第21話 アステロイドアタック

 あれ以来、雪ちゃんの顔をじっと見る事が出来ない……

 あの時のキスを思い出しちゃうから。

 雪ちゃんの艷やかな桜色の唇……その柔らかな感触が私の唇にまだ残ってる。

 思い出すと胸のドキドキが激しくなる。

 あのキスをした時は、こんな風には感じなかったのに。

 雪ちゃんのおでこキス。

 あの優しい感覚が私への愛だって事が、今は強く理解できる……気がする。

 あんなキスを雪ちゃんにお返しする事が私に出来たら、それって……

 私が雪ちゃんを愛してるって証拠になるのかな。


「夕日乃……いい加減にこっち見なさい! お話する時は目を見て! いつまでそうしてる気なの?」


 最近はいつもこんな感じの夕日乃。

 艦橋のシートで二人ほぼ密着状態の時でさえ――パっと後ろを振り向いて終了。

 呆れる白雪ではあるが、こんな夕日乃も可愛くて仕方がないようだ。

 なので今日はちょっぴり小芝居をしてみる。


「もう……夕日乃は、私の事を嫌いになってしまったのでしょうか。クスン」

「そんな事絶対ないよ! 雪ちゃんの事、だいだい大好きっだよっ! 前よりもずっと!」


 しゅばっとお尻を方向転換させ、曇りない瞳を向けてくる夕日乃。

 予想通りの反応をしてくれる夕日乃に、私は安堵し、顔がふにゃっとなる。


「やっとこっち向きました~」


 してやられたという顔の夕日乃。とても判りやすい。

 さすがにもう逃げられないな~と観念し顔を上げる。


「ごめん……雪ちゃん」

「いいんですよ。最近の夕日乃が私と真剣に向き合おうと悩んでくれてるのが伝わって来ますから、凄く嬉しいです」

「うん……」


 雪ちゃんにはお見通しかぁ。


「こういう時は、ぱぁーっと遊びましょうっ、気分転換です! そしたら何か見えたり、気付いたいするかもしれませんよ?」

「うんっ! それで何するの?」


 目の前にウィンドウがポップし、銀河ユニオン戦艦祭の競技名と詳細データが表示される。


「えっと、アステロイドアタック?」


【アステロイドアタック】

 直径10~100km全長4000kmの筒状のコースに小惑星帯を模したオブジェクトを配し、宇宙戦艦で駆け抜け、そのタイムを競うレース。

 オブジェクトは質量を持たせ本物の岩塊と大差がなくコース内をランダムに浮遊している。そう、アステロイドベルトそっくりのコースなのだ。

 練習モードは質量が無いので、接触しても当たり判定のみが表示される。

 コース内での武器の使用は禁止されており使用した場合はレース失格となる。

 この競技はレギュレーションの設定が無く、どのクラスの艦艇でも自由に参加可能な非戦闘競技だ。

 現在、戦艦祭本戦に向け予選を行っており参加は任意。何度でも挑戦可能。上位三十隻が本戦の参加権を得ることが出来る。

 ちなみに同コースで複数の艦艇や人工知能艦によるカジノレースも行われており、こちらも人気が高い。

 練習用コースは一般客にも開放され、レンタルシップもあり、インストラクターも常駐し、気軽に祭の雰囲気を楽しむ事ができるのも魅力だ。


「つまり操艦技術を競うレースなんだ」

「はい、この競技に絞って参加するチームもあるくらい人気があるのですよ。非戦闘系競技の花形ですね」

「でも雪ちゃんさ、これって去年ぐらいから始まってたよね? 私が聞いても、うちには関係ありません! って……」


 そう、この競技は夕日乃のポテンシャルを最大限に発揮できるので、この子の存在がバレてしまわないかと警戒して、近寄らなかったのです。

 ですが祭りの乗員登録は私だけですし、こっそり練習コースを飛ぶぐらいでしたら問題は無いかと――


「あれ? なんでこの艦の乗員登録名簿に夕日乃の名前が?」


 モニターに表示された名簿には、白雪の名は無い。

 あるのは夕日乃の名前だった。

 真っ青な白雪。髪が真っ白で顔まで青いと、かなりヤバげな病人にしか見えない。


「担当のリンちゃんが持ってた名簿に私の名前出てたよ?」


 そうか、やられた……博士が勝手に夕日乃を乗員登録してたんだ。

 何であの時きちんと確認しなかったのでしょう!

 私はてっきり自分の名前が乗員登録されているのだと思い込んでいた。

 ああ、私は忘れていたのだ。自分がもう人間ではないという事実を。

 ユニオン法だとサイボーグには当然ある人権が、サイボーグ艦に関しては、どういう訳か認められていない。私はただの人工知能扱いで、物であって人ではないのだ。


 私はクラリアの白、誰もが注目する銀河一の頭脳が作り上げた実験艦。

 これまで生み出された白シリーズも例に漏れず世間から注目され、過去、市場に出た白は、惑星ひとつと交換されたとも聞く。

 そんな艦にただ一人登録された夕日乃の事を人々はどう見る? 何者だと思う?

 つまり今現在、この十四歳の少女、秋月夕日乃こそが宇宙戦艦白雪の艦長として認知されているという事。

 なんて事でしょう! 既に! とっくの昔に! ユニオンどころか帝国にまで、夕日乃の存在が知れ渡っていたのだっ!

 

「雪ちゃん、なんか拾い食いしてお腹壊したみたいな顔してるよ? 大丈夫?」

「夕日乃、ごめん、私バカだわ。顔面ぶん殴っていいですよ……」

「ん~~? 何の事だかサッパリなんだけど、おバカな雪ちゃんも大好きだよ?」

「ゆ~う~ひ~のぉ~! ちゅ~っ!」

「ひゃんっ雪ちゃんっ! ちょっと今はダメっ!」


 私が護らないと。この小さな少女を……

 どうする、どう護る。私に何が出来る。

 夕日乃の脇の下から両腕をちっぱいへ、小さな腰に両足を絡め、ムギュ~っと後ろから「だいしゅきホールド」を完璧に決める。


「雪ちゃん……無理しなくていいからね?」


 その言葉にギクリとする。

 不安を隠す為の過剰な自分の為のスキンシップ……見抜かれてました。


「夕日乃……私のこういうのは気付いちゃうのね」

「うん、なんか気付いちゃうんだ……ねぇ雪ちゃん」

「ん?」

「私も護ってあげたい……雪ちゃんのこと」

「ありがとう、じゃあお言葉に甘えてお願いしますね」

「うんっ!」


 ペタ。ペタ。


「このおっぱいが、もうちょっと大きくなったらねっ」

「それだと……なんか、もう一生無理っぽい気がする」


 銀河ユニオン戦艦祭まで後三年。この頃の地球圏にはレーザービーコンで宇宙空間に道が作られ、貨客船やホテル船、小型コロニー艦など様々な艦艇が往来し賑わいを見せていた。

 許可艦艇以外は地球上への直接乗り入れは禁止されており、通常はターミナルコロニーへ乗り付け、軌道エレベーターを利用して地球観光を楽しむ事になっている。

 ただしトラブルを防ぐ目的で、特定の条件を満たした者のみに限られており、地球への入国はかなり厳しく制限されている。

 

 アステロイドアタック予選会場はメンテナスドックの利用を考え、ターミナルコロニーから1000kmの宙域に設定されている。

 そして、現在コースフィールドは四つ用意されているようだ。

 地球に近い方が予選用コース、二つが練習用コース、そしてカジノレースのコースになっており、周囲には観戦客が滞在するホテル船や金持ちのクルーザー等が常駐している。

 スタート地点付近には公式運営艦と参加艦艇がアタック待ちの列を作っていた。

 その周囲には観戦客を乗せた船も多く、客は推しのチームに声援を送っている。

 色とりどりの電光応援幕がひしめき、どこぞのネオン街のよう。

 アタック待ちの艦艇の大半はスポンサーロゴや派手なカラーリングで彩られ、まるでレーシングカーだ。すぐ横には各チームのドック艦がピットガレージの如く並んでいる。

 ここは地球のモータースポーツと同じだ。

 自動車が宇宙船に置き換わった、熱い世界なのだ。

 この予選の模様が地上にも中継された事で、地球人ファンも増え、予選参加艦が地上に降り交流するイベントも盛んに行われている。

 ちなみに、この競技の参加艦艇は全長300m以下のクストロン級やシストロン級の小型高速艦が多く、エルトロン級以上は少数派だ。


【宇宙戦艦のクラス分けと主な艦種】

 199m以下 クストロン級 突撃艦等

 200~299m シストロン級 突撃艦 護衛艦 駆逐艦

 300~399m レムトロン級 巡洋艦 重突撃艦

 400~499m エルトロン級 戦艦 巡洋戦艦 重巡洋艦

 500~749m デミトロン級 大戦艦

 750~999m メガトロン級 大戦艦(旗艦級) 

 1000m~  ギガトロン級 拠点防衛要塞艦等

 2500km   トリトロン級 衛星級要塞(参考)


【備 考】 

 ユニオンでは重量でクラス分けをしない。全長400mでも全幅が600mの場合はデミトロン級となる。

 通常表記例を挙げると、エルトロン級 ブリュンヒルデ型 超突撃宇宙戦艦バルバロッサ(クラリア赤)と、艦型式も併記される。

 ちなみに宇宙戦艦白雪の場合、レムトロン級 白雪型 宇宙戦艦白雪(クラリア白)となる。型式が他に当てはまらず、新型なので白雪型として登録されている。

 一応、カテゴリーは重突撃艦に当てはまるが、当人が宇宙戦艦を名乗っているので、そのままそれが通っている。

 

「うわぁ、なんか活気があって凄く楽しそう!」

「ここは自動車レースの宇宙版という感じものですよ。戦艦祭だけあって、規定で参加出来るのは戦闘艦のみですが、主砲をひとつだけ残して軽量化する艦が多いですよ」

「あれ? 他の艦の人や観客の人がみんなこっち見てるよ?」

「あー私、超有名なブランド背負ってる戦艦ですからね……ま、さっさと登録しちゃいましょ」

『お二人共! 競技に参加されるなら私に言って下さいぃ! 担当のお仕事させてくださいっ!』

「あ、リンちゃん、こんにちは」

「お久しぶりです~」


 猫耳をヒクヒクさせ、不機嫌そうな表情の宇宙戦艦白雪担当官リンがモニターの向こうから不満をぶちまけてきた。


『お久しぶりすぎです。言いたい事はネコニャーン山のごとくありますが、今はお仕事させていただきますっ!』

「まぁまぁリンさん、今度地上に招待しますから怒らないでくださいな」

『マジすか! にゃ~地球かぁ~申請しても観光客優先でエレベーターチケット回ってこないんですよねぇ~はう~』

「あの、仕事してください。アステロイドアタックの練習コースの予約を」

「雪ちゃん、練習じゃなくて本番の方に出ようよ!」

「『ええっ? いきなり?』」

「うんっ、どうせ何度も挑戦できるんでしょ? なら面白い方がいい!」

「ん。じゃリンさん、夕日乃の望むままに」

『マジすか、にゃ』


 仕方ありませんよね。もう画策などしようと思わず、この先ずっと夕日乃の才能を伸ばす為に、私は力を貸しましょう。

 何があっても跳ね除けられる様に強くなって下さいね。


 アステロイドアタック会場がざわめく……白い宇宙戦艦の登場によって。


「あれがクラリアの白かよ、ただ真っ白なのにすげぇ存在感だ」

「宇宙戦艦シラユキか、不思議な響きの艦名だね」

「綺麗な船ね~どんな殿方が艦長なのかしら」

「ええ? 地球人の子供が艦長? ちょっと見せろ、なんで乗員名簿に一人しか載って無いんだ?」

「アキヅキユウヒノ? 十四の女の子? この子が操縦してるのか」


 クラリアカラーズのブランドも然る事ながら、その艦長が未開の地球人少女である事に人々は驚嘆した。勿論、地球人もこの事実に大興奮である。かの白い宇宙船の艦長が地球人なのだから。


「夕日乃? この艦橋内の映像をちょっぴり外に映しますよ。お客さんに手を振って下さい。はいっ」

「えええ~っ!」


 顔を真赤にして手を振る少女の姿に会場は大いに沸いた。 


「マジか! 本当に女の子だ!」

「結構可愛いじゃん! あの子の情報ってどっかにないか?」

「話題作りに子供乗せておいて、実は誰かがこっそり操ってるマナス艦じゃねーの?」

「おいっ、まさかあのお嬢ちゃん、いきなり来て、いきなり予選アタックする気なのかよ!」


 まさに、そのまさかだった。

 コースは全長4000kmの筒型をしており、スタート地点は直径2km。そこから徐々広がり最大で100km程の直径となる。更に所々コースが狭まったり分岐したり、その空間内にアステロイドを模したオブジェクトが大量に浮遊している。

 それを避けながら駆け抜けタイムを競うのだ。


 艦をスタート位置へ移動させると、派手なカラーリングの艦が横に並んできた。

 この二艦が同時にタイムアタックする。


『やぁ! はじめましてお嬢さん、僕はこの高速艦ヴァルケンハイム艦長ベルナールだ。お隣を失礼するよ、お手柔らかにね!』


 二十代後半ぐらいで黒髪に銀色のメッシュを入れた好青年が挨拶をしてきた。


「こっこんにちはっ、秋月夕日乃です……これは宇宙戦艦白雪ですっ! よっよろしくお願いしまふっ!」


 おおお~夕日乃が大人の男性に挨拶できてる。素晴らしい成長ぶりだわ……

 まだぎこちないですけどね。

 

 両艦の前方空間にカウントが表示される。

 34、33、32……


「さぁ、あと30秒ですよ」

「雪ちゃん、スキャン要らないから見てて!」

「え……あの時の悪夢再びかしら……お手柔らかにね」


 いつもの様に獲物を狙う子猫の如く、前傾姿勢で発展途上中のお尻をチョイあげると、後ろのエロ娘がにまぁっとする。どうやら普段の白雪に戻った様だ。

 宇宙戦艦白雪のハイペリオンドライブが猛烈に輝き螺旋状に光の粒を舞い散らせその瞬間を待つ。観客も息を飲みスタートを待つ。

 ……03、02、01、GO!


「ごー!」


 二艦が同時に加速する! 猛烈に加速するヴァルケンハイム!

 だが、スタート地点から見る白雪の姿は既に点になっていた。

 高速艦ヴァルケンハイムも白雪と同等の速度は出せる。

 だがここでトップスピードを出す訳に行かないのだ。通常はスタート後、50km先から始まるアステロイドを模すオブジェクトの海をスキャニングし突入口を選ぶ所から始まる。

 アステロイドに侵入したら更に先のルート検索のスキャンする。これを繰り返しながら、ランダムに浮遊するオブジェクトの速度や角度を見極め最短でゴールを目指す。なので、どこから飛び込むかの初動はとても重要なのだ。


「おいおいおい、あのお嬢さん大丈夫なのか?……あんなフル加速で、流れに突っ込む気なのか? 普通に死ぬぞ?」


 アステロイドアタックは人間が操艦するのが基本だ。

 人工知能に任せると安全マージンを取り過ぎて高速航行を阻害してしまう。

 そこで探査士と航海士がルートを選定し、高速艦ヴァルケンハイムの艦長であり操艦士のベルナールが操艦する。この競技は三~四人のクルーで参加するのが一般的と言えよう。


「お前ら、もしあの艦が事故ってたらすぐ救助するぞ! いいな!」

「はいっ、艦長っ!」

「かっかっ艦長っ?」

「どうした?やはり事故ってたか? どこだ?」

「いえ、あの艦……もうゴールしてます」

「えええぇーっ? まだ130秒だぞ! 優勝候補の僕らでさえ650秒前後掛かるんだぞ?」

「あの白い艦、秒速30km以上出てますよ……この艦でも秒速7km前後なのに」

「まっマジか……! このアステロイドを僕の4倍以上?……お手柔らかにって言ったのに……」


 艦長の精神的ダメージでヴァルケンハイム、今日はこのレース、途中棄権するのであった。

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