第19話 夕日乃とヤマブキ

 ヤマブキちゃんの事。

 お婆ちゃんも快く同意してくれたので、うちで預かる事になって数日。

 うーん、すごい美少女だな~髪の毛金色でキラッキラでふわふわしてるし、瞳も宝石のエメラルドみたいな鮮やかな緑色で肌も透き通るような白さだよ。

 こんな子をお人形に例えたりするけどけど、まさにもうそんな感じ。

 身長は私が140センチ位だから、この子は130センチって所かな?あ、ちゃん付けしちゃったけど、ずっと年上なんだった。

 お婆ちゃんの作った夕食を残さずきちんと食べてくれたとき思ったんだけど。

 この子、お箸上手だし食事の仕草も品があって丁寧で、凄く大人って感じがする。

「ごちそう、さまで、した!」

 喋り方は、こんなだけど。


「お風呂?ゆーひのと、わっち、一緒入る?」

「うん、一緒」

 家の中の事を色々説明がてら、初日一緒にお風呂に入ったんだけど、毎日一緒に入るようになってしまってる。いいけど。

 それを聞いた雪ちゃんが「なん……だと?」ってリアクションだったけど問題ないでしょ?女の子同士だし。

「これ、が、地球の、お風呂、か!お湯に、浸かる!悪く……ない!」

 ヤマブキちゃんって、たどたどしくておかしな口調だなぁ。かわいいけど。

 なんか、妹が出来たみたい……

 お風呂を出ると、この子の髪をドライヤーで乾かし整えてあげる。

「ゆーひの、頭、じょうず!」

「うん、いつも雪ちゃんの髪をこうしてるから」

「ほう」

 ヤマブキちゃんの金髪は腰近いストレートロングだったけど、ツインテールにしてあげたら凄く気に入ったみたいで、これからはこれで、行くっ!との事。

 この先ずっと私が結ってあげる事になりそう。

 お風呂を出たら、お婆ちゃんにおやすみして、トテトテと二階に上がる。

 私の隣の部屋を彼女に用意したのだけど、なんか私の部屋にずっと居着いちゃって、寝る時も私のベッド。

 出会って間もない子と一緒のベッドで寝るなんて、凄く不思議な感じがする……

 そういえばあの時、雪ちゃんが月に連れてってくれた日の夜。

 雪ちゃんが泊まりに来て一緒に寝たのは出会って二日目だったなぁ。

「この部屋、おちつく、あの魔窟、ありえん!」

「ああ~雪ちゃんの部屋ね。私が初めてあの部屋に入った四歳の頃よりも数倍凄くなってるよ」

「白姉……何故、ああなったのか、想像、理解、無理」

「ふふふ、だよねぇ、でもあれは雪ちゃんが地球で手に入れた、大切な思い出なんだよ?だから、微妙でも黙っておくの」

 すっぽり被った布団の中、宝石のような瞳がじっとこっちを見ている。

「ゆーひの」

「なに?」

「白姉と、何回、チューした?」

「えええ?えっえっええと……小さい頃はよくしたけど、もう何年もしてないよ」

「じゃあ!わっちと、ちゅー、しよ」

「んっ、ちゅぅ~」

「ちょっちょっと待って!ヤマブキちゃん!」

「えー?ちゅう、しよ?」

「ごめん、私は雪ちゃんのお嫁さんだから……雪ちゃん以外の子とキス出来ないよ」

 再びじぃっとこちらを見つめる暗がりの瞳。さっきと雰囲気が違う気がする。

「嫁……それは白姉、ゆーひの、お嫁にする、言った?」

「うん。雪ちゃんがお嫁さんにしてくれるって、その言葉で私は救われたの。今もずっと救われている」

 緑色の瞳が細まる。

「白姉は、ゆーひの、とても愛してる。ゆーひのは、白姉の気持ち、利用、してる?」

 胸がズキンとした。それは確かに否定しきれない。

「ヤマブキちゃん……質問に質問で返して、いいかな」

「よい、ぞ」

「私へのいつもの雪ちゃん。あれが愛なんだと思う。私も雪ちゃん大好き。大大大好き!でも……これは、私のは愛じゃない気がする。愛って……何?」

 こちらを見ていた瞳がほんの少し閉じて、再び私を見つめる。


「それは教えられても理解可能なものではないぞ?大人になりながら知るものじゃ。今は白姉の愛に抱かれておるとよいぞ。焦るな夕日乃」

 そう言いながら、私の頭を撫でてくれくれるヤマブキちゃん。

 まるで雪ちゃんに撫でられてるみたい。

「うん、ありがとう、ヤマブキちゃ……え?ええっ?今普通に喋ってた?」

「その質問にマヌケな口調で答えられるか。今までのは演技ぞ!あんな口調の阿呆女児おるか普通。皆には内緒じゃからの?」

 普通に喋ってても、すごく独特だけど……

「ええぇ~?どうして演じてたの?」

「相手に侮らせるためじゃなぁ。この歳で成長を止めてるのも同義ぞ」

 今までの純粋さが嘘みたいに消えた超ドヤ顔金髪美少女……

 しかも大人雪ちゃんよりずっと大人の女性って感じがするし、幼い外見のはずなのに、したたかで妖艶な悪女っぽい。

「すまんな夕日乃。意地悪な質問をしてもうたが、もうわっちもお主の味方ぞ」

「よくわかんないけど、ありがとうヤマブキ……さん?」

「ちゃんでよい!」


 この夕日乃の、白姉が頑なに他者の入艦を拒んておったのに、出会って二日目には乗せるとは、正直かなり驚きぞ。

 驚きなのはそれだけではのう、以前より白姉艦をステルスで見守っとったら、兆候もなくわっちの居る空間にスキャンかますわ、艦先向けるわで、白姉にステルス見破られたかと、大焦りぞ!何度もシステムチェックしてしもたわ。

 したらこの娘。現在白姉の操縦士してるとのぉ、アレは姉の仕業でなくこの娘の所業かと知り、全部合点いったぞ。

 この娘オーバーウィエカーぞな。

 超感覚系の能力者と察するが恐らく複合持ちぞ。面白いのう。

 しかも今回、白姉の希望で地上に住む事としたが、さして策も巡らせず、この夕日乃と住めるとは重畳ぞ。

 だが年甲斐も無く白姉に溺愛されとる娘の様に、少々嫉妬してな、大人気のう意地悪な質問かましてもうて、うむ、面目無し。

 白姉はこの娘のオーバースキルが知られ、誰かに奪われてしまう事恐れとる。

 所詮わっちら元人間、人権無視の戦闘兵器、悲しいかな法律上物品扱いぞ。

 ならばわっちも少しでも力になろうて。そう思うん。

 それはさて置き……


「夕日乃、まだ起きてて平気かの?」

「うん、あと一時間ぐらいなら」

「よろし。のう、今からわっちの本体操縦してみんかの?基本は白姉と同じぞ」

「ええ?いきなりどうして?」

「いやな、信用可能な者以外わっちらは艦内に絶対入れんのだが、夕日乃なら誰よりも信用出来るからの、一度試しに動かして欲しいぞ」

「ん~じゃあ、ちょっと寄りたい所があるけどいい?」

「うむ、よろし」


 いきなり部屋の中に家の玄関ドアぐらいの亜空間ゲートが現れる。

 雪ちゃんは他人の艦内侵入を警戒して、これは殆ど使わない。

「大丈夫ぞ!愚者侵入する!生きながら肉塊になりはてよる!愉快な罠完備ぞな」

 口元をクイッと上げ歯を見せながら、目をぎょろりとさせ笑う美少女。

 こわっっ!罠も怖いけど、今のヤマブキちゃんの顔もかなり怖い。

 指で何か数えてる!やめて!怖っ!!!

 恐る恐るゲートを抜けると宇宙戦艦白雪と同じく乗員室に通じていた。

 しかも雪ちゃんの部屋よりずっと大きい!洋風でマホガニーの腰板が凄く雰囲気があって、クリーム系の壁紙も凄くオシャレ!調度品も揃ってるし、金の装飾付きの扉がいくつも並んでて、なんかもう大豪邸みたい!

 ん?何だろあの扉……ペット?って書いてある。何か飼ってるのかな。

 渡されたスーツに着替えると、デザインは同じだけど金色と黒で凄く強そう。

 ヤマブキちゃんのスーツは黒系のドレス型で、ふわっとしたスカートにフリルがいっぱい付いてるゴスロリっぽい感じ。金髪が物凄く映えるスーツだね。


 艦橋も広い、段々があって映画館みたい!普段はヤマブキちゃん一人だけど、大勢で操艦する事もできるんだって。今はがらんとして、ちょっと寂しそう。

 ヤマブキちゃんのシートの右側に操縦席があった。

 白雪がバイク型だとすれば、ヤマブキは自動車型の操縦席かも。

 バケットシートに座って、基本操作は四角っぽくて丸いハンドルを握るだけ。

 マニュアル操作も可能で、びっちりと色々なスイッチが配置されてる。

「夕日乃、白姉の操艦深度いくつぞ?」

「Bだよ」

「ほっほ~流石の信頼っぷりぞ!ならわっちもBぞ。リンクせい!」

「うん!」

 マナスオペレーションシステムを起動させ精神をリンクさせる。

 操作系は同じだけど武器の数と種類が凄まじく多い。白雪の何倍??

「初見の武装は触らぬ方がよい、いずれ使用法教えるよって。どうじゃ?少々複雑で白姉艦の三倍は大きいが機動性は互角かそれ以上ぞ」

「うん、大丈夫、全部理解出来る……した!」

「なんと!ならば発進ぞ!」

「発進っ!」


 夜の那須山上空から太平洋方面に向けスゥッと巨大な艦が動き出し、艦尾6基、艦中央部左右に4基配置されたハイペリオンドライブが金色の光を零す。

 太平洋上へ出ると水平線の空目がけ速度を上げる。

 夜空が瞬く間に朝に変わり一気に加速。

 地球の輪郭から飛び出すと、そこはもう宇宙。ここまで12秒。

「すごいっ!こんな大きいのに速いっ!安定感もすごいっ!」

「であろう、さぁ自由に飛ぶとよいぞ」

「うんっ!」

 手始めに地球の外周を一気に駆け回り月へ、既に数隻の祭り参加艦が月軌道にいるが、全く気にせず猛烈な速度で周回しスイングバイ風に地球へ向かう。

 ニアミス艦の抗議にヤマブキが「すまぬ、身内がやんちゃする、見物ぞ」と宙域全体へ発信してるうちにターミナルコロニーが近付く。

 以前注意をされたので遠巻きに周囲を旋回し、そこからが夕日乃の本番だった。

「じゃあ本気出すよ」

 舌をペロリとさせ、全長1120mもある金色の艦体でアクロバット航行を開始。

 まずは急旋回し捻り込みながら上昇し急加速。瞬時に地球圏を置き去りにする。

 今ので白雪並の高機動航行が可能なのがすぐ理解出来た。

 艦の構造が白雪とぜんぜん違うけど、問題は無さそう。そう感じる。ではゆく。

 ドリフトターンの如く艦尾を滑らせ方向転換を決め、ターミナル方向へ急加速。

 一気に地球が大きくなると、進行方向に航行中の貨客船を発見。

 追い抜きざまに艦尾を流し、貨物船を中心に定常円旋回。

 次はギュンギュンとスクリューコースターばりの高速螺旋航行し、続けてダブルループ!更に上下に8の字ループ!更に球体を描く様に高速大ループ。

 それはもう楽しそうに艦の竜骨を撓らせる。素晴らしい機動力と操艦技術。

 トリッキーで高機動艦や突撃艦であっても竜骨が歪みかねない超高機動航行を披露し、この宙域にいる人々を大いに沸かせた。


「はぁ~気持ちよかったぁ!どうだった?」

 満足げな顔を横に向けると、真っ青でヤバげな表情のヤマブキがプルプルしていた……

「だっ大丈夫?ヤマブキちゃん?」

「ゆっ揺するな、はっ吐くぞな、うぷっ」

 あっ……ありえんぞ、この娘。白姉の定期報告で凄まじい操艦術を持つとは知っとったが、これ程とはの……

 あれだけの高機動で艦体へ何の負担も掛かっておらぬどころか、全身使い込まれ、以前から気になってたフレームのしこりも消え、すこぶる気持ち良いぞ。

 正直、どこか歪みドック入りするかもしれんと冷や汗ものだったぞな、わっちでさえ自分の体をここまで操艦など出来ぬもの。

 恐らくじゃがの、夕日乃はマナス艦を完全支配出来るやもしれぬ。

 赤のバルバロッサ、あの阿呆餓鬼の支配率72%が現状ユニオン最高レベルぞ。

 それを超え戦闘艦を100%たった一人で支配可能なのが、わっちらサイボーグ艦ぞ。しかもわっちは白姉艦を遥かに凌ぐ装備を奢った特別製。

 それのわっちを凌ぐ操艦をこんな娘が出来るとは、一体何のオーバースキルぞ。


 ああ欲しいぞな、この娘、わっちの物に出来ぬであろうかの。

 きゅふふ……白姉を出し抜き、どう奪い取るぞ?

 夕日乃を横目に計算高そうに眺める様は、いつもの愛らしいキラキラ無垢な美少女とは到底思えない禍々しい腹黒さを漂わせていた。

 ここは周到に計略をめぐらそうぞ。まずああやって、こうやって、そうなると、こうで……ふむふむ。

 ――よし、シュミレーション演算終了。

 最終的にわっちは夕日乃に嫌われ、白姉との間に遺恨を残す……ん?んん~っ?

 可愛いまんまるお目々をパチクリ――だめぞな!

 二人に嫌われるのだけは絶対却下ぞー!うん、この件、終~了~ぞ。


「ん?ヤマブキちゃん何?」

「いや、見事な操艦ぞな!これからも時々乗って欲しいぞ!」

「うんっ!」

『こら――っ!ヤマブキ何してるのですか!私にステルスフィールド使いましたね?夕日乃勝手に乗せましたね?夕日乃も私以外に乗りましたねぇー?』

 凄い剣幕で怒鳴りまくる白雪がヤマブキ右側面に艦を停止させる。

『ちょっと不安になって夕日乃の部屋を覗いたら姿が無いではありませんか!しかもいつの間にかヤマブキも山の上から消えてますし!』

 遅いご登場と思いきや、白雪はヤマブキの偽装情報を仕込んだ空間を展開され、一緒に停泊してると錯覚させられていたのだ。

 それはフィールドに各種情報を添付し敵センサーを欺き、更には空間迷彩をもこなすヤマブキに初実装された特殊兵装なのだ。

『もうっこんなに目立つ事をして……』

「ごめん、雪ちゃん。ヤマブキちゃん怒らないで?私もノリノリだったし」

「白姉!すまぬ!勘弁!わっちする!反省!」

 キラキラと愛らしく無邪気に反省のポーズをとるヤマブキに、ちょっぴり冷ややかな視線が横の方からチクチクと刺さる。

『さっ帰って寝ますよ、明日も学校あるのですから』

「あっ待って、いつもの所に寄ってから」


 夕日乃の言ういつもの場所――そう、ドミニオンキューブの事だ。

 今日は白雪とヤマブキの二艦で立ち寄った。

 左右から挟むのは流石に攻撃的なので、ゆっくりと並ぶ様に艦を停止させる。

 ヤマブキの金色の甲板に出ると、いつもの様にキューブの気になる場所に向けて大きく手を振る夕日乃。

「白姉、ゆーひの、何してる?」

『私にも判らないのですよ、どうも気になる誰かがいるそうで、帝国軍人ぐらいは普通に乗ってるとは思うのですけどね』

 ……ふむ、それも夕日乃のスキルかもしれぬの。


「今日もいて、よかった」

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