第5話 夕日乃と白雪
両親の事。
それは私が人間関係というものを、何とか理解できるくらい成長した頃に祖母から聞いたお話し。
正直その頃の私にはもうどうでも良い内容でもあったけれど、一応両親の事だからと聞く事にした。
当時私の父、秋月夕一はある女性と交際が進展し、結婚話しが出る間柄だったのだけど、別の女性との間に子が出来てしまい、そちらと結婚する事になる。
それが私の母、旧姓針谷里奈。
当時、その事が原因の三角関係で何度も凄い修羅場を演じ、父の優柔不断ぶりに古い友人達も愛想を尽かしどんどん離れてしまったそうだ。
悪い妻は夫を孤立化させる。正にその見本のような夫婦。
もちろん母だけが悪い訳じゃない。
私が生まれると実家ではなく母の希望で宇都宮市に住む事になり、そこに中古だけど、とてもきれいな一軒家を買った。
そして私が二歳の誕生日を迎えた頃、父は仕事で海外に単身赴任してしまった。
赴任先は東南アジアだったのだが、母が同行を拒絶した為、そこから私と母の二人きりの生活が始まった。
時々祖母が来るも、父が海外に行ってしまってからは、嫌がらせの様に私と会せるのを拒否してたらしい。
家事もホームヘルパーに丸投げし、最低限の事しかせず遊び歩いていた。
私は母の作った料理を食べた記憶が無い。
本来なら幼稚園に通う年頃になったのに、送り迎えが面倒だからと拒否。
風邪を引いてお腹が痛い時、遊びに出かけようとする母が「我慢しなさい」そう吐き捨てドアの向こうに消えた。
幸いな事に、いつも私の事を気にかけてくれてるヘルパーさんが、休みなのに様子を見に来てくれたおかげで救急搬送され助かった。結構危なかったらしい。
しかし母は医師の注意に腹を立て、腹いせにヘルパーさんを解雇しまう。
カーテンを開ける事を禁じられ、私が薄暗い家の中、一人きりでパンをかじり冷たい牛乳を飲む。まんまるの窓を眺めるようになったのはその頃からだった。
階段にちょこんと座り、まんまるの風景を眺め続けるのが当時の私の全てだと言っていいかもしれない。
空の色の変化や雲の流れ、月の満ち欠け、星の移り変わり、雨の日は雨粒の形を、風の日は舞う木の葉を、ずうっと何かを眺めていた。太陽は好きじゃない。
時々白くて大きな乗り物が飛んでるのも見えた。
あれに乗ったら何処まで行けるんだろう……
誰も祝ってくれない三歳の誕生日が過ぎ半年、両親が離婚した。
母が最期に自分そっくりの私の顔が大嫌いだと言ってたのだけを覚えてる。
その後すぐ私は那須野原市の祖母の家に引き取られる事になる。
祖母は私にとても優しいので、慣れない私は、それがとてもくすぐったかった。
父は相変わらず海外。祖母は少し体が弱くよく通院するので、すぐ近所の幼稚園に通う事になった。
幸い、定員に余裕があり中途入園ができた。だがそこに昔、母に散々な目に遭わされ、私の父を奪われたという女性が幼稚園教諭として働いていたのだ。
彼女は秋月という苗字と、似ているという私の顔から、あの女の娘だと気付き、当時の溜飲を下げようと幼稚園児相手とは思えない言葉を何度もぶつけてきた。
しかも男児達をそそのかし、私に嫌がらせをさせる始末。
同じ組の委員長っぽい雰囲気で真っ直ぐな感じの女児が私を気にかけてくれるも、四六時中とはいかないので毎日必ず何かしらの嫌がらせを私は受けていたのだ。
その日の幼稚園教諭は、何か虫の居所が悪かったのだろう。
私に対する嫌がらせが一段と酷かった。足をかけ転ばされる事もあった。
さすがに凄い形相で何度も罵られ続ければ、意味はわからずとも酷い事を言われている事ぐらい理解できる。
私はもうこの教諭の近くに一秒もいたくなかった。
隠れてもすぐ見つけられてしまう。
教諭がいなくても男児達がいじめに追いかけて来る。
ならもう逃げるしかない。
幸い家は近所、祖母は病院に行き、家には居ないけど、ドアの前で何時間待っていようと苦にはならない。
教諭の「逃げないでいじめられてなさい」って言葉は理不尽すぎて凄くつらかった。
私は耳を塞いで幼稚園から逃げ出したんだ。
母からよく「逃げるな!」と言われていた。どうしてそう言われてたのかはさっぱり覚えはないけど。
でも幼稚園から逃げ出た事に私は罪悪感のようなものを強く感じていた。
家はすぐ近くのはずなのに道に迷ってしまった。
まだこっちに来てからそんなに経ってないし、自由に外を歩く事さえなかったから、外を歩き慣れてなかったのだ。
ふと通りかかった門の奥を見ると、自分と同い年位の子供が玄関先でお茶を飲み、こっちを見ながらどら焼きを食べている。
すごく不思議な、別世界の光景の様に思えた。きっとこの子は私と違って逃げる必要が無い世界に住んでいるんだ。
「こんにちは」
あっ挨拶されてしまった。どうしよう焦って声が出ない、そっそうだお辞儀!
ペコリ。
どうしてこうなった?
なぜかこの子に招かれるままに家に上がってしまった……
小さな座卓のある部屋に通された。どうもこの子の部屋らしい、まだ小さいのに自分の部屋を持ってるなんて凄い。
でもなんか変な部屋。統一性がない雑多な物が大量にある。マンガにラノベ、数種のテレビゲームに黄ばんだ年代物のパソコン、そして弾き方も判らない民族楽器。
見た事もない不思議な葉っぱの観葉植物やポコポコ泡の踊る金魚の水槽。
あとは一箇所にまとめてゴッソリとアメリカっぽいグッズが飾られている。
壁には以前飛んでるのを見た事のある白い宇宙船のポスターと、棚にはそのプラモデルがいっぱい。クリアケースに白い髪のお人形?とにかくいっぱい物があった。
その子の名は星宮白雪。とても可愛くてきれいな名前。
瞳もくりっと大きく、サラッとした綺麗な髪、本人もとても可愛いい。
ケーキを出してくれた。お昼のお弁当をろくに食べてなかったのを思い出した。
甘くて美味しいホットミルクまで……
胸の中の強張ってたものがほどけるみたい、ほっとする。
嫌な事ばかりの私の話を聞いてくれた白雪ちゃんが、私に向かって話し出すと、私の嫌なものをどんどん壊し吹き飛ばしてくれる。
壊せない部分は、力技でねじ伏せるように何とかしてくれる。
ぎゅっと抱きしめ、いっぱいキスをしてくれる。くすぐったいけど、されるたびに心の中のふわふわがどんどん膨らんで嫌な物を押し退けてしまう。
そんな白雪ちゃんとずっと一緒にいたいと思ったから、私をお嫁さんにしたいなんて言葉に心が躍ってしまったのだ。
四歳児のお嫁さんのイメージって、どの年代のそれと比べても大差ないのではと私は思ってる。
寝てしまったみたい……
起きると横でお婆ちゃんが白雪ちゃんとお話して笑ってる。
凄い子だ……初めての大人の人ともあんなにお話しが出来るなんて。
帰り際に白雪ちゃんが白くて丸くて小さな何かをくれた。
ここを押すと白雪ちゃんが助けに来てくれるの?
祖母に手を引かれ、私は白雪ちゃんの家を後にした。
帰り道、一生懸命道を覚えようと周囲を必死に見まわす。
また遊びに行けるように……
しかしそこは私の家からたったの四軒しか離れてなかった。
後ろを振り返ると、白雪ちゃんが門から顔を出している。
そしてこっちを見ながら大きく手を振ってくれた。
「またあしたっ!」
近所中に響く私の声、こんなに大きな声を出すの初めてかもしれない。
とても気持ち良かった。
お婆ちゃんが何か嬉しそうに私の頭を撫でてくれたのを覚えている。
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