第20話 ガール&ガールズ

「あのね、大好きと愛してるって、どう違うのかな?」


 部活動の声が響く放課後の教室は、悩める少女とその親友達を残すのみだった。

「お?夕ちゃん、いきなりだねぇ。思春期ど真ん中の十四歳、一気に色気付いた?」

 ちょっとボーイッシュな感じのこの子は、佐藤小夜ちゃん。通称さ小夜ちー。


「夕日乃ちゃん?何かあったの?」

 こっちの三つ編みおさげ髪の子は、さっちーこと小島佐知ちゃん。幼稚園時代からの私と雪ちゃんの共通の友達で、小夜ちーといつも一緒なの。私と雪ちゃんみたいな感じ?


「丁度、白雪さんがいない所でこの質問、何かありましたの?」

 そしてこの真っ直ぐな感じの子が、キリちゃんこと奈良橋記理子ちゃん。

 幼稚園の頃から私を気に掛けてくれる優しい子です。


「雪ちゃんって私の事、愛してくれてるよね。それは判るのに私にはその愛っていうのが判らなくて……もうずっと考えてる」

 そう、以前ヤマブキちゃんに指摘された事を、あれ以来ずっと考え続けている。

「あーうんうん。ゆっきんのアレは愛というか溺愛?まさに洪水のような?」

 小夜ちーは、話す時、いつも腕を組んでる印象。


「うん、いつもいつも夕日乃ちゃんが大切でたまらな感じが凄く伝わってくるよ」

 さっちーの方は、胸元で指を組んで夢見る乙女~って感じで話す印象。


「そうですね、だからといって夕日乃さんに見返りを求めようとい感じはなく、無償の愛という感じでしょうか」

 キリちゃんは、最近メガネをかける様になって、真なる委員長って感じがする。


「むっむしょー?の愛……ぐぐってみる」

「「「おいおい」」」

 スマホを取り出すと三人から同時に合いの手が入る。


「つまり、雪ちゃんは私の意思に関係なく愛してくれてるって事?」

「んーそうだけど、なんかニュアンス?違うよ」

「夕日乃ちゃんの気持ちをを尊重して愛してる感じかな」

「はい、そうですね。白雪さんは待っているのですよ。夕日乃さんが愛の何たるかに気付き、自分を愛してくれるのを!」

 遠い目をしながら、妙に芝居がかった口調のきりちゃん……

 なんかスイッチ入りかけた?


「うん、だから今、その愛ってものが、根本的に何なのか知りたくて質問してる」

「「「そうでした」」」


 彼女達は二人が恋人同士である事を知っているが、傍から見た白雪と夕日乃の関係は、恋人と言うよりもスキンシップ過剰な友達。

 いや、むしろ親子に近いと感じる事の方が多いかもしれない。

 実際、宣言しているのにもかかわらず、この二人が本気で恋人同士だと思われる事は、殆ど、いやまず無い。

 その証拠に白雪は男子から頻繁に告白されており、それを嫌っての恋人宣言だと思われている程なのだ。


「ちょっと気になっていたのですが、小夜ちーとさっちーは以前からベッタリな感じですけど、実はもうお付き合いしてるのでしょうか?」

「ななな、何をおっしゃる記理子さん!確かに私らべったりだけど……」

「うん……私達べったりだよね」

 なんとも睦まじい雰囲気の二人を真面目に観察する夕日乃。

 そして爆弾発言を投下?

「実は私、雪ちゃんのお嫁さんなの。幼稚園の時に大人になったら結婚するって約束してるんだ。出会ったその日に」

「「「なんと!」」」

 教室の隅っこがヒートアップする。

「白雪さんは恋人宣言をしてましたけど、実はとっくにそれ以上の関係でしたのね……出会ったその日って四歳で?一体何が?」

 最近のキリちゃんは、この手の話題に妙に喰いつくなぁ


「な・る・ほ・ど~ふむふむ。つまりゆっきんは幼い婚約者が大人になるまで待つ紳士って感じかな?」

「たしかにそんな感じかも」

「ああ~言い得て妙ですわ~白雪さんって私達の何倍もの歳上でしたよね」

「ええーっわかんない……」

 友人達の反応がイマイチ、というかサッパリ理解できない夕日乃。


「私の聖典バイブルによります情報ですと!夕日乃さんは白雪さんを大好きなのですから、もっともっと好きになろうと努力するのが良いかと!やがてそれは愛に変わるはずです!」

「そうそう、記理子の言う通り、そのうちハッと気付くかもしれないよ?私とさっちーみたく」

「そうですね、私達みたく……あっ」


「ほほう、うっかりカミングアウトしましたね?今後の参考にお聞きしたいのですけど?フフフ……」

 記理子の何とも言えぬ笑みに、普段の真っ直ぐな感じは皆無であった。


「もっと好きになる努力かぁ……」


「あっ夕ちゃんが何かを掴みかけてる!」

「ほんとうっ!がんばれ夕日乃ちゃん!」

 悩む友達をだしに話を逸らす、小夜ちー&さっちー……変な芸名みたいだな。


「え?二人付き合ってるの?恋人同士?馴れ初めは?キスした事ある?」

 実はしっかり聞こえてる夕日乃。

 くるりと真顔を向け、二人の仲を猛烈に追求しながら、慌てふためく二人の様子と自分の問いに、はたと気付き更なる爆弾を投下した……


「ひさしぶりに雪ちゃんとキス……してみようかな」


 その甘美なる台詞に瞳を輝かせる少女達。

「うん、それもよし!前はいつキスしたの?」

 大きく頷くさよちー。

「雪ちゃんと最後にしたの、たしか二年生の頃かなぁ」

「早いね!私と小夜ちゃんは先月だよ」

「……私だけ経験ないのね、別に問題は無いですけど。女の子同士より男の子同士が気になる年頃ですから」

 佐知と記理子の更なるカミングアウト発言が連発されたが、地雷原に踏み込む愚者はいない。


「あら?盛り上がってますねぇ」

ひょいっと教室後ろのドアから顔を出す白雪。ふわっと髪がなびく。

「あ、お帰り雪ちゃん、先生の用事って何だったの?」

「いえね、生徒会長に立候補しないかと説得されまくっておりましたよ」

「「「おお~っ」」」

「どうするの?雪ちゃん立候補したら、きっと当選しちゃうんじゃない?」

「いや、立候補なんてしませんよ。私宇宙戦艦ですし!」


「それは宇宙戦艦差別ですよ!宇宙交流が始まった時代なのですから、ここは人類初の宇宙戦艦生徒会長誕生!歴史的な瞬間です!」

 何かを主張する時のキリちゃんの瞳はいつもキラキラしている。

「どんな歴史ですかっ!先生と同じ事言わないの!生徒会長は、あなたみたいな真っ直ぐな感じの子がやった方がいいと思いますよ?」

「もうっ真っ直ぐ言わないで!ズキズキ心が痛みますから!」

 

「それに~私の大事な嫁~」

 後ろから夕日乃をぎゅうっと抱き締めながら、頬同士をほにょんと寄せ合ういつもの定番スキンシップで二人の親密度アピールをする白雪。

「夕日乃とラブラブする時間が減るじゃないですかぁ」

 はいはい、ごちそうさま~という生暖かい雰囲気の中、夕日乃がこんな場所で思いもよらない行動に出た。確かに彼女の言動に兆候はあったが……ここで?


 夕日乃が白雪の頬から離れると、正面に向き直りじっと瞳を見つめる。

 そして白雪の頬を両手のひらで、くっと引き寄せ――

 吸い付くようにキスを……した。

 黒髪が瞬時に純白へと変わる。


 それは少女が己の心を知る為の一方的なキス。

 ほんの三秒間程のちょっぴり短く、未成熟な少女にはちょっぴり長いキス。

 今の二人の関係には、まだまだ不相応かもしれないキス。


 がらんとした教室。夕日射す格子状の影の中。

 ポカンとする少女を見つめる少女。

 そしてポカンと口を開けたまま、成り行きを見つめる少女達。


「夕日……乃?どうしたの?何かありましたの?」

 なっなんとか冷静さを保ちながら思考を巡らせる。

 いきなりの夕日乃のキス……こんな感じのキスは始めての事。

 何か不安にさせてた?見落としてた?考えが足りてなかった?

 ……いや……違う。

「急にごめん……いやだった?」

 頭を軽く振り、今度はこちらが夕日乃の頬をふにゅっと手のひらで包む。

 ああ、この少女は毎日成長している。そして私の事を真剣に想ってくれている。

 そう、今のはそう感じさせてくれるキスだった。

「夕日乃の望むままに……」

 お返しのキス……いつも可愛いぱっつん前髪のおでこへ優しく、チュッと。

 

「……夕日乃?」

 うつむいてこちらに顔を見せてくれない。

 下から覗き込んでみると――何と顔を真っ赤にしているではないか。

 さっき大胆にも自分からキスしたくせに何故この反応?

 こんな表情の夕日乃を見たのは間違いなく初めての事。

 今、夕日乃の中はどんな感情が溢れ出て、この表情を作り出しているのだろか。

 それを想像すると、なんか辛抱堪りま……いっ今は自重。


「いいもの見させてもらいました~っ」

「はぁ~ん素敵です~」

「脳内保存させていただきました!」

 皆、大満足のようだ。


「夕日乃?帰ってからなんぞ変ぞ?学校で何かあったぞな?」

 秋月家に世話になり始めて早二年、ヤマブキは相変わらずフリーダムに日々を過ごしている。

 星宮家が増築し、引っ越せと何度白雪に言われても、夕日乃の近くから離れようとしなかった。

 普段は妹の様に振る舞い祖母にもたっぷり可愛がられているが、二人の時は本音で接し、夕日乃にとって頼れる姉の様な存在になっていた。

「まだ眠るんにはやや早いぞ?布団から出よ、何があったか聞いてやろうぞえ」

「雪ちゃんに……キスした……」

「ほぉう!でかしたの!」

「お返しの雪ちゃんからのおでこキスが、すっごく優しくって温かくて、私の事をとっても大切にしてるキスだった」

「ふむ、それで?」

「私のキスはあんまりにも子供で、雪ちゃんの事全然考えてない自分勝手なキスだったのに気付いて……」

「ほぉほぉ」

「それがめちゃめちゃ恥ずかしくって、雪ちゃんの顔見れないぃ~」

「なるほどのぅ」

「あと……雪ちゃんの事……今までよりもっと、よく判んないけど、もっと好きになっちゃったみたいで、その感じがなんか……変っ!」

「そうかそうか、うん、よいぞなぁ」

 白雪の部屋から勝手に持ち出した骨董品の様なTVゲームをプレイしながらニヤニヤする相変わらずの金髪美少女。

 地元の牛乳消費振興祭でもらったウシの着ぐるみパジャマ姿で胡座をかいてる様は、可愛いのか残念なのか。

 そんなゲーム中のヤマブキに布団の中身が刺客の如く、後ろから揺さぶり攻撃を仕掛ける!

「何がよいぞなのぉ~?ヤマブキちゃ~ん!お~し~え~てぇ~!」

「ちょっやめっ揺らすでないっ死ぬわ!やっと3面ボスのV3ロケットぞ!」

「ヤ~マ~ブ~キ~ちゃ~んっ!」

「もっもう一度チューしてみぃ!さすればギャー!死によった!」


「私、今度雪ちゃんにキスしたら……爆発するかも」


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