第20話 ある日、森の中

「き、きゃ~」


ヴァルキリーと戦っていたら、急に悲鳴を上げて座り込んでしまった。


歴戦の戦士の雰囲気と濃密のうみつ過ぎる神気しんきが消えている。


張飛ちょうひ怪訝けげんな顔で攻撃を続けようとしていたので、慌てて止めた。


鎧下よろいしただけの姿を恥ずかしがっているようなので、半兵衛さんと仲良く話をしていた小太りのおじさんからマントを借りてかけてあげる。


小太りのおじさんは余計なことをするなという目をしていたけど、他の神官戦士と半兵衛さんのジト目に負けたようだ。


ヴァルキリーが落ち着くのを待って、半兵衛さんと小太りのおじさんの話に加わった。


うん、僕も戦いよりも井戸端会議の方が良い。


小太りのおじさんは半兵衛さんにおんがあるらしいので、奴隷の僕達にも丁寧ていねいに接してくれる。


小太りのおじさんの名前はオールソン。他国の貴族だったけど、亡命ぼうめいしてこの国に来たらしい。


そのときに領地に保護して金銭的に助けたのが半兵衛さんのお父さんで、神官戦士として独立するまで家督かとくを継いだ半兵衛さん含めて色々と助けてもらったということだ。


半兵衛さんが冗談じょうだんぽく教えてくれたところによると、ちょっと変わり者だけど、神官としての力、軍事での制圧力、貴族としての政治力どれを取ってもすごく優秀なのだそうだ。


吾輩わがはいの辞書に不可能という文字はないですからな」


小太りのおじさんにウィンクされた。


今のセリフってナポレオンじゃなかったかな?




女騎士はカトリーヌという女の子だった。


同い年で農家出身なのはおどろいた。


ヴァルキリーという天使が降臨こうりんしたことで聖女認定されて、戦闘好きの天使のせいで神官戦士団を率いて戦場に来ることになったらしい。


奴隷どれいではないけど、同じような境遇きょうぐうに共感する。


その戦闘好きの天使は先ほど天界に帰ってしまったとのことだ。


小太りおじさん、ええっと、なんだっけ? ナポレオンさんが慌てている。


前提ぜんていが狂った、とか言っているけど大丈夫だろうか?


確かに一歩引いてオドオドと話す姿からは、ヴァルキリーと同じレベルで戦えるようには見えない。


「大丈夫です。ヴァルキリーと同じとは言いませんが、戦い方は体が覚えていますし、神気も使えます」


「むむむ、しかし……」


「敵に祖国を蹂躙じゅうりんされるわけには行きません。戦える力があるのですからあたしは戦います」


うっ 僕はここまで言えないし覚悟もない。


同じだと思ってごめんなさい。




僕達の事情と状況は半兵衛さんが上手にまとめて話してくれた。


何も言わないけど、二人のあわれみとあきれの混ざった目が痛い。


半兵衛さんとナポレオンさんいわく、お城で籠城戦をすると負けは確実とのことだ。


僕達としてはそれでも良いんだけど、今からお城に行かなきゃいけない神官戦士団はそういうわけにもいかないよね。


今更いまさら東の砦を落とすこともできんし、辺境伯補佐が招いているのに城に入らないのも聞こえが悪いですからな」


「城に入ってしまっては神官戦士団も被害はまずがれないかと。兵士も民衆も大混乱で逃げ場がなくなる可能性が高いです」


「このまま、城に入らず退却する手もあるが、下手に城のバカ共が生き残ると後で責任を押し付けてきますからな」


半兵衛さんとナポレオンさんで色々と考えているが、どの案もそれぞれ欠点があり決め手に欠くようだった。


僕なら多少後でめられても一番助かる確率が高い方を選ぶけどな……


「城が落とされるのであれば、街の皆だけでも助けなければ」


しばらく黙っていたカトリーヌがを決して口を開いた。


ナポレオンさんと半兵衛さんが動きを止めてお互い顔を見合わせる。


「いや~ 貴族としての矜持きょうじをすっかり忘れておりましたな。お恥ずかしい」


「私もこういうときは民衆みんしゅうをただの数として考えてしまいますから…… 反省ですね」


「しかし、助けるとなると骨ですな。一万人はいるでしょう」


「全員はもちろん無理です。少しでも多くの人を逃がすとなると……」


「上手く逃げれたとしても、それだけの人数を受け入れてくれる所もないですしな……」


頭の良い二人の考えが街の人の救出に向かったので、カトリーヌがホッとした顔をした。


農家の女の子が神託を受けて戦場に出るって……


ジャンヌ・ダルクが思い浮かぶ。


火炙ひあぶりなんてされないよね。


こんなに皆や国のことを考えている優しい人だから幸せになって欲しい。




「後は民衆に北東の城壁に向かってもらうことと、東の砦のボーラル子爵ししゃくですが……」


二人がり上げた作戦はこうだ。


神官戦士団は城に入って、敗走となったときは辺境伯補佐を含め兵士を街道のある北西の門へ誘導する。


街の人は反対側の北東の城壁へ誘導する。


北東の壁は昔にくずれたことがあり修復も手抜き工事なのでもろい。


侵攻しんこうのときに半兵衛さんの魔法とカトリーヌの神気魔法で壊し、街の人をそこから東に逃がす。


呂布りょふは占領後そのまま王都を目指し、ボーラル子爵に辺境伯領の守りを任せる予定なので、ボーラル子爵を抱き込んで街の人が戻ってきても大丈夫なようにする。


ボーラル子爵だったら、反乱の恐れがなく、働き手である街の人が戻ってきてくれるならば危害や迫害は加えないだろうとのことだ。


いつの間にそんな情報を知っているのだろうか? 


「街の方は吾輩が担当ですな。酒と女を頼りに地下ギルドに接触すれば街の情報伝達はなんとかなるでしょう」


「では、ボーラル子爵は私が…… クゥマ」


いきなり僕の後ろから2メートル近いくまが現れた。


殺気がすごい……


ええっと、死んだふりって意味ないんだよね。


木に登っても、熊も登れるから目をジッと見つめながらゆっくり下がるのが正解のはず。


ゆっくりと振り返り、目をジッと見つめる。


あ、あれ? 人間ぽい!


半兵衛さんがよく使う、認識阻害にんしきそがいがあるのか分かりにくいけど……


目を凝らすとひげがボウボウの熊のような人に見える。


「彼はクゥマ、オーブリー家にえてくれている密偵みっていです」


密偵ってスパイみたいな人だよね。この存在感そんざいかんでスパイって……


「熊みたいな密偵だな」


他のみんなもビックリしている。


同じ感想で安心した。これがこの世界の標準だったらどうしようかと思った。


親書しんしょを書きます。ボーラル子爵に届けてください」


クゥマはうなずくだけで一言もしゃべらない。


密偵でクゥマ…… ふぅま、風魔ふうま…… まさかね。




◇◆◇◆◇◆


あたしはカトリーヌ。ずかしながら聖女をしています。


天使に悪魔のようなことをされました。許せません。


フルプレートとその下のクッションを取ったら、それは鎧下よろいしたではありません。


ただの下着です。


下着で大立ち回りって、聖女ではなく痴女ちじょです……


あたしの乙女心は粉々です。


ただ、気になることを言われました。


同い年というアロと結婚しろですか……


聖女として王と謁見えっけんすると、なぜか貴族位を得ました。


貴族って、平民と違って決められた人と結婚すると聞きます。


それも天使からの話って決定事項ですよね……


初恋もまだですが、あたしはこの人と結婚するのですね。


背が低く、顔は少し幼さが残っています。あたし達の年齢だと男子の成長の方が遅いので、この辺は今後に期待です。


下着姿のあたしにマントを掛けてくれる優しさと、ヴァルキリーの攻撃に耐える強さはポイントが高いです。


今は戦場奴隷ですが、ハーヴェン様や強そうなドワーフ兄弟をしたえているので将来性は抜群ばつぐんです。


天使のお墨付すみつきまであります……


えっ!? もしかして超優良物件確保でしょうか?




難しい話はよく分かりませんが、お城に入ってはいけないようです。


ただ、危険があるのならば街の皆さんは助けないといけません。


オールソン団長とハーヴェン様の話に、いつまでたっても街の皆さんの話が出てきません……


「城が落とされるのであれば、街の皆だけでも助けなければ」


二人とも、アッ! という顔をしています。


もう、うっかりさんですね。


あたしは作戦とか難しいことは苦手なので二人がしっかりしてくれないと困りますよ。


ヴァルキリーは天界に帰ってしまったようですが、がりがなくなった訳ではありません。


パスと言っていましたが、細い糸で繋がっている感覚があります。


天がまだ見捨てていないのであれば、天命あるまで戦わなければいけません。


農村の少女であったならばおびえて隠れているだけでしたが、あたしにはヴァルキリーにもらった力があります。


この力のおかげで侵略者から皆を助けことができます。


だからこれでも感謝しているのですよ。


話はまとまりましたか? それでは行きましょう。




お城に入ると、辺境伯の部屋に通されました。


王城でも思いましたが、豪華絢爛ごうかけんらんですね。


あたし達のめたお金がこんなところに使われているかと思うと腹が立ちます。


辺境伯が敵に討たれたために、辺境伯補佐が指揮を取るために部屋に居ます。


取っていますよね? さっきから無駄話むだばなしと食事しかしていないような……


その太ったブヨブヨの体で戦場に出れるのですか? それとも知恵ちえで戦うのでしょうか?


「いや~ さすがは補佐殿、この戦に勝てば辺境伯に昇爵しょうしゃくですな」


オールソン団長が上手におだてています。


心にもないことをよくもスラスラと言えるものだと感心しますね。


あたしはオールソン団長に喋らずにニコニコしていろと言わているので、従っています。


「うむ、うむ。そうだ聖女殿、この戦が終わったら、この辺境伯のめかけにしてあげよう」


笑顔が固まりました。ええっと、ニコニコしながら剣で切っても良いでしょうか?


「辺境伯、残念ですが聖女は神にとついでいますので」


「おお、それは残念だ。しかし、還俗げんぞくも可能であろう」


気持ち悪い。ねっとりとした視線で上から下まで見られました。


これなら団長の方がカラッとしている分ましかもしれませんね。


団長が言葉巧みに重要な情報を引き出して行きます。


端々に平民を馬鹿にするような言葉を発するので、笑顔を維持するのが大変です。


これなら戦闘している方が楽ですね。


はぁぁ…… おっと笑顔、笑顔。

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