第7話 地球

「月に降りてお散歩してみましょうか?」

「えぇーっ?」

 艦をやや傾斜させ白い宇宙戦艦がゆっくりと月を周回しながら、高度を徐々に下げ、滑るように降下すると、眼下に大小様々なクレーターが山や谷を織り成し広がってゆく。雄大な光景でありながら、どこか寂しい薄鈍色の世界と星空の狭間を純白の宇宙戦艦が音もなく停止すると、艦底翼を着陸モードに変形させ月面にゆっくり降下する。

 ここは地球人類にとって無垢なる白銀の世界も同義。

 私がベタベタ跡を付けるのは気が引けるので、ちょっぴり浮いたまま着陸。

 しかし、夕日乃には遠慮なくたっぷりと足跡を付けてもらおう。


「はい、裸になってくださーい」

「はだかで、おそとでるの?」

 既に全裸モード全開の白雪が小さな三角形をしたスーツコアを見せる。

「この宇宙服に着替えてもらいます」

「?」

 淡いピンクのスモッグを脱ぎ、そのユニットに可愛らしく首を傾げる夕日乃。

「夕日乃ちゃんの好きな色はなぁに?宇宙服をその色にしてあげますよ」

「このいろ!」

 大事そうにフリルの付いたチェリーピンクの可愛らしいハンカチを取り出す。


 乗員室の壁には生活に必要な設備が組み込まれており、必要に応じて壁の中からテーブルやイス等が現れる。

 今、夕日乃が畳んだ衣類を丁寧に並べてるベッドもその一つだ。

 対する白雪は脱ぎっぱなし……四歳の女児に女子力で負けているぞ。

 クルクルチカチカと白雪の手のひらのスーツコアが帯状の光を発し何やら文字が出ては消える。

「設定完了、夕日乃ちゃんの声を登録しますよ。はいココに向かって何かしゃべってくださいね」

「しらゆきちゃん、だい、すき」

 ヤバイ。宙域をスキャニング……ふぅ~誰も居なくて良かった。

 興奮して光子魚雷を連射しちゃいました……犬か私っ!


「はいっ登録完了。これはもう夕日乃ちゃんのスーツですよ」

「じゃあ真似してください、これをここに……」

 裸ん坊の二人が向かい合い、夕日乃もスーツコアを胸元に押し当てる。

「装着っ」

「そうちゃく」

 スーツコアが展開し瞬時に二人の体をピッチリ纏う。

 夕日乃のスーツカラーは要望通りのチェリーピンク。

 それは白を基調に首筋から胸部、正腕、太腿、つま先に配色されている。

 サテンの様な見た目と手触りの素材で出来たスーツだ。

「おおお、かっこう、いい!」

 きっとこのセリフがお年頃になると「恥ずかしい」に変わるのだ。感慨深い。

「しらゆきちゃん、きみどり、きれい!」

「夕日乃ちゃんもかわいいですよ~さすが私のお嫁さん!」

「えへへ」

 

 二人を乗せたケージが音もなく月面に降下し、月世界への扉が開く。

 地球人類(幼女で)初の月面への一歩を彼女に踏ませたい。

 お先にどうぞのポーズでにっこりと白雪が顔を向けると――夕日乃が居ない。

 いや奥にいた。

 小さな体を更に縮こませ両手で口を覆い背中をケージ奥に張り付けて、プルプルと震えている。

「つきは、くうき、ないんだよ?」

 地球だと幼女まで知る常識を失念して夕日乃を怖がらせてしまった。面目ない。

「大丈夫、私の力で夕日乃ちゃんを空気で覆ってるから、月でも宇宙でも平気へっちゃらなんですよ」

「ほぉ~らねっ、空気あるんですよ」

 半信半疑な夕日乃にケージからひょいと頭を出して見せると、とたんに驚き混じりの笑顔になった。

「ほんとうだ!しらゆきちゃん、すごい!」

 そして――

「改めまして!夕日乃ちゃんが今……月面への第一歩を――踏みしめた!」

 ケージからピョンっと月面に降り立つとくるりと振り返り、満面の笑みをプレゼントしてくれる夕日乃。

 

 昨日会ったばかりのこの幼女から目が離せない。何故なんだろう――


 降り積もった粉の大地を元気よく歩き回り、そして走り出す夕日乃。

重力制御してるので地球と同じように走れる。

「あっ!うさぎさんっ!」

 ふふふ……気がついたようね。そう、月にはうさぎがいる。それは日本人なら誰もが知る常識なのだ。(さっきの事は心に作った棚にポイっと置く)

 夕日乃が月を歩くたびにうさぎが現れる。

 靴底のモールドをうさぎ模様にセットしておいたのだ。

 このスーツ作った人って何者?アトリエクラリアのスタッフのはずよね?

 ポコポコポコポコ……みるみるうちに増えてゆくうさぎ。さすが年中発情動物。

 見事なうさぎ大軍団を月面に出現させた夕日乃が急にうさぎ作りを止める。

 自分の知らない空の存在に気付いたのだ。


「あおい、おつきさま」

 

「ん?何を拾ってきたの?」

「おばあちゃんにもみあげ」

 嬉しそうに月の石を見せる夕日乃を見て思い出した。

「あ、楽しすぎて夕日乃ちゃん連れ出した事、連絡するの忘れてました……」

 乗員室でだらしなく脱ぎ散らかした服ポケットの携帯を中継し、その場から秋月家に電話をかけた。

 ハンズフリーで響く声に夕日乃が反応する。

「おばあちゃん?いまね、つきにいるの!おそらのつき!しらゆきちゃんすごいんだよぉ!」

 理解出来ずにいる電話向こうの祖母と興奮して喋り続ける孫。

 うさぎがいっぱい、青い月がきれいだ、もうお婆ちゃんには何の事やら。

「すみません、お祖母様。責任を持って三時までには帰宅しますから、詳しいお話は帰った時に……」


 夕日乃が着ているのは様々な機能満載のハイテクスペーススーツなのだ。

 その一つをこちらからコントロールして、月の重力にゆっくり順応させてあげる。

 ふわんふわんと夕日乃が歩き始め、そしてコケた。

 キャッキャと喜ぶ幼女の姿に私のヨコシマな心が蕩けそう。

 そして雨降って何とやら……更に私のヤバげなメンタルが強化されてしまいそう。

 あの子が集めたこの月の石、放射線除去しておかないと。

 ん~今これ売ったら幾らになるのかしら。数十億?


 宇宙戦艦クラリア白、地球に向けて発進!お家に帰ります!

 月を使ってスイングバイ航法ゴッコをしながら地球に向かう。

 この艦の推進力的には全く必要ないのですが、なんかノリで。

 隣でじっと睨むように地球を見つめる夕日乃の表情に、じわりと私の中にえもいわれぬ不安が膨らむ……

 鼻からすぅっと息を吸い込み止める、そして溜息まじり口からふぅっと吐き、小さくつぶやく。

「つきじゃ、ない、ちきゅうだ」

 私はそのつぶやきの意味に頭を捻る。ハっと気付き、そして唸る。


 幼女恐るべし、と。


 第7.5話 定期報告っぽいもの、とか


 確かに正体晒して夕日乃を連れ出したのは、軽率だったと認めましょう。

 帰宅時もハイテンションのまま、ノリで夕日乃ちゃんちの家の前に戦艦で乗り付けましたし、お祖母様を思い切り驚かせてしまいました……

 周囲には思い切りご迷惑をかけてしまいましたね。でも、後悔はしてません。

 私の正体については、噂になってる程度でメディアにも流れてません。

 恐らく日本政府がちょちょいとしてるのでしょう。

 その後、私は夕日乃の通う幼稚園に入園し、一緒に幼稚園ライフを満喫する事にしました。

 あの場に居た教諭や園児達の一部は私の正体を知っているのですが、見て見ぬ振りと言いますか、触らぬ神になんとらなのでしょうか。

 少々おどおどとしてますが、普通にお付き合いしてくれるのがありがたいですね。

 ですが何より、夕日乃が生き生きと過ごしてるのがとても嬉しいです。

 例の女性教諭が夕日乃の義理の母になるかは知りませんが、元彼を追いタイに行った模様。日本を離れる際、夕日乃に深く謝罪をしているので何も言いますまい。

 西暦2000年に銀河ユニオンより訪れた使者により「銀河ユニオン戦艦祭」を17年後、地球圏で開催する事が公になった事で、私も気兼ねなく大気圏内を飛べる様になりました。勿論今までも一応、いえきちんと気を使っていましたよ?本当です。

 旅客機のコースは避けるとか、あまり低空飛行しないとか、夕日乃とお買い物にも極力戦艦姿では行かないとかですね。

 最近では――


「白雪ちゃん?何してるの?」

 突然横から夕日乃が顔を出した。

「定期報告用の音声を収録してました。こちらが映像データ。内容はどんなくだらない事でもよいのですが、近況報告を時々博士にしませんと追加武装ですとか送ってもらえないのですよ」

 答えたものの、夕日乃にはイマイチ理解出来てなかったみたい。

「とっところで夕日乃ちゃん?またゲート使いましたね?お家近いのだから、緊急時以外使わないでって言ってるでしょう?」

 私と夕日乃の部屋の押し入れ、そして乗員室を亜空間ゲートで繋げているのだけど、私の押し入れはその……宝物でいっぱいなので、下手に移動に使われるとギリギリ積み上げてある荷物が雪崩を……

「きんきゅうだから来たの!あと!くずれた!」

「ぎゃーっ!夕日乃ちゃん踏んでますっギャルゲーの箱がへこんでますっ!」

「ちょこっとだよ?中がぶじならいいでしょ?」

「こっこれだから女という生き物は……」


 深海のごとくの溜息を付き、愛おしそうに、残念そうにパッケージを撫でる白雪。

 何なんだこの宇宙人……思わず自分にツッコミを入れる。

「それで緊急とは何でしょう」

「テレビみてて気がついたの!」

 鼻先まで顔を近付けながら、真剣な眼差して幼女が語りだす。

「白雪ちゃん!あたし、白雪ちゃんのおよめさんだよね?」

「はっはいっ!そうですよ?」

「じゃあなんで、ちゃんづけ?およめさんなら、よびすてじゃないの?」

「そっそうかも……ですね!」

 満足そうにうなずく幼女。

「じゃあ夕日乃ってよんで!」

「はい、夕日乃っ」

「雪ちゃんっ」


 んちゅ~っ

 それは優しく唇を押し付けるだけの無垢なキスだった。

 えへへ……頬を染め、ちょっと照れてる笑顔の夕日乃。

 顔を真赤にしてパチクリと丸い目の白雪が必死で冷静さを保とうと、いや演じようとするが嬉しさで顔が緩みまくる。

「ゆっ雪ちゃん?それって私の事ですか?」

「うん、およめさんの私だけのとくべつな、白雪ちゃんのよびかた!」


 ふふふ……こうして私は雪ちゃんと呼ばれるようになりました。

 そう近況報告に追加しておきましょう。

 私、この子には驚かされっぱなしですね。

 私にペッタリと抱き付いた夕日乃は、満足すると押し入れのゲートを通り自室へ戻っていった。

 メキッピシッ!

 不穏な音を立て、別のパッケージを踏みつけながら……


 後日、ギャルゲーなるもののデータを送れと博士より指示が来る……

 どう、しましょう。

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