BATTLE CRY②

 一週間後、リズは冒険者ギルドにいた。D級への昇級試験を受けるためだ。


「それでは、他の受験者の方と試験官が揃うまで、こちらの控室でお待ちください。」

「はい! ありがとうございます!」

「ふふっ……あんまり緊張しないで、頑張ってくださいね」


 大声で返事をしたリズに、ギルドの女性職員はそう言って去って行った。案内された控室には、まだ誰もいなかった。


 ――私が一番のり……早く着きすぎたかもしれない……


 ソファに腰掛けてみるが、そわそわして落ち着かない。案内してくれた人にも言われたが、自分でも緊張しているのが分かる。気持ちを落ち着かせるために深呼吸を繰り返す。この一週間のことを思い出して、「大丈夫、やれる」と自分に言い聞かせた。


 クロとシオン、ミモザとバッカスのコンビが交互に、毎日リズの探索に付き合ってくれた。

 リズが何か間違ったことをしたときは、クロかミモザがダメ出しをしてきた。クロは言葉遣いが悪いし、ミモザもなぜそんなことをしたのか淡々と問い詰めてきて、涙目になってしまうことも多々あった。


 そんな時はシオンとバッカスがフォローしてくれた。シオンは「そんな言い方だと女の子に嫌われちゃうぞ」とかクロをからかって、バッカスは「ミモザちゃんってばかわいい後輩ができて、先輩風吹かせたいのよ」と微笑んで、場を和ませてくれた。もちろん、クロとミモザも親切心で指導してくれているのは分かってはいたが。


 クロとミモザの厳しい指導を乗り越えたと思えば大丈夫な気がしてきた。シオンとバッカスも、この二人はギルドの試験官よりも採点が厳しいと言っていた。


 だいぶ気持ちが落ち着いてきたところでドアが音を立てて開いた。突然のことに「ひゃん!」と声を上げて立ち上がってしまう。


「ああ、もう受験者が来ていたのか……。驚かせてしまったみたいで、ごめんな」


 部屋に入ってきたのは二人組の男女だった。謝ってきたのは男の方で、引き締まった体と、丸刈りの頭、もみあげから繋がっている顎ひげには威圧感があるが、その表情は人懐っこい印象を与える。また、背中に背負った年季の入った楯とロングソード、彼の腕に刻まれたいくつもの傷跡から、歴戦の冒険者であることがうかがえる。


 男は顎ひげを撫でながら、自己紹介してきた。


「今回の試験官のゴードンだ。こちらの女性も試験官で、名前はステラだ」

「ステラです。試験官兼治療要員として同行しますので、よろしくお願いします」

「リ、リーゼロッテです! リズと呼んでください! よろしくお願いします!」


 リズは直立不動のまま大声を上げると、そのまま腰を九十度曲げてお辞儀した。


 ステラは白いローブに身を包んだ小柄おとなしそうな女性だった。気弱そうな八の字眉毛にそばかす、身の丈ほどのロッドを両手でつかんでいて、試験官だと知らなければ少女が僧侶の仮装でもしているのかと勘違いしてしまいそうだ。


 ゴードンはリズの自己紹介を聞きながら頷いた。


「うんうん。元気があるのは良いことだが、そんなに緊張する必要はないぞ。……今日は俺たち試験官二名と受験者三名の五名で探索することになっているから、残りの二人が来てから出発しよう」


 ――落ち着きかけてたのに、急に入ってきたからですよぉ……。


 しかし、驚いたおかげか、先ほどまでの試験に対する不安はどこかへ行ってしまった。


 D級への昇級試験は受験者数名と試験官のパーティで探索を行い、迷宮内での行動に対し採点を行うことになっている。そのため、受験希望者は事前登録が必要であり、飛び入りの参加はできない。


 集合時間には少し時間はあるが、残りの二人はまだだろうかと柱時計を見つめながら考えていると、ドアの向こうから金属を引きずるような音が聞こえてきた。ガリ……ガリ……という音がだんだん大きくなってきて、音がしなくなったと思ったら扉が開き、リズを案内してくれた女性職員が顔をのぞかせてきた。


「残りの二名の受験者がみえました。……お二人ともどうぞ」


 部屋に入ってきたのは男女の二人組だった。


 女の方が、リズたちの前に黒いローブをなびかせて飛び出してきた。かぶっていたフードを外すと左前髪を伸ばしたショートカットの黒髪と左目の眼帯が目についた。年の頃はリズとあまり変わらないようだ。


 少女は両手を十字に交差させて、右手を自分の顔の目の前にやると、大声で叫んだ。右の青い瞳がきらりと輝く。


「稀代の美少女錬金術師(仮)! クルール!」


 突然の口上に混乱していると、もう一人の男が声を上げた。


「おい! クルール! 抜け駆けはずるいぞ!」

「しらないわよ。あんたが変な剣引きずってるのが悪いんじゃない?」

「てめっ……変な剣じゃねぇ! この日のために奮発して買った大剣、名付けて聖剣グレイトソードだぞ!」


 男の方は聖剣グレイトソードとやらを壁に丁寧に立てかけながら、反論した。


 金髪の頭に赤いバンダナを巻いている。クルールと名乗った少女と、年齢は変わらないくらいに見える。マントから覗く肢体は引き締まってはいるが、試験官のゴードンと比べるとずいぶん細い。先ほど聞こえてきた音は、彼が剣を引きずっていたことが原因のようで、とてもじゃないが自在に操れるとは思えない。


 男の方も、リズたちの前に立ち、バッと両手を広げ、天を仰ぎ叫んだ。


「歴史に残る最強剣士(予定)! ニッカ!」


 ――もしかして、冒険者の自己紹介って、こういうのが正解なの……?


 そんなことを思って、試験官たちの方を見たが、二人とも顔をひきつらせていた。どうやら、この二人の名乗り方が特殊なようだ。


 ゴードンは咳払いをすると、こちら三人の紹介を済ませ、今回の試験に関する説明を始めた。


「それでは、この五人での探索が今回の昇格試験になる。事前に俺たちが目的地に銅像を置いてきている。試験内容はその銅像の回収だ。」


 ゴードンがリズたちに地図を渡してきた。地図には第六層のとある小部屋に×印が付けられていた。


「その×印が目的地を示している。そこへ至るまでの君たちの行動を見て、D級への昇格を俺たちで判断する。戦闘に関しては、俺たちも参加するが、俺に魔物のほとんどを相手させるようなことはないように」


 試験官を守る必要はないが、最下層の魔物にも手こずるような者にはD級冒険者の資格は与えられないということだ。


「何か質問はないか?」


 ゴードンの言葉に、リズが手を挙げる。


「あのう、万が一、目的地にたどり着く前に撤退した方が良いと判断した場合はどうなるのでしょうか?」

「うむ。パーティの現状を把握して、無茶な探索を行わないのは冒険者として重要な能力だ。だが、残念ながら最下層で無茶しないといけないような奴をD級に昇格させるのは難しいだろうな」


 なるほど、ミモザに「撤退の時期を見誤って、勝てもしない魔物にやられるような冒険者は最低」と教わったが、今回に関してはよほどのイレギュラーがなければ、目的地まで到達できるような戦闘力も求められているということだ。


「リズちゃん、だっけ? そんな心配をする必要はないわ。なぜなら、この私がいるのだから!」

「そうだぞ! この俺がパーティにいれば百人力だ。恐れることは何もない!」


 クルールとニッカが胸を張る。たしかに、さっきも稀代とか歴史に残るとか言っていたし、とても強い冒険者なのだろう。


「ニッカさん、クルールさん……ありがとうございます!」


 なんと頼れる人たちが一緒に試験を受けてくれるのだろうと、リズは思った。


 深々と頭を下げるリズを見て、ニッカたちは満足そうに頷いていた。


 そんなやり取りを見て、ゴードンは頬をかきながら言った。


「あー……ほかに質問がなければ出発したいんだが。……ニッカ、その大剣持っていくのか?」

「当たり前だ! グレイトソードは今日のために用意したものだからな!」

「そうか……。言いにくいんだがな、そのグレイトソード? だっけ? ドワーフ向けの大剣なんだが……」

「……!?」


 ニッカはゴードンの言葉に目を見開くと、固まってしまった。そのまま数秒動かなかったと思えば、急に「むむっ!」と言い、腰に差していた短剣を取り出した。


「どうした! 魔剣ミスリルスライサーよ! なに、自分に戦わせろだって……!? ……分かった、そこまで言うならお前で戦おう」


 ニッカはそう言うと、ゴードンに「グレイトソードは残念だが、今回は連れていけなくなってしまった」と告げた。


 ――この人、剣の声が聞こえるのかしら? それとも、意思を持った剣なの……?


 そんなことを考えていると、説明も終わりということで出発することになった。


 部屋を出るとき、急に肩を叩かれ、振り向くとステラがいた。彼女は小さな声で言った。


「その……リズさん、色々大変そうだけど……がんばってね」

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