プロローグ
呼び鈴の音
「僕たちは、人間関係を鞄やら懐やらに入れて持ち運ぶようになった。目の前の人間を意識の外に追い出して、遠く離れた誰かと繋がるようになったんだよ。――まあ、脳味噌まで筋肉質な君に言っても、どうしようもないことか。」
と、男はこちらを一瞥することすらなく、煌々と光る液晶に長い指を滑らせながら言った。相変わらず唐突な上に、何を言いたいのかはっきりしない。
要は「携帯電話って便利だね!」という話だろうが、この引き籠もりめ! そう言えたらいいのだが、後々面倒くさいし、この男に私は口で勝てた
故に私は大人しく、彼の御高説を黙って聞いているのである。なんて辛抱強いのだろう。なんていい子なんだろう、私って。今日はご褒美に、少し奮発して高いアイスを食べてもいいくらいだ。
滔々と続く話をぼんやりと聞き流し、現実逃避をし始めた頃だろうか。じりりり、じりりり――と無遠慮な音量のベルが鳴る。
黒電話だ。この御時世において、もはや絶滅危惧種と称しても過言ではないアレが、誰かを呼んでいる。勿論その誰かとは、この部屋の主である目の前の男のことなのだが。
「はい、こちらササメキ――」
受話器を取った彼は、短い相槌を数回繰り返した。数十秒といったところだろうか、すぐにチンッと高い音を立てて、受話器が元の場所へと戻される。
そして、男が口を開く。
彼の声色に、内心舌打ちをする。また随分と嬉しそうじゃないか。腹立たしい。次に何を言うのか、既に検討がついている時点で、最早諦めた方がいいのかもしれない。
「さあ、僕に"眼"を貸しておくれ。」
ほらみたことか。
「馬鹿丸出しの顔をするんじゃあない。僕が聴いて、君が視る。いつだってそうしてきたじゃないか。さあ、今日はどんな恐ろしいものに出逢えるのか楽しみだね。」
嬉々として薄暗い部屋を出て行く幼馴染の背中に、思い切り舌を出す。今に始まったことではないが、そろそろ私を巻き込むのをやめてほしい。
彼はその行動を「あの世とこの世を繋ぐ仕事」だなんだと言うが、私に言わせればオカルトマニアがはしゃいでいるだけ。トラブルシューティングと言っては、自ら首を突っ込んでいくのだ。筋金入りのお人好し、というよりは迷惑な野次馬と言ったほうがしっくりくる。
とにかく、この男は大馬鹿野郎なのだ。
「ああ、そうだ。解決したらデートでもしようよ。前に君の言っていたアイスクリームが食べたい。」
それを聞いて、慌てて後を追いかける私も、馬鹿だという自覚はある。
けれど恋人のお誘いを無視する、という選択肢は私の中にはなかったのだ。
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