しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで
◇◆◇◆◇◆
麻耶が知らなかっただけで、兼盛は校内で有名人だったようだ。
兼盛の姿を自然と気にかけるようになって、廊下で彼と彼の友人達が騒いでいる姿を見て意味ありげな視線を送っている女子生徒が多いことに気がついた。サッカー部の練習でも彼がゴールをきめるたびにキャアキャアと黄色い声があがっていた。
そういった女子生徒達は決まって香奈のようなかわいらしい女の子達ばかりだった。
「恋の悩みでしょ」
確信を持った響きで、香奈が切り出した。
「えっ、いきなり何言ってんの香奈。この私が恋って」
「誤魔化しても無駄よ。麻耶わかりやすいんだから」
ははは、と笑い飛ばそうとした麻耶に香奈は首を横に振った。
最近ご飯を食べる量が減ったこと。食べるスピードが落ちていること。ぼーっとしていることが多いこと。誰かさんの姿を見ると頬を赤らめていること。誰かさんがかっこいいと騒がれている姿を見ると落ち込んでいること。
名探偵のようにすらすらと述べる香奈に、麻耶は勘弁した。
「…私が誰を好きかってのもわかってるんだよね」
「A組みでサッカー部の」
「あ、やだわかったから言わないで!恥ずかしいから。…はぁ、隠してるつもりだったんだけどなぁ」
「隠せてると思ってるのは麻耶だけよ。ていうか、何で隠すの」
不思議そうに尋ねる香奈を見て、麻耶は羞恥に顔を赤らめながら小さな声で呟いた。
「だって、私が恋なんて、変だよ。全然女の子らしくないのに。しかも相手は人気で、彼のことを好きな子はみんなかわいいらしいし」
短い髪の毛を恥じるように触るその手も、肉刺だらけでちっとも柔らかくない。
「なあにそれ。女の子らしくないと恋しちゃだめなんて、誰が決めたの?」
「それに、初対面で遠慮なくばくばくラーメンとか食べちゃったし、からかわれたらムキになって反論したし、可愛くないとこばっか見せちゃった。そもそも向こうも私のこと小動物とか言ってたし」
「麻耶の魅力じゃん。私、なんでも美味しそうに食べるところとか、ころころと表情を変えるところとか、思ったことを素直に言えるところとか、ちょっとした仕草とか全部好きよ」
なんか撫でたくなるんだよね、と言いながら頭を撫でる香奈に対して、麻耶はされるがままだった。
香奈の甘い香水の匂いとともに、細い指があやす様に優しく髪をすいてくれて、
気持ちよくなった麻耶は目を閉じた。
あの人の手は、もっと大きくてごつごつしてたな、と思い出してまた切なくなった。
「まぁ、私が言っても自信にはならないのかもしれないけどさ、一つだけ私の主観を抜きにしても麻耶の方が騒いでいる女の子達よりリードしてる点があるよ」
香奈のその言葉に、麻耶はゆっくりと目を開けた。
◇◆◇◆◇◆
一度目の来店時と変わらず、店内は繁盛しているためかがやがやと騒がしい。
味噌の香ばしい香りは、空腹の麻耶の食欲を刺激して恋の悩み等吹き飛ばした。
会話もそこそこに、麻耶はずずずっとラーメンを啜り、数分後にはどんぶりの中はチャーシューとスープだけとなった。
残しているチャーシューは、隣に座っている兼盛に約束どおり奢ってもらったものだ。
ぷかりぷかりとスープに浮かんでいる分厚いチャーシューを見つめて、うじうじと悩むのは自分らしくないなと麻耶は腹を決めた。
くるりと体を兼盛に向けると、彼はどうしたと言わんばかりに箸を止めて、麻耶を見た。
「好きです。私とつきあってください」
体中が熱いのに指先は異様に冷たいのは、ラーメンを食べたからではなく、緊張からだろう。
スカートの上で硬く握った手はふるふると震えているのに、目は兼盛の姿をじっと捉えている。
その兼盛は数拍おいて、肩をゆらして笑った。
「す、ストレートだなっ。しかもラーメン食いながら告白って。はははっ、やっぱ面白いなぁ」
そうか、告白ってやっぱり学校の屋上とかで言うべきだったか。
やっぱり女の子らしくない自分なんて、と俯いた麻耶の頭に、ごつごつとした大きな手がのせられた。
「俺も好きです。お付き合いお願いします」
ストレートなその言葉に、麻耶はばっと顔をあげた。
嬉しいという気持ちよりも、困惑が勝っているその表情を見て、兼盛は麻耶がよく見るにやにやとした笑いを浮かべた。
「いや、麻耶が俺のこと好きなの知ってたから」
「え!?」
「すぐ顔や行動に出るからなぁ。あの日、顔赤くしてたことも、最近俺に視線送ってたことも気付いてた」
たださすがに今日ラーメン店で告白されるとは思わなかった、と兼盛にまた笑われた麻耶は恥ずかしさを通り越してむっと口を結んだ。
兼盛はそんな麻耶の怒りを吹き飛ばす言葉を口にした。
「ていうか、俺のほうが先に麻耶のこと好きだったし」
「ええ!?」
「好きになったはいいけど、クラスも違うし部活の接点もないから、きっかけ作るの苦労したわ」
「きっかけって、あの日練習場の近くで会ったのは…」
「まぁ、麻耶がソフトボール部の中で一番遅くまで練習してるって知ってたから。用がなきゃ、ソフトボール部の練習場のあたりうろうろするわけないだろ。サッカー部のグラウンドからも部室からも遠いし」
衝撃の告白に、麻耶の思考がついていかない。
彼の言葉通りならば、麻耶が彼を認識する以前から麻耶のことを好きだったという。しかも知り合うための努力もしていた。
あの、兼盛が。麻耶のために。
「私のこと好きって、変だよ」
眉をさげて自信なさげに漏らした麻耶の言葉を、変じゃねぇよと兼盛は一蹴した。
「誰よりも努力家なところとか、ちょこまかと動き回るところとか、素直なところとか、笑顔がかわいいところか、ころころ表情変わるところとか、おいしそうに飯食うところとか。お前が何に対して悩んでるのか知らねぇけど、俺は麻耶のそういったところが好きなんだから、それを否定するなよ」
女の子らしくないと恋しちゃだめなんて、誰が決めたの?
脳裏に香奈の言葉が響いた。
安堵なのか、恋しさなのか、きゅっと麻耶の胸が切なくなり、目頭が熱くなった。
「…そっか、変じゃないんだ。私達つきあっていいんだ」
「お互い好きなんだから、当然だろ」
兼盛の言葉に、麻耶は幸せな気分で笑った。
その麻耶の綻んだ笑顔に、兼盛は顔を赤らめ、気を紛らわすようにさっと箸でチャーシューを掴み、口に放り込んだ。
「あーっそれ私のチャーシュー!」
「俺が追加してやったやつな。別に一枚くらいいいだろ」
「よくないっ。最後に食べようと思って残してたのに」
「わかったわかった。じゃあまた今度チャーシュー奢ってやるから」
「その時は煮たまごもねっ」
「半分は俺のな」
騒ぎながらお店を出た二人は、手を繋いで駅へと向かった。
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【解説】
※訳、解説ともにプロではないため大体です。ご承知おきください。
しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで
(他人に気付かれないように心に秘めてきたけれど、顔や表情に出てしまっていたようだ。私の恋は。「恋の悩みですか?」と人に尋ねられるほどに。)
平兼盛(四十番)『拾遺集』恋一・六二二
天徳内裏歌合せで「忍ぶ恋」の題で、壬生忠見と対決した際に読まれた歌です。どちらも甲乙つけがたいほどの名歌でしたが、天皇が平兼盛の歌を口ずさんだため、兼盛の勝ちになったという逸話があります。
この歌をオマージュに、今回は現代設定で、恋の相手にすら気持ちがばれるほど素直な女性を主人公にし、相手の名前を「兼盛」にしました。
また、歌のテーマである「忍ぶ恋」について、平安時代では身分等の理由から「忍ぶ恋」をせざるを得なかった場合が多かったとか。
本作品は、「自分が女の子らしくないからこの気持ちは不相応だ」という主人公の考えが「忍ぶ恋」をする原因になります。(友人に諭され結局は自ら告白しますが)
歌合せの場での歌のため、平兼盛が他人に気付かれるほどの恋をしていたのか、その恋の行方はどうなったのか知りませんが、本作品では色気はなくともハッピーエンドというところまで。
百人一首 第四十首 恋の歌 相田 渚 @orange0202
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