第23話 恋人
「いくよっ」
今までが嘘の様に宇宙戦艦白雪の挙動が安定し、一気に速度が上がる。
アステロイドアタックコース内に浮遊する大量のオブジェクトの海を凄まじい速度で突っ切って行く。
まるでオブジェクトの方が避けているのかと錯覚するような凄まじい超高速航行をする少女。
「そろそろ命中させるぞ、左右艦翼を狙え、そして一気に確保する。ハイペリオン砲警戒は4番艦だ」
「ロッロックオン解除っ振り切られました!」
「何っ目標はもうフラフラだったはず、最後のあがきではないのか?」
「速度増しています、現在秒速35kmぉ?あと数秒でコースを抜けられてしまいます!」
「何が起きてるんだ、仕方ない、全艦コース外に出てフル加速、目標を追うぞ」
「提督っ3番艦、5番艦航行不能っ!なっ7番と2番もです!」
「何が起き――」
突如、今まで感じた事のない不思議な衝撃と音が艦橋に響く。
その瞬間、艦内が真っ暗になり、次の瞬間オレンジ色に染まる。
非常電源に切り替わったのだ。
制動を失った艦がオブジェクトに次々に激突し停止する。
「ハイペリオンドライブ停止っ本艦航行不能ぉ!」
「何が起きてるっ攻撃か?」
「全艦ハイペリオンブロックが真っ二つになったようで、我が艦隊全て作戦行動不能になっています!」
「はぁあああ?」
「きゅふふ……どうじゃ?わっち自慢の要塞砲の味は、超収束放射は頑強なハイペリオンドライブも真っ二つぞぉ」
ステルスフィールドで姿を隠した金色に輝く巨大戦艦が艦中央の直径100m近くある砲口を下方宙域のアステロイドアタックコースへ向けていた。
ボロボロの白雪がゴール地点に到着すると、周囲に配された観客席から割れるような大歓声が上がった。
そして白雪より若干小型の高速艦ヴァルケンハイムが並ぶように停船し、艦長のベルナールが現れ客席に手を振ると、再び大きな歓声が上がる。
「夕日乃?これはどういう事です?」
「えへへへ~ベルナールさんにお願いして、雪ちゃん逃亡から私が飛んでる所までコース外から撮ってもらってたの、そうすれば不正してないって判るでしょ?」
「やぁっ上手く行ったようだね、僕の中継をリアルタイム配信で全宇宙規模で流したんだよ」
「ありがとうベルナールさん、雪ちゃんもボコボコで不正装置も無いの証明できたね」
「え?え?どういう事です?」
「やっほ~これでミッション終了ですね~」
「リっリンさんまで?」
大混乱の白雪……どうやら自分一人で踊ってたらしいと気付き、両手で顔を隠す。
「私考えてたの。雪ちゃんはいつも私の為に怒ってくれる。きっと今回も……だからね、雪ちゃんが危ない目に遭わないように沢山考えたの。そしたらリンちゃんが連絡くれたから相談に乗ってもらって、ベルナールさんに協力お願いして、ヤマブキちゃんも楽しそうに混ざってきて」
顔を隠す手を優しく開き、ぼろぼろの顔を夕日乃の胸に優しく抱き寄せる。
そして、子供のように抱き着いてくる白雪の頭をなでなで……
「でも、お船の雪ちゃんぼろぼろになっちゃって、痛かったよね。ごめんね。頑張ったよね。ありがとう雪ちゃん」
おでこに優しくキスをすると、白雪が声を上げて泣きだした。
まるで子供のように、恥も外聞もなく、わんわんと泣く白雪。
「どっどうなっている!私の艦隊はまだ来んのか?お前達そこを動くな!艦長のガキもいるな、大人しく同行してもらおう!」
グランドン・ボワードがスタート地点からやって来たが、艦隊が全滅したのをまだ知らないらしい。
観客や参加チームスタッフ、そこにいる人々が彼を冷ややかに見つめる。だが彼にはその微妙な空気が伝わらないらしい、必死にがなり立てる声のみが響き渡る。
『やめないか、スマートじゃないなぁ、ボワード君』
グランドンとは対象的な清々しい声が会場中のスピーカーを通し周囲に響き渡る。どうも全銀河に中継されているようだ。
「アッアルフレッド運営委員長……どっどうしてここに?なっ何ですかその艦は」
『いやぁ、なんか騒がしくてね、この素晴らしく美しい艦で散歩がてら来てしまったのだよ』
そう涼しげな彼の名はアイン・アルフレッド。銀河ユニオン戦艦祭の運営委員長である。イエロー系の少々派手なジャケットを着こなす30代前半の涼し気な青年という印象だ。
ちなみに今、彼が立っているのは金色の巨大戦艦の艦首。ライトアップ用の護衛艦を引き連れ、眩い輝きの中、ド派手なご登場に彼自身ご満悦の様子。
『ところで、これはボワード君が起こした騒ぎかね?』
「いっいえっそこの者が不正を働きましたので、たまたま知った私が出向いただけです」
『はっはっはっ仕事熱心だねぇ、ならここは私が委員長として、たまには仕事をしようじゃないか!いいかね?』
「えっ?いえこの件は――」
『では、はぁ~い!君たちぃ~!無罪っっ!今日はもう帰っていいよー!』
「ええっ!お待ち下さいっっ!この者達には不正の証拠が!」
今まさにここにいる全員がポカーンという状態だ。静まり返る観客席。泣きじゃくる白雪を抱き締めながら、じっと事態を見守る夕日乃。
『君は――先程の中継を観てなかったのかね?あれで彼女達を罪人扱いするならば、ユニオンなど滅ぶべきだよ。これ以上はユニオン地人会にて審議すべき案件であろう、ねぇ』
「ユニオン地人……」
『知ってるかい?ユニオン地人会で議題に上るとユニオン元年にまで遡り徹底的に調査されるんだよ。過去、一つの調査の過程で億単位の死人も出た程度には徹底的にねぇ』
「はっはいっ委員長の仰る通りに致しますっ」
怯えるようなグランドン・ボワードの様子から、今回の理不尽な騒動は終了したのだと皆察し安堵した。
『ああ~このゴージャスな艦は私に似合い過ぎる!素晴らしいよヤマブキ君!美しい~!私と契約して乗艦になってよ!』
『死ねぞ』
後日、アルフレッド運営委員長が直々に全銀河に向けた特別放送で、秋月夕日乃艦長と宇宙戦艦白雪への謝罪と名誉の回復がなされた。
しかし、本来明らかにすべき部分は語られる事は無く、不満の残る会見でもあったが……
オブジェクト接触でかなりのダメージを受けた宇宙戦艦白雪は、現在専用亜空間ドックにて修理中。半年もの入院が必要となっている。
幸い骨格へのダメージは軽微であったが、半有機アンチスキャン装甲はボロボロで外殻装甲の五割と艦首大口径プラズマ荷電粒子ビーム砲を含む各部砲塔もほぼ全損。
さらに装甲がひしゃげ内部から漏れ出た流体金属層及び蛋白層の補充、自慢のアクティブアームも歪み、欠損部位も多くかなりの重症だ。
あの日、コースを封鎖してオブジェクトを消去し、ヤマブキが装甲や補助翼などの白雪の部品類を全て回収している。
破片であっても、誰もが欲しがる重要機密の塊なのだ。
ただ修理だけであれば二ヶ月程で済むが、折角なのでオーバーホールと、妹艦に使った新技術導入も含めての半年入院との事。
ちなみに修理はクラリア博士と助手達による遠隔操作により行われている。
今回、白雪のミスにより多大な損害を出しているが、クラリア博士からの咎めは無く、むしろ嬉しそうだったという。
シュバルツの件には激怒すると思いきや、ニヤリとするのみだったとか。
その白雪だが――
まずは眠る、もしくは座る為のベッド。テレビとパソコン前に座るスペースを残し、配置可能な限り本棚やタンス、金属フレームの棚を壁際に配置する。
そこにただひたすら物を置ける限り置く。うず高く積み上げられる限り積み上げる。そして飾れるだけ飾る。
壁や天井にはポスターや写真が貼り付けられ、本棚のせいで押し入れのふすまも一人通れる分しか開けられない。勿論内部も物で一杯。自称宝物殿。
とても女子中学生の部屋とは思えない常軌を逸した空間にあるベッド上に、布団で出来た饅頭が一つあった。具は案の定だ。
ここ数日、学校から戻ると部屋に篭もり、何やらウンウン唸り、時折奇声を上げるのが居間にまで聞こえる。皆一様にこんな白雪は初めてだと首を捻っている。
普通に学校には登校しているし、夕日乃とも普通に接しているのだが、一人きりになるとご覧の有様だ。
困った……あの時以来、夕日乃の顔をきちんと見れない。好きで好きでたまらないのに恥ずかしくて見れない。
いえ、見れます。見れますけど普段通りに見れないのです……こう、胸がドキドキすると言いましょうか、恋愛漫画でよくある恋をしたヒロインの感じでしょうか。
……え?恋?私が恋?私が夕日乃に恋をしていると?
「ええええーっ!?」
「あ、また叫んでる」
「中学生だし思春期なのよきっと、そっとしておいてあげましょう」
「白雪姉ぇが?今年70歳で?ところでママ。餃子の具作りすぎ!いつになっても減らないよー」
「大丈夫、具があまったら餃子丼にしましょう」
「餃子丼食べながら、おかずも餃子?ママどんだけ餃子好きなのよ」
「ふふふっママ、餃子大好き元宇都宮市民ですから~」
あの時――
絶望しかけていた。もう何をどうしたらいいか判らず叫ぶしかできなかった、もう逢えないかもしれないあの子の名を。
驚いた。傍らに居るはずの無いあの子が優しく笑いかけてくれている。
本気で自分が狂ったのかと思った。
そして、私の前にいつもの様にちょこんと座った小さな背中が信じられない程、頼もしく思えた。
痛くて重くて前に進んでくれない体を軽々と抱き上げる様に操艦してくれるあの子に私は……
――そう、あの時、私は夕日乃に恋をした。
私のあの子へ対する愛という感情は、今考えると家族愛や母性愛に近いもので、とても恋愛の愛と呼べるものでは無かったように思える。
今回、私の中に生まれたあの子への感情は以前と比べどう変わった?
夕日乃に対する感情が、今まで「大人になるまで待っててあげますよ」という相手本位だったものだとすると、今は「もう我慢出来ない!今すぐ欲しい!」って自分本位なものに変わっている。
「そうか……これが恋ですかぁ」
「雪ちゃん、恋してるの?誰に?」
「もちろんあなた、夕日乃ですよ」
「――また叫んでる。うるさいなぁ~」
「あなたもきっと年頃になれば判るわよ」
「えぇ~?ママもそうだったの?」
「さすがにあそこまで変じゃなかったわねぇ、でも恋も変も大差ないものよ」
「えぇっ?あれ恋してるの?」
「ゆっゆっ夕日乃っっ?いつの間に!」
布団饅頭から顔だけ出すと、夕日乃が待ち構えるようにベッド前に座っていた。
「もうっそんなに驚かないの!最近変だよ?なんかちょっと前の私みたい」
「そう……ですね。今更ジタバタしても仕方ありませんよね」
「うん、話したい事あったら、いっぱい聞くから」
「はいっ聞いて下さい」
起き上がろうとして、勢い余り布団に足を取られ、盛大にコケるも、何とか夕日乃にキャッチされ事なきを得た。
が、白雪が押し倒す状態になり、鼻先が触れあう程接近してしまった。
夕日乃の香りに思わず髪を黒から白へ変化させてしまう。
じっと……夕日乃の瞳が藤銀のまんまる瞳をじっと見つめる。
その熱のこもった視線に意を決し、白い少女の唇が開く。
「私っ夕日乃が大好き!だいだい大好きっ!」
「それ……前に私も言った」
出逢いから十年……この日、二人は恋人同士になって、初めての恋人同士のキスをした。
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