これが私の生きる道③
ちょうど昼時だったので、宿屋からリズの荷物を運ぶのは昼食後ということになった。バッカスは「腕によりをかけるわよ!」と、息巻いてキッチンへ向かっていき、クロはその間屋根の上で昼寝をしていると言って、出て行った。
「ミモザちゃん、ご飯ができるまでの間にリズちゃんを案内してあげてくれない?」
シオンが言うと、ミモザが意外そうな顔をする。
「シオンが案内するんじゃないの?」
「うーん……女の子同士の方が気づくこともあると思ってさ。お願いできる?」
「……そう。いいわ。……それじゃ、行きましょう。家の中を案内するわ」
「いってらっしゃーい。部屋は空き部屋の中から好きなのを選んでいいからねー」
リズはミモザに連れられ、家の中を見て回ることになった。
「さっきの場所が居間ね。食事とかはあそこで揃って食べることが多いわ」
まずは一階を案内してくれるとのことで、ミモザは前を歩きながら説明してくれる。
「その隣がキッチンね。料理は大体バッカスが作ってくれるわ。家事が趣味なんですって」
「そうなんですね!確かに、お庭の手入れもされていましたし……」
そう言ってキッチンを覗いてみると、バッカスが鼻歌を歌いながら鍋を火にかけていた。シスター服の上からフリルがたくさん付いたピンクのエプロンを着ており、なかなか強烈である。
「見てくれはああだけど、腕はいいから安心して。すぐに慣れるわ」
「は、はぁ」
ミモザはフォローになっているのかなっていないのか分からないことを言って、他の部屋を案内してくれた。一階には他に、洗面所やトイレといった共有スペース、その他クロとシオンの部屋がそれぞれあり、ひとつひとつ説明してもらった。
「もっと良い家だとお風呂も付いているらしいけど、うちにはないわ。けど、近くに入浴場があるから、そこに行くといいわ」
「お風呂!さすが王都すごいです!」
王都では用水路によって、各家庭に生活用水がいきわたっている。また、排水路も整備されており、トイレや洗面所の水はそこを通って王都のそばを流れる川に流れ出るとのことだった。
「まぁ、冒険者たちのおかげで王都は潤っているんだから、街を整備するお金はあるっていうことなんでしょう。……次は二階よ」
故郷とは全然違う大都会に興奮気味のリズに対し、ミモザは淡々と告げる。二階にあるのは女性陣の部屋といくつかの空き部屋だ。ちなみに女性陣とはミモザとバッカスのことらしい。
「二階には部屋が六つあって、奥の二部屋がわたしとバッカスの部屋ね。残りの四部屋から好きな部屋を選んでもらっていいみたいだけど、階段上がってすぐの部屋はクロの馬鹿が屋根に上がる通路にしているからお勧めしないわ」
ミモザが辟易したように言う。クロが屋根の上で昼寝をするのは毎度のことのようだ。
「それじゃあ、ミモザちゃ……さんの隣のお部屋にします」
「そう。……あんた、わたしにさん付けするのにも慣れる必要がありそうね」
「うぅ……すいません……」
「……まぁいいわ」
呆れ顔のミモザに、リズは謝るしかなかった。見た目が道場に通っていたちびっ子門下生たちとダブってしまうのが原因かもしれない。
「これで案内は終わりだけど、まだ準備は終わっていないみたいね。……あんた、さっきの話本当?」
「さっきの……? ミモザ……さんが道場のちびっ子たちとダブっちゃうって話ですか?」
「そんな話してないでしょ……。ていうか、あんたそんな風にわたしのこと見てたわけね」
「うぅ……すいません……」
ミモザはため息をつくと「冒険者になった理由の話よ」と言った。
「あんた親と喧嘩して冒険者になったの?」
「まぁ、しぶしぶ認めてはもらえてますけど……」
「ふーん。……立ち話もなんだし、わたしの部屋にくる?」
リズの家のことについて訊きたいことでもあるのか、ミモザが部屋に誘ってきた。
ミモザの部屋はベッドの他には椅子とテーブル、大きなクローゼットがありとても整理整頓されている。
そんな部屋の中で一際目立つのは鎧と戦斧、それに大楯だ。どれも手入れが行き届いており、綺麗に磨き上げられている。特に楯は大きく、ミモザが背負うと、亀の甲羅のように見えるのではないかと思われた。
「ミモザ……さんのお部屋、すごく整理されてて綺麗です!服も散らばってないし」
「あんた失礼ね。……その言葉であんたが部屋の片づけ苦手なんだって察しがついたわ」
「あ、あははは……」
椅子は一脚しかなく、ミモザはリズを椅子に座らせると、自分はベッドに腰掛けた。床に足がつかず、ブラブラさせている。
「……そんなに結婚するのが嫌だったの?」
ミモザは真っ直ぐリズを見ながら訊いた。なんだか、見定められているような気分になる。
「……結婚というか、貴族の方との結婚が、ですかね。家のことはメイドに任せて、お茶会開いて、世間話して、パーティに参加するような生活は性に合わないんです。それよりも剣を振るうことや、子供たちに剣術を教えることの方が楽しくって……。
でも父は『女が男に剣術で勝ることなんてないんだし、貴族に嫁いだ方が幸せだと思う』とか言ってきて……言いたいことは分かるんですけど、ホント腹が立ちました。兄が間を取り持ってくれなければ、家出してでも王都に来ていたんじゃないかなって思います」
思い出すと、腹が立ってきた。そんなリズを見て、ミモザは嬉しそうに笑った。珍しい趣味の同志を見つけたような笑みだった。
「わたしも、あんたと同じよ」
ミモザは大楯を指差して言った。
「人間の女性剣士っていうのは少ないわ。迷宮探索している女性剣士のほとんどはドワーフよ。そして、女のドワーフが大楯を使うことはない」
「でも、ミモザ……さんは、大楯を持ってますよね……?」
「ドワーフの女で大楯を使うのは私だけ。楯役はドワーフでも男だけの仕事とされているのよ。」
リズにとってドワーフと言えば男女問わず重戦士というイメージだったので、男女差があることに驚いた。ミモザは続ける。
「わたしの父親、今は鍛冶師なんだけど、昔は迷宮探索の冒険者で楯役やっていて、引退した後は自分の子供に大楯を託したかったらしいの。でも、子供はわたしと妹の二人だけだった。
わたしはその話を聞いて、自分が父親の跡を継ぐんだって思っていたんだけど、父親は猛反対してきた。『女じゃ大楯は扱いきれない』って。……馬鹿にするんじゃないわよ。
それで大喧嘩。腹の虫が収まらなかったわたしは、父親の大楯を持ち出して王都へやってきたの。女だって大楯を十分に操れるって証明するために」
ミモザはリズと同じと言っていたが、向こうの方がだいぶ過激に思える。たしかに本質は同じなのかもしれない。やりたいことを「女だから」という理由だけで、否定されたことが悔しかったのだ。
「……なんだか、話しすぎたわ。初対面なのにね」
「いえ!話してくれて嬉しかったです。私と似たような境遇の人に会えるなんて……。一緒に頑張りましょう、ミモザちゃん!……って、すいません!」
興奮気味にしゃべったせいで、うっかり「ちゃん付け」になってしまった。しかし、ミモザは微笑むと言った。
「ちゃんでいいわよ。わたし達は……そうね、父親を見返してやりたいっていう同志なんだから」
「いいんですか!? ありがとうございます」
「でも、条件があるわ。わたしのことをちゃん付けで呼ぶんだから――」
ミモザは一つの条件を出してきた。ちょうど、そのタイミングで昼食の準備を終えたバッカスが声をかけてきた。
「準備できたわよー!おりてらっしゃーい!」
パーティ全員でリズの歓迎を兼ねた昼食はとても豪勢だった。バッカス曰く「ちょっと張り切りすぎちゃった」らしい。確かにお昼にステーキが出るとは思わなかった。
食事を終えると、リズは改めて挨拶をした。
「こんな私をパーティに誘っていただいてありがとうございます。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします。シオンさん、バッカスさん、ミモザちゃん……ク、クロくん……」
「おや? クロくんも隅に置けないねぇ。なにがあったのか、お兄さんに教えなよ」
シオンがクロを小突く。クロも目を丸くしている。
「なんもねぇよ!……おい!なんで急にくん付けなんだよ!」
「す、すいません!」
「わたしがそうしろって言ったのよ」
怒鳴るクロに、謝るリズ。それを見ながらミモザが淡々と言った。
「あ!? ミモザ、どういうことだよ!」
「どうもこうもないわよ。リズがわたしをちゃん付けで呼びたいみたいだったから、『わたしのことをちゃん付けで呼ぶんだから、わたしより年下のクロはくん付けで呼びなさい』って言っただけのことよ」
「……ホント滅茶苦茶だな、おめー」
クロは頭を抱えている。そんな三人を見ながらバッカスが言った。
「いいじゃないの。三人とも年が近いんだし、その方が仲良くなれるって、お姉さん思うわ!」
「確かに。バッカスの言うとおりだね。クロくんは、リズちゃんにはさん付けで呼んでほしいの?」
シオンもバッカスの意見に賛成した。
「別にそういうわけじゃねーよ。ただ、急だったもんで驚いただけだ」
そう言って、頭をかくクロを見て、シオンが笑う。
「なんだか、みんなとの距離が近くなったみたいで良かったね、リズちゃん」
「はい!みなさん、明日からの探索、よろしくお願いします!」
両手で握りこぶしを作るリズを見て、ミモザが淡々と告げる。
「でも、あんたE級でしょ。当分一緒に探索できないわよ」
「え?」
「え?」
――え?
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