第24話 復活しました!

 日本人にとって、月というものは特別な存在だと言えよう。

 秋といえば中秋の名月、十五夜、お月見にお団子。この辺はすぐ思い浮かぶだろうが、今年の秋の夜空は一味違った。

「月が二つある……」

「なんだか明るすぎて微妙ですね」

 まんまるお月様が二つ浮かぶ秋空を眺め、指を絡め手を繋いだまま、お団子を頬張る、最近恋人同士になった二人。

「情緒もヘッタクレもないなぁ~」

 パパが飲んでいるのはいつもの発泡酒ではなく、奮発した普通のビール。

 星宮家のお月見パーティーは月より団子故、月の数はそれ程問題ないと言えばそうなのだけれど、日本人としては微妙な気分になる風景だろう。

「あの月みたいの何?雪ちゃん知ってる?」

「あれはですね――」

「はっはっはっ!あれは自動惑星オルストロンⅡだよ。私の友人である大富豪が戦艦祭観戦にやってきたのさ」

 二人に割って入り答えたのは、あのアルフレッド運営委員長だ。隣には担当官のリンもいる。

 日本の大衆文化を楽しみたい。どこで知ったのか不明だが是非参加させてくれと、この何の変哲も無いファミリーパーティにやって来たのだ。

 彼がヤマブキに乗艦し地上に降りるにあたり、折角なのでお世話になっているリンも誘ったのだった。

「何故、わっちが……まぁよいがの」

 お気に入りのモンブランを口に運びながら、ぶすくれるヤマブキ。

「お二人ともありがとうございますっ私までお誘いいただきましてっ」

「リンさんにはお世話になってますからね。部屋もありますから今夜は泊まっていって下さい」

「うんっ明日は色々案内するよ」

「わぁっいいんですか?」

 興奮してるのか耳と尻尾がピンピンしている。

「とは言え私の降下艇だと二人乗りなのですよね」

「そこはヤマブキ君に頼もうじゃないか!ん~私も行きたいっ!」

「お前ゆーな!あと仕事せよ」


「ねっねっ猫耳宇宙人がいる!」

「あ~どうもです、にゃ?」

 弟の太陽が猫っぽいポーズをとるリンに大はしゃぎ……何か変なスイッチでも入ったのだろうか?

 この子の将来が心配でならない。そんな双子の姉が生暖かく弟を観察する。

「さぁっお料理追加ですよ~」

 ママと夕日乃のお婆ちゃんが唐揚げと天ぷらの盛り合わせを夏にキャンプで使った折り畳みテーブルの上に並べる。ディレクターズチェアにはビールを片手にパパとアルフレッド氏が仲良く座っており、すでに結構な数の空き缶が転がっていた。

「いやぁ奥さん、飛び入りの私までご馳走になってしまい、恐縮です~」

「いえいえ、こんなものでよろしければ、どんどん召し上がってくださいな」

「おっ兄さん、まだまだ行けるだろ?今日はビールしか無いけど、どんどんやってくださいよ」

「いやぁ旦那さん、地球のお酒!どんどんいけますなぁ!奥さんの料理もいいっ!んん~!」

 二つの月明かりの照らされ、その夜の星宮家はご近所迷惑にならない範囲で大いに盛り上がるのだった。


 11月末、予定よりひと月程早く宇宙戦艦白雪の修理と改装が終わった。

 外観はビーム砲と艦首とハイペリオンドライブ周囲の外装追加と装甲のモールドが若干異なってる様に見えるが、シルエットはそれ程変わったようには見えない。

 

【艦 名】 宇宙戦艦白雪(C型)

【形式名】 クラリア白 CCW-006C 半有機宇宙戦艦(サイボーグ艦)

【サイズ】 レムトロン級 全長333m全幅180m 

【主 機】 艦首ハイペリオンドライブ×1基(シャフト深度非公開) 

      艦尾ハイペリオンドライブ×3基(シャフト深度非公開)

【攻撃兵装】大口径プラズマ荷電粒子ビーム砲×7基(内2基アーム部装備) 

      荷電粒子ビーム砲×8基 レーザーバルカン砲×8基 

      光子魚雷発射口×1基 艦首ミサイル魚雷発射管×4基 

      後部ミサイル発射管×2基 

【防御兵装】エネルギーシールド(最大展開数24)エネルギースクリーン

【特殊兵装】アクティブアーム弐式×二椀 ビームクロー 艦首プラズマビーム衝角      光の翼

【秘匿兵装】ガトリングハイペリオン砲×1基 他

【備 考】 主にハイペリオンドライブのパワーアップと外殻強化に伴い、対艦格闘      戦装備光の翼を実装。


 非公開ではあるが、ハイペリオンドライブのシャフト深度を増したらしくパワーは三割増し程度と思われる。

 それに伴い全体のビーム砲口径アップと追加。記載はないが光子チャンバー強化ににより光子魚雷の連射数がアップしている。

 アクティブアームはフレーム強化に伴うトルクアップとビームクロー追加。シールド系も地味に強化されている。

 今回実装された新装備はいずれ披露する事になるだろう。

 ちなみに今回の修理、改装費用は標準的なエルトロン級宇宙戦艦五隻分に相当するという。


 およそ五ヶ月ぶりの白雪艦橋、そして操縦シートの感触。

「はぁ~久しぶりの感触ぅ~」

 気持ち良さそうに発展途上尻をシートに擦り付けクネクネさせる少女。後部シートの少女とは比べ物にならない程スレンダーな体型だ。

「夕日乃……ちょっとお尻エロいですよ?けしからんので撮影しましたから!」

 じとぉ――っ

 軽く後ろを振り向きジト目で睨むも、その瞳にはとても暖かな光が宿っている。

「じゃ、いくよ」

 マナスオペレーションシステムを起動させ、夕日乃と宇宙戦艦白雪が精神リンクすると、今までより制御すべき情報量が三割ほど増えている事が判る。

 とはいえ、遥かに情報量の多いヤマブキを平然と操艦できる夕日乃には、この程度何ら問題はない。

「うわぁ変わったねぇ、パワーアップも凄いし何か強そうな武器も増えてる~」

「夕日乃、博士があなたの感想や要望を知りたとの事ですので、慣らし航行が終わりましたら報告書を一緒に作って下さいね」

「えぇ――判った」

 亜空間ドック内、白雪前方の空間面が光り出すと、向こう側の世界――真っ青な空が映る。

 艦体固定アームのロックが解除され、ふわりと宙に浮くと微速前進を開始する。

 艦首を上に亜空間から空へ向けて出現する様は、まるで海面から飛び出す鯨や潜水艦のようだ。

 久しぶりに那須野原市上空に現れた白い宇宙戦艦に気付いた人々が歓声を上げる。

 そしてすぐ明らかに今までと違う全容に気付き、驚きの声を上げた。

 白雪艦首センサーアイ付近からからサイドを抜け、艦翼の縁に沿い艦尾へとチェリーピンクの美し模様があしらわれ、とても鮮やかに映えていた。

 まさに新宇宙戦艦白雪と言えよう。


「ゆっ雪ちゃん……この色って?」

「はいっあなたの大好きな色ですよ。私の艦長が夕日乃だという証です」

「えぇーっ!」

「これはクラリア博士の指示ですからね。つまり私が夕日乃のモノになったって事ですよ」

「ええええぇーっ!」

「これからもずっと私に乗っかって、好き放題欲望のままに、あんな事こんな事、色々しちゃってくださいね」

「……その表現微妙にアウト!あと横のあれ何っ?私のマーク?」

 艦首から流れるチェリーピンクのライン上、側部中央に、可愛らしくディフォルメされた夕日乃らしきキャラがマーキングされていた。

「……痛宇宙戦艦」

「可愛いでしょう~?この手のデザインの得意な博士の助手さんがおりまして~」

「神秘的な白い宇宙船って世界中から崇められていたのに……一気に俗っぽくなったよぉ」

「フフンッ私は初めから筋金入りの俗物ですよぉ!こんどアキバに乗り付けましょう!痛車フェスにも出ましょう!」

 なんたるドヤ顔。流石の夕日乃も呆れ、微妙にスルーしながら操縦桿を握る。

「じゃあーはっしーん」

 久しぶりの操作系最適化を済ませ、艦を発進させる。戻ってきたよ~と挨拶するように市内上空をぐる~りと大きく旋回し東京方面に向かう。

 都心上空を同様に旋回していると、ゴォーン、ゴォーンと重低音を響かせ横に並んでくる金色こんじきの宇宙戦艦。相も変わらずとても巨大でキラキラ派手だ。

『復帰、ご披露ぞな?……なんぞ、その模様』

「うんっちょっと恥ずかしい!」

『まぁよかろ!ゆーひの、もはや有名人故のっ!』

「えぇ~っ目立ちたくない……」

 苦笑いの夕日乃もとっても可愛い~と、でれぇ~っとリアシートでくつろいている白雪。


 突然、夕日乃がヒュワンと左舷に艦首を振り向ける。もし慣性制御されてなかったら白雪はシートから吹っ飛び、非常に恥ずかしい姿を晒してたであろう。

「雪ちゃん、あの子来た」

「ネロ……」

『何故またここんぞ?ネロ』

 白雪の左舷1km程の場所に忽然と現れた漆黒の宇宙戦艦。亜空間ゲートを艦の移動に使用しているように見える。白雪は現在この能力を持っておらず、亜空間内部に固定したドックとの行き来しか出来ない。

 漆黒の艦体に光る幾つもの真紅の瞳がこちらをじっと睨むように、禍々しく輝いている。何故交流を頑なに拒むのか、それとも何かを恨んでいるのか、それはネロにしか判らない。

 過去、当時白と呼ばれてた白雪が何度話しかけても、ネロが口を開く事は一度もなかったのだ。

 艦首にネロが立っている。漆黒の髪をなびかせる様はとても神秘的で美しい、だがどこか儚げで物悲しい雰囲気をまとう少女だ。

 二年前、スカイ樹に現れた時と同じ背格好に見える。やはり成長を固定しているのだろう。

 

「ネロッ!言いたい事がったら言いなさい!言わないと判りませんよ!お願いですから帰ってきて私達と暮らしましょうっ!」

 あの時と同様、外に出て必死に叫ぶ白雪。

 だが……その問い掛ける叫びに全く反応しないネロ。

 そんなネロが何かに気付いたのか白雪の艦体に視線を移し、じっと見つめる。そして首を傾けながら険しい表情で更に食い入る様に見つめる。

 すると――わなわなと震え出し、敵意丸出しの表情を見せたかと思うと、漆黒の戦艦を白雪に向け猛烈な勢いで突撃させたのだ!

 夕日乃も反応し避けようとしたが少し遅かった。何分距離が近すぎたのだ。

 激突する瞬間、漆黒の戦艦は白雪を飲み込めるのではと思える程の牙のびっしり生えた巨大な艦首口を開き、白雪側面から喰い付き、鋭い牙を新品の美しい装甲に突き立てた。都心にガリガリと何とも嫌な音が響く。

 その様はまるで巨大イカが白い鯨に喰いつく、そんな光景だった。


「うわあああっ!ゆっ雪ちゃん落ちてない?大丈夫っ!?」

『へっ平気ですっ落ちてませんよっ!』

 艦橋では異常を示すアラームとダメージ箇所がぽんぽんとポップする。

 装甲に食い込んだ牙の数は全部で26本。それ程深いダメージではない。装甲が頑丈なのか……いや、あの子が加減している?夕日乃にはそう思えた。

『ネロッ!何をしておる!白姉より離れよっ!』

 喰い付いた触腕上のネロと白雪の距離は、ほんの20m程、この二人がこのまで近付き顔を合わせるのは何十年ぶりであろうか。

 今のネロは明らかに今までとは違い、感情が見て取れる。

 この様な状況でありながら、怒った表情のネロに白雪は何故か安堵していた。

「もぉ~ネロっ!痛いですよっ!子供ではないのですから言いたい事は言葉になさいっ!」

 白雪が至って冷静なので、アクティブアームを使いネロを無理矢理引き離す事を今はせず、夕日乃も二人の様子を見守る事にした。


 モニターに二人の姿を拡大させ、腕組みしながらじっとその様子を見つめていると、ふと脳裏に何か懐かしい情景が浮かぶ……

「あれ?あの子……どっかで……」

『夕日乃どうするぞ?そちもパワーアップしとるし、わっちとネロを取り押さえるかえ?ただ……のぉ』

「うん、ヘタしたら東京消えちゃうかも……っていうか、今のままじゃ取り押さえても、何の解決にもならないと思うよ?」

『そうよの。その通りじゃ、根本を解決せねばの』

 ここは東京都心上空、こんな場所で「三大宇宙戦艦 東京最大の決戦」は流石に洒落にならない。しかも蓋を開ければ姉妹喧嘩という始末。


 晩秋の空、強風で黒い髪と白い髪がぶわぁっとなびく。

 舞う黒髪……その光景を目にした瞬間――

 先程まで夕日乃の記憶の奥底にかかってたモヤモヤが、ふっと晴れた。

「うん……そうだ、間違いない、あの子だ」


「ねぇ二人共聞いて欲しいんだけど」

『なんでしょう』

『む?なんぞ?』

「私ね、ずっと昔、雪ちゃんに出逢う前、あの子と会った事があると思う」

『ええっ?』

『なんと!それで?』

「私が那須野原で暮らすようになった頃、お婆ちゃんに連れられて河川敷公園に桜を見に行った時……あの子に私会ったんだ」


 ――たしか鯉の池のちょっと向こう、そこには満開の大きな桜が芝生の広場をぐるりと囲むように咲いている場所。

 ベンチに座ったお婆ちゃんがこっちを優しく見守ってくれたあの時の事……

 うん、思い出してきた。

 私はあの時、生まれて初めて見る満開の桜に圧倒されてた……

 見上げても見上げても、そこはひたすらの桜の世界。

 その桜の花で満たされた世界に溺れそうになり、ふらついて私は誰かにぶつかってしまったんだ……


『それがネロだったのね?』

「知らないおじさん、凄く怖かった~」

『なんぞ、それ』

「再び歩き出して桜を見上げると花の上にあの子がいたの。桜の花の上に、枝じゃなくってに桜の上にあの子が立っていたんだ」

『ほう、ネロがのう』

「あの子、こっちに気付いて、ピンクのワンピをふわぁっとさせて降りてきて、そして私に聞いたの」


 ひらひらと花びらの舞う世界。時折風に吹かれ天高く舞い、そして舞い落ちながら、髪や肩、足元を桜色に染めてゆく。

「これ、なんてお花?」

「さくら、だよ?」

「さくら……お花も、名前も、きれいね……」

「うんっ!」


「そうして二人一緒に桜を眺めていたら、いつの間にか居なくなっていたの」

『そんな事が、のう』

『この子、その頃にはもう地球にいたのね……私のすぐ近くに』

 頭の白い富士山に手が届きそうな程澄み渡り、冷たい風がひゅうひゅうと吹き始める晩秋の東京上空。じっとこちらを睨む少女。

 その姿に夕日乃は何やらとても懐かしく、とても寂しい、暗く深い穴、今にも崩れそうな穴の縁に立ちながらも、そこから離れられない、どうしたらいいか判らない、そんな感覚を思い出す。

 まるで幼い頃の自分がそこに立っているみたい……


「ねぇ、私。あの子とお話ししてもいいかな?」


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