第12話 開戦

呂布りょふにやられた怪我けがによる発熱はつねつがやっと引いたころ、まわりが急にあわただしくなった。


奴隷管理人どれいかんりにんかされて、奴隷は簡素な槍だけ持って平原に横一列で並ぶ。


僕と関羽かんう張飛ちょうひだけは兵士と同じ槍なのでちょっとだけ目立つけど。


「進め!」


奴隷達を先頭に砦にいた兵士全員が後ろに続く。弓兵に騎馬兵に歩兵に魔法兵、だいたい100人の四角形が50はありそう。100×50だから5千人くらいかな?


右手と左手側からも同じような部隊が行進している。旗が同じだからこれは味方だと思う。


数もこちらと同じくらいだから合計1万5千くらい。


現実逃避して行進しながら数えてたけど、これから戦争ってことだよね?


突然だったから全然、覚悟が出来てないんだけど―――


相手の兵士の顔がなんとなく分かるくらいの距離になったときに進行が一旦止まった。


数はこっちの方が少し多いくらい。でも、さくが所どころに設置してあって、その後ろに弓兵が構えているのがここからでも分かる。


お互い対峙しながら妙な静けさがただよった。時折聞こえる馬のいななきがよくひびく。


「gyishe!」


呂布が馬上で剣を相手に向けると、奴隷管理人が大声で叫んだ。


奴隷達が一斉いっせいに走り出す。


関羽と張飛も走り出すので付いて行く。きっと突撃とつげきか走れって言われたんだと思う。


すぐに大量のられた。


魔法で強化しているからか山形やまなりではなく真っ直ぐ前方から飛んでくる。


「ひゃ~」


僕は頭を抱えてすぐにせた。


うめき声が聞こえて見渡すと、近くで何人もの奴隷が倒れている。


すぐに次弾じだんが飛んできた。


関羽と張飛、それに他の奴隷達はけもせずに前進を続けている。


ちょ、ちょっと、みんな男らし過ぎるよ!


よく見ると赤いモヤのようなものではじいているみたい。


魔法で守っているんだろうけど、当たるごとに赤いモヤが薄くなっているから、きっと何回も受けたらそのうち……


赤いモヤがなくなった奴隷が矢を受けるとそのまま倒れた。


やっぱり!


僕はすぐに関羽と張飛を引っ張って伏せさせた。


この二人は呂布みたいにハッキリと分かるくらいに強い魔力でおおっているけど、それでも受け続けたらそのうちなくなちゃう。


止まっていると奴隷紋ののろいによって頭が痛くなるので匍匐前進ほふくぜんしんで進む。


関羽と張飛がビックリしながら僕の真似まねをして付いて来る。


匍匐前進ってこの世界にはないのかな?


魔法で防ぐから考えもつかないのかも。


「進め、進め!」


奴隷を盾にしながら兵士がどんどんと進んで行く。


止まったら味方みかたの兵士から刺されそうだよ。


安全地帯がまったくないけど進むしかないので、弓の飛んできたときは匍匐前進して、終わったら走るを繰り返す。


もう少しで相手のふところに入れると思ったときにすごく嫌な予感がした。


赤紫色の濃いモヤが現れて、100メートル程度の円をえがいている。


円の中に踏み入れそうだったので、慌てて関羽と張飛をつかんで止めた。


直後に閃光せんこうが走り、僕は意識を失った。




ピチョピチョピチョ


顔に水滴が掛かる感触がして目が覚める。


えっ! 目をうたがった。


おじさんが馬上からこちらに向かって小便しょうべんをしている。


僕に直接じゃないみたいだけど。


いい年して何してるの? き、汚い。


「fuu gedkm hamel le lazoe beokoc yoken sole otekme. wakle cle nls. dkle! 」


何かまくし立てたと思ったら、槍を掴んでこちらに向けた。


もしかして、関羽か張飛が狙われている?


手放していなかった槍を握り、おじさんのモヤが薄いところを思いっきり突いた。


人に槍を振るうのが怖くて、目を閉じる。


「guuuu……」


あ! あ~


―――薄目を開けると、槍がおじさんの股間こかんに刺さっていた。


ごめんなさい。わざとではないです。


「y yoken!」


「アロ!」


おじさんが激昂げきこうしたときに、少し離れたところから関羽の声がした。


張飛もいる。二人とも無事だったんだ、良かった。


おじさんは二人を見ると、股間を押さえて逃げ出した。


ちょっと悪いことをしたかな?


でも、関羽と張飛があんなに離れたところにいたのだったら、誰と話していたの?


すぐ横を見るとびしょ濡れの青年がこちらを見ていた。


おじさんと同じ服を着ているから敵軍の人だと思う。


兵士にしては線が細すぎて女性と間違いそう。


どうしよう。


「ええっと、洗い流せる川はあちらです」


僕も混乱こんらんしてたんだと思う。




◇◆◇◆◇◆


私の名はハーヴェイ・デル・オーブリー。


中小国の貴族だ。


女として生まれたが、家督かとくの関係で生まれたときから男として育てられた。


もう20年を越えて男として生きているので今更いまさら苦もない。


まあ、20年以上気づかれない我が身の悲しさよ……


これは認識阻害にんしきそがいのマジックアイテムが優秀だとしておこう。


魔力と勉学を得意としていたので、前王には信頼されていたが、後継ぎの放蕩息子ほうとうむすこには苦労させられている。


前王が私を頼れと言ったのは美女を集めるためでも国政をサボるためでもないんですよ!


いいですか、うちは中小国です。


そんな贅沢ぜいたくばかりしていたら、近隣国に攻め滅ぼされてしまいますよ。


――― ええっと、優秀だった辺境伯を交代させたのは誰ですか?


災害があった北側から戻ってくると前王の側近が全員いなくなっており、贅沢好きな貴族達が幅を利かせていました。


この国はもうダメかもしれません。


思った通り、辺境伯に接していた隣国から宣戦布告せんせんふこくがありました。


俺に良い考えがあるから心配するな?


悪い予感しかしません。


諫言かんげんばかりしていたら、辺境伯領の参謀さんぼうとして従軍することになりました。


明らかな左遷させんです。




辺境伯の居城きょじょうに着いてビックリしました。


戦時中とは思えないほどの美食…… そのお金はいったいどこから出たのでしょう?


後、この城は砦の中継基地であって、3つの砦が落とされたら丸裸に近いのですよ。


なぜ、砦の兵力までこちらに来ているのですか?


戦力は集めた方が良いと思ったですか…… ため息しか出ません。


すぐに野戦の準備を―――


ええい、口答えするな! 死にたくなければ急げ!


辺境伯の尻を叩いて野戦に切り替えたおかげで、初戦はなんとか優勢に進めることができました。


辺境伯が余計な口を挟んで、魔法の無駄打ちをしなければもう少し有利に進められたのですが……


一人とんでもなく強い男がいますね…… おそらく情報にあった山賊さんぞくのギレッドでしょう。


辺境伯が戦場を視察しさつすると言ってきました。


勝手に行ったら良いじゃないですか。


え? 現地で今回取った戦術の意味を教えて欲しい?


愁傷しゅうしょうな考えですね。戦争を通じて少しは反省はんせいがあったのでしょうか。




相手が砦に退いた直後の戦場は、敵と味方の死体がゴロゴロと転がっています。


そこを辺境伯と数名の護衛を伴って馬で進んでいますが正直怖いです。


いつ相手が攻めて来るか分からないし、残党や戦場荒らしに襲われる可能性もあるのです。


こんな所にいるのは骨頂こっちょう


そう進言しようと思ったら、後ろから槍の石突いしづきで突かれました。


え? 辺境伯!?


落馬したところを、辺境伯と護衛から散々殴られました。


しかも「女々めめしい」やら「女のような貧相な体躯たいく」と嘲笑ちょうしょうされながら……


まあ、女なので間違いではないのですけどね。


私を排除はいじょするのが目的でしたか…… 敗戦まっしぐらなときに仲間割れとは馬鹿な行為ですが、その考えが読めなかった私も未熟者みじゅくものです。


「お前達は少し離れていろ」


何をするかと思ったら、倒れて動けない私に向かって小便を…… どこまで子供なんでしょうか?


私の横には子供が血みどろで倒れています。こんな子が兵士として戦場に出ているのに、私達の王や貴族は……


「ふう、お前が野戦などと言ったから、莫大ばくだいな損失が出たではないか。わが軍に無能はいらん。死ね!」


死を覚悟した瞬間に横から槍が伸びました。


「ぐうぅぅぅ」


「き、きさま!」


驚きました。


死んでいると思っていた子供がするどい突きで辺境伯の急所を突きました。


それにとても強そうなドワーフが二人。


子供を助けようとしていますが、この子もドワーフなのでしょうか?


とてもそうは見えませんが……


「eetltuto arainagaserukawahaatiradesu」


何語でしょう? 8カ国語くらいは勉強しましたが、どれとも似ていません。


なんとなく、どこかに連れて行こうとしているようですが……


この不思議な子供に興味が湧いてきました。


どうせ落としていた命です。ついて行ってみましょう。

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