第21話 SAP

こんにちは。美しいと評判の三女神の末っ子スクルドです。


私は今、死装束しにしょうぞくと呼ばれる真っ白な服を着て、オーディン様の住まうグラズヘイム宮殿に向かっています。


この衣装はどこかの武将が死罪になるようなことを仕出しでかして、謝りに行くときに着たという一品です。


処刑されるときに着る衣装ですが、これを着て行ったら許されたという逸話いつわがあります。


私が光源氏計画のために開けた異界の扉のせいで、ヴァルハラの英霊達が逃げてしまいました。


…… 滅茶苦茶めちゃくちゃ怒られる事案です。


だから少しでも怒りを下げる努力をします。


どこかから、努力の方向性が違いますという声が聞こえます。


きっと空耳でしょう。


右手には姉のウルドも同じ衣装を着て歩いています。


その大きい十字架は何ですか?


えっ? 十字架もセットで持っていないと死装束の意味がないのですか?


早く言ってください。ていうかそれを寄越よこせ!


――― ふう、不毛な喧嘩けんかで衣装が乱れました。


ウルドは管理者であるにも関わらず、ヴァルハラを滅茶苦茶にされて、英霊達を逃がした今回の主犯です。


決して許されることはないでしょう。


可愛そうな姉だと思えば、怒りも収まります。


「ウルド、もう少し前を歩いてよ」


「スクルドこそ、もう少し前を歩きなさいよ」


主犯が前に出なくてどうするのですか? 目立たないように私はウルドの斜め後ろがベストポジションです。


だから前を歩いてください!


また喧嘩になりました。


なかなか前に進みませんね。


まあ、いいです。


私には、もう一つ秘密兵器があります。


ふっふっふ、高吸水性樹脂(Super Absorbent Polymer)ってご存知ですか?


自重じじゅうの千倍の水を吸ってくれるのですよ。


私の旦那様の故郷である日本で開発された優れものです。


これがあれば前回のような粗相そそうをしても大丈夫。


自尊心も守られます。


オムツですよねって、また空耳が……


この声ってもしかして……




グラズヘイム宮殿に着いてしまいました。


あっ、勝手に扉は開くのですね。


ちょっと心の準備がまだ……


向こうから巨大な狼が二匹飛び出して来ました。


オーディン様の飼い犬のゲリとフレキじゃないですか。


今から散歩ですか?


ちょっと、くわえないで。


ゲリとフレキに咥えられて、ウルドと共にオーディン様の下に連れて来られました。


強引ですね。られたので、すそがボロボロです。


「遅いわ!」


「「申し訳ございません」」


開口一番、オーディン様に怒られてしまいました。


はい、ごめんなさい。


あまりに気が重くて足が向かわなかったのです。


謝罪する場合には悪手ですよね。


もう煮るなり焼くなり好きにしてください。


ウルドと二人、土下座で沙汰さたを待ちます。


「二人ともよくやった!」


「「へっ?」」


――― え~と、なんでも異世界に行った英霊達の魂は現地に溶け込んで、より力がみがかれているのだそうです。


地球よりも神気しんき瘴気しょうきが強いですからね。


新たな力も得やすいと思います。


オーディン様はヴァルハラよりも良い訓練になっていると大満足です。


これは大逆転で助かったのではないでしょうか?


ただ、オーディン様、話が長いです。


固い床に正座していたから、そろそろ足に限界が……


「ええ、オーディン様。もちろん私達は最終戦争であるラグナロクに向けてより戦力を高めようと考えた末の行動でございます」


えっ? ウルド何言ってるの? 放ったらかして遊んでたら、反乱が起き…… 


「うっ!」


ウルドに足をつつかれました。


猛烈もうれつしびれが襲ってきます。


「おめのお言葉、誠にありがとうございます。今回の件のご褒美ほうびでしたら、フェンリルの牙を頂けると―――」


ウルド調子に乗り過ぎ。そんなこと言っていると……


「ヴェルダンディ」


「はい」


あれ? ヴェルダンディお姉様がオーディン様の横にいます。


ヴェルダンディお姉様は三姉妹の真ん中で現在をつかさどるそれは美しい女神です。


真面目で優しい性格なので大好きなのですが、普段は人間界に居るのでなかなか会えません。


ええっと、ヴェルダンディお姉様、すごく怖い顔をされていますが、お姉様には似合いませんよ。


いつも優しく微笑んでいる姿が大好きなのですが……


そう、ありがとう。


・・・・・・・ やっぱり、先ほどまでの声はお姉様でしたか。


ということは全てお見通し……


そういえば、ヴェルダンディお姉様のお仕事は地球の境界を守ることでしたよね。


ええっと、それに穴を開けて、地球の英霊を異世界に送ってしまった私達って―――


――― ウルドと二人、物凄ものすごく怒られました。


普段怒らない真面目が人が怒るとこんなに怖いのですね。


オーディン様に匹敵するかもしれません。


もう二度としないので許してくださ~い。


ちなみに、高吸水性樹脂(Super Absorbent Polymer)は非常に優秀だったと報告しておきます。




◇◆◇◆◇◆


私はヴァルキリー、ウルド様につかえる天使です。


ウルド様に帰還を命じられたのかと思ったら、ヴェルダンディ様でした。


直属の上司ではないので、命令はできないはずですが……


目の前にオーディン様もいました。


これは私でも緊張します。


ええっと、ヴァルハラ事件の報告と異世界の報告ですか?


オーディン様はウルド様の上司の上司。


会社で言えば社長なので逆らえません。何でも好きに聞いてください。


ええ、包み隠さずお答えしますよ。


――― ヴェルダンディ様はなぜいらっしゃるのですか?


地球で人間と結婚されたのでしたよね。


天界上げての大宴…… 大祝福だったのでよく覚えています。


それで地球関係の総責任者になったとお聞きしましたが……


その地球関係で私に聞きたいことがあるのですね。


地球の死神ネットワークには助けられていますので、答えられる範囲でお答えしますよ。


最近、ヴァルハラに行く人が増えて困っているのですか。


それはウルド様が誰を連れて行っても了解してくれるのと関係があるのではないでしょうか?


地球の境界に原因不明の穴が開いてふさぐのに時間が掛かっているのですね。


それはきっとスクルド様の光源氏計画のせいだと思いますよ。


ええ、両方ともヴェルダンディ様のご姉妹ですね。


新婚なのに旦那様と会える時間が減ってしまうと言われても、私にはどうすることもできません。


ご姉妹でしっかりと話し合われた方が良いのではないでしょうか?




ふう、なんとか解放されました。


全て話すことができたのでスッキリです。


さて、天界でもう一つ大切なお仕事が残っています。


おっと、手下のワルキューレから連絡が入りました。


「そうか、よしチームを集めろ、カチコミじゃ!」


ペガサスに乗って、お洒落しゃれな酒場の裏手に降ります。


私が剣を抜いて酒場を指すと、ワルキューレ達が次々と酒場の中に突撃して行きます。


破壊音と悲鳴。久しぶりですがなかなかの暴れっぷりですね。


後で褒めてあげないといけません。


おっと、発見しました。


裏口から逃げると思っていたのですよね。


とりあえず。


「み・つ・け・た」


「ひぃ、ひぃぃ!」


真後ろを取りました。


ロキ様、格好いいお顔が台無しですよ。


私は天使ですが、戦いに特化しているので、神よりも強い自信があります。


トール様やテュール様のような戦いの神にはもちろん勝てませんが……


「いや、これは違うんだ。君に何かを―――」


ゴキッ!


「うっ」


首の上から5番目くらいの骨をにぎつぶしてみました。


首があらぬ方向を向いて、体から力がぬけましたが、このくらいの可愛い攻撃でしたら、数十年もあれば回復できるでしょう。


「二度目はない」


これで許してあげるって、私も大人になりました。


次に同じことをしたら容赦ようしゃしませんけどね。

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