BATTLE CRY①

 D級冒険者に昇級する――それが当面のリズの目標である。


 D級への昇格に関しては冒険者ギルドによる試験に合格する必要がある。E級からの昇格というのは、冒険者としての心得を身に着けているか否かによるものであり、それを判断するのは冒険者ギルドになる。C級以上に関しては、探索による貢献度――主にギルドへ納品された戦利品で査定される――によって認定される仕組みだ。


 リズは戦闘能力に関しては十分だが、冒険者としてのイロハがなっていない。そのため、まずは最上層の探索を繰り返し、それを身に着ける必要がある。


 しかし、パーティ加入初日にミモザに指摘された通り、リズを含めた五人で迷宮探索を行うのは現実的ではない。リズ以外はC級冒険者なので、リズに合わせて最上層のみを探索していては大幅な収入減になる。


 それでも、青田買いという形でリズを勧誘したシオンとしては、彼女が昇級するための助力はするつもりであった。パーティ内での話し合いの結果、三人組で最上層を探索し経リズに経験を積ませ、残りの二人はC級パーティに助っ人として参加し中層で生活費を稼ぐこととなった。


 今日は、ミモザとバッカスの二人とパーティを組んで探索することになっている。準備を終えたリズが玄関で待っていると、ミモザとバッカスが出てきた。


 ミモザは家での清楚なワンピース姿とは対照的に全身を鎧で包んでいて、歩くたびに金属のこすれる音がする。腰まであるオレンジに近い茶髪をポニーテルにして、戦斧と父親に無断で持ち出した大楯を背負っている。


 バッカスに関してはもはや別人であった。そこにいるのはシスターの女装をした変態ではなく、立派な神父様だった。両手には手の甲の部分にクリスタルのはめ込まれたガントレットを装備している。


「バッカスさん、シスターの格好じゃないから雰囲気が違いますね」


 リズが言った。今日のバッカスは精悍な顔立ちも相まって歴戦の僧兵といった雰囲気だ。


「探索にシスターの服は着ていかないのよ。だって、汚したくないじゃなぁい? 特注品なのよぉ」


 喋るといつものバッカスだった。なるほど、お気に入りの服をわざわざ汚しに行くような人間はいないというわけだ。しかし、特注品という割にはサイズが合っていなかったような気がするが、気にしたら負けなのかもしれない。


 女三人寄ればかしましいとはよく言ったもので、迷宮までの道中は話題が尽きなかった。


 リズにこのあたりの案内をする意味もあったのだろう。やれあのカフェのパンケーキが美味しいだの、やれそこのブティックは品ぞろえがいまいちだのと盛り上がった。


 主に喋るのはバッカスで、ミモザがたまに茶々を入れる。リズはこの界隈にはまだ詳しくないので聞いてばかりだったが、二人の会話は軽妙で聞いていて飽きなかった。


 会話に花を咲かせっぱなしで、気づいたら迷宮の入り口までたどり着いていた。


「あら、もう着いちゃったわね。楽しくお話していたものだから、あっという間だったわ」


 バッカスがうふふと笑って言った。


「本当よ。バッカス、あんた喋りすぎ」


 ミモザも呆れ顔だ。


「なによ。ミモザちゃんだって、いつもより喋ってたじゃない。リズちゃんっていう同年代の仲間ができてテンションあがっちゃった?」

「うるさい。ばか」

「照れちゃって、かわいい~」


 ミモザの毒舌もバッカスの前では形無しだった。それを見てリズも思わず笑ってしまった。そんなやり取りに気をよくしたバッカスが言った。


「ホント楽しいわ、ガールズトーク。このまま、カフェでお茶でもしながらお話してたいけど、そうもいかないわよね」

「そうよ。早いとここの娘に昇級してもらわないといけないんだから。……なんか変なことしたら、その都度指摘していくわ。冒険者の常識なんてものは口で説明されるより、失敗して覚えた方が身に付くと思うし」

「は、はい!がんばります!よろしくお願いします!」

「そんなに気負わなくたっていいわよ。普段通りにやるのが一番なんだから」


 緊張気味のリズに、ミモザは淡々と言った。そのそっけない言い方が、心配することなんてないと言っているようで安心できた。


 迷宮の三階層まで来たところで、バッカスが「光よ」と唱える。するとガントレットにはめ込まれたクリスタルが輝きだした。その光の範囲は、初めての探索でレベッカが唱えたものよりも広かった。


「ほぇ……結構遠くまで見えますね」


 リズが目を丸くして言った。バッカスが胸を張る。


「うふ、ありがと。それじゃ、早速探索していきましょ」


 はじめて探索したときに比べて精神的にも余裕があるのか、以前よりも迷宮を観察しながら探索できている。


 人の手によって舗装されていないため、壁は岩肌がむき出しになっていて、洞窟の中にいるようだ。


 そんなことを考えながら迷宮を進んでいたリズであったが、ふと気づいたことがあった。


 ――なんで光も入ってこないような場所なのに植物が生えてるんだろう……?


 以前探検したときは疑問にも思わず採集していたが、こんな草木も育たなそうな環境なのに植物が道の隅に生えている。


 疑問を口にすると、ミモザが答えてくれた。


「ああ……。ここに生えている植物って、迷宮にしかないのよ。迷宮の研究者たちからは、ここの瘴気で成長するんじゃないかって言われているわ。極端な言い方する人は魔界の植物だっても言っているわね」

「なるほどー。見たことない植物だとは思ってましたけど、魔界の植物とは……」


 迷宮の植物は幼少のころに兄と野や山を駆け回っていたリズでも見たことのないものであった。

 都会は生えてる草も違うんだなぁと考えていたが、まさか魔界原産だったとは……。


「魔界うんぬんっていうのは、あくまで仮説だから鵜呑みにするんじゃないわよ。ただ、地上の薬草よりも効果が高いものが多いから、そのあたりの知識は覚えていて損はしないと思うわ」


 そう言ってミモザは、一つの花を抜き取った。


「これなんて薬草としてギルドで買い取ってもらえるわ。こういうのを覚えておくのも評価されるポイントだと思うわよ」

「わかりました!勉強になります」


 D級への昇級試験はギルドの試験官との第六層への探索になる。その中で冒険者としての適性を評価されることになるのだ。迷宮の植物に関する知識があれば試験官にアピールもできる。


 ほかにも地図の見方を教えてもらいながら、探索を続けていった。ある程度進んだところで、自分たちがどこにいるかをミモザに尋ねられ、リズが地図上で指差す。最初は全然見当違いなところを指差してしまい呆れられたが、次第に慣れてきて、現在地を把握できるようになった。


 三人での戦闘も経験できた。数的には不利な状況ばかりだったが、ミモザとバッカスのおかげで大して苦労はしなかった。


 ミモザが敵の過半数を引きつけ対応してくれた。魔物の攻撃を大楯で受け止めながら、攻撃の手がやんだ隙を逃さず、戦斧で魔物を両断していた。女はドワーフでも大楯を扱わせてもらえないと言っていたが、リズから見ればミモザは大楯を十分に使いこなしているようだった。


 バッカスは補助魔法の使い手であり、リズとミモザの戦闘時の身体能力を強化してくれた。そのおかげで、魔物たちに力負けすることがなかった。そのため、余裕をもって対処することができ、魔物の動きの特徴を覚えることができた。今後、バッカスの補助魔法がなくても、余裕をもって戦闘ができそうだと感じた。


 バッカス自身も徒手空拳による戦闘を魔物と繰り広げていた。その筋肉は飾りではなく、

掌底を叩きこむと魔物の首があらぬ方向へ向き、拳を振るうと目玉が飛び出した。


 二人の頼れるお姉さんのおかげで、他のE級冒険者に比べて、急速に迷宮探索の知識と経験を吸収できている。


 ――昇級試験……不安だったけど、二人のおかげで自信がついてきたかも!

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