第13話 対艦戦闘

「でよぉ、模擬戦やろうぜ!別にガチでって言ってるんじゃねぇ、こっちもたまに撃たねぇと砲が錆びちまうからなぁ、ビーム絞って直撃しても軽傷にしてよ。な?」

「いずれ赤や青の凶悪な姉妹艦が地球圏に来ます。あなたと同じエルトロン級の艦ですから、そちらの方がよろしいでしょ?こちらは格下の巡洋艦や重突撃艦クラスですよ?」

「ハンデやるからよ!な?いいだろ?何なら夜の相手もしてやっからよ」

 いつも優しくて、怒った所なんて一度も見た事ない温和な白雪がキレかけているのを夕日乃は感じ取っていた。きっと自分が怖がってるからだ……

 その時、遠くから叫ぶ声が近付いてくる。四つん這いで宇宙戦艦白雪担当官のリンが走って来る!まるで大きな猫だ。

「なにやってるんですか?模擬戦の申請は互いの担当官を通してでないと受理されませんよ!それにまだ、この宙域はシルード発生装置の設置が終わってませんから、戦闘は当分無理です!」

 猛獣の様な形相のリン。うんうん言ったれという顔の白雪と、じっと動かず隠れている夕日乃。

「ええとディム・オードンさん?あなたの担当官ミコルト・キョメフィット・アンジョモリナ・エモフォッドがまだ説明と承認が終わってないと探してましたよ?終了しないと不法ポート占拠艦として罰金が発生し、治安艦が動きますからね?」

「ちっ判ったよ!また今度なっ!」

 予想外にあっさりと引き下がり、ディムは街中に消えていった。

「ありがとうリンさん、助かりましたよ」

「ありが……とう、リンちゃん」

 周囲を確認して、やっと夕日乃が白雪の後ろから出てくる。

「いえいえ、私、耳が凄くいいんですよ~」

 そう言いながら、軽く握ったこぶしをクイクイさせて耳を撫でる……

 やっぱり猫じゃん。二人共そう思った。

 お礼がてらリンと三人で軽く食事をして、二人はターミナルコロニーを後にした。

 隣のポートに停泊してた赤黒い艦は既に出港したらしく消えている。

 ……一応警戒しておきましょうか。

「夕日乃、今から操艦深度Cですよ。武装の一部解禁です。今から慣れちゃいましょう」

「うん?わかった。やる」

 精神リンクされた中で、一通りの操作とその特性を伝える。使用可能な武装は、荷電粒子ビーム砲、レーザーバルカン砲、エネルギーシールド4枚までの展開権、今回はこの三種類を教える。


【荷電粒子ビーム砲】これは戦闘艦の最も標準的な主武装の一つ。この艦では更に高出力の大口径プラズマ荷電粒子ビーム砲を主砲としてるので副砲扱いになっているが、巡洋艦クラスでは主砲として運用される十分強力なビーム砲だ。

【レーザーバルカン砲】主にミサイルや戦闘機の迎撃に使用される。通常は自動迎撃モードで使用するが近接格闘戦時に手動照準で使用可能だ。

【エネルギーシールド】エネルギー粒子を六角形のパネル状にして艦周囲に展開させる防御システム。大半の攻撃を耐久限度内で防げるが光子魚雷には弱い。通常は攻撃に対してオートで展開する。


「どうです?使えそうですか?」

「大丈夫、雪ちゃんちのゲーム機と変わらない」

「……ゲーム機って」

「あ、きた」

 操縦席右に小さく表示されてたレーダースフィアが中央にヒュンと拡大表示された。

 白雪のアイコンを球体中心に配し、レーダーが補足した敵艦影が後方右斜め上にピコンピコンと表示される。

「これは形状から先程の戦艦ドワンゼッペルですね。スキャン完了、ああ間違いありません。逃げてもいいですしターミナル宙域に戻るのもいいですが、夕日乃はどう考えますか?」

「雪ちゃん、あれ強いの?」

 レーダースフィアが縮小し右側へ移動すると中央にドワンゼッペルの情報が表示される。

「えーと、5320年式シュバルツバルステラ製、全長475mエルトロン級ウィルズ型汎用宇宙戦艦ですね。主砲は三連プラズマ荷電粒子砲四基、二連荷電粒子砲六基、光子魚雷発射機にあとはハイペリオン砲その他。うん、普通に勝てます。止まってなければ私の方が強いですよ」

「じゃあ、やっつけよう」

 何時になく夕日乃が攻撃的な気がする。しかも全然怖がってないみたい。

「でも判ってますか?人が乗ってるんです。ゲームではないんですよ?」

「うん、人はこっちも乗ってる。エンジン狙うのはどう?」

「うーん、ハイペリオンドライブは凄く頑丈でビームで撃っても簡単には壊れないんですよ、もちろん私も同様です」

 宇宙船の主機として広く使用されるハイペリオンドライブ。この外殻は高硬度な希少金属ヴェリオメタルで製作されており、一般的な超微粒子装甲とは桁違いに頑強だ。

「ん~多分ですが、あの戦艦は何者かの依頼を受けた威力偵察を目的としてるのでしょう」

「いりょくていさつ?」

「つまり、この私がどれだけ強いか知りたい為に喧嘩を仕掛けてきたんですよ」

「じゃあ……本気出さないでやっつければいい?」

「そうですね、相手が模擬戦として仕掛けてきたなら、練習のつもりで戦いましょうか」

 そうこう言ってるうちに、敵艦が予告なく発砲、プラズマを纏ったビームが白雪めがけて放たれる。火線は六、三連装の主砲二基による攻撃だ。

「これ戦闘出力ですよ!命中の可能性がありますっ夕日乃回避っ!」

「大丈夫、みんなギリギリハズレてる。今動いたら当たるよ?」

 夕日乃の言う通りビームは全て艦スレスレを通り外れた、威嚇砲撃だろう。

 そのまま敵艦が猛烈な速度で白雪の横ギリギリを通り過ぎると互いのエネルギースクリーンが干渉しプラズマの閃光が走る。


「何だぁ?あの白いやつピクリともしねぇぞ、次は当てるからデータ取れよ!」

「へいっ艦長ぉっ!」

 傭兵戦艦ドワンゼッペルは艦長を中心に配された六名が艦内部の二層式艦橋上層で操艦をし、下層でその補佐をする30名の合計37名で運用されているマナスオペレーションを使用しない標準的な宇宙戦艦だ。

 白雪を通り過ぎ、次の砲撃準備を始めながら乱暴に旋回する。艦構造に負担をかけるので、あまり宜しくない操艦だ。

「まだ止まってやがる。よぉし、次は放射で撃ってやれ」

 ビーム砲の砲撃モードは三種類。先程の様な単射、等間隔で撃ち続ける連射、ビームを放ち続ける放射だ。放射は最も効果的にダメージを与えられる砲撃方法だが、格闘戦では運用が難しく、砲身の負担も大きい。

 「発射ぁ!」

 ほぼ正面の白雪に艦首砲塔がビームを放射するも、スッと右舷に前進され紙一重でかわされる。しかし砲塔はビームを当てようと白雪へ指向する。

 だが砲塔旋回速度の一歩先を行く白雪にかわされ続け、射角が取れずビーム放射を止めた。その瞬間、白雪は方向転換しながらくるりと背面飛行でドワンの後方上部を取ると一気に艦を寄せ、互いのスクリーンが干渉させ敵後部砲塔にビーム攻撃。更に加速し追い越しざまに全ての砲塔を的確に撃ち抜いて行く。

 被弾順にボンッボボボボンッと爆発し主砲と副砲全て失ったドワンゼッペルを優雅に抜き去る宇宙戦艦白雪。ここまで七秒。


 ふんっ!と鼻から大きく息を吐く。そしてくるりとこちらに振り向くと、いつもの笑顔が咲く。

「おわった!」

 そう言いながら大人白雪の豊満な膨らみに抱きつき、顔を埋める夕日乃。

 ――瞬殺だ。

 こっこれが八歳児の初の対艦戦闘?なんて恐るべき戦闘センスでしょうか。

「強い武器使ってないし、これなら雪ちゃんの強さばれないよね?」

「そっそうですね、ありがとう夕日乃~ちゅ~っ」

「えへへへ」

 いや、この戦闘を子供が行ったなんて、もし知られたら困りますよね……

 あの艦、撃沈した方がいいのかしら。本気で攻撃してきましたし。

「雪ちゃん、悪い顔してる……美人さんが怖いよ?もう帰ろ?」

「はっはい、そうですね。帰りましょうか」

 あの艦の救助申請と、念の為に運営に報告しておきましょう。


「なんてこった……甘く見てたのは素直に認めるが、一瞬で戦闘不能にさせられちまうとは、なんて艦、いや操艦技術の凄さなのか?」

 艦長ディム・オードンは、衝撃でフリーズしたシステム復旧に奔走するクルー達をぼぉっと眺めながら、自分のミスを反芻していた。

 くっそぉ~大事な艦の砲塔全部やられちまった、これ修理にいくら掛かるんだよ……先が思いやられる。

「おいっデータはどうなった!今の戦闘データ取れてるのか?」

 副長に声を掛けた瞬間、ディムがキャプテンシートから転げ落ち、頭をぶつけた。

 突如強烈な衝撃と凄まじい破壊音が艦橋に響き、クルー達も艦内を転げ壁に激突して声を上げる。全ての電源が消失し、艦橋が完全な暗闇に包まれる。

 この艦は部密閉式戦闘用艦橋なので、窓一つ無く、星一つ見えない閉鎖空間だ。

「なっ何が起きたぁーっ!」

「わっわかりませーんっ!」

 暗闇の中、艦尾方向から凄まじい衝撃音がどんどん艦橋に迫ってくる。

 まるでこの戦艦が艦尾から食われている――そんな恐ろしい音だ。

 屈強な男達が悲鳴を上げる。

 きっと俺も……そう覚悟した瞬間音が止まった。

 その静粛はまるで時が止まったかの様だった。

 艦が引き裂かれていたであろう金属音と得体の知れぬ唸り声がピタリと止み、艦内に静寂が訪れる。

 ――皆、多くの戦場を知る屈強な傭兵のはずだが、それを感じさせぬ程に怯え、何かに縋るように震えていた。


 白雪が要請した救護艦艇が到着すると、その座標にはおそらく戦艦だったであろう残骸が漂っていた。

 それは何者かにハイペリオンドライブの全てを食い千切られ、無残な鉄クズと化したドワンゼッペルであった……

 実の所、宇宙戦艦は大破しても頑丈なハイペリオンドライブだけは残るので、全損とはならず再建は比較的容易と言える。

 だが今回は、その虎の子がきれいに消えていた。エルトロン級宇宙戦艦の平均ドライブ数四基の価格は巡洋艦一隻に相当する程高価だ。


 牽引されてゆく愛おしい鉄クズをコロニーの窓から屈強な男達の集団が目に涙し見送っている。

「貯金もねぇ、ドワンの再建は不可能だなぁ……そういや例のデータはどうなった?せめてホームへ帰る足代は欲しい所だが」

「艦長……全部消えてました」

  

 その後、勤勉に働く彼らの姿をターミナルコロニー各所で目にするようになった。

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