第3話 奴隷紋

うち帰りたい……


机と椅子だけがある狭い一室。


目の前にはクマみたいないかついおじさんが眉間みけんしわせて、こちらをにらんでいた。


「daiok nomo buoi ?」


何度目かの質問に首を振って答える。


何を言っているか全くわからない。


異世界の物語なら自動翻訳じどうほんやくがあってもいいじゃないか……


「僕の名前は青木龍也あおきたつやです。地球の日本から来ました。13歳の学生です。」


「食べる物がなくって店の物を盗んでしまいました。本当にごめんなさい!」


日本語はやっぱり通じない。


おじさんは机を指でコツコツと叩いてイライラをまぎらわせると、ため息を吐いた。


これってどう考えても容疑者の取り調べだよね……


ドラマだったら弁護士を! って言うところだけど…… 弁護士よりも通訳が欲しい。


コンコン


ドアがノックされて女性が入って来ると、おじさんと話始めた。


次第しだいに言い争うような感じになると、おじさんは何度目かのため息の後、手を払って女性を追い出した。


おじさんがあわれむような目で僕を見ている。


う、う~ん、嫌な予感しかしない……




ご、拷問部屋ごうもんべや!?


いかついおじさんに連れて来られて地下に降りて行くと大きな部屋に着いた。


中には血の付いたベットにペンチやむち、それにのこぎり……


中にびっしり鉄のとげがついた人間大の拷問具。


「あ、これ知ってる、アイアンメイデンってやつだ」


実物を生で見ることがあるなんて…… ぜんぜん嬉しくない……


「いやいや、おじさん、僕に隠し事はありません。拷問しても何も出てきません!」


やっぱり通じてない。


これってどうなるの!?


黒のフードを着た男が二人入ってくると鉄で出来た椅子にくくり付けられた。


拷問って言ったら爪をがされたり、ナイフで指を切られたり、マンガなどで見たことがある光景が浮かぶ。


う、嘘でしょ…… 怖さに震えて歯がガチガチと鳴り始めた。


男二人は杖を持つと何かブツブツと唱え出した。


喋っているのとは明らかに違う感じで、だんだんと二人の杖の周りに黒いモヤが集まってくる。


タン!


杖を地面に打ち付けると黒いモヤが杖から離れて、僕の左手首に巻き付いた。


「イイイイイィ 痛い、痛い!」


熱した鉄を腕に巻かれたらこんな感じなんだろうか? 熱い! 痛い!


黒いモヤが見えなくなると手首に複雑な模様が浮かび上がる。


趣味の悪いタトゥー。


黒い腕輪をしているようだ。


今のは魔法? 黒い腕輪は円形がいくつも重なった魔法陣のようにも見える。


椅子の拘束こうそくから解かれた。もう、終わったのかな?


「tatyuo」


フードの男が何か言うと腕のタトゥーが鈍く光る。


何を言ってるかもちろん分からないが命令口調には聞こえた。


「tatyuo!」


痛い! 痛い! もう一度強く言われると、頭が締め付けられた。


これ相当痛い! 頭を押さえてころげ回る。


これどういう拷問!?


おじさんがフードの男を止めようとしてくれている。


おじさん良い人。


クマみたいと思ってごめんなさい。


「tatyuo!!」


おじさんを無視してフードの男がもう一度大声で言うとさらに締め付けが強くなった。


割れる、割れる! も、もうダメ。


口から泡が出ているのを感じながら意識が遠くなった……




◇◆◇◆◇◆


ひかえい! 吾輩わがはいはこの街の子爵ししゃくである。


吾輩は今大変困っている。本当に困っている。


隣国への大規模侵攻が迫っているが兵の数がそろえられん。


しかし、ここでショボい数しか揃えられんと辺境への左遷させんや戦場に駆り出される恐れがある。


それだけは避けねばならん!


かと言って農家の長男などを下手に徴兵ちょうへいしようものなら暴動が起こる。


そうだ! ちょっとした罪でも犯したやつは片っ端から捕まえて、戦場奴隷にしてしまえ! それなら文句も言いづらかろう。


さっそく衛兵関係の女官を呼びつけた。




◇◆◇◆◇◆


俺は街の衛兵長、この仕事には誇りを持っている。


治安維持に困りごとの相談、大変なことも多いがやりがいがある。


優しくて頼りになる衛兵さん、なんて言われて有頂天うちょうてんになることもあるくらいだ。


まあ、クマの魔物みたいと言われることの方が多いのだがな…… って、誰がクマの魔物だ!!


今日は夜勤前にゴッズじいさんのところで薬草でも買おうと思ったら、盗人を追って行ったと聞いたので慌てて爺さんを探した。


すぐ近くの路地にいたので声をかけたら、なんでも道に倒れているこの小僧が毒リンゴを盗んで食べたって言うじゃねえか。


ていうかこいつよく生きてるな。


猛毒の毒リンゴなんか喰ったら即死だぞ普通!


え!? 引き取ってくれ? 窃盗せっとうにはしなくて良いのか?


まぁ、毒リンゴは森に入れば簡単に手に入るから、たいした被害でもないもんな。


はぁ~ しょうがねえ、ちょっとお灸をえて返すか。




とりあえず取調室に通す。


盗みを反省すればすぐに帰すつもりだ。


「bokuno namaeha aoki tatuya desu ……」


う~ん、どこの辺境出だこいつ、共通語も分からないとは…… そら、猛毒リンゴも喰っちまうよな。


「失礼します」


上級文官が入って来た。


いつも現場の苦労を知らずに勝手なことばかり言う苦手な女だ。


「本日より軽犯罪者も含めて全て戦場奴隷として徴兵します」


「おいおい、ちょっと待ってくれよ。軽犯罪者って酔って喧嘩したやつまで奴隷として戦場に立たせるって言うのか、それは無茶苦茶だろう」


「子爵様からの命令です。すぐに全員に奴隷紋を付与してください。そこの彼もですよ」


「いやいや、こいつはどう見ても未成年。ちょっと注意したいことがあって引っ張っただけだ」


「子爵様はたくさんの戦争奴隷を所望しょもうです。命令に従えないと、あなたが戦場奴隷になりますよ」


冷たいやつだな。


確かに貴族様に逆らったら犯罪者だ。


戦場奴隷なんて生きて帰ってこれるのが1,000人に1人もいないって話だから死刑と同じじゃねぇか。


こいつなら本当に俺を命令違反で告発しかねないしな。


「ちくしょう。子爵様の命令だって言うなら仕方ねぇ」


「言うとおりにするから、さっさと子爵様に報告してきな」


手を払って追い払う。


こいつ運の悪いやつだな。


死んでも化けて出てくれるなよ。俺のせいじゃないからな。


ため息を吐くと、魔導士に声を掛けて地下に連れていく。


奴隷紋と呼ばれる逃亡を防止し、命令に逆らうことが出来ないようにする魔法をかけてもらうためだ。


今から牢屋にいるやつ全員にかけるとなると大変だ。


しばらくは家に帰れねぇなこれは……


俺は街の衛兵長、悲しい中間管理職だ。

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