番外6 聖と澪と甘いもの

 久々に現れた聖は、見慣れない小箱を持って現れた。無断で連絡を絶った詫びもなく、いつものようににこにこと笑いながら「澪さま、お久しぶりです」と悪びれもせずに言う。

「連休だったので、家族に会いに街まで行ってきたんです」

 聖は言い訳のように付け加えた。

 それなら、仕方がない。いや、そもそも何が仕方がないというのだろう。澪が自問自答しながら眉間にしわを寄せていると、何も知らない聖は不思議そうに尋ねた。

「怒ってますか?」

「いいや」

「それならいいんですけど。もしかして、心配してくれたりとか」

「な、なぜ儂がお主の身を案じなくてはならぬのじゃ」

 図星。

 澪はあからさまにうろたえて言葉を噛みながらも反論した。

 聖は少しだけ困ったような表情を見せたが、ふと顔を上げて手持ちの箱を差し出した。

 澪の目の前に突き出された箱は、白地に緑色で毛筆の文字が記されている。澪が首を傾げると、聖はやや誇らしげに「これ、お土産なんです」と微笑んで箱を開け始めた。出てきたのは、何かが入った透明なお椀と、同じく透明なへら。

「何じゃ、それは?」

「『あんみつ』です。……このスプーンで、混ぜながら食べるんです。おいしいですよ」

 聖はあんみつのプラスチックカップのふたを開け、スプーンとともに澪に手渡した。

 わりに有名な高級和菓子店の看板商品で、正直なところ財政的にはちょっと痛かった。しかし、澪の喜ぶ顔が見られるならそんなことは気にならない。さすがに肉や動物性のものは無理だろうと考え、これなら澪も食べられるかもしれないと思って選んだものだった。

「……ふん。無駄にするのも後味が悪いな。いただこう」

 少しだけ意地を張ってはみたものの、花の蜜よりもさらに甘い香りがぷんと漂い、澪の鋭い嗅覚を思い切り刺激する。何も口に入れなくても生きられる身ではあるが、おいしいと聞いて逃す手はない。聖が器用に食べるのを見よう見まねで澪もお椀の中身を口へと運ぶと、経験したことのない甘さがじわりと口の中に広がる。

 隣で聖が、あんは小豆を煮詰めて砂糖で味を付けて、とか、この透明なのは寒天っていって――などと解説をしてくれた。人間はこんな上等で手の込んだものを普段から食べているのだろうか。

 一通り味わって、澪は「旨いもんじゃのう」とぽつりと漏らした。

「あ、良かった! お口に合わなかったらどうしようかと思ってたんですよ」

 認めるのは少々悔しい気もするが、おいしいものはおいしい。旨いモノは心を素直にする効果があるらしい、と澪は独り笑いをした。真顔に戻ると、淀んだ思いを打ち明ける。

「聖。……黙っていなくなるな。気にかからぬわけがないだろう? それに――それに、また独りになったのかと」

「あ。……ごめんなさい」

 聖は、怒ったような澪の横顔を見ながら自分の考えの浅さを呪った。

 これまでの経験から、彼女の中ではこの山に取り残されることが消滅へと直結しているのだ。家族と楽しく過ごしている間だって澪のことを忘れたわけではなかったけれど、寂しい思いをさせてしまったのは曲げられない事実。澪が感じる孤独の深さを読み違えていた、自分のミスだ。

「まあいい。今回は、『あんみつ』で帳消しじゃ」

「もう、不安にさせるようなことはしませんから。長く留守にするときは、ちゃんとお知らせしますね」

 澪の目の前に、聖の拳が差し出された。とまどう澪に、「こうするんですよ」と聖は自分の小指と澪の小指とを絡ませる。

「人間が約束するときのおまじないです。約束を破らないようにって。……どこに行っても必ずお土産買ってきますから、また二人で食べましょう?」

 甘いものは、心を素直にする。それは、妖も人間も同じのようだった。

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