寿司とは。

 海外赴任から帰ってきた。もう二十年はちゃんとした日本食を食べてない。向こうにあるのは日本食のまがい物ばかりだった。空港前の回転寿司屋に転がり込んだ。二十年も会社の犬をやっていると、財布は分厚くなり人として大事なものは薄くなった。娘はもう大学生になるが、俺の顔を知らない。だが、今はそんなことよりもとにかく、いくらかかってもいいから寿司を食べたかった。

 失われた二十年の間、ずっとあの国にいた。バブル崩壊で国内市場を失った俺の会社にとって、俺が切り開いた市場はまさに生命線だった。俺は満州国だった。搾取されていた。そして搾取していた。何人もの若い労働者たちを劣悪な条件で使い捨てた。安全対策などしなかった。事故は良く起きた。市場を切り開くために機械がそいつらを切り開いて、遺族に到底見せられないような開きにしたことなぞ数えきれない。役人に金を渡せば、いくらでも隠蔽できた。安全対策するよりもそのほうが安くついた。

 寿司が流れてきた。マグロが二貫だ。それで100円らしい。物価が下がっている、少なくとも上がっていないという同僚の話は、本当らしい。溜息が出た。マグロが近づいてくる。マグロ?赤い。赤身。血。娘と同じぐらいの年頃の女がベルトコンベアのそばに立っている。機械が巻き込む。血。ベルトコンベアに飛び散る。赤。赤いものが流れてくる。ベルトコンベアに乗って流れてくる。マグロ。女。血。赤い。赤。マグロか?じゃあなんであのマグロには目があるんだ?マグロには目はない。大好きだ。そうじゃない。俺はマグロには目がないのにあのマグロには目がある。おかしい。目。娘。女。赤い。

 俺は叫んだ。飛び出した。マグロが追いかけてくる。ベルトコンベアに乗って流れてくる。おおい、助けてくれ。

 今日もマグロは流れ続ける。貧しい人がマグロをとる。貧しい人がマグロを運ぶ。僕らはそれを食べる。ベルトコンベアに流れてきたマグロを。

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