これが私の生きる道①

 はじめての探索の翌日、リズはシオンに渡された紙に書かれている住所を訪ねることにした。

 探索の後、宿屋のベッドの上で悩んだ結果、話だけでも聞いてみることにしたのだ。


 せっかく誘ってもらったんだから、話だけでも聞いてみよう……。


 そんなことを思いながら、王都の北西を目指していた。

 王都は王城を中心とし、周囲を貴族たちの屋敷が取り囲み、そこから円形に広がっている。さらに、東西南北に延びるメインストリートによって四つの地区に分けられている。

 迷宮に近い北東地区は冒険者向けの飲食店や宿屋、武器屋などが軒を連ねる。冒険者によっては借家や、家を買って活動している者もおり、その多くは王都の北西地区に居を構えている。その例に漏れず、シオンたちの住所も王都の北西地区にあった。


「――ここ……でいいんでしょうか?」


 何度か道を尋ねがら、たどり着いた先はレンガ造りの二階建て一軒家だった。家の前には庭もあり、ちょうど花壇の手入れをしている人がいる。

 シオンでもクロでもないようだが、とりあえず声をかけてみることにした。


「あのう、すいませーん」

「はーい!」


 こちらに背を向けて花壇の世話をしていた相手がこちらを振り向いたとき、リズは小さく悲鳴を上げてしまった。


 相手はシスターの格好をした大男だった。

 浅黒い肌、厚めの唇に太く濃い眉毛、青みがかった黒髪はオールバックに撫でつけられている。シスター服はサイズが合っていないのか、胸板が盛り上がっていて、半そでの袖口は丸太のような腕に食い込んでいる。


 これまでの人生で出会ったことのない存在に理解が追い付かない。昨日クロやシオンにパーティに誘われたことを伝えようとするも、言葉が思い浮かばない。


「あのそのえと……私その昨日その……」

「もしかして、あなたがリズちゃん? やだもー!すごいかわいいんですけどー!」

「え? え?」

 しどろもどろになっていると、猫なで声で相手がこちらに顔を近づけてきた。


 まだ、名乗ってもいないのにこっちの名前を知ってる!

 なんで? どうして? こわいこわいこわい!


 予想外の事態に涙目になってしまう。

 相手はリズの周りを回りながら「やだ、かわいー」だの「お肌すべすべー」だの叫んでいる。


「バッカス、お客さん? ……ってリズちゃん!バッカス!びっくりしちゃってるから、落ち着いて!」

「ふぇ……シオンさん?」


 家の扉の方に顔を向けると、シオンが顔をのぞかせていた。見知った人物の登場で安心してしまい、その場に座り込んでしまう。


「シオン? あらやだアタシったら!」


 バッカスと呼ばれたシスター服の筋肉の塊は、自分がリズを驚かせてしまったことに気づくと、はっと口元を手で覆う。その後、手をパタパタさせながら「ごめんなさいねぇ」と謝ってきた。動きの一つ一つがおばさん臭く、筋骨隆々の大男では違和感しかない。


「ごめんねリズちゃん、驚かせてしまったみたいで。でも、来てくれてうれしいよ。……って、大丈夫?」

「す、すいません……。こ、腰が抜けてぇ……」


 シオンは玄関から飛び出すと、へたりこんでいるリズに手を貸し、起き上がらせる。リズは礼を言うと、お尻についた土を手で払う。

 気持ちが落ち着いたところで、筋肉ダルマが自己紹介をしてきた。


「アタシはバッカス=アネモネ。パーティでは補助と回復を担当しているわ。気軽にバッカス姉さんって呼んでね」

「誰も『姉さん』なんて呼んでねーだろ」


 突然、バッカスの後ろからニュッとクロが顔をのぞかせる。ジト目でバッカスの方を見て、ツッコミを入れる。それに対し、バッカスが「やだもー!」とクロの肩を叩こうとするが、ひょいと避けられる。


「おめーのソレは当たったら痛ぇんだよ!」

「クロくん、どこにいたのさ?」


 不意に現れたクロに対してシオンが尋ねる。


「屋根の上で寝てたら、騒ぎ声が聞こえてきたもんだからよ。降りてきた」

「ふむふむ。リズちゃんが来るのを、まだかまだかと屋根の上で待っていたんだね。チラチラ下の様子を見てたんだ?」

「おい!どーしてそうなる!」


 クロが顔を真っ赤にして反論する。リズはそのやり取りを見て、思わず吹き出してしまう。


「おい、あんた。なに笑ってんだよ……」

「す、すいません、クロさん。でも、とても仲がいいパーティだなと思って」


 リズはそう言うと、にっこり笑った。クロは自分の後頭部をボリボリかきながら、そっぽを向いてしまう。


「ま、もう一人メンバーはいるんだけどね。とりあえず、上りなよ。パーティのことを話しに来たんでしょ?」


 シオンがニコニコ笑いながら言った。


「は、はい。折角なのでお話を聞かせて頂こうと思いまして」

「そっかそっか。仲間になってくれって言って、住所の紙渡しただけだったもんね」


 シオンに連れられ、家に入ると一人の美少女がいた。

 腰のあたりまで伸びているサラサラしたオレンジに近い茶髪は、キラキラと輝いているように見える。琥珀色の瞳に小さな口といった顔のパーツは均整の取れた配置をしている。

 身長はリズの胸くらいまでしかなさそうだ。その体に女性的なふくらみは見当たらないが、真っ白なワンピース姿と相まって、とてもつくりの良い人形のように感じられた。

 この娘がもう一人のメンバーなのだろうか。それにしては幼すぎるようにも見える。


「シオン。昨日言ってたスカウトしたって子?」


 人形のような少女が尋ねる。鈴が鳴ったような声だ。


「そうだよ。昨日言ってたリズちゃん。……リズちゃん、この娘がもう一人のメンバーのミモザちゃんだよ」

「そ、その。リズといいます。よろしくお願いしますね、ミモザちゃん」


 こんな幼い子でも探索をするのか驚きながら挨拶をすると、ミモザがこちらをじっと見つめてきて言った。


「……あんたいくつ?」

「え?」

「年はいくつかって訊いてるのよ。耳腐ってるわけ?」


 かわいらしい声で、とんでもなく辛辣な言葉が飛び出してくる。リズは状況に理解が追い付いていないまま答える。


「え? えーと、十七ですけど……」

「なによ。チビクロと同い年じゃない。わたしの方が二歳も年上なんだから、ミモザさんって呼びなさいよ」

「え? え?」


 リズはミモザの毒舌に困惑したままだ。


「返事は?」

「は、はい!ミモザちゃ……さん」

「……よろしい」


 ミモザは満足げに頷いた。そこにクロが割って入る。


「おい、ミモザ。おめーさっき俺のことチビっつったか? おめーの方がチビじゃねーか」


 どうやら、自分より背の低いミモザにチビ呼ばわりされるのが気に入らないらしい。

 ミモザは大きくため息をつくといった。


「わたしはドワーフとしては平均的な身長なんだけど?」

「それがどうしたよ」

「全部言わないと分からないわけ? あんたは獣人の中でもチビじゃない。わたしは普通のドワーフで、あんたはチビの獣人。だから、わたしはチビじゃないし、あんたはチビクロなのよ」

「……ぐぬぬ」


 クロが悔しそうにミモザを睨む。逆にミモザは勝ち誇ったように「ふん」と鼻を鳴らす。


「クロくん、なに言いくるめられてんのさ……」


 シオンが呆れ顔で言った。そのまま、リズに向き直ると謝ってきた。


「騒がしくてごめんね。……今はこの四人でパーティを組んでいるんだ。そして、できれば君にも入ってほしいと思ってる」

「は、はい」


 シオンが真っ直ぐこちらを見つめてきたので、少し緊張してしまう。


「でも、パーティを組むといっても、メリットとデメリットがあるし、決めるのは君自身だからね。……とりあえずお茶でも飲みながら話でもしようか」

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