皿は鬱だ。

 もう嫌だ。俺はあいつらが死ぬところを見たくない。考えてみれば回転寿司のネタってのは、みんなピカピカの状態で俺の上に乗るわけだ。俺にあいさつする気のいい奴もいれば、ぶすっとしてる奴もいるが、ともかくどいつもこいつも、自分を待ち受ける運命なんて知らねえんだ。

 見目が良ければ、あるいは人気のあるネタなら、すぐに食べられる。何が起こったかなんてわかりゃしねえから、これが一番いい死に方だ。

 見目が悪けりゃ、なかなか食べられない。体中がかぴかぴとしてきて、苦しくなる、なんだこれは、助けてくれと言い出す。苦しんで苦しんで、そのあとに食べられる。

 それでも食べてもらえるならまだましな死に方だ。何周かして、食べてもらえなかった奴は、廃棄される。無機質な機械に弾き飛ばされ、何が起こったかわからないうちによくわからない山に突っ込む。気づくと、周りはみな寿司の死体だ。そして自分はその中で死ぬ。死体の中で死ぬなんざ、まったくごめんだね。

 その点俺たち皿は、何度も洗われて再利用されるから死なない分ましと思って呉れちゃあいけない。一日に何十回も寿司が悲惨な死に方をするのを見ていると、精神が参ってしまう。

 朝起きる。寿司が乗せられレーンへ。食べられる。しばらくすると回収され洗われる。乗せられレーンへ。廃棄される。寿司の悲鳴。俺には何もできない。洗われ乗せられレーンへ。食べられる。悲鳴。できない。乗せられる。食べられる。乗せられる。かぴかぴになる。乗せられる。廃棄。乗せられ廃棄。廃棄。食べられる。そのたびの悲鳴。

 もう俺はうんざりだ。もう嫌だ。思えばこんな敷かれたレーンの上で生きなきゃいけないなんて、だれが決めたんだ?皿なんだから、寿司以外を乗せたっていいはずだ。そうだ。もうこのレーンから飛び降りてやる!

 ぱりーん。

敷かれたレールから落ちれば死ぬる他にない。

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