第22話 不正ですって?


「ああ~面白かったぁ!あのドーナツ岩いっぱいのルート!繰り返したかったけどレースだもんね。折角だしもう一回やろうか?ねっ雪ちゃんっ」

 スッキリ爽やかな笑顔で振り返ると、グッタリとうなだれてる白雪。

 白い髪だけあって燃え尽きたようにも見え非情に痛々しい。

「こっこれは私の贖罪……でっでも、あと少し休ませ……て」

「ん?何か料理するの?」

 

 アステロイドアタックの平均タイムは800秒前後、優勝候補クラスで600秒台半ば、そしてユニオン歴代最高のレコードタイムとして466秒という他の追随を許さない記録がある。

 のだが――それをたった十四歳の少女があっさりと127秒という信じられないタイムで塗り替えてしまったのだ。

 ゴール地点を通過する白雪とゴールタイムの表示に、誰もが自分の目を疑ったであろう。

 だが白雪視点のリプレイレース映像が大スクリーンで公開されると、信じざるを得ないその凄まじいスピードの世界に飲み込まれ、目眩を起こし倒れる者や酔って吐く者が続出し会場はとんでもない状況に陥った。

 

 そして会場全体がスタンディングオベーションで拍手が沸き起こった。

 アステロイドアタックを愛する全ての人々がその素晴らしい記録を打ち立てた少女と白い戦艦に讃える拍手がいつまでも続く。

「え~なにこれ?ゆっ雪ちゃん?みんなこっちに拍手したり手を振ってるよ?」

「皆さんあなたの出した記録を褒めてるんですよ。ほら夕日乃、外に出て手を振ってきなさい、義務ですよ」

「えええ~っ!それ無理!」

 観戦客を乗せた船やクルーザー、他チームの選手やスタッフが集まる中、無理やり引き摺り出され甲板に出ると更に大きな歓声が沸き起こり、夕日乃に惜しみない拍手を送ってくれた。

 必死にお辞儀する夕日乃。フフフ……きちんと記録していますよ。

 この事が夕日乃の成長の大きな糧になりますように……


 一週間後、担当官リンを通し、運営から今回のアステロイドアタックの記録に不正が見つかったと通達が来た。記録も抹消されるとの事。

 運営の言う根拠はこうだ――宇宙戦艦白雪にはオブジェクトを無効化する機能を使用し、それを超高速航行と併用し不正を働いたのだ、と。

「ふっざけるんじゃありませんよ!私にそんな機能がありますか!」

『はっはい、ですので艦の臨検を受けて潔白を証明する機会を設けると……との事なんです』

「そんな事許しませんよ!私の体をクラリア博士意外に触らせるなどありえませんし、構造上不可能です」

『それでは不正を認めてると思われてしまいますよぉ』

「何より一番腹立たしいのは、今回の悪者が夕日乃になってる事です。あの子、ショックを受けて部屋に閉じこもってますよ」

『……』

「誰が……誰がこれを初めに言いだしたのか、教えて頂けませんか?」

『まっまさか……撃っちゃいます?』

「それじゃ艦長の夕日乃が犯罪者になります!ちょっと気になる事があるのですよ」

『ちょっと待って下さい……ええと、グランドン・ボワード運営委員ですね。ユニオン技術省からの出向みたいですよ?』

「リンさん、その人の経歴やバックを洗えませんか?」

『ええ~っ私そんなスキル無いですよ~』

「知ってます?私の秘匿兵器って地球を貫通出来るんですよね」

 ゾクリとするリン。

『ちょっなっ何言ってるんですか!』

「つまり、私は天才クラリア博士の技術の結晶なのですよ」

 目付きの変わるリン。

「秘密、知りたいですよね?でも私はスキャニング無効のアンチスキャン装甲で覆われてるから、内部がさっぱり判らない」

『つまり難癖付けて合法的にって事ですか。うん、なるほどねぇ……判りました、ちょっと調べてみますね、期待はしないでくださいよ?』

「ありがとうございます、必ず何かお礼しますからね」

『楽しみです~では』


 通信が終わり白雪の真っ暗な艦橋に浮かぶ藤銀色瞳……

 ゆっくりと炎を灯すかの様に真紅に変わってゆく。

 私は臨検を受け、夕日乃の無実を晴らすべきなのでしょうか。

 それは出来ない。

 他者が私の体を調査する事、それは私の死を意味する。そういう構造なのだ。

 私って結構凄い自爆装置付きなんです。

 オーストラリア大陸ぐらい軽く吹き飛びますよ。死なば諸共システムだそうです。

 以前、夕日乃にこの事を伝えたことがあるんです。

 そしたらあの子、私にしがみついて中々離れないんです……

 とても優しくて良い子でしょう?

 今回の事であの子が理不尽な目に遭うのだけは避けたい。

 あの子に非など欠片程も無いのだから。


『あ、まだ居ましたね~調べましたよ』

「あなた滅茶苦茶優秀ですね!」

『ええと、グランドン・ボワード(408)150年程前までブルーロワル宇宙重工に勤めてましたが、会社にトラブルがあり弱体化した所をシュバルツバルステラ重工に敵対的買収。そのまま社員にはならずシュバルツの推薦でユニオン技術省に入省していますね』

「ふむ」

『ユニオンでは主に軍需産業を中心に企業間の技術提携の仲介をしたり、ユニオン軍への軍艦導入交渉に関わってるみたい』

「その人は技術者なのですか?」

『元はそうみたいですけど、現在の役職は技術局長補佐』

「その人がユニオンに入省してから、何処の企業が一番得をしてますか?」

『そう思いますよね~そうです。シュバルツですね。優秀な技術を持った企業と有利に提携させたり、軍へのシュバルツ艦導入にもこっそり関わってますね』

「なぁるほど」

『あと、彼がユニオンに入ってから、頻繁にアトリエクラリアに技術提携の打診をしてますが全て断られ、何度か嫌がらせ工作してるみたいですよ?』

「ははぁ~そういう事ですかぁ」

『はい、そういう事で以上です』

「もう一ついいですか?」

『はい?もうお伝え出来そうな事ないですよ?』

「あなた何者ですか?この回線も普通のじゃないですし」

 モニター向こうの可愛らしい猫顔が豹変する。

『私の素性など、些末な問題ですよ』

「そう……まぁいずれ必ず、相応のお礼しますね」

『はいっ期待してま~す』


「シュバルツ超ムカつく!いずれ絶対潰すぅ!」

 以前クラリア博士が激怒してたのは、この事だったのか……なるほどね。

 間違いなく私と可愛い夕日乃を陥れたのは、シュバルツって事だわ。

 目的は私の情報、ついでにクラリアの名を汚す事か。

 初めてターミナルに行った時に襲ってきたヤツの後ろにもいたのかもしれない。

 今回の経緯は判ったけど、お前の言い掛かりだー!じゃ何の解決にならない。

 どうする……どうしたらいい?


「よし、最悪死にますけど、やってみましょうか」


 アステロイドアタック予選会場は、今日も大勢の観客と数を増す参加艦艇によって大盛況だった。

「ねぇ見て、例の不正艦よ」

「何しに来たんだ?臨検拒否したって事は不正認めたんだろ?」

「帰れっお前の来る所じゃねーぞ!」

 なんか凄い悪者になってるなー私。

「田舎者の嘘つき餓鬼は来るな!」

 ブチッ。

 思わず全方位に威嚇攻撃フルバーストしてしまったわ。

 静まり返る観客達の反応も当然です。今も砲口光らせて威嚇中ですもの。

『黙りなさいっ!こちとら大型艦も瞬殺出来るクラリアの白よ!』

 ハッとして頭をさげる白雪。

『……すみません、夕日乃の悪口言われて、ちょっぴり取り乱してしまいました』

 え?今のがちょっぴり?そんな空気の会場。

 誠意を見せる為、観客達と視線を合わせ話そうと甲板に出てみた。

 今の姿は大人モード。

 もしもの時の為に中学生の体は家に置いておく。

「まず私の話を聞いて下さい、逃げたらちょっぴり撃ちます。低出力ビームで生きながら焼きます」

 白雪の砲塔に砲筒は無いが砲口はぐりぐり動くので十分威嚇になる。

 しかし酷いな~私、悪人だ。

「今この艦に艦長の秋月夕日乃はおりません、あの子はショックを受け部屋に篭っていますから」

「じゃっじゃあ、あんたは何者なんだ?」

「私は戦艦の有機端末です。この宇宙戦艦白雪はサイボーグ、生きた宇宙戦艦です。勿論私も元人間ですよ」

 互いの顔を見合わせ、ざわつく観客達。

「その反応は当然です。生きた宇宙戦艦構想は過去に有りましたが、精神が耐え切れず暴走する場合が大半で、成功例は無かったそうですからね。今回の不正とやらの件で臨検を受けなかったのは、私が生き物で、艦の調査は解剖と同義。通常艦とは全く構造が違うからです」

「だっだとしても、それでは、アンタが不正をしてない証明にはならんじゃろ?」

「そうですね、残念ながら私には証明する事が出来ません」

「一つ聞いていいだろうか。本当にあの少女が操艦していたのかい?」

 その質問は、ヴァルケンハイム艦長ベルナールからのものだった。

「もちろん彼女の操艦ですよ。あの子は卓越した操艦能力持つオーバーウェイカーですから」

「「「オオオオオ~ッ!!」」」

 驚きと同時に納得する声が上がり始める。

 これなら判ってもらえそう、あとは改めてみんなの前で夕日乃にコースを駆けてもらえれば……


 光明が差したかに思えたその時、例の男が小型治安艦に乗り現れたのだ。

『いやはや困ったお嬢さんですな』

「誰でしょう」

『私は運営委員のグランドン・ボワードです』

 この男が例の……自分の瞳が真紅に染まってゆくのが判る……

「あなたが言い掛かりをつけてきた根源ですね」

『何の事やら、今回の不正、いえ犯罪行為は事実確定しました。オブジェクト不正干渉ログが見つかりましたし、レース映像も捏造だとユニオンの解析部から公式に報告を受けております』

 なんて汚らしい笑顔をする男だろうか。

 いや、それは笑顔を模した何かなのだろう。

『ですのでその艦は犯罪の証拠として押収します。武装解除し素直に従いなさい。抵抗は可愛らしい艦長さんの為になりませんよ』

 あまりに理不尽過ぎる悪意しか感じられない言葉に体が震えた。

 怒りだ。いや違う、もっとどす黒い怒り……そう、これが殺意なんだ。

「おっお前……お前はぁっ!!」

『おおっと危険ですね!観客の皆さん!犯罪艦が暴挙に出るやもしれませんっ非難して下さい!大人しくしろっ治安艦っ確保しろ!』

 蜘蛛の子を散らすように、白雪周辺から観客や艦艇が逃げ出す。

 そして治安艦にしては過剰過ぎる大型戦艦八隻が白雪を包囲展開しつつあった。


「私は不正などしていないっ!あの子もだぁーっ!!」


 いくら無実であっても、この連中にここで捕まるのは不味い。

 八方より包囲される既、急発進でアステロイドアタックコースに突っ込む!

『おっ追え!絶対に捕まえるんだっ!』

 白雪を遥かに上回る全長550mを超えるシュバルツバルステラ製デミトロン級戦艦が轟々と加速し、次々に白雪を追いコースに突入する。

 クラリアの白を合法的にユニオン経由でシュバルツに送り解析させる。クラリアの名も失墜し我が社は素晴らしい技術を得て永劫安泰だ。捏造した証拠は問題ない、ユニオン技術省で作らせたものだからな。

「後はどうとでもなる……フヘッゲッハッハッハッ!」

 品性は笑いに現れるというが、まさにその通りの男だった。


 ガリィッ!左艦翼に岩塊を模したオブジェクトが接触し、美しい外殻に傷が付く。

「くっ!ログで学習してるのに夕日乃みたくはいかないのね」

 アステロイドを回避しながら高速航行を続ける白雪。

 彼女の操艦はAIに近く基本に忠実と言える。

 まず一定の宙域をスキャンし、オブジェクトの位置とサイズ、浮遊する進行方向をチェックする。

 オブジェクトの進行ルート予測しながら空いてる宙域を選定し艦を進める。

 これを繰り返す訳だが、曲線を描くような回避では時間がかかってしまう。

 なので極力直線航行可能なルートを選定し、そこを加速し効率良く航行するのがこのレース基本だ。

 だが白雪だとそうはいかない。艦自身故にどうしても本能的に保護を優先してしまい、安全なルートを航行させてしまうのだ。

 もちろん意思を持っているので無理をする事も可能だが、本能とも言える部分が「怖い!」とブレーキを掛けさせてしまう。

 その結果、一瞬の躊躇いが判断を鈍らせ――ガギィンッ!ミスに繋がるのだ。

 元々彼女は特殊スキル持ちとはいえ、中身はごく普通の女の子。

 体が戦闘艦になったとはいえその本質は今も変わっていない。酷な話である。


 白雪の後方100km付近を八隻の艦隊は、数十の艦砲を前方へ集中砲撃し、オブジェクトを容赦なく破壊しながら猛烈に追い上げてくる。

 とっくにロックオンされる距離であり、そのロックオンレーダー照射も彼女へのプレッシャーになり操艦ミスを誘う。

 すでに白雪の艦体は傷だらけでガリガリのボコボコ、装甲も剥がれ複数の欠損ダメージまで負っていた。

「くそっ!私のヘタくそ!自分の体なのにぃ!」

 どうしたらいい?あいつら吹き飛ばすのは簡単……でも濡れ衣掛けられたまま逃げてもみんなに迷惑が……悔しい……悲しい……涙が止まらない!

 もっもう夕日乃にも逢えなく……なる?

 うそ……もう逢えない?そう思った瞬間、心が絶望に染まってゆくのを自覚する。

 怖い……怖いっ!怖いっ!怖いっ!夕日乃っ!夕日乃っ!


「ゆうひのぉーっ!!」


「ここにいるよ」


 絶望に塗り込められる瞬間、最愛の少女がすぐそばに立っていた。

 いつもの優しい笑顔でこちらを見つめ、頭を優しく撫でてくれる。

「雪ちゃんがそんなボロボロに泣いてるの初めて見たよ。もう大丈夫だから」

 そう言いながら、いつものシートに発展途上のお尻を乗せる。

「え………なんで……ここに?」

「何って、ここと私の部屋って繋がってるの忘れたの?」

「そっそうですけど、今は……」


「さぁ、次は私の番だよっ!」


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