連れて来るにゃ!」


はい、はい。


泣く子には勝てないよ。




◇◆◇◆◇◆


ミュアの名前はμa。


正確にはμ(ミュー)のa型にゃ。


数万年前に栄えた魔法帝国で最終決戦兵器と呼ばれていたにゃ。


今と違って、魔法がとっても発達したすごい世界だったけど、ミュアと敵国の最終兵器とで暴れ回ったら滅びてしまったにゃ。


ミュアは強い虎の魔物と人を人工的に掛け合わせて、魔法を完全無効化する処理をほどこしたらしいにゃ。


だから、魔法がすごいだけの人間相手だと無敵だったにゃ。


でも、油断はいけないのにゃ。


調子に乗っていたら、聖女とか呼ばれる味方だった女に封印されてしまったにゃ。


直接魔法が効かなくても、魔法で強化された物に閉じ込められたら、どうしようもなかったにゃ。


しかも箱と建物で厳重に封印されてしまったのにゃ。


体がまったく動かせないにゃ。


千里眼せんりがんの魔法で外を見ることができたのが唯一の救いにゃけど……


敵を全て倒せと命令しておいて、倒したら封印なんてひどいにゃ。




数えるのも面倒な年月がったある日、空からたくさんの強い魂が降ってきたにゃ。


ミュアにも一つ入って来て、力が増したのにゃ。


今ではミュアの幻影を、建物の外に出すことが出来るようになったにゃ。


この魂に名前を付けることができたら、もっと力が出ると思うけど分からないからくやしいにゃ。


力を節約するために、子供の姿しかとれず、移動範囲も敷地内限定だけど大きな成果にゃ。


張り切って外に出ると建物は子供達の遊び場になってたにゃ。


近くの村の子供みたいで、秘密基地として使われているにゃ。


暇なので幻影で近寄ったら、いつの間にか一緒に遊ぶようになったにゃ。


生まれてから戦いしか知らなかったから、すごく楽しいにゃ。


お前らはマブダチにゃ!


にゃにゃ! 一人すごい子がいるにゃ。


まだ子供なのにミュアが封印されている塔を要塞にしてしまったにゃ。


森にあるもので作ったので耐久性は弱いかもしれないけど、子供の秘密基地レベルではないにゃ。


築城の天才っているもんだにゃ。


名前はババン?


にゃ~ん、この子も魂が二つあるにゃ。


天才なのも納得だにゃ。




敵の気配がするにゃ!


悪意のある気配は封印されていても分かるにゃ。


これは村に向かっている!?


にゃ~! ババン達がピンチにゃ!


ミュアはここから出られないにゃ。


誰か、誰か。


馬に乗った二人組が森に居るにゃ。


二人とも魂が二つずつ! きっと強いにゃ。


人間の子供の方は優しそうだけど、ドワーフは悪そうな顔しているにゃ。


幻影を使い分けてドワーフには猫のフリをしておくにゃ。


『うええぇぇえぇえん、うええぇぇえぇえん』


遠くに居たから、指向性を持たせて思いっきり泣いてみたにゃ。


お願い、こっちに来てにゃ。


早く、早く、ババン達を助けるにゃ!

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