第4話 ドナドナ

これはきっと奴隷どれいというやつなんだろうな……


暗い気持ちになった。


突然この異世界に来てから悪いことばかり起こる。


僕が何か悪いことをしたの? と言いたくなる。


社会の教科書にっている縄文時代のような貫頭衣かんとういに黒の首輪、背中には金属製の背負子しょいこ


背負子には何本もの木製の棒や皮できたシート、寸胴鍋ずんどうなべや包丁、斧やスコップ、弓矢や槍が所狭ところせましとくくり付けられている。


これって60㎏くらいあるんじゃないかな? 立ち上がれない。


周りには同じ格好の奴隷が100人くらい居て、それぞれが同じくらいの荷物を背負っている。


立てているのは半分くらいだ。


屈強くっきょうそうな男もやせ細った老人も同じくらいの荷物っておかしくない?


僕は学校でも小さい方で152㎝。あ、150㎝じゃなくって152㎝だから、ここ大事だから。


その152㎝でも荷物の方が大きいくらいだ、立ち上がれたところで運ぶなんて到底無理だろう。


荷物に悪戦苦闘あくせんくとうしているとむちを持った大柄な男が近づいてきた。


さっきから奴隷達を見て回ったり命令をしたりしているから、奴隷管理人のような人なのかな?


立ち上がれないと、もしかしてあのむちで……


「dao mice mereceso」


何か言われても分からないから反応が出来ない。


頭が痛くならないから命令ではないんだろうけど……


おびえていると大柄な男はため息を吐き、何かを唱え出した。


あわわ。


鞭じゃなくって魔法でお仕置きですか!?


何をされるのかと恐れていると大柄な男の手に黒いモヤのようなものが集まり出した。


腕に残っている黒い腕輪みたいだ。


このモヤはきっと魔法のもとなんだと思う。


大柄な男が腕を突き出しながら気合を入れると、黒いモヤが僕の方に流れてきた。


前みたいに痛いのではないかとギュッっと目をつぶる。


あれ? なんともない。


恐る恐る目を開けると体を確かめた。


何も変わっていない、むしろ力がみなぎっているような……


「tatyuo」


大柄な男は何かを言うと手の平を上げる仕草をした。


仕草から「立て」と言っているような気がする。


僕は力を入れて体を起こした。


あれ? さっきまでの重さが嘘のように荷物が持ち上がる。


もしかすると魔法で体を強化してくれたのかもしれない。


「あ、ありがとうございます」


これまでで初めて優しくされたのが嬉しくて、伝わらなくても感謝を伝え頭を下げた。


大柄な男は少し驚いたようだったが、頭をくとすぐに次の奴隷の下に行ってしまった。


そんなに怖い人ではないのかな?


「くくく……」


押し殺したような笑い声が聞こえた。


――― あ!


夜の路地裏で僕を殴る蹴るしたオジサンがすぐ後ろにいた。


しかも僕と同じ格好で…… あのオジサンも奴隷になったんだ……


それにしても全然気が付かなかった。


不思議なことに他の人も認識できていないような気がする。


一人だけ荷物が極端に少ないからすごく違和感があるのに……


オジサンは僕が気が付いたことにビックリした様子でこちらを一睨ひとにらみすると離れて行った。


良かった、また暴力を振るわれるかと思った。


ドン! ドン! ドン!


去っていくのを見ていると、大きな太鼓たいこの音が鳴り響いた。


騎兵に槍兵に弓兵、綺麗に着飾った兵士達が街の大通りを行進して行く。


その列は悲しいことに僕たちまで続いていた…… もう少ししたらおそらく僕たちも後ろに続くことになるのだろう。


荷物に弓や槍があるのだからきっと間違いない。


軍隊の行き先って、きっと戦場だよね……


戦場の最前線に立っている姿が頭に浮かんだ。


だって奴隷だよ、盾代わりにされたって不思議じゃない。


「嫌だ~ 異世界の戦争で死んじゃうなんて―――」


叫びも虚しく戦場奴隷としての生活が始まった。


気分はドナドナの売られる子牛である。




◇◆◇◆◇◆


俺の名なんてどうでもいい、どうせどれも偽名ぎめいだ。


俺は今、無性にムカムカしている。


そりゃそうだ、こんな任務絶対に無理だ!


任務を成功させるための一番効率的な方法が戦争奴隷として敵軍に入り込むことって、バカか!


入り込んでも任務達成前にすぐに死んじまうじゃねぇか。


それでも上司の命令は絶対だ、やらなきゃやらないで消される……


なので昼間からずっと酒を飲んでいる。


飲まなきゃやってられない。


道端に弱そうな子供を見つけたので腹いせにぶん殴る。


こんな危険な下町の裏路地に寝てるやつなんてどうせすぐに死ぬ。


せめて俺の気晴らしにでもなりやがれ。


――― しょうがないので奴隷落ちするような犯罪を犯す。


でも、奴隷紋を付けられるようなヘマはしない。


事前に自分で自分に奴隷紋の呪文を掛けておく。


こうしておけば俺よりもよほど強力な魔法使いでなければ上書きはできない。


腕に出来た奴隷紋は魔法で肌と同じ色にしておけば完成。


やはり詰所つめしょの魔術師は程度が低い。


簡単にだますことが出来た。


しかし問題はここからだ、奴隷という過酷な環境で生き残らなければならない。


まずは認識阻害魔法で仕事を減らし、なるべく体力を温存しなければ……


従軍の奴隷の列に並ぶ。


荷物は軽くて嵩張かさばるものだけにする。


上位者には認識阻害が効き難い。


軍だったら俺の魔法が効かない上位者も数人はいるはずだ。


おっ!? こいつは道端で寝てた子供じゃねぇか。


なんでこいつがここに居るんだ? 未成年は戦場奴隷になんかならないはずだぞ。


そういえばこの街の貴族が人集めに苦労していたな。


従軍人数の嵩増かさましで無理やりってところか?


運のねえガキだ、戦場に着く前に死んじまうだろうな。


…… ちっ、奴隷管理人が来やがった。


こいつ程度なら認識阻害は破られないだろうが一応離れておこう。


「a arigatougozaimasu」


あのガキ、奴隷管理人の魔法に感謝しているのか?


「くくく……」


あいつは馬鹿か、その魔法は生命力を筋力に変換する外道魔法だ。


その量の荷物だとすぐに生命力を使い尽くして死んじまうぞ。


ん? あのガキ俺に気付いた?


まさかな、ただのガキに俺の魔法が破られるわけがない。


それよりも今後の策を考えねぇと。

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