魔女の嘆きと存在証明
「私が……何をしたって言うのよ!?」
「力を貸してほしいって言ってきたのは貴方達じゃない!
それなのに、都合が悪くなったら一方的に排除しようとするなんて……」
追手の攻撃を懸命に躱しながら、女性は相手に答えを求める。
彼女はただ、理由が知りたかった。
だから、まともな返事は返ってこないだろうと理解しつつも、自分を亡き者にしようとする存在に問いかけた。
だが、敵は彼女の望む言葉を紡ぎはしない。
「汝は
故にこの世界から消去する」
「災厄って何?
私が何かしでかすとでも言いたいの!?」
「汝が知る必要はない──」
追手の男から放たれた
呪法は覆い茂る木々草花を巧みに回避しながら徐々に魔女との距離を詰めていく。
「この人気のなさでは得意の変わり身も使えまい!」
「……そう、始めから計算尽くってこと」
女は舌打ちしながら打開策を模索する。
他人に変装して大衆を扇動するくらいが関の山。
あるいは、戦いの場での騙し討ちがせいぜいなのである。
対して、追手は入念に準備をしていることが伺えた。
人気のない森林では誰かに化けることもかなわないし、呪法を発動されてしまった以上、身を隠すことすら無意味だ。
呪法は対象者に食らいつくまで追跡をやめることはないのだから。
(でも、逃げ切れないわけじゃない)
呪法は無制限でもなければ永遠でもない。
術者が力尽きれば消滅する代物なのだ。
だから、相手が力尽きるまで続ければ良いだけの話。
脚力と持久力には自信がある女性にとって、追手を撒くことなど造作もない──はずだった。
「えっ……!?」
突如として腹部を力強く殴打され体ごと吹き飛び、大樹に体を打ち付けられるまでは。
(な、にが)
痛みと混乱に支配された女の意識が暗闇へと墜ちていく。
そんな彼女の瞳に映った最後の光景は──追手と相対する青年の後ろ姿だった。
「……汝は、まさか」
その光景の一部始終を目撃していた男は、声を震わせながら青年に問いかける。
所詮は噂でしかないと考えていた。
たった1人でかの信者達を薙ぎ倒せる者などいないと、否定したかった。
そんな化け物に出会うはずがないと、自らに言い聞かせていた。
「Monad Buster、実在していたか」
「俺が巷でそう呼ばれていることを否定するつもりはない」
だが、出会ってしまった。
信者の天敵とも呼べる存在に、男は遭遇してしまったのだ。
「目的は?」
「あの名を知っていて、俺の目的を知らないはずがない。
そうだろう、
「……隠す意味もなし、か」
男は自らの剣を構えながら、腕の震えを止めようと力を込める。
つい先日、重鎮の老師が率いていた一団が壊滅したという報が男とその仲間の元に届けられた。
報告の場に居合わせた誰よも強かったあの老師が、何者かに敗れた。
そんな話を信じる者はいなかったのだが、仮にその話が真実だとしたら──
(いや、目的を履き違えてはならぬ。
魔女の抹消、それが某に与えられし責務なれば)
青年の隙を突くことさえできれば、意識のない女を滅することなど容易い。
その果てに自らの命が消えようとも、この犠牲の上でMonadが覇権を握ればそれで良いと、男は本気で考えていた。
だから、捨て身の覚悟で死地に臨んだ。
「我が使命を果たす……いざ!」
男の言葉を皮切りに刹那の攻防が始まり──終わった。
「勝てぬ、か」
隙を突くどころか、剣を振ることすら叶わずに負けたのだった。
「……なぜ呪法を使わなかった?」
「知れたこと──汝に通用せぬことなど、試さずともわかる」
「……」
「拍手を。
その言葉を最後に、男は草木が覆い茂る大地へと崩れ落ちた。
その顔には悲しみや苦しみのない、満足げな表情が浮かんでいる。
「死に様を選ぶ、か」
その潔さをもっと上手く使えれば、今ここで倒れ伏すこともなかったろうにと、青年は考えずにはいられなかった。
急ぎすぎなければ、違った結末を迎えられただろうに。
(いや、そんな仮定は無意味か)
脳裏に浮かんだ想いを捨て、別れの言葉を紡ぐ。
「さよならだ」
青年の挨拶に呼応するかの如く、男の体が大地へと飲み込まれる。
新たな命を
「
道化を演じていたのは誰だろうな?」
青年は誰にともなく問いかける。
答えがなくても構わない、そんな声音だ。
「さて、誰なのかしらね?」
はたして、返事は意外なところからもたらされた。
発信源は未だ意識の戻らない女性の頭上……屈強な木の枝に腰掛けている少女のものだった。
「もしかしたらあなたかもしれないわよ、Monad Busterさん?」
「呼び出しておいてご挨拶だな、メイヴ」
「久しぶりね、フリー……いえ、今はフリーアだったかしら?
からかいたくなっちゃって、つい」
少女は楽しそうに笑いながら軽やかに飛び降り着地し、横たわる眠り姫をその場で抱きかかえる。
華奢な見た目とは裏腹に、信者達にも引けをとらない力を持っているのだ。
「うん、呼吸は安定してるし傷も浅いから問題なし。
あれだけ派手に吹き飛んだのにこれだけで済むなんて、フリーアは相変わらず器用ね」
「邪魔だったから眠ってもらっただけだ」
「そういうことにしておきましょうか」
そっぽを向くフリーアに暖かな視線を送るメイヴ。
青年が心優しいことを長い付き合いの中で知っているメイヴにしてみれば、そういった仕草も可愛らしく思えるのだった。
「……それで、魔女が狙われていた理由は?」
視線を彷徨わせながらフリーアが質問を投げかける。
手助けしたのだから、少しくらい護衛代という名の情報をもらっても良いだろうと考えての行動だった。
だが、メイヴが口を滑らせることはなかった。
「目障りだったんじゃないかしら。
ほら、自分達より強い人って追い落としたくなるというか」
「奴は災厄を引き起こす存在と言っていたが?」
「自分たちの権力を奪われたくなかった、とか?」
「……相変わらず、のらりくらりと躱すのが上手いな」
「存在するのかしないのか……煙に巻くのが私の特技だから」
(確証のない話は言えない、か)
昔から確実なことしか答えないのがメイヴの癖であることを、フリーアは知っている。
だから今回も言葉を濁しているのだろうと、容易に察することができた。
ならば別の方向性で攻めるまでだ、と青年は切り口を変えることにした。
「質問を変えよう。
お前はなぜ魔女を保護しようとする?」
「……」
「その女を匿うべき事情でもあるのか?」
おそらくそうではあるまい……そんな予想を立てながらも、フリーアは答え合わせのためにメイヴの返答をじっと待った。
「……
なら、この地に生きる私達だって彼女らを許容すべきだと思うの」
短くない沈黙の後、ようやく口を開いた少女から発された解答はフリーアの予想に近しいものだった。
Monadという思想を見出した者達の1人である
同じ思想を持つことでつながりを深め、協力してこの世を生き抜こうとしているだけの話なのだ。
「だから、困っている人がいたら
そんな甘い考えは、駄目?」
「……嫌いじゃない」
ぼそりと呟きながら、フリーアは改めて決意を固める。
(
世界に混乱を招かぬように……敗者も勝者もなく、お前達が普通に暮らせるように)
この世を生きる皆に、存在理由があるはずなのだから──
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