第9話 獣と魔物

もしかして、ドワーフ族って嫌われてる?


他の奴隷達はドワーフと協力して仕事をすることはないし、近付きもしない。


奴隷管理人はドワーフ二人組をよくむちで打って命令しているし、食事のときは食べられないように邪魔をしている。


僕が黄緑団子きみだんごを隠して運んでいなければ、えて死でしまってたんじゃないかな?


食事はいつも僕が作るから余分を作ってドワーフ二人に渡すのは簡単だった。


どうせ僕は食べないからその分も渡せるしね。


食べ物に恩義おんぎを感じているのか、二人は僕の近くに居てくれて、色々と助けてくれる。


おかげで他の奴隷から暴力を振るわれることも少なくなった。




日が傾いてきたので、いつものようにテントを建ててトイレ用の穴を掘ると水汲みずくみに向かう。


この辺りも3人でやるようになってから早くなった。


二人とも力が強く器用なので頼りになる。


水辺に行く途中で張飛が角のあるうさぎを見つけて、手近てぢかな石で倒した。


蛇や兎など、角が付いていたり色が独特だったりするけど地球と大きくは変わらない。


兎は夜にコッソリ焼いて3人で食べたけど美味しかった。


地球と同じような生き物を獣だとすると、この世界には魔物と言う生き物が居た。


獣なんて目じゃないほど凶悪な生き物だ。




真夜中にけたたましいかねの音が鳴り響いた。


初めてのことだけど、緊急事態を告げていることは分かる。


ちなみに最近は3人交代で夜の見張りをしているので、ちゃんと寝ることができている。


いつも通りに寝ずの番をしていたら、関羽が慌てて交代制を提案してくれたのだ。


関羽と張飛が交代で寝て起きるジェスチャーをして、僕を指差してくれる仕草はちょっと可愛かった。


音が鳴ったのは丁度ちょうど、張飛と交代して寝入ったところだったのでタイミングが悪い。


体がすぐに起きてくれない。


「runoreti turyoro」


「え? ルノレチって何?」


張飛が僕をちらっと見ると背負子から槍を取り出して音の方に走った。


関羽も同じ背負子しょいこから弓を取り出すと張飛を追って走る。


ちょっと待って! その槍と弓は僕のなんだけど……


しょうがないのでトイレ堀り用のスコップを持って急いで後を追った。




ええっと、何あれ?


情けないけど、尻餅しりもちをついた。


全長5メートルはあるのではないかという小型トラックのようなおおかみ


真っ黒な体からは瘴気しょうきのような黒紫色くろむらさきいろの煙が出ており、あきらかに普通の生物ではない。


その狼が兵隊も奴隷も関係なく次々と襲っていく。


手足がもがれ血と内蔵ないぞう飛び出るスプラッターな光景に呆然ぼうぜんとする。


あまりに現実感が無さ過ぎるというか、頭の芯が凍り付いて巨大狼が近づいて来ているのにまったく動けない。


巨大狼と目が合った。


狂気しかうつさないうつろな目。


「ヒッ」


「tmena! esca」


張飛にタックルされたと思ったら、今まで居たところに巨大狼が猛スピードで通り過ぎた。


20メートル以上離れていたのに一瞬だった。


張飛が助けてくれなければ、今ので死んでいたと思う。


「あ、ああ……」


張飛に御礼を言いたいのに恐怖で体が震えて言葉にできない。


「ちょ、張飛!?」


びたネジのようにギシギシとしか動かない首を張飛が来た方向に無理やり向けると、右肩を巨大狼にまれ、くみかれている張飛が見えた。


た、助けなきゃ!


仲間の危機を目の前にして体が動いてくれた。


持っていたトイレ堀り用のスコップを巨大狼に投げつける。


ガギッ


嘘! あのスコップ鉄製だったのに……


巨大狼は簡単にくだいた。


関羽がスコップに気を取られたすきに矢を射って牽制けんせいする。


僕のスコップと違って、巨大狼は後ろに下がってけた。


張飛は巨大狼の足から解放されたが右肩を押さえてジリジリと距離を取ることしかできない。


あの距離では一瞬で喰いつかれる……


巨大狼の目がニヤリと笑ったように見えた。


そこからはあまり覚えていない、張飛が死んじゃうと思った瞬間に走り出していた。


助けることができた訳じゃない。


いや結果的に助けたことにはなったけど……


大きく動く方が気になったのか巨大狼は張飛から狙いを変えて、僕にせまり爪を振り下ろした。


胸が熱くて、飛び散る血がキラキラして綺麗きれいだなとだけ覚えているけど、どこか他人事に思える。


巨大狼の大きな口が開かれるのが見えた。


カラーコーンみたいな真っ赤な歯が並んでいて、すごく血生臭ちなまぐさい。


ここに入るのは嫌だなと思って手近な物を投げ入れた。


……腰に下げていた袋、中には森のリンゴが一つ……


「GrYuRuuuuuu!」




◇◆◇◆◇◆


俺の名チグン ボー。


小さい頃から粗暴そぼう喧嘩けんかばかりしていたが、北の集落でガンズの兄貴に決闘けっとうを止められてからは落ち着いた。


北の集落では最強のドワーフと言われていたが、その集落は戦争に負けて無くなってしまった。


俺が負けたからだ…… 最強が聞いてあきれる。


戦場奴隷になったのはおあつらえ向きだ、意地でも生き残ってリベンジしてやる。


行軍では武器を持たせてくれないのは当然として、重労働ばかり押し付けてきて意味もなく鞭ばかり。


飯を食わせてくれなければ寝ることも許されない。


亜人差別のひどい国だとは知っていたが、これじゃあリベンジ前に死にかねない。


そう思っていたら、合流した先行部隊の中の子供が飯をこっそりと持ってきてくれた。


子供が戦場奴隷としているだけでも変だが、この子供は徹底的に変だ。


大人3人分の荷物を運び鞭で打たれてもケロっとしている。


料理の腕は良いのに本人は食べずに毒へびや猛毒もうどくリンゴばかり食べている。


たぶん人間じゃねぇな、毒小人どくこびととかそういう種族なんだろう。


兎を狩って焼いてやったら美味そうに食べた……


どうやら毒しか食べられないわけではないようだ。




夜番よるばんを交代して少しすると敵襲のかねが鳴った。


奴隷を集合させる魔法付きだ。


早く行かないと頭が締め付けられる。


瘴気しょうきい…… やべぇな魔獣まじゅうおそってきたのか……


「魔獣かまずいな」


ガンズの兄貴も気づいたようだ。


槍を手に鐘の方に向かうとやはり魔獣が暴れていやがった。


あの巨大狼は間違いなく魔獣ブラッディウルフだ。


ちょっとした都市ぐらいなら単体で殲滅せんめつさせてしまう恐ろしい魔獣。


俺様ぐらいの強者でなければ傷一つ付けれずにあの世行きだ。


まぁ、俺とガンズの兄貴がいれば倒せないことはない。


ただ、如何いかんせんこの棒切ぼうきれじゃなぁ……




ポキッ ……可愛い音で簡単に槍が折れた。


だ~ こんなんで倒せるか!


「hi」


あん、誰だ悲鳴なんて上げてるバカは、喰われるぞ……


げ! アロ。


小鬼アロはガンズの兄貴が付けた毒小人のあだ名だ。


アロ本人から名前は聞いたが長かったので、アロで通している。


代わりにチョウヒなんて呼ばれているが、偽名ぎめいとして丁度良いからガンズの兄貴……


いや、カンウの兄貴と認めている。


「ボーとするな! 逃げろ」


なんだかんだとアロは俺たち兄弟の命の恩人だ。


ドワーフは必ず恩には恩で返す。


ブラッディウルフがアロに狙いを定めている。


これは不味まずい―――


咄嗟とっさにアロに体当たりをしてなんとか助けたが、代わりにブラッディウルフの爪がせまる。


自身に魔力を循環じゅんかんさせて爪による斬撃ざんげきは防いだが、勢いは殺せず組み伏せられてしまった。


この駄犬だけんが! このぐらい俺の力で~


組み伏せられ、迫る顎文あぎとを拳でけるが分が悪い。


アロがスコップを投げて牽制けんせいしてくれようとするが、魔法も乗っていない物で傷つくほど魔物は容易たやすくない。


勇気は認めるが早く逃げてくれ。


ガンズの兄貴が魔力をまとった矢を射てくれて、やっとブラッディウルフから離れることはできたが……


組み伏せられたときに右肩が砕かれたか。


ちっ! ジリひんだな。


ブラッディウルフとにらみ合う。


手負いだと思って笑いやがった。


元最強ドワーフをめるなよ!


差し違えてでも倒す覚悟を決めた瞬間、アロが飛び込んで来た。


さっきまで悲鳴を上げて腰を抜かしていたのに、何なんだお前は!!


「GrYuRuuuuuu!」


爪に切り裂かれるアロと、アロが投げた猛毒リンゴを食べてうなり声を上げながらもだええ苦しむブラッディウルフ。


アロよ、世界でも上位クラスの実力がないと倒せない魔物を猛毒リンゴで倒すって……


前代未聞ぜんだいみもんなんじゃないか?

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