第11話 最強の男

テントを出てから、まわりが少しあわただしかったけど、すぐに通常通りの行軍が始まった。


巨大狼きょだいおおかみにやられた傷はメイプルシロップ味の樹液じゅえきを塗っておく。


あの樹液は虫とかが寄って来てなかったから、殺菌作用さっきんさようがあるかもしれないと思ったんだよね。


理科の授業で抗生物質こうせいぶっしつペニシリンはアオカビから発見されたと聞いたことがあったから、少し青っぽくなっている樹皮じゅひこなにして塗っている。


そのおかげか、今のところ蛆虫うじむしかずに順調に回復している。


関羽かんう張飛ちょうひが塗っているところを見るとすごく変な顔をするけど……


二人も欲しかったかな? 隠し持っている分がまだあるから、また今度分けてあげようと思う。




山の中の行軍が終わったと思ったら、ボロボロの大きなとりでに収容された。


中には騎士や兵士がたくさんいてビックリ。


どうも本隊と合流したみたい。


ということは砦のはるか向こうに見えるお城と大量の兵士はこれから戦う相手ということかな?


向こうもすごい人だけど……


砦に着いてからも奴隷どれいの仕事は変わらない。


トイレの穴堀りはなくなったけれど、砦の修復しゅうふくに掃除、山に戻っての水や食料採取―――


そうそう、僕の黄緑団子きみだんごはここでも大人気。


ちゃんとしたコックがいるんだけど、何故か黄緑団子だけは僕が作ることになった。


綺麗きれい絹布きぬぬのみたいのがあったので裏漉うらごしの真似ごとをしてみたら、これが好評になって厨房入ちゅうぼういりが許されたみたい。


相変わらず青臭あおくさいので僕は食べないけど…… あっ、そうだ! あの甘い樹液を入れてみようかな? 上手くいけば仙台のずんだもちみたいになるかもしれない。


こっそり入れようとしたら、関羽に羽交はがめで止められ、張飛には両拳りょうこぶしでこめかみをはさんでグリグリされた。


痛い…… きっと美味しくなるのに……




やっ! はっ!


砦に着いてからやりを振る練習を始めた。


戦う相手が見えていると何とも言えないあせりを感じる。


砦全体にもうすぐ戦争が始まるという緊張感が広がっている影響もあると思う。


死にたくないので必死に練習していると徐々に集中力の高まりを感じる。


今まで感じたことのなかったゾーンに入ると言えばいいのか、すごく神経がまされて槍を突く動きに全神経が向く。


周りが目に入らなくなり何度も槍の先が狙ったところを通過する。


突き方は明け方に砦の修理をしているときに、すごく強そうな人の練習を見て覚えた。


太い釣り上がった眉に巨大狼みないな獰猛どうもうな目、大きなきたえられた体に虎の毛皮を羽織はおって、ふらりと部屋から出てきたと思ったらまたたく間にフルメイルの騎士3人を倒してしまった。


関羽と張飛も強いけど、この人はそれよりも強いんじゃないかな?


素人の僕でも分かるくらい圧倒的な強者きょうしゃ雰囲気ふんいきまとっている。


怖そうな人だけど、すごく良い手本だと思ったのでこっそり毎朝の鍛錬たんれんを見学する。


集中力があると見学もすごくはかどった。


技をぬすもうと相手の動きに集中すると、ものすごく早い突きもスローモーションのように目に焼き付く。


腕の角度、足の踏み出すタイミング、体のじり具合まではっきりと思い出せる。


だから再現も簡単だった。


いつも砦の壁に隠れて修理をしながらこっそり見ているんだけど、ときどきこちらに対して突きを放ち風圧が顔を通り過ぎる。


うっ! きっと見てるのがばれてるな……


目が合った。


喰いつかれそうな獰猛どうもうな笑みを向けられる。


ぼ、僕は美味しくないよ~ そろそろと壁に隠れた。




美味しくないって言ったのに~


夜に砦の広場で腕自慢が模擬試合もぎしあいをしていた。


模擬試合というよりは、あのすごく強そうな男のばららしだろうか?


他の人は全然相手になっていない。


最強の男、僕は心の中では呂布りょふと呼んでいる。 


うん、僕には関係のないイベントのはずなのに、あのすごく強そうな男から指名しめいが入った。


みんなおどろいている。


僕だって驚いてるよ……


腕自慢は全て蹴散らして酒をグイッと飲んだと思ったら、練習用の杖を僕に向けて突き付けた。


杖を受け取るともの凄い殺気が飛んでくる。


巨大狼を経験してなかったら、これで気絶してたんじゃないかな。


まぁ、怖くって体は動かないんだけどね。


蛇ににらまれたかえる、ドーベルマンにいどむチワワ。


ボコボコなんていう生易なまやさしいものじゃなくて殺されるかと思った。


打たれたところはきっと骨にひびが入ってる。


内出血ないしゅっけつで変な色になっているし。


練習してたから、ちょっとは試合になるかと思った自分が恥ずかしい……


―――鳩尾みぞおちに決まった打突で立っていられなくなった。


一回だけ僕の杖が呂布に当たったんだけど、赤い障壁に阻まれたんだよね。


これもきっと魔法なんだろうと思う。


他の人はモヤみたいだけど、呂布はよろいを着ているみたいにハッキリと体を包んでいる。


これが強さの秘訣ひけつなのかな? あれ?


足元だけ色が薄い……


血を吐いて倒れながら僕は呂布の足元を杖で突いた。


「くっ!」


ちょっと痛そうにしている。


一矢いっしくらいむくいたかな?


周りで見ていた兵士達がどよめいている。


「fun! romoru ga emino kiro mo no minn aro」


思いっきりみつけられた。


素人相手に酷過ひどすぎる!




◇◆◇◆◇◆


俺はギレッド、今はそこそこ大きい王国で大隊長をしている。


初めて貴族とやらになったが窮屈きゅうくつで仕方がない。


これなら盗賊とうぞくの親玉をやってたときの方が気楽だったか?


昔から腕力や魔力で負けたことがない。


好きな物はうばい嫌いな者はぶっ飛ばしていたら、いつしか王国とめることになった。


俺になわを掛けようと衛兵や騎士が大勢やって来やがったが弱すぎて話にならない。


片っ端からぶっ倒していくと貴族にするから王国に協力して欲しいと泣きついてきやがった。


領内で王の言うことを聞かないドワーフやエルフを皆殺しにして、周辺の弱小国の領土を奪う簡単な仕事。


それで大きい屋敷に美味い酒、言うことを何でも聞く召使共が手に入るのだから貴族も悪くはないが……


えらそうな王様と陰でコソコソしている大臣共を見ていると気に食わない。


むしゃくしゃして起こしに来た下僕の騎士共を叩きのめす。


これから隣国の辺境伯領へんきょうはくりょうを落とすのにこいつら弱過ぎないか?


強さは魔力と腕力でほぼ決まる、技術も必要だが腕力の次の話だ。


強い魔力で体をおおって攻撃を防ぎ、強い腕力に魔力を乗せることで相手の防御をつらぬく。


ここにいるやつらだったら千人束せんにんたばになっても俺の防御は抜けないだろう。




最近、俺の鍛錬たんれんをコソコソ見ている奴隷がいる。


始めは気にもしなかったが、あまりに俺そっくりに槍を突くようになったから興味が湧いた。


よく見ると小さい子供だな? なんでこんなガキが戦場にいるんだ?


料理人として連れて来られたのか? 確かにガキが作る黄緑団子は絶品ぜっぴんだ。


こんなに美味いのは王都でも食べたことがない。


ん? あのガキと一緒にいるのは俺がほろぼしてやったドワーフ族の戦士じゃねぇか!


やつらは久しぶりに楽しめる相手だったなぁ。


殺しそこねたのは久しぶりだ。


奴隷紋があるから大丈夫かもしれないが、寝首ねくびかれちゃたまらない。


今のうちに殺しておくか―――


近付こうと思ったら甘ったるいにおいがする。


昔、毒殺されそうになったときにいだ匂いだ。


人食い樹の樹液じゃねえか! あのガキ、料理のなべに毒を入れようとしなかったか?


ドワーフ達が慌てて止めたようだが……


いくら俺でも知らずに食ったら死んじまう、というか砦の兵士が全滅じゃねえか。


おいおい、奴隷紋は主人を害する行為はできないはずじゃないのかよ…… もしかして悪気なしか……


美味い飯は食いたいが、毒かどうかも判断が付かないガキだけだと危険だな。


しばらくドワーフはいといてやるか、どうせ奴隷紋で逆らえねぇはずだ。




王国からの進軍の号令がかからないひまつぶしに砦内で模擬試合をやってみた。


どいつもこいつも弱すぎて話にならない。


まぁ、こんなんでもないと戦争は出来ないから手加減はしてやる。


あ~ つまらん。


ん? あのガキがいるな。


そろそろ鍛錬を見られるのも鬱陶うっとうしいから痛めつけてやろう。


練習用の杖を構えさせたらなかなかさまになっている。


―――弱いけど、こいつは面白い。


腕力はそこそこ、魔力は使わないのか使えないのかせてこない。


この程度ならすぐに倒せると思ったが、俺の猿真似さるまね技術でギリギリ踏みとどまっている。


この短期間でここまで真似できるもんか? 異常な才能だ。


あと、この頑丈がんじょうさは何だ? 魔力鎧まりょくよろいなしで俺の攻撃を受けているのに倒れやがらねぇ。


お! 魔力鎧の上とは言え、この俺に一撃入れやがった。


められるのもしゃくだ。


少し本気を出して、杖を払い上げ、返しで鳩尾みぞおちに入れてやった。


まあ、よくやった方だ―――


そこに油断があった。


「くっ!」


足元の魔力鎧が薄くなったところに杖で突かれた。


「フン! やるじゃねぇか。戦場での活躍かつやく楽しみにしているぜ」


気に食わないが、せいぜい俺の役に立ちやがれ。

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