第31話 常歩、速歩、駈歩

カッポ、カッポ、カッポ


擬音ぎおんを付けるとしたらこんな感じだろうか?


実際には特に音がするわけではなく、静かにゆっくりと馬が進む。


半兵衛さんの献策けんさくが通り、ボーラル子爵の兵を借り受けて、辺境伯領から北東に位置するサターキ伯爵領へ向かう。


人質として捕らえられている半兵衛さんの義弟さんを助けないと。


助けなきゃいけないのだけど、僕は隊の一番後ろで馬に乗る練習をしている。


僕は徒歩でも良いんだけど、騎士として馬に乗れないとダメらしい。


教師はなんと張飛ちょうひ


半兵衛さんは移動で乗ることはあっても、戦場で乗ることはないので教師役を辞退。


そこで関羽かんうに教師役が回ってきたのだけど、性格が細かすぎて教えるのに不向きと分かってこれまた辞退。


「上半身を17度後ろに傾け、足は125度開き」とか言われても実践できない……


張飛は感覚的な言い方だけど分かり易い。


なので、張飛が教師となったのだけど、関羽が物凄ものすごくやしそうだ。


後でフォローしてあげないと。




まずは常歩なみあし、カッポ、カッポとゆっくり歩かせる基本中の基本……


…… 滅茶苦茶めちゃくちゃれて、お尻と背筋が痛い!


張飛に背筋は絶対に伸ばすように教えられた。曲げるとすぐに指摘される。


脚は力を抜いて降ろすだけ、なので馬の揺れに合わせて体がちゅうに浮く。


見ているとただ座っているだけにしか見えないし、自分の足で歩いている奴隷から見ると、楽しているようにしか思えなかったけど。


慣れていないと必死に乗らないとダメだから全然楽じゃない!


一騎駆けのときと昨日の山までは必死にしがみ付いていただけだったけど、ちゃんと乗馬しようと思うと難しい。


くらあぶみ馬銜はみ手綱たづななど、馬に乗るための道具がちゃんと有って良かった。


無かったら発明して大儲おおもうけとか考えたけど、よく考えると道具が無かったら馬術も発達しないから、馬に乗る文化も育たないよね。


常歩に慣れて、手綱捌たづなさばきによる方向転換や停止が出来るようになると、すぐに速歩はやあしに切り替わった。


速歩はカッ、カッ、カッ、カッと常歩の1.5倍くらいの速さ。


普通の人間だったらまず走って追いつけない速さだから怖さを感じる。


揺れも酷くて、何度も落馬しそうになる。頑張ってバランスを取って耐える。


一度、脚に力が入ってしまい馬に密着したときに落馬した。


15キロくらいのスピードの中、2メートル近く落下するからかなり危険。


人間の力では密着するとすぐに振り落とされてしまうから、馬の上でボールみたいにポンポン跳ねているほうが安全だと言われた。


しがみ付きたいのなら鐙に足を入れる方法があるけど、その場合は乗るだけではなく自分から脚を使って上下運動するようにしないといけない。


鐙に足を入れる方法も張飛に習ったけど、これも難しい。


何度も失敗したけど、張飛から「上というよりは前に乗り出す感じだ」と言ってもらって、何とかコツがつかめた。


鐙はついつい、つま先立ちになってしまうけど踵が下でないといけない。


これも張飛に何度も指摘された。


速歩もなんとか形になってきたら、駈歩かけあしをしようと言い出した。


ちょっと教えるスピードが早過ぎないかな?


「アロならこんなもんだろ?」


それは信頼なのか、人間扱いしてもらえてないのか……


駈歩はパカラッ、パカラッとテレビで見るような動きなんだけど……


見るのと乗るのとでは速さが全然違う。


一瞬宙に浮くような感覚もあるので速歩よりも段違いに怖い。


「これができりゃあ、終わりだ」


ちょっとくじけそうだったけどけど、終わりが見えると、もう少し頑張ってみようと思える。


姿勢を崩さずに、馬がうねるような独特のリズムに合わせれるように集中する。


馬自体のリズムが崩れ出したら、脚でお腹を圧迫してあげるのもコツだ。


脚で挟むと馬には走れの合図になる。


馬のリズムが崩れるのは走りを弱めようとし始めた証拠なので、この合図が重要になる。


そういえば、一騎駆けのときに必死にしがみ付いたら馬がどんどん加速したなぁ……


油断があった。


石を避けるため馬が急に横へ飛んだ。


僕はバランスを崩して、槍の先が馬のお尻に―――


ヒ、ヒーン


ちょっと刺さっただけなのに、もの凄い速度で走り出す。


あ、これ一騎駆けのときのスピードだ……


「アロ! 襲歩しゅうほをするのはまだ早えぇ!」


襲歩は馬の全力疾走。車と同じくらいのスピードかな?


不思議と揺れは少ないけど…… うん、落ちたら死んじゃう。


すべもなく明後日あさっての方向に猛進する馬と、落ちないように必死でしがみつく僕。


後ろから張飛が追って来てる音が聞こえるけど、この馬はどこに行くの~




◇◆◇◆◇◆


俺の名チグン…… いや、張飛だ!


アロから張飛と名付けてもらってから、やたらと調子が良い。


今ならば、あの男も倒せそうだ。


奴隷から解放されたら、今度こそ倒してやる!


奴隷紋も9つ消えているから、もうすぐだ! と思っていたが……


ハーヴェン…… いや、ハンベイの話を聞いていると、どうも解放は難しいらしい。


ガレトン王国は人間以外への差別が激しい。


それに俺達はガレトン王国を恨んでいる。


功績があろうと、そんなやつを解放しようとはしないだろう。


そう言われると俺でも解放は難しいと思う。


いや、王国のやつらなら解放はしないだろうと理解できる。


ちくしょう! どうすりゃ良いんだよ。


――― アロとハンベイでなんとかする?


おお、二人がそう言うなら大丈夫だな。


それにしてもアロには助けられてばかりだ。


おんまるばかりで返しきれない。


関羽の兄貴はアロと"家族のちかい"をしようと言い出している。


俺達ドワーフは家族を何よりも大事にする。


"家族の誓い"は俺みたいに血がつながっていなくとも家族になるという誓だ。


それをするということは一生涯、何があろうと家族だということ。


ドワーフとしては最大限の信頼の証で、名誉に感じることではある。


ドワーフ以外で"家族の誓い"をするのは珍しいがゼロじゃない。


そういう意味では俺も良い案だと思うが……


いや、反対というわけではない。


アロが規格外過ぎて、家族で収まるのかが心配なだけだ。




たまにアロと手合わせをする。


まだまだ実戦経験が浅いので負けることはないが、光るものがある。


特に奴隷で鍛えた筋力と技のえは脅威きょういだ。


魔法袋がないのがやまれる。


魔法を乗せることができれば、一角ひとかどの戦士に成れたことだろう。


ときどきあせるような攻撃を繰り出すから、ついつい本気で反撃してしまう。


魔力も自然に乗せてしまうから、反撃が高威力になるが問題になったことはない。


魔力鎧の防御もないのにアロのタフさは化け物級だ。


頑強な俺達ドワーフでもつらい奴隷生活をこなして、奴隷から解放までされたのだタフなのは当たり前か。


立派になりやがって、ちょっと嬉しいじゃねぇか。


まだまだ頼りないところがあるが、それは俺らでフォローしてやりゃあいい。


下手すりゃ、龍王"アスクロック"みたいに世界を手にするかもな。




馬に乗れないアロに教えることになった。


関羽の兄貴がねている。


その髭面ひげづらで拗ねられても、可愛くねぇぞ。


兄貴は細かいからな~


もっと気楽に考えりゃ良いのに。


おっと、アロの乗馬だったな。


一騎駆けとこの前は山まで乗ってたじゃねぇか?


しがみ付いてた? 乗ったことなかったのか……


あきれるしかねぇ。


俺は実践主義だ、四の五の言わず馬に乗れ!


――― 異様に上達が早いな……


初めてなら、常歩だけで数日は必要だぞ。


速歩もできるようになったか……


まあ、アロだしな。


常識は通じないだろう。


駈歩が出来れば終わりにしよう。


まあ、馬に乗ったまま戦うなんてことはまれだ。


騎槍ランスを持って突撃でもしない限り、降りてから戦った方が強い。


襲歩ってのもあるが、移動で使うだけなら充分だろう。


危険だからな、教えるのはまた今度だ。


――― 馬鹿野郎! 今度だって言っただろうが!


…… しまった、言ってねぇ!


「アロ! 襲歩しゅうほをするのはまだ早えぇ!」


馬が全速力で隊を離れていく。


すぐに馬に乗って追いかけるが、段々と距離が離れていく。


速ええ! 襲歩で教えることはもうないな。


一番後方で練習していたからか誰もこちらに気付いていない。


この道はどこに繋がってるんだ?


俺は方向音痴なんだ。


誰か追ってきてくれないと迷子になるぞ!

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