第8話 ドワーフ兄弟

奴隷生活も10日を過ぎたけど、相変わらず山道を行軍している。


一回だけ壊れたとりでを通った。


僕たちが来る方を守るような形だったので恐らく敵の砦だと思う。


ということは先発隊せんぱつたいみたいなのがいて、勝ち進んでいるのかな?


このまま先発隊が全部終わらせてくれたら、無事に帰れるかもしれないけど…… 


野営地やえいちに着いていつも通り仕事をしていると、僕たちと同じような集団が後方から現れた。


ちょっと身構えたけど敵ではないみたいだ。


100人くらいの少人数でほとんどが奴隷。


これだけ増えたら少しは仕事量が減るかな?


最近はどんどんと仕事が増えていたからなぁ―――




――― おかしい、仕事が増えてる……


新しい奴隷達は仕事にれておらず足手まとい。


夕食なんて人数が増えた分だけ時間もかかる。


だいたい、なんで僕に黄緑団子きみだんごを作らせようとするのだろう?


繊維質せんいしつが嫌なのでいて細切れにしてから入れるようにしたのと、新しい水を使うようにしたら僕の専属仕事になってしまった。


みんな美味そうに食べるから、ちょっとだけやりがいはあるけど。


――― ふぅ、やっと、最後の一人に黄緑団子をよそい終わったよ。


あれ? あの二人は列に並んでなかったけど良いのかな?


もしかして僕と同じように黄緑団子が嫌いだったりして。


ちょっと親近感しんきんかんが沸いた。


でも食べないと体が持たないからなぁ。


僕と同じくらいの背丈で筋肉質で頑強がんきょうな体。


顔が大きくて、髭が立派で……


もしかして、ドワーフ!?


「これ食べませんか?」


られないように隠した黄緑団子を出しながら、ドワーフの二人組に声をかけてみた。


おどろいた顔をされたけど、黄緑団子はしっかりと受け取ってくれた。


すごい勢いで食べてくれたから、やっぱりお腹が空いていたのだと思う。


こんなにお腹を空かしていたのに、何で食事のときに取りに来なかったんだろう?


可哀かわいそうなのでとっておきのリンゴも出したのだけど、こちらはすごい勢いで首を振って拒否されてしまった。


甘い物は嫌いだったかな? 美味しいのに。


「rindou」


御礼を言ってくれたんだと思う。


二人ともこちらに向かい頭を下げた。


この辺りのボディーランゲージは日本と変わらないみたいだ。


最近はよく聞く短い単語は覚えたし、ボディーランゲージでちょっとだけ意思疎通いしそつうが出来るようになってきた気がする。




それから数日、僕はドワーフ二人組と一緒に居ることが多くなった。


一緒にいるとお互い身振り手振りで色々と意思疎通を取ることができる。


今まで一人で黙々もくもくと作業ばかりしていたので、ちょっとした会話がものすごく嬉しい。


似てないけど二人は兄弟のようだった。


名前の最後が同じだったからきっとそうだと思う。


兄の方はガンズ ボー。


長く立派なひげを生やした偉丈夫いじょうぶで、頑固がんこそうだが冷静で落ち着いた印象を受ける。


弟の方はチグン ボーと名乗った。


髭はボサボサで頬傷ほおきずがあり、兄よりも体格が良い。


粗野な振舞いが多いが優しいところがあるのでにくめない。


う~ん、この二人見た感じ三国志の関羽かんう張飛ちょうひなんだけど……


僕は青木龍也あおきたつやと名乗ったのだけど、二人からは「アロキッヤ」と勘違いされ、略されて「アロ、アロ」と呼ばれる。


せめて「アオ」だろうと思う。


ちょっと楽しんでいる雰囲気もあるので、何か意味があるのかもしれない。


こちらも仕返しに「カンウ、チョウヒ」と呼んでいたら、なぜか定着ていちゃくしてしまった。




◇◆◇◆◇◆


私はガンズ ボー。


今は無き北集落きたしゅうらくのドワーフだ。


ドワーフは女性を中心に一家を作る。


一人の強い女性を中心に複数の配偶者はいぐうしゃ、生まれた子や気の合う仲間、ときには流れ者が居ついて一つの家族となる。


土の精霊族せいれいぞくと呼ばれる我々ドワーフは岩場を好み、力の強さと器用さに加えて土の魔術との適性から岩場に住み鉱物や宝石の加工を行うことが多い。


北の集落は8つの家が集まった小さな集落で90名を超える程度だったが、良質な鉱物が取れるのでその加工品や宝石の取引で賑わっていた。


しかし、とみがあると狙われるのも事実。


欲深いガレトン王国の辺境領貴族へんきょうりょうきぞくから宣戦布告せんせんふこくされ、何度も侵攻しんこうされた。


まぁ、ひ弱な人間に侵略しんりゃくされるほどドワーフは弱くない。


岩場の洞窟どうくつの奥底に誘い込んで何度も返り討ちにしてやった。


特に私と弟のチグンは一騎当千と北方では恐れられた存在だ。


よく攻めようと思ったものだと感心する。


しかし、ある日、我々の集落は攻め落とされることになる。


明らかに山賊さんぞくのような男共と、そのリーダーである野獣やじゅうのような男が攻め手に加わった。


その男は異様な膂力りょりょくと魔力を持ち、武器の扱いに長けていた。


私とチグン二人でやっと互角の戦いができるほどの化け物。


皆を逃がして、この野獣のような男と相打ちを狙ったが多勢たぜい無勢ぶぜい


逆に人質を取られて捕まった。


待っていたのは全員の奴隷隷属。


ガレトン王国は人間以外の亜人差別がひどい国で有名だ。


過酷な労働で何人も死んだ。


この仕打ち絶対に許さぬ! ガレトン王国の人間共め必ずかたきを討ってやる。


奴隷として戦場へ向かう中でも亜人差別により食事もまともに与えられず、過酷な労働ばかりめいじられる。


疲弊ひへいはするが、この程度で私もチグンもを上げるものではないわ。


しかし、腹が鳴ってしかたがない。


「koretabemasennka?」


ん? 聞きなれない言葉。


どこの坊主かと思ったら人族の奴隷のようだ。


こんな子供が奴隷とは珍しい。


それ以上に他の者が忌避きひしているドワーフに近寄るのも珍しい。


しかも、黄緑きみ団子を差し出してくる。


これはくれるというのか?


奴隷に落ちて他人の親切を受けるとは思わなんだ。


チグンと二人で恐る恐る受け取って食べる。


う、美味い!


久しぶりの食事だからというだけではない。


きっちりとした下拵したごしらえと新鮮な水。


この味は王都の高級店並みではないか!?


この子が作ったのか? いやまさかな……


おっと、それよりも礼が先だ。


ドワーフ族は恩には恩で返すもの。


「かたじけない」


頭を下げる最上位の礼で答える。


これだけの恩を受けたのだ、何かあればこの子を助けてやらなければならん。


その後、凶悪な毒リンゴも差し出してきた。


それは何の冗談だ。


いくらドワーフが屈強くっきょうといえど、そ、そんな物はえぬわ!



それから、その子供と一緒にることが多くなった。


共通語きょうつうごしゃべれないらしく孤立していたのと、ドワーフに対する偏見へんけんがないのが大きい。


「aokitatuya」


自分を指さして聞きなれない言葉を言った。


きっと自分の名前なのだろう……


なんとなく小鬼アロキッヤに近いか。


自分を小鬼と言うとは面白い、それならと「アロ」と呼ぶことにした。


アロは私のことを「カンウ」と呼ぶ。


勝手に名前を変えてもらっては困るが、奴隷の間に本名が広がるのも不味い。


復讐を果たすそのときまで、その名前を使わせてもらおう。


……なぜだろう、この名前とは長い付き合いになる気がするような……

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