今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを  人づてならで 言ふよしもがな 2

ナンバー6の男の娘の遺体は、なんとも無残な有様だった。

野犬の仕業か、全身を喰いちぎられ人間の原型を留めていなかった。遺体に残っていた娘の珍しい赤色の眼球や持ち物のアクセサリーからかろうじて身元が判明したが、もはや実の親ですら言われるまで娘だと判別ができない姿形に成り果てていた。


この恐ろしい事件は、生粋のマフィアであるウィステリア家出身である上層部をも震撼させた。

同時に、その犯行に及んだ者について誰もが察していた。


ファミリーを捕らえるためとはいえ、警察がこのようなことをするわけがない。

敵ファミリーならば、たかだかナンバー6の男の娘を狙ったりはしない。たとえそうだしても、人質としてある程度の交渉をするために生かしていたはずだ。

マフィアと言えど、ナンバー7以降の幹部に、このような残忍な思考を持ち合わせている者もいない。

ナンバー6の幹部の男を邪魔に思い、尚且つ“野犬”に喰わせる所業。

そんな人間は、グレースの他ありえなかった。


しかし、目撃証言もなく証拠が見つからない以上誰も何も言いだせずに事件から一週間が経過した。


事件が起ころうと起こるまいと、自分には関係のないことだと言わんばかりに書類と向き合っていたグレースの部屋の扉がノックされた。


「ひゃー怖い怖い。グレース様、聞いてください。さっきそこで“鼠”と遭遇したんですけどね、目を血走らせて口から泡吹きながらキーキー怒鳴られたんですよ。許さねぇぞとかなんとか」


ケラケラと笑いながら、またしても返事を待たずにホークが入ってきた。


「鳴こうが喚こうが娘は戻らないし、そもそも俺達には関係ないし。証拠もないのに酷い話っすよね」


傷つくなぁなんて、明るい口調で楽しげに喋るホークをグレースは嗜める。


「いくら“鼠”とのお遊びが楽しくても、ほどほどにしておけ」

「全く、相変わらずグレース様は冷静だなぁ」


いつまでも浮かれた調子のホークにグレースが小さなため息を漏らした時、またしても部屋にノックの音が響いた。

グレースの静かな返事から数秒後に、勢いよく開かれた扉からぞろぞろと男達が入ってきた。

グレースは立ち上がり、先頭の男に相対した。


「これは珍しい。ナンバー4の幹部の貴方が何の御用です?それも随分たくさんの部下を連れて」

「君に用はない、グレース君。どけ、そこの金髪頭に用がある」

「記憶違いでなければ、ホークは貴方の部下ではなく、私の部下ですが」


グレースのまわりくどい口調にイラついたのか、ナンバー4の幹部の男は語調を荒げた。


「喧しいっ。その金髪頭には先日のナンバー6の幹部の娘殺害の疑いがかかってるんだ!連れて行って話を聞く必要がある」

「ファミリーの掟で、ファミリー同士が暴力を振るうのは禁止されているはずですよね」

「ファミリーがファミリーに手を出した時は、その限りではない!」

「ホークが手を出したという証拠でも?」

「白々しい奴め。お前があの娘を殺したのはわかっている。どうせ指示だけで実行したのはそこの金髪頭だろうがな。証拠がなくても実行犯の口から真実を聞けば掟には反しない。こいつから証言をとってお前もすぐにこの執務室からいられなくしてやる」


その言葉を聞いてもなおも反論しようとするグレースに対して、彼はギロリと睨みつけた。


「いいか、勘違いするなよ。幹部とはいえ、お前はナンバー5だ。俺より下のやつがごちゃごちゃと口答えするんじゃねえ」

「うーん、わかりました。そこまで熱望されてるんじゃ、しょうがないです。俺着いてきますよ」


口を開こうとしたグレースを遮って、いつも調子でホークが割って入った。


「下っ端の分際で、幹部同士の会話に入ってくんな!」

「おっと、それは申し訳ございません。何分下っ端なもので礼儀ってのがよくわからないんです」

「こいつ…!」


ナンバー4の幹部に凄まれても物ともせず、ホークはグレースに笑いかけた。


「じゃぁちょっと行ってくるんで、後よろしくお願いします。書類とかお手伝いできずにすいません」


そうして最後まで陽気なホークは、ナンバー4の幹部の部下に両腕を抱えられ、引きずられながら部屋を後にした。

シン、と静寂だけが残された部屋で、グレースは静かにため息をついた。

別にホークがどうなろうと、己の知ったことではない。多少痛い目に合うことは承知の上で本人もすすんで連れて行かれたのだから、尚のことたすけてやる理由もない。

ただ、連れて行かれた先で、ホークが先日の自分の発言を漏らすことがあると少々面倒である。

ナンバー5の幹部の地位から、グレースを引きずり落とすにはいいネタになるだろう。


不安の芽は早期に潰すに限る。


そう考えたグレースは執務室を出て、街へ出かけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る