第18話 東の砦攻防戦

ええっと、敵が来ているけど、この森へではなく東のとりでに向かっているみたいだ。


森の木のかげから見ていると、この前見た女騎士を先頭に百名程の集団が東の砦に進んで行く。


馬で颯爽さっそうける姿が恰好かっこう良い。


「ああん? あいつら百名程度で五千人はいる砦を攻めるつもりか?」


そういえば確かに張飛ちょうひの言う通り、砦で守っている大人数を相手に少人数で挑むなんて、僕でもおかしいと思う。


「奇襲で先の戦いを互角ごかくにまで持って行った相手だ。何か策があるのかもしれん」


「ええ、何を目的にしているかは分かりませんが、近寄らない方が良いでしょう」


君子くんし危うきに近寄らずだよね。


せっかく青空の下でゆったりできるんだから、たまにはのんびりしないと。


「奴隷共、あの女狐めぎつねどもを追うわよ!」


奴隷管理人がヒステリック気味に叫んだ。


そういえば、先日の戦いで女騎士の攻撃を一番受けていたのは僕らの後ろから付いて来ていた奴隷管理人達だったかもしれない。


「…… 無策で百人の神官戦士団に数十人の奴隷を向かわせるのですか? 信じられません」


半兵衛さんが無茶な命令に辟易へきえきとしていた。


「常識がない人に振り回されるって大変だよね」


何気なく言ったけど…… あ、あれ? みんな何その目?




向こうは馬で、こちらは徒歩なので着いた頃には正門が開いていた。


うん、ちょっとおかしい。


確かに到着まで時間が掛かったかもしれないけど、五千人もいる砦の門が一時間も掛からずに突破されるなんて……


半兵衛さんをチラッと見る。


「どう門を破ったかは分かりませんが、距離を取って神気魔法で攻撃する作戦のようですね」


神官戦士達は門の中には入らず、砦の外から壁の上にいる兵士に向かってどんどんと魔法を放っている。


「あれだけの神気だ、本当に神様が降臨こうりんしているかもしれん」


兄貴あにきよ、さすがに神様相手は分が悪いぞ」


「神様がいたとしても奴隷の身でやることは変わりません。作戦通りに行きますよ」


関羽かんう、張飛と一緒にうなずいた。


奴隷だと自由に動けないので半兵衛さんが必死に考えた作戦だ。


本人は作戦とも呼べないとくやしがっていたけど。


少人数なので一丸いちがんとなって攻めることと、相手が動く前に全速力で突撃すること。


十人ほどいたほかの奴隷達もこの作戦に乗ってくれた。


戦場に来て、初めてバラバラ感のない行動をしている気がする。


関羽と張飛を先頭に相手の後方から突撃した。


平野なのですぐに気付かれて、不可視の衝撃波しょうげきはを放ってくる。


白い光が微かに見えるから、これが神気の魔法なのかもしれない。


「くそ! あれだけ撃って神気切れ無しか」


魔法相手だと匍匐前進ほふくぜんしんは意味がないから、関羽と張飛の魔力鎧まりょくよろいが命綱だ。


ハッキリと見えていた二人の鎧のような魔気まきが徐々に減っていく。


途中で半兵衛さんが魔気の譲渡を行ってギリギリ辿たどり着いた。


関羽と張飛の脇から奴隷全員でおどかる。


たいした戦力ではないので、生き残るには相手の動揺どうようと砦からの加勢かせいが必要だ。


僕も呂布の猿真似さるまね槍術で戦うけど、神気の鎧が濃すぎて上手く槍が刺さらない。


お願いだから早く砦から反撃してよ~


「微かに神気を放っているのはお前か?」


祈っていたら、目の前に天使が舞い降りた。




◇◆◇◆◇◆


吾輩わがはいの名はオールソン、今はしがない神官戦士団の団長をしておる。


よく生臭神官なまぐさしんかんと言われるが、神気魔法は一通り使える。


ちょっと酒と女が好きなだけだ。


元々は他国の貴族であったが、今は亡き父親の失脚しっきゃくによってこの国に亡命しておる。


なので本来ならば団長に収まっているうつわではないのだよ。


まあ、仕事をせねば金に困ることになるので適当に団長の職をこなしているがな。


辺境伯領で開戦が伝えられたタイミングで神官戦士団にも派兵の要請が来た。


回復や衝撃波などの神気魔法を使える神官戦士は優秀な兵となる。


神気が使えるほど信仰心が高い者は少ないので少数精鋭しょうすうせいえいになるが、苦戦しているのならば参戦せねばなるまい。


亡命前に何度もいくさはしている。そこらの貴族には負けないから安心しろ。


は? 聖女が来るからお前はサポートだと。


ふざけるな! 聖女だかなんだか知らんが、田舎娘に従うなど出来るか!


指揮官の座をかけて、勝負だ! ―――


――― な、なんて強さだ……


手も足も出ずにボコボコにされた。


負けはしたが、まあ良い。


いい尻をしているから、すぐ後ろからながめるのも一興いっきょうだろう。




戦場に着くと死体がゴロゴロと転がっておる。


処理しておらんのか? 瘴気しょうきがあまりにすぎるではないか!


このままではアンデットか魔物が出るぞ。


バカに付き合ってられないので、城には入らず森で待機するように命令した。


聖女様はすさまじく強いが、それ以外はただの少女だ。


団長の座はゆずったが、実質の指揮は吾輩がしておる。


まあ、これは順当な結果であろう。


聖女様は嫌そうな顔をしておるがな……


水浴びをのぞこうとしたことがそんなに気に障ったのだろうか?




案の定、魔物が出た…… 敵と戦う前にやられてどうする……


聖女様は味方を助けに行こうと言うが、敵が進軍してきておる。


せっかく奇襲きしゅうが出来るのに、ここから出て助けるメリットはないのだよ。


――― 奇襲は大成功し、敵の本隊を痛めつけた。


先頭を走っていた奴隷部隊がスピードを上げてくれたおかげで、本隊の横ががら空きになったのも大きい。


それにしても、聖女様のその羽はなんだ?


神々し過ぎる…… まさか本当に女神の化身けしんなのか!?


そういえば神気魔法を使っても神気が減っている気がせん。


「おら~、死ね!」


…… 性格変わり過ぎておらんか?


あれは逆らわない方がよいな。


尻を触ったことも謝った方がよいだろうか?


明日からはあの双丘そうきゅうに向かって祈りをささげようと思う。




辺境伯領補佐の使いという者が来た。


籠城ろうじょう戦に切り替えるから、城に入られよか……


その城はほりもなければへいも低い…… 籠城戦を想定されて作られた城ではないぞ。


それに一万人近くいる兵を城に押し込めても城内が混乱するだけだ。


食料もすぐに底をつくだろう……


ダメだ、こんなバカ共と心中しんじゅうはできん。


「吾輩らはあの東の砦を落としに来た。あの砦を落としたら退却を命じられておる」


「な? 百名程で、あの砦を落とされるというのか? 不可能であろう」


「吾輩の辞書に不可能という文字はない!」


ポカンとした顔で見ておるな、咄嗟とっさの嘘とは言え、全く勝機が無い訳ではない。


神気が無限にあるのならば、遠くから神気魔法で一方的に攻撃すれば良いのだ。


城にこもって心中するくらいならば、砦一つくらい落とす方がましだ。


「その代わりに他の砦の対処はお任せしますぞ、辺境伯補佐の武勇ならば簡単であろう。吾輩らは終わったらすぐに戻らねばなりませんしな」


「はっ! 辺境伯補佐に確かにお伝え致します。ご武運を!」




砦の攻略は順調そのもの。


吾輩が指揮をしているのだから当然と言えば当然。


それにしても、聖女様に抱き付いて砦の壁を越えると伝えたときの顔は忘れられん。


そんなに嫌悪の顔を向けんでも……


なんとか説得して、金属の全身鎧の上からしがみ付く許しを得た。


この説得が作戦の一番の難所なんしょだったかもしれん。


簡単に門を開けてやったら、砦内は大混乱。


こちらは遠距離攻撃にてっしているから被害はゼロ。


この調子ならば、ほどなく落ちる。


他の砦から援軍が来ても間に合わないだろう。


おっと、油断はいかんな、敵の援軍が来おった。


数十人程度か、められたものだな。


――― ぐっ! 精鋭か、神気魔法の集中攻撃で止まらんとは!


ここは、あ、聖女様どこへ行かれるので?


吾輩を一人にしないで……


これは不味まずい。退却、退却だ~

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