第15話 そこに箱があるから
宜しい、ならば戦争だ!
総理のこの意味不明な発言から、白い宇宙船との交渉が最悪の結果に終わったのだと国民は落胆した。
彼は白い宇宙人の不誠実さを激しく非難するコメントを官房長官に発表させたのだが、それはあまりに身勝手で一方的な内容で、これには国民も世界中の人々も呆れ、あの温和で友好的な宇宙人を怒らせた愚か者だと、雉峰総理へ多くの人々が非難の声を上げるのだった。
更には各国首脳も、今ユニオン関係者と事を構えるのは宜しくない。
そう日本政府へ次々と懸念を表明するのだった。
白い宇宙船がどれだけの能力を持つかは不明だが、現在の地球の武力で戦える相手だとは誰も思っていない。
自衛隊関係者もあの宇宙船と戦うなど無謀だと政府と総理を強く非難した。
そして、あれが天才科学者の宇宙戦艦だと後から知った雉峰総理は叫んだ。
「サギだー!」
「いやお前キジだろ」
と、誰かがこっそりツッコミを入れるのが聞こえ、真赤な顔で叫ぶ総理。
無謀な戦争を自衛隊員に押し付ける気か!お前が一人でやれ!
内閣不信任決議だなんだと様々な怒号があらゆる方向から総理に飛ぶ。
今度は真っ青な顔で彼は必至で自己弁護し、心の安寧を保とうと更に身勝手な発言を連発し続け、周囲を呆れさせてゆくのだった。
翌日――朝から青い部分の全く見えない嫌な雰囲気の空が、どこまでもどこまでも続いていた。
東京都心上空を紫色の美しい光が走る。光線が東京湾彼方から放たされ、美しい光線の数がどんどん増えてゆくと、急に轟音が響き始める。自衛隊の戦闘機だ。
自衛隊機が編隊を組み光線の放たれる元へ向かう。何度も轟く戦闘機の爆音に、うるせぇと騒いでた人々も尋常でない何かを察知し、怯え空を見上げる。
やがて光を放つ正体が都心に姿を現す――
それは白い宇宙船の放つビーム砲だったのだ。
一度に11本ものビーム砲を斉射する様は、この宇宙船が間違いなく宇宙戦艦である事を人々に強く知らしめた。
自衛隊機が白雪上空を旋回し、必至で東京上空より立ち去るよう警告を発するが、レーザーバルカン砲によるの猛烈な威嚇射撃を受け撤退を余儀なくされた。
都心上空をゆっくりと進み、やがて国家議事堂上空へ達すると純白の宇宙戦艦は艦首を下に向け斜め立ちし、各部荷電粒子ビーム砲口をボウッと光らせる。
よく見ると艦首先端に誰もが知る白い宇宙人が仁王立ちで、議事堂を睨み付けている。
この様子は偶然居合わせたテレビ中継車によって全国に中継されており、国民は総理大臣が彼女をとんでもなく怒らせたのだと知る事となった。
『日本国総理大臣!この場に出てきなさい。そして制裁を受けよ!』
全ビーム砲の着弾点と思われる処刑場所を指で示す純白の髪の持ち主。
「げっ現場から中継です!ご覧くださいっ白い宇宙船、いや宇宙戦艦です!先端にクラリア白と呼ばれている白い女性がいます!」
「今、雉峰総理に出てくるよう白い女性が告げました。――処刑をする。そういう趣旨の発言に聞こえました。はたして総理は出てくるのでしょうか?」
カメラの前で興奮し大声で叫ぶように実況する男性アナウンサー。
18時台のニュースバラティーでよく見かける顔だ。
「もし出て来なかった場合、彼女はどう動くのでしょう。国会を吹き飛ばすのか、それとも東京を消し去るのか、緊張の時が流れます……え?何?」
「たった今入りました情報によりますと、どうやら雉峰総理、白い宇宙戦艦が向かっているのを知るな否や逃げ出して現在行方不明ぇ?もう国会には居ないとの事です!」
「あっ!白い宇宙人女性が私の方を見ています!なにやらバツの悪そうな顔をしているように見えますが……」
『逃げちゃったの?本当に?』
「はいっそうみたいですよ~!」
「おおおっ私っ彼女に話し掛けられてしまいました~!」
ヒャッホーとい感じで大興奮のレポーターだが、ハッと我に返り一気に緊張する。
国会から何者かが出てきたのだ。
「あっあれは……楠木前総理です!前総理が逃げた雉峰総理の代わりに現れました!他は誰も出てきてません」
「前総理が宇宙人女性に対して深々とお辞儀をしております……ああっ宇宙人女性が船から飛び降りて、おおっおっぱいが……コホン!こちらも前総理に深くお辞儀しています!」
「何と!にこやかに握手しています!何やら会話をしてるようですが~ここからは聞き取れません」
「ああっ!私にこちらへ来るようにでしょうか、手招きしています!行ってみましょう!」
「私のメッセージを日本の皆さんにお伝えしてもよろしいでしょうか」
前総理と白雪が並び、中継が始まる。
彼女がメディアに正式に姿を見せるのは初めての事なのだ。
今、この中継を全国の人々が固唾を呑み見守る。
「皆さんはじめまして、私は白雪。クラリア白という名で皆さんには知られてたと思いますが、私の現在の名は白雪です。宇宙戦艦白雪。それが私の名です」
「今回、正直、ブチ切れました。現総理が私との交渉が上手く行かないと見ると、なんと私の大切な友人である九歳の日本人少女を拉致し、連れてきて見せたのです」
少しだけ目を閉じ、そして強く見開く。
「自分が守るべき国民を、しかも未成年の少女を保護者の同意なく連れて出したのです!その少女は怯え言葉も出ない状態だったのですよ」
ぐっと拳に力を込め、じっとカメラを見つめる白雪。
「私は怒りに震え、今回の暴挙に出ました。この国の皆さんを驚かせ怯えさせたかもしれません。ごめんなさい」
純白のサラサラヘアーをふわりとさせお辞儀をすると、その吸い込まれそうな藤色の瞳がうるうると涙目になっており、今にも涙が零れそうキラリと輝く。
「こちらの楠木さんはとても誠実な方ですね。彼とお会いした事で私の中の怒りも消えてしまいました。ありがとうございます」
「え?あっ!いえいえそんなっ」
恐縮する前総理。
どうやら日本の危機は去った様だ。
中継を観る人々はそう安堵し、美しい白雪の姿に見惚れるのだった。
一週間後――
「私の誠意が国民の皆様に伝わらずぅ誠にぃ残念ですぅっ!」
その日、発足から一ヶ月を待たずして雉峰政権が総辞職したのだ。
この時の会見も、少女拉致の件も一切認めず、ひたすら身勝手な自己賛美を繰り返し続けたという。それはまさに自ら墓穴を掘りダイブするかの如くであった。
これにより彼の政治家生命は終わったと言えよう……
だが、総理は辞めても、議員辞職だけは死んでもする事はなかった。
しかし、たった一ヶ月で日本被ったダメージは計り知れない。
特に同盟国の不信感は国防、経済に深刻な影を落としたのだ。
国民の友人党政権への失望と落胆は支持率に大きく現れ、次の総理は政権存続を断念し、たった一年足らずで政権を手放す事になった。
そして再び自由人党が返り咲き、楠木総理が復活する事となったのだ。
もはや友人党に政権運営の能力も資格も無し――
そう国民にレッテルを貼られてしまっては、もう二度と返り咲く事はないだろう。
「死んだ方が負けの戦争か……確かに一方は死んだわな~あの涙もビームより凄い破壊力だったし。でもあれ……絶対に嘘泣きだよなぁ~宇宙人、いや女って怖ぇ~でもまた逢いたいなぁ」
と、元総理補佐官がまだ日が高い公園で溜息をひとつとココアをひと口。
それにしましても、あの時私の前に現れた楠木前総理の胆力は凄いものでした。
流石に誰が出て来ようと、ビームを撃つつもりはありませんでしたが、あの砲口の前に出てくるのは凄い事だと思います。
今思えば、政権を追われた時、私の秘密を引き継がず極秘のままにする方法もあったはず。
それをしなかったのは、今の野党に政権運営は不可能で、自由人党こそ相応しい能力があるのだと国民に印象付け、停滞感を払拭し自由人党政権を盤石にする為のエサに私を使ったのかもしれない。彼らにはそんな、したたかさがあったのかもしれません。今回の件を振り返り、博士に送る定期報告書に記載してみた。
ずっと博士に要望していた「腕」もやっと装備出来て思い通り動いたし、まっいいか~と納得する事にしましょう。
夕日乃も今回の事はもういいと言ってますしね。
そう言えば、あの子の元に匿名で沢山のお菓子とヌイグルミが届いてましたっけ。
「雪ちゃん、朝のニュースで宇宙に箱が浮いてるって言ってたけど、知ってる?」
また押し入れからガタガタと音を立て、夕日乃が顔を出す。もう潰されても良いものを(良くないけど)そこには置いてるので、音がしても気にしない。
「はい勿論、昨夜から探知してましたよ。とうとう来ました」
「知ってるの?」
翌年、桜の花びら舞う季節に、銀河ユニオンが注視する物体が地球圏に忽然と現れた。その異様な存在感を持つ物体は強く人々の関心を引いた。
それは箱だった。正方形の箱としか形容し難く、表面に武器はおろか推進機も確認出来ない正六面体キューブだったのだ。
ドミニオンキューブ――銀河ユニオン戦艦祭運営本部からの発表によると、それは銀河帝国軍の実験宇宙戦艦なのだという。
現在、銀河帝国と銀河ユニオンは休戦状態にあり、今回雪解け演出の一環としてあえて秘匿兵器を祭りに参加させ、帝国にも中継する事で友好を示すのだと言う。
無論懸念はある。休戦中とはいえ、辺境で小競り合いが増加しており、帝国はこの兵器の強さを誇示しユニオンを威嚇する気ではあるまいか、と。
「放課後見に行ってみましょう。多分、私達が戦う最強クラスの敵ですよ」
「ん~?雪ちゃん珍しく緊張してる?」
「ふふふ、夕日乃居ますから大丈夫ですよ」
ぽかぽかする陽気の中、屋上から那須山を眺める二人。
校内で二人だけで話す時はここに来る事が多い。
児童だけで屋上に出るのは禁止されているのだが、校長からこっそり鍵を貰ってるのでちょっとズルかもしれない。
昨年は色々あったが、今年はまた穏やかな日々に戻っている。
ありがたい事だと感謝する白雪。
「あっまたここですか!お二人共、もうお昼休み終わりますよ?」
「さすが学級委員長、一年の頃からよいお仕事なさいますね」
「うむ、万年学級委員長ごくろー」
「もぉーっせからしかっ!」
万年学級委員長とは、そう――あの真っ直ぐな感じのキリちゃんこと奈良橋記理子の事である。
その立方体は、オーストラリア上空1500km程の衛星軌道上に浮かんでいた。
幾つかの面が地球照を受け時折キラリと反射する。普段は黒い鉄塊の如くだが、光を帯びると艶やかな黒曜石の如く神秘的な美しさを醸し出している。
純白の鱗を煌めかせ白竜の如く姿をその宙域に現した宇宙戦艦は、無機質なキューブとは対照的に有機的な美しさを醸していた。
宙に浮かぶ四角い塊がどんどん近付いてくる。
「うわぁー本当に四角いね」
「ちょっと夕日乃?もう少し警戒して下さい。一応敵対勢力の戦艦なのですよ?」
まるでバイクを立ち乗りする様に操縦席で立ち上がり、発展途上前のお尻を元気に振りながら艦前方に浮かぶキューブに見入いる小五女子。
ドミニオンキューブの周囲をゆっくり回り、艦を並べる様に静止させると夕日乃がピョンとシートから飛び降りる。
「外で見よーっ!」
好奇心に満ちた瞳を輝かせながらそう叫ぶと、躊躇する白雪の腕を掴み艦橋から引っ張り出した。
月で遊んだ時の様にヘルメット無しのまま甲板に出ると、巨大な塊が二人の視界一杯に浮かんでいた。凄い迫力だ。
まさに圧巻と言える光景を前に大はしゃぎする夕日乃と、対象的にシールド多重展開準備し警戒する白雪。
「一辺が498mの完全な正六面体だわ。表面は……流体金属?なるほど、外装ギミックをこれで隠してるのね。それにしても一辺500m以内という大雑把な祭りのレギュレーションギリギリのサイズで来るとは凄いわ。このキューブの質量って私の2~30倍はありそう」
キューブに向け手を振っていた夕日乃が急に一点を指差す。
「雪ちゃん、誰かがこっちを見てる……あの辺だよ。おーい!」
「わ……私には感知出来ませんが、誰かしら乗ってるのでしょうけど……流石に今、構造スキャンなんて挑発行為する勇気は無いですが」
時々ある夕日乃のこれって、多感な幼年期特有の超感覚とでも言うものなのでしょうか、それともやはりオーバースキルの一種?
夕日乃はその後も週に一度はここに来てはジッと眺め続けたり、手を振ったりしてるのですが、私には心が休まりません。ここにいる時は完全防御態勢ですから。
それにしても、一体何が気になるのでしょうね。
じっと眺める夕日乃に尋ねても明確な返答はありません。
「そこに箱があるから」
うん、さっぱり判らない。
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