ススメ☆オトメ④

 リズたちは、何度か魔物に遭遇しながらも第六階層の探索を続け、大部屋に足を踏み入れていた。


「迷宮にこんな広い場所があるんですね……。うちの道場くらい……」


 剣術指南の兄が師範を務める、リズの実家の道場は二十人ほどの門下生が稽古できる程の広さがあるが、今いる部屋もそう変わらない大部屋であると感じた。


「おい、あれ見ろよ!」


 ローグが興奮気味に部屋の奥を指差した。薄暗くてよく見えないが、箱のようなものが置いてあるようだ。


「あれって……? 箱、ですか?」

「おぉ!宝箱だよ!魔物が冒険者から奪ったやつをため込んでるんだ」


 魔物の中には、迷宮で犠牲になった冒険者の所持品、特に貴金属類を住処に持ち帰る習性を持つものがおり、迷宮内でも宝箱として発見されることがある。そして、魔物が住処に財宝をため込むのならば、この大部屋は魔物の巣であるはずだ。


「げ。静かに寝てるっつっても気付かねぇなんて……。最上層だからって油断しすぎだろ、俺……」


 クロがしかめっ面でつぶやく。リズたちが彼の視線を追うと、壁際で寝転がる一匹のゴブリンがいた。いや、大きさが今まで戦ったゴブリンの比ではない。横になっているので正確には分からないが、ゴブリンの二倍はありそうだ。


「ゴブリンキングか……。ま、寝こみを襲えば問題ないだろ」


 ゴブリンキングは、ゴブリンの一種で一般的なゴブリンよりも体が大きいのが特徴だ。また、ゴブリンキングは群れで行動することはないが、ゴブリンの群れを配下に置くことがあるという。

 幸い、この部屋にはこのゴブリンキング一匹しかいないようだ。ローグが戦斧を構えて、ゴブリンキングに近づこうとしたその時――


 ぱちり。


 この部屋の主は、侵入者たちの物音で目が覚めてしまったようだ。そして、侵入者が己の手下のゴブリンではなく、財宝を奪おうとする冒険者であると気づくと、雄たけびを上げ威嚇してきた。


「どぅわ!」


 忍び足で近寄ろうとしていたローグが驚き、ひっくり返る。レベッカとクオリアが慌てて彼を抱えに行く間に、ゴブリンキングは起き上がり戦斧を構えた。この得物もまた、財宝と同様に冒険者から奪い取ったものだろう。


 こうなってしまえば、戦うほかに道はない。クロがけん制でナイフを飛ばすと同時に、敵に向かって駆け出す。

 ゴブリンキングが戦斧でナイフを弾く隙に、たたたっと壁を駆け上がり、首筋をめがけ剣を振り下ろす。

 しかし、魔物も戦斧を振るいクロの一撃を受け止める。激しい部屋中に金属音が響きわたる。反動で弾き飛ばされたクロが、体をひねることで体制を整えながら叫ぶ。


「今だ!突っ込め!」


 その声にリズは、はっとする。クロの全体重の乗った一撃でゴブリンキングに大きな隙ができている。そのがら空きの胴体めがけて突貫する。


「グギィッ!」


 シオンもその隙を見逃さず、目玉を射抜く。敵は衝撃のあまり、両手で顔を覆いながら膝をつく。

 やるなら今しかない。リズは目の前のチャンスに対する高揚と緊張で、自分の心臓がバクバク言っているのが聞こえた。

 震える両手が剣を落とさぬよう、力を込める。軽く膝を曲げ、腰を落とし、力が逃げないよう、脇を締め、敵の鳩尾めがけて剣を突き刺した。




 ゴブリンキングの素材になる部位を剥ぎ取り終えた一行は、宝箱を確認した。中には貨幣やアクセサリーが、箱いっぱいとは言わないが詰め込まれていた。


「ど、どうしましょう……。私の麻袋もういっぱいで入りそうにないです……」


 リズの持ってきた麻袋は、道中の魔物の素材や、迷宮内で自生する換金できる植物などで、すでにいっぱいになっていた。


「だったら俺らが一旦預かっとくぞ? 上で嬢ちゃんに渡すかたちでどうだ?」


 ローグが笑顔でそう提案してきた。


「え? 良いんです――」

「よかねーだろ」


 その提案を受けようとしたとき、クロが割り込んできた。


「……クロさん?」

「このおっさんたち、あんたの取り分ちょろまかす気だぞ」

「きゅ、急に何言ってんだよ……」


 ローグの笑顔が引きつる。


「結構多いんだよ。初心者騙して多めに素材とかをかっさらう奴ら」

「お、俺たちがそうだって言うのかよ……?」

「おう。その上、リズが戦えるってわかったら戦闘もサボってただろ。本人は気づいちゃいなかったけどよ」

「おまっ……気づいて……!? つか、気づいてても言わねぇもんだろ!お前らも嬢ちゃんを騙すつもりだったんじゃねぇのかよ!?」


 ローグの言葉にレベッカとクオリアが頭を抱えている。クロの指摘は図星だったようだ。

 リズが気づいていないことというのは、ローグたちがまともに戦闘に参加していなかったことだったのだ。体力は温存したままで、魔物の素材だけを手に入れていたのだ。


「普通初心者の頃は、先輩冒険者から騙されて色々覚えていくもんだろ!? 俺たちもそうだったし、お前もそうだったはずだ!」


 開き直ったローグがクロに詰め寄る。


「確かに、俺も昔は散々騙されたけどよぉ……。それはテメェが別の誰かを騙してもいい理由にはならねぇだろ!」


 クロがローグを睨み返す。険悪なムードが漂う中、シオンがぱんぱんと手を叩きながら割って入る。


「まぁまぁ。ここで言い争ったって仕方がないですよ。この広い部屋ですから、他の魔物の寝どこでもあるかもしれません。早くこの場を離れた方が良いのでは?」

「お、おい!シオン!」

「クロくんは黙ってて。……とりあえず、宝箱はそのまま持って上がって、素材も換金し終えてから山わ……リズちゃんはどう思う?」


 シオンがこの場を収めてくれるものと思っていたら、こちらに意見を求めてきた。


「うぇっ? 私ですか?」

「そう。彼らは君が戦力になるから、戦闘もサボってた。君が疑わないから、騙そうとした。被害者は君だから、どうしたいかは君が決めるべきって僕は思うな」


 そうだ。気づいていなかったとはいえ、自分は当事者なのだ。家を出る前は自分で決めれることなんて、休日の予定くらいだった。でも、今は自分のこの場を収めるための意見を求められている。独り立ちするということは良くも悪くも自分で決めるということなのだろう。


「今日の探索、みなさんに色々教えてもらって、大変勉強になりました。もっと深い階層にも潜れるはずなのに、私に付き合ってもらいましたし。――なので、素材も今持っている分だけで十分ですし、宝箱は全員で均等に山分けが良いと思います」

「そう。……みなさん、それで問題ないですか?」


 リズの意見を聞いたシオンが確認する。反対意見は無いようだ。

 このまま宝箱を持って探索を続けるのは難しいので、引き返すこととなった。帰りの戦闘はレベッカたちも積極的に参加してくれて、宝箱を運びながらでも簡単に切り抜けられた。


 ギルドに戻り、素材の換金も終わり、パーティは解散となった。最後にレベッカがリズに頭を下げてきた。


「正直、ロビーでウロウロしている貴女を見て、『カモだ』って思っちゃったのよね。騙そうとしてごめんなさい」

「そ、そんな……頭を上げてください。色々教えていただけましたし、レベッカさんたちのお蔭で六階層まで行けたので……こちらこそ、ありがとうございます」

「ふふっ……貴女って本当に良い娘ね。できれば、また一緒に探索してみたいけど……後ろのオオカミ君が怖いから止めておくわ。それじゃあね」


 そう言うとレベッカたちはギルドを後にした。

 リズが後ろを向くと、シオンとクロがいた。シオンはニコニコ微笑んでいて、クロは呆れ顔だ。


「クロさん、シオンさん……色々ありがとうございました」

「あんた、お人好しっつーか……世間知らずのお嬢様って感じだな。あいつらの分、全部貰ったって良かったんだぞ」

「いえ、あの人たちがいなかったら、一人で探索してみようとしていたところでしたし」

「リズちゃんが納得できているなら問題ないと思うよ。彼らも、もう初心者を騙すようなことはしないでしょ」


 リズは一つの疑問が浮かんできた。レベッカたちは、リズを騙すために近づいてきたと言っていた。ならば、この二人はどんな目的で近づいてきたのだろうか。


「あの、お二人はなぜ私とパーティを組んでくれたんですか?」

「あぁ、理由ね。何にも知らない新人さんがカモられそうだったから、助けに行こうっていうのが半分」

「半分……?」

「そ。もう半分は、僕らのパーティってあと二人メンバーがいるんだけど、もう一人前衛職の人が欲しかったんだよね」

「それが、もう半分の理由ですか?」

「うん。で、今日は誰かいい人がいればスカウトしようと思ってたんだ」


 シオンはそう言うとリズを指差す。


「え? 私ですか?」

「実はギルドに来た時から、気にはなっていたんだ。装備は使い込まれているけど、作りは良いものだし、紹介状を書いてもらえるってことは腕が立つんだろうなって。そしたら、騙されそうになってるんだから慌てたよ」

「あ、あははは……」


 リズは苦笑いするしかなかった。


「で、実際に一緒に探索してみたら、やっぱり強かった。だからさ、もし良ければ僕たちのパーティに入ってほしい」

「きゅ、急に言われてもですね……」

「うん。すぐに返事してほしいとは言わないよ」


 シオンは一枚の紙切れをリズに手渡す。


「明日は他のメンバーもいると思うから、もし気になればその住所の家に来てほしい」


 良い返事を期待しているという言葉を残し、シオンとクロもギルドを後にした。


 リズは渡された紙をしばらく見つめ続けていた――。

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