第4話 白雪と夕日乃

「見よっ!我がおやつ達の勇姿を!我が軍は圧倒的ではないかっ!」

「まぁ~どら焼きとショートケーキ各一個なんですけどね。だが私の二倍近い歳の明治三十七年創業の老舗、愛日堂の菓子であるぞ!」

 妙にハイテンションな星宮白雪(戸籍上三歳と八ヶ月)が玄関先で茶をすすりながら日向ぼっこをしている。

 穏やかに晴れた梅雨の中休み、皆で和やかにお昼をしてる時の事。

 弟の太陽が風邪っぽいのに気付き、念の為に妹の夏葉も連れて両親は病院に行く事になり、彼女一人で留守番中なのである。

 うちは雪奈の事もあり、ちょっとした風邪でも油断なくが家訓なのです。

 ついでに宅急便が届くとの事で、その荷物待ちも兼ねての留守番なのだ。だからと言って、玄関先でおやつを食べるのは、ちょっとお行儀が悪いと思うのだが。


 ふと視線を前にやると、門の所からスモッグ姿の幼女がこちらをじっと見ている。

 近所の幼稚園から抜け出してきたのだろうか。

 ちょっとくせ毛でぱっつん前髪、何かをぐっと堪え我慢してる眉間の小さなしわと瞳が印象的な子だ。

 声をかけると、幼女は丁寧にお辞儀をしてその場を去ろうとしたので、思わず呼び止めてしまった。

 何だろうこの気持ち、この幼女をどうにも放っておけない。

 そんな強い衝動に駆られ――

「ケーキありますよ、おやつにしましょう」

 ケーキに釣られるだろうか?とは思ったが、素直に招きに応じ、幼女が家に上がってきた。靴もきちんと揃えている。

  

 居間ではなく、あえて我が宝物殿に通した。キョロキョロしている。

 両親さえドン引きする凄まじいオタク部屋なのだから当然の反応だろう。

「はい、召し上がれ、今ミルク温めてるね」

「ありがとう」

 じっとケーキを見つめ、生クリームをすくって、小さな口でパクリ。

「おいしい」

「うん、よかった」

 ハチミツを垂らし丁度良い甘さと温度のミルクをコクコク飲むと、落ち着いたのか目元が少し緩む。

 

 まずは自己紹介。

「私は星宮白雪」

「しらゆきひめの、しらゆき?」

「それも可愛いいけどね、白い雪のしらゆきですよ」

 じっと白雪の目を見つめ……

「あきづきゆうひの」

「ゆうひのちゃんね、漢字でお名前書ける?」

「うん、かける!」

 テーブルの上にあるメモを差し出すと可愛らしい仕草で名を書き出した。

「うわぁすごい、秋月夕日乃ちゃん、可愛い名前だね」

「そっちのほうがかわいい……みんなヘンななまえって、いうもん……」

「夕日乃ちゃんっすごく可愛いよ!私大好き!」

 真面目な顔で少し強く言ってしまった。少し驚いてコクリと頷く夕日乃。

 

「幼稚園で何かあったの?」

 聞いてみた……なかなか答えない夕日乃。

「せんせいがにげるなっていったのに、にげてきた……」

 ――なにそれ。

「逃げる事は悪いと思う?」

「……おもう」

 夕日乃がここに来た時の顔に戻った。

「いい夕日乃ちゃん、逃げるのには、良いのと悪いの二つあるんだよ?」

 夕日乃が顔を上げこちらを驚くように見る。

「たとえば、お手伝いする約束してたのに、めんどくさいから逃げちゃった。これは良い?悪い?」

「わるいっ!」

「うん、あたりっ!」

「じゃあ、嫌な事がありました。嫌だけど一生懸命我慢しました。でもこれ以上我慢したらお腹が痛くなりそうです。だから逃げました。これは?」

「……わるい」

「どうして?」

「おなかいたくなっても、がまんしろってママがいってた」


 思わず抱き締めてしまった。強く強くぎゅううっと。

 幼女は身動ぎ一つせず私に抱かれ、じっとしている。


「ごめん、質問を変えよう。どうして先生は逃げるなって言ったの?」

「……おまえはあのおんなのこどもだから、にげないでここでずっといじめられてなさいって」

 ――なんっっだと?

「りゅういんがさがる、ってなに?」

 生まれてから初めて怒りでこめかみの血管がビキビキっとなったのを自覚出来た。

「夕日乃ちゃん、いいですか?今日逃げたのは良い方でした!良くできました~!」

「ほんとう?ほんとうに?」

 幼女の瞳から視線を外さない様に、深く深く頷いて見せた。


「先生の他に夕日乃ちゃんをいじめる人はいるの?」

「おなじくみのおとこのこ、さんにん」

「酷い事言われたの?」

「ブスブスっていわれた、いつもいっぱい」

「ブスって……こんなに可愛いのにっ!」

「あたしブスだもん……ママもいってたから」


 何故こんなに小さな子が、こんな理不尽で残酷な世界に閉じ込められているのだろう……


「夕日乃ちゃんは可愛い、すごく可愛いよ」

「しらゆきちゃんのほうがかわいくてきれい、わたしブスだもん」

「いいえ!夕日乃はとっても、すっごく可愛いです!」

「……」

「んーその顔、納得してないですね。じゃあ私が夕日乃ちゃん可愛いいを証明してあげましょう」

「しょうめい?」

 夕日乃を抱き寄せ、おでこにチュッとキス、ギュッと抱きしめ、こんどは左右ほっぺにチュッチュッと。

 そして夕日乃の頭を優しく抱え胸に抱き寄せ……ぎゅっとする。

「可愛くない子に、こんな事できませんよ」

 そして何度もおでこにキス……

 納得したのかしないのか判らないが、夕日乃はじっと白雪の胸に顔を埋めて動かなかった。


「可愛いなぁ~夕日乃ちゃん……お嫁さんにしたいよ」

「お、おんなのこどうしは、けっこんできないんだよ?」

「おや?知らないの?女の子同士でも結婚できる国はあるんですよ?」

「じゃあ、おとなになったら、そのくにでしらゆきちゃんのおよめさんに、なる」

「うん、もう夕日乃ちゃんは私のお嫁さんに決まりです」

 

 幼女相手なのに、なんかもう辛抱たまりません……こんな気持ちになったのも初めての事。

 安心してくれたのか、夕日乃はすうすうと胸の中で眠ってしまった。


 白い宇宙船と呼ばれる私は、夕日乃を抱きしめている間も上空250㎞の場所からこの家と町を見守っている。

当然周辺の様子も全てチェックしているのだ。故にすぐ外を何者かが何かを探すように歩いてるのを知る事など造作もない。


「ちょっとそこの子、この辺であなた位の子供を見なかったかしら、すぐそこの幼稚園のスモッグ着てる子よ」

 ああ、この女が例の先生のようね。

 何というか、物腰に先生らしさの欠片もないわ。

「秋月夕日乃ならうちで寝ている」

「そう、連れて行くわね。母親に似て人に迷惑しか掛けないガキなんだから……ブツブツ」

「まて!勝手に入ったら住居侵入罪で警察を呼ぶ」

「はぁっ?なんなのこの子、それって正当な理由があればいいのよ!」

「その女児は幼稚園で先生らしき人物ににいじめられ、私に保護を求め逃げてきた。そう警察に言うけどいいのね?」

 凄い形相で睨む女。こんな醜い顔を夕日乃はいつも向けられていたのか?

「あの子の家はすぐ近所なのでしょ?保護者が迎えに来たらここに寄こしなさい。ほら私の携帯番号と住所」

 メモを受け取ると女は苦虫を噛み潰したような顔をして幼稚園に戻って行った。

 何と言うか夕日乃の人生、こんな幼少期からハードモード過ぎるでしょう。


 午後二時半を回った頃、夕日乃の祖母が迎えにやって来た。

 とても優しそうなお婆ちゃん。

 よかった、夕日乃をとても大切にしてる様に見える。

 歳はうちのパパとそれ程変わらないみたいだけどね。ま、私の方が年上だけど……

「夕日乃ちゃんこれをあげる。そのボタン押すと私が保有する財力と武力を用い全力であなたを守りに行きます」

 携帯ブザー的な物かな。

「うん、ありがとう。いっぱいがんばって、ダメなときおす」

 何てがんばり屋の健気な子だろう。

「またあそびにきていい?」

「いつでもおいで、私のお嫁さん」

 お婆ちゃんが、え?って顔してるけど子供同士の事。

 仲良く手をつなぐ二人が家路に就くのを衛星軌道上から見守っていたけど……驚くほどのご近所さんだったわ。

 二人と入れ違うように家族が病院より帰ってきた。弟の風邪は問題なさそう。

 そういえば宅急便、まだ来ないんですけど?

 

 翌日の幼稚園、夕日乃にとって大きな試練の場になるであろう事は簡単に予想できる。

 解決すべき問題から逃げて得た、その場しのぎの小さな安堵。

 それは更に自分を苦しめる結果をもたらす場合が大半だ。

 今回、夕日乃が逃げ出した事は、更に彼女を苦しめる事になるのだろうか……

 いや、そんな事には絶対ならない。

 彼女は私と出会ったのだから。


 私の艦の目はじっと夕日乃を見守る。

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