第12話 百日草
フェニックス共和国へ軌道エレベーターが設置され三年が経過していた。
宇宙よりの来訪者の受け入れ体制も整い、この頃からぽつぽつとユニオンの艦艇が戦艦祭参加登録の為に寄港する姿が見られる様になっていた。
銀河ユニオン戦艦祭開催はまだ十年近くも先だが、人類より遥かに長命の種族や延命化した者が多い彼らの感覚だと大した時間ではない。
むしろその位のスパンでの行動が宇宙では普通といえる。開催まで未知の地球観光、艦の調整や訓練、アステロイドアタックの予選も行われるので、時間を持て余すような事はないのだ。
その戦艦祭参加登録するのは、軌道エレベーター宇宙側の玄関口であるターミナルコロニーだ。
幾つものブロックが組み合わされた直径35km高さ12kmの円盤状の巨大構造物内部には祭り運営スタッフや参加者、観光客など50万人が居住可能な都市が存在する。
まさに人類が思い描いたスペースコロニーそのものと言えよう。
那須連山を背景に那須野原市上空に浮かぶ宇宙戦艦白雪。
最近では観光客が見物に訪れる程の日常的な光景になりつつあった。
これに便乗た商売や「しろいねちゃん」なるゆるキャラも登場して地域振興に一役買ったりしてるのである。
「え~本日はターミナルに行って、戦艦祭への参加登録をしますよ」
乗員室で大人白雪が本日の行動予定を告げる。全裸で。
「雪ちゃん……私しかいないからって、ちょっと恥ずかしいよ?」
二つの巨大な質量体を見上げるジト目の少女。
「「はいっすぐ着ます!」」
その隣りにいる夕日乃より少し背の高い白雪も同時に謝る。こっちも全裸だ。
「大人雪ちゃんを出してきたって事は何かあるの?」
「戦艦乗りなんて、いい歳して子供みたいな男ばかりですからね。鉢合わせしても舐められませんように!」
「あー私、もう八歳なのに、知らない大人の人まだ怖い……大好きな大人の雪ちゃんなら、ドコに入れても痛くないのに」
ブホォッ!大小そろって突っ伏し、床に頭突きをかます異常行動を取る白雪……(ついでに艦も一回転)
「ハァハァ……ゆっ夕日乃……目っ目ね?それ目ですから!」
「??」
「いっいずれ私の艦長をお任せするのです。その頃には夕日乃も殿方の精巣を蹴り上げる位出来ますよ」
「ええー艦長?清掃?艦長はお掃除もするのか……」
スーツを装着しながら、いやらしい笑みを浮かべる大小白雪。
「じゃあ小さい方は艦内待機します~」
と、先日大人買いした女優を目指す少女が主人公の漫画を読み始めるジャージ姿の小さい白雪。大小揃ってる時の通称はちび雪。
ベッドでゴロゴロする小さいのを置いて艦橋に移動する二人。
「あ、今日は最適化の日でしたね。夕日乃、調整しますよ」
「うん、どのぐらい育ったかな?」
子供の成長は早い。日々成長する彼女の体と操作系を最適な状態に保つ為、ひと月に一度はサイズ調整を行っているのだ。
夕日乃がまたがる操縦シートの各所に仕込まれた発光素子がチカチカ点滅し完了の表示がモニターに表示される。
「はいっ今月は……2㎜?この歳頃の女の子だとひと月5㎜ぐらいが適正と思われるので、好き嫌いせずいっぱい食べましょうね」
「むうう……ゴボーとシイタケは苦手なの!」
さて、直接宇宙に上がりターミナルコロニーへ向かうのも味気ないので、今日はフェニックスの海上都市からエレベーター沿いに上がってみる。
那須野原市から直線距離にして約7500km。茨城方面から太平洋上に出ると海面に白い筋を作りながら航行し、そして雲海に上がると航空機のルートに注意しながらフェニックス共和国へ向かう。衝撃波の生じる大気圏内高速航行は注意が必要だ。
艦橋の全天モニターに映る広大な空と海のコントラストの中、二人じゃれ合っていると、彼方に銀色の糸が垂れているのが見えてくる。
どこまでも鮮やかな青色の世界、銀灰色に輝く塔の下。そこにフェニックス新首都である美しい構造の航空港湾都市とエレベーターゲート管理都市が広がっている。
ほぼ真円の人工島上空に白い宇宙戦艦が降下し、低空飛行で都市上空を旋回すると多くの人々が歓声を上げた。ここでは特に大人気だ。
ちなみに宇宙戦艦の装甲表面はあらゆるコーティングやシールドを施されており、電磁波などを漏らし都市機能に影響を与えることはない。
ハイペリオンドライブからキラキラ溢れる光も人体には無害だ。
そもそも何故あんな光が出るのか自体が解明されていない謎機関である。それに何より、お漏らしで相手に察知されてしまう様では戦闘艦などやってられない。
都市上空でサービス精神旺盛な操艦を披露し、最後に軌道エレベーター外周をくるくると螺旋状に上昇しながらターミナルコロニーへと向かった。
夕日乃の操艦技術は驚くほどの速度で上達している。
全長50000kmに及ぶエレベーターシャフト外壁を走行する宇宙観光列車やその駅ビルを眺めながら、ひたすら上昇し続けると急にキラキラとソーラーパネルが枝葉の如く茂り、大輪の花が見えてくる。そこが目的地だ。
直径35kmで最上部に直径15km程の多層型ドーム都市を頂く円盤状のターミナルコロニーは、大小四層構造になっており、花びらが幾枚も突き出た構造をしており、その形状から
上層が観光客や戦艦祭関係者が利用する都市と宇宙港、中央二層が戦艦用ドッグ、最下層は物資搬入港と工業区画が配置されている。
「こちら、管制です。ようこそ、ターミナルコロニージニアへ」
「こちらアトリエクラリア所属艦CCW-006A、戦艦祭への参加申請と入港を希望します」
モニターに屈強な感じの男性管制官の姿が映る。ここからは白雪の出番である。
「かっ確認しました。S201-06ポートへの入港を許可します。そっそちらに担当官が伺いますのでお待ち下さいっ!」
ん?なんだかこの人、声が上擦っている?
「ありがとう」
「あ……あの……」
「はい?」
「あっあなたのファンですっ!お会い出来て光栄ですっ!」
「あはっありがとう。このコロニーには何度もお世話になりますので、よろしくお願いしますね」
「はいっ了解であります!」
――敬礼された。どうやら地球の軍人さんが就いてたみたいね。
指定された戦艦停泊用ブロックへ向かうと、蜂の巣の様に密集した入り口の一つから誘導用ガイドビーコンが点滅している。
「私入港するー」
「最初の一回は私が車庫入れお見せした方がいいのでは?しかもこれバックですよ?」
「いいのーやるのー」
そう言いながら艦を迷いなく加速させる夕日乃。
「ちょっなんで加速っ?」
一気に加速し入り口直前で自動車のサイドターンの如くリアを滑らせると艦体をガイド上にピタッと停止、そして何事もなく艦首及び艦翼スラスターをパパッと焚きポートに侵入。艦体固定アームが四方より伸び艦首後部と艦翼を固定した。
乗員室で漫画を読み散らかすちび雪が高笑いしながら何か呟いている。
「秋月夕日乃……おそろしい子!」
「夕日乃……そういう車庫入れ禁止!」
「……わかった」
どうやら何かのアニメで毎回サービスしてくれる格好いいお姉さんが、スポーツカーでそんな車庫入れをしてたらしく、それに影響されたらしい。
そんなものに影響されるとは、夕日乃もまだまだ子供ですねぇ。
宇宙戦艦白雪が停泊したのは通常のポート。彼女は自前の亜空間ドックを所有してるので、ここの整備施設を借りる必要はないのだ。
このポートブロックは出入り口は別々だが、内部はトラスト構造のフレームのみで仕切りが無く、停泊してるの他の艦艇が数キロ先まで見渡せる。
白雪の隣にも赤黒い大きな戦艦が停泊していた。
艦が停泊すると、艦形状に合わせ自動で通路が伸び出てくる。
そこに誰かがじっと立っている。OL姿っぽい猫耳と尻尾の付いた可愛らしいワンカールボブの少女だ。宇宙戦艦白雪には銀河標準のエアロックはおろか艦内に通じる扉もなく、内部にもアクセス出来ないので乗員が出てくるのを待つしかないのだ。
「こっこんにちは、今日からこの艦の担当官になりました。リン・チャウノンですっよろしくお願いしますっ!」
リンの耳がぴくぴく動く。
「ねっ猫耳っ!本物?」
「はっはいっ私、ネコザンス星人なんですよっ」
「猫宇宙人だーっにゃ~とか言わないの?」
「ああ~私、この星の猫って動物に似てるそうですけど、似てるだけで猫とは全然関係ないんですよ。だからにゃ~とも言いません」
露骨に残念そうな表情の夕日乃……
「あなた!空気読みなさい!」
「ええええ~っ!にゃ……にゃ~っにゃぁ~ん?」
必死に猫っぽくポーズを取り、引きつり顔で猫の真似をするリン……
「「ごめんね、冗談です」」
「そ……そうでしたか、ではまず初めに。軌道エレベーター付近を航行しては行けません!あと入港シークエンスも守ってください!よっろっしいーですかぁあ?」
「「はい……ごめんなさい」」
ちっちゃくて可愛いいけど、叱り方は肉食獣みたいでちょっと命の危険を感じたので、彼女をからかうのは程々にしよう。二人共そう思った。
挨拶と簡単な自己紹介を済ませると、三人で近くのエレベーターに乗り、更に乗り換え、最上部都市にある喫茶店で彼女から受付詳細を聞く事になった。
宇宙の喫茶店はどんなかと思えば、店構えは和風で、店内も障子や襖、壁材に竹などがあしらわれ、見事に日本的な空間が演出されていた。
三人が選んだ席はお座敷風の畳の間。夕日乃はホットミルクとこの店自慢の特大パンケーキ、白雪は抹茶、リンはきな粉ミルクを注文。
ちなみにこの喫茶店「らがまふぃん」のマスターは猫好きの日本人。
店内には毛並みの良い二匹の猫もおり、リンもここの常連客だ。
「コホン……えっと、まず担当官のお仕事を説明をさせて頂きますね」
銀河ユニオン戦艦祭に参加する艦艇には、運営より担当官一名を付けられ、戦艦祭終了までサポートを受けることが出来る。
内容としては、参加種目への申請登録代行や各種伝達、艦のメンテナンス、補給物資の手配、そして苦情の処理。参加者が競技に集中できる環境を整えるのが役目だ。
「乗員名簿は艦の所有者であるクラリア様より申請されておりますが、艦の名称は現時点で登録されてませんよね?そうなりますとCCW-006Aが正式名称として使用されます。いかがいたしますか?」
リンが端末に表示される空欄を提示すると、二人目配。
「宇宙戦艦白雪!」
「はい、それでお願いしますね」
「白雪、ですね?」
「違う!宇宙戦艦白雪!で登録して!」
「はっはいっ宇宙戦艦白雪……艦名登録完了です。以降全てこの名でアナウンスされます」
その後、三人でたわいのないガールズトークで盛り上がって、今日ここでの用事は無事に終了した。
リンと別れ、まだ人通りも疎らなターミナル都市を二人ぶらぶらと見物していると、粗野な感じの大声でこちらを呼ぶような声がするので、モロに無視して歩いた。
「おいっ!お前、無視すんな!」
「何でしょうか?」
明らかに嫌そうで面倒臭そうに、白雪がその声に応じると同時にさっと後ろに隠れる夕日乃。
「オイオイ、すげーいい女だな!白いからすぐ判るって聞いたけどよ、お前クラリア白のユウヒノだろ?俺のドワンと模擬戦しねぇか?」
明らかに粗野粗暴を具現化したような男が白雪の体を舐め回すように視線を上下しながら、あり得ない提案をしてきた。
「はぁ?夕日乃?あなた、戦艦祭は戦争ですよ。開催前に自分の手の内を晒す真似をしてどうしますか。しかも名乗りもせずに失礼です」
「おっと失礼、俺はディム・オードン、傭兵戦艦ドワンゼッペルの艦長だ。この祭りには腕試しに来たんだが、そしらたあの有名なクラリア艦の白ナンバーが出るって聞いてよ、いずれここに来るだろうと待ってたんだよ」
「そう、私は白雪。宇宙戦艦白雪の艦長代理よ」
「へぇ、じゃあ艦長のユウヒノとやらはどこだい?そっちにも挨拶したいんだが?」
白雪の尻付近に顔を押し付け、艦長という単語にビクリとする夕日乃。
「いずれ、その時が来ましたら必ず現れます」
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