これが私の生きる道②

 リズはリビングに通され、そこでバッカスの淹れた紅茶をごちそうされた。シオンたちのパーティ全員が席についていて、お茶をしながらパーティ加入について話をすることになった。


 リズの両隣にクロとバッカス、正面にシオン、そしてシオンの隣にミモザが座っている。

 ふと、ミモザの方に目をやると、どこからともなく水筒を取り出し、その中身を紅茶に混ぜている。


「ミモザちゃ……さん、それは?」


 何を混ぜているのか気になり、声をかける。


「ん? ブランデーだけど?」

「え? お酒ですか?」


 見た目は幼女のミモザの口から酒の名前が出てくるとは思わず、驚きの声を上げてしまう。


「そうだけど。さっきも言っていたけれど、わたしドワーフなの。ドワーフにとっての酒っていうのは、あんたたち人間にとっての水みたいなものよ。……ん、やっぱりこっちの方が美味しいわ」


 ブランデー入りの紅茶を一口飲むと満足そうに頷く。ドワーフは水のように酒を飲み、決して泥酔することはないと聞いてはいたが、目の前の美少女が酒入り紅茶をおいしそうに飲む様には、リズも目を丸くしてしまう。


「王都には色んな種族の人がいるから、結構驚くことが多いかもしれないね」


 そんなリズの様子を見て、シオンが微笑う。


「特に僕らのパーティはみんな種族がバラバラだし。……結構珍しいんだよ? 僕らみたいなとこ」


 そう言われればと、リズは四人を見る。エルフ、ドワーフ、人間に獣人――全員種族が異なるパーティだ。


 紅茶を一口飲むとシオンが説明を始める。


「それじゃあ、固定パーティについてだけど……。まずはメリットからだね。探索の度にメンバーが入れ替わるわけじゃないから、連携が取りやすいことがひとつ」


 同じメンバーで探索を行うと仲間の動きの癖が分かっているため、戦闘時の連携が取りやすくなる。前線で魔物と切り合うリズとしても、味方の動きが分かっているのは安心できる。


「あとは、昨日のような素材の割り振りに関する諍いが起こりづらいことだね。うちは全体の二割をパーティ共有の生活費にしていて、残りを均等に分けることにしているよ」


 昨日のリズのように、他のパーティに参加させてもらう場合、パーティメンバーが結託して不平等な報酬になることがある。迷宮の深部になるほど一人での探索が難しくなるからだ。

 ただし、腕の立つ者の中には助っ人専門の流しの冒険者として活動している者もいるらしい。依頼するパーティが多めに報酬を渡すため、有名になれば固定パーティで活動するよりも助っ人としての報酬の方が稼げるのだ。


「固定パーティのメリットっていうのは安定した探索ができるって理解してもらえたらいいと思うよ」


 そう言うとシオンがティーカップに口をつける。


「メリットについては分かったんですけど、逆に何かデメリットもあるんですか……?」


 リズがおずおずと訊ねる。シオンが頬をかきながら苦笑する。


「デメリットていうか……パーティから抜ける原因としては、戦力格差が大きい場合だったり、人間関係のイザコザだったりが多いみたいだね」


 人同士の関わり合いである以上、上手くいかないこともある。パーティ内で一人だけ強かったりするとより上位のパーティから引き抜かれたりするし、逆に弱かったりするとパーティにいづらくなるらしい。

 あとは性格が合わない場合や、男女関係でこじれたりした場合がパーティ解散に繋がるようだ。


「僕らは全員C級冒険者なんだけど……昨日の感じだとリズちゃんは戦闘に関してはC級といっても過言じゃないと思うんだ。あとは実績さえ積めばすぐに昇級できると思う」

「ほ、本当ですか……!?」

「僕らも協力はするからね。毎回E級冒険者だけでパーティを組んで探索をしていくよりも効率はいいんじゃないかな」

「それだとうれしいです……」


 父様との約束を考えると、あまりのんびりできなし――。


 早く昇級できるということはリズにとってはありがたい話であった。クロやシオンはもちろんのこと、ミモザやバッカスも悪い人ではなさそうで、人間関係で気まずくなることはなさそうだ。ただ、バッカスに対しては少し慣れが必要だとも思うが。


 考え込むリズを見て、シオンが微笑みながら言った。


「というわけで、僕からの説明は以上かな。さっきも言ったように、僕らのパーティに入ってくれるなら、君が昇級するのをサポートできる。……冒険者になったのにも何か事情があるんでしょ?」

「えっ!分かるんですか……!?」


 リズは目を丸くした。


「まぁ、いろんな冒険者を見てきた上での勘でしかなかったけどね。今日もそうだけど、着ているものは仕立てが良いから、お金に困ってる訳じゃないと思った。かといって、お金持ちのお嬢様が物見遊山で来ているわけでもない。生活に困っているわけじゃない女の子が、冒険者になるっていうのは、何か特別な理由でもあるのかもって勘ぐってしまうものなのさ」


 そう言って、シオンは肩をすくめる。

 リズは自分の服に目を落とす。今日着ているのは、おろしたての真っ白のカットソーにベージュのショートパンツ。ロングブーツだって新品だ。王都に行くのだから、平服だってオシャレしなければと一式新調したのだ。


 まさか、服装だけでそこまで考察されて驚いたが、そのおかげで全てを話す覚悟ができた。


「お察しの通り、私が冒険者になったのには理由というか……事情があるんです」


 そう言って、リズは自身が王都へ来て冒険者となった理由を語りだした。


「私の家は西の辺境伯領にあるんですけど……知ってますか? 国境の田舎なんですが……そうですよね、知らないですよね。


 そんな田舎なんですけど、一応私の家は辺境伯の剣術指南役を仰せつかっている家なんです。今は兄が道場の師範を務めていて、父は隠居しているんですが……。一応、爵位もあるんですよ?……はい、私もそこで剣術を習いました。


 それで、爵位はあるとは言いましたけど、剣術指南役として見劣りしないようにと賜ったもので、父は元々の貴族階級の方に対して引け目のようなものを感じているんです。だから、私が貴族の方と結婚することで、貴族とのつながりを持って家名に箔をつけようと考えました。


 ……そうです、それが嫌でした。理解はできましたが、納得できませんでした。私自身、小さいころから剣術や外で遊んでばかりだったので、レディとしての振る舞いというのがどうしても性に合わないんです。


 絶対無理だって思って、兄に相談しました。そしたら、父と話し合いの場を設けてもらって……『貴族と結婚しても、生活が合わなくて離縁されたら父さんもリズも可哀相だ。それなら得意な武芸で、王都で名を上げてもらった方が良いんじゃないか? うまくいけば王都で道場を開くことだってできるかもしれない。そうすれば、他の貴族にだって見劣りしない』って説得してくれたんです。


 父も了承してくれましたけど、条件を出されました。猶予は二年。それまでに、父が納得できる成果を上げられなければ、帰って来させて嫁に出すと言われました。貴族の中には私の家とつながりを持ちたい方もいらっしゃるみたいで……。


 ……パーティに誘っていただいたのは、とても嬉しくて是非仲間に加えてほしいです。けど、私自身が二年しか居られないかもしれないのにいいのかなって、そう思うんです」


 そこまで言うと、リズは俯いてしまう。

 こちらにも事情を話してしまうことで、今回の話が流れることだってあるかもしれない。それでも、彼らに何も話さず仲間に入れてもらうのは間違っていると思った。あとは、シオンたちの判断に委ねるしかない。


「要は、二年であんたの親父さんが納得できるくらいの冒険者になってりゃ、その後も迷宮探索できるんだろ? だったら、問題ないんじゃねーの」


 クロの言葉に、リズははっと顔を上げる。周りを見ると、クロの意見にみな異論は無いようだった。


「……クロくんの言うとおりだね。君の力があれば、僕たちのパーティは強くなれると思う。そうすれば、君のお父さんを納得させられるだけの成果も得られるんじゃないかな。僕らの意思は変わらない。リズちゃん、僕らのパーティに入らないかい?」


 そう言って、シオンは右手をリズの前に差し出す。クロたちの優しさに、シオンのその言葉に嬉しさがこみあげてくる。その嬉しさは胸から際限なく湧き出て、全身を駆け巡り目頭を熱くさせた。

 リズはその手を握ると言った。


「……ありがとうございます」


 こうして、リズはパーティの一員となった。

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