ススメ☆オトメ③

 E級冒険者が唯一探索できる最上層は、地上の一階層から数えて六階層までに及ぶ。現在、二階層までは王国軍による舗装が完了しており魔物は出現せず、実質三階層以降が最上層ともいえる。ただし、最上層の魔物でも三階層に比べ六階層では凶暴性が増す。

 その原因として、迷宮の最深部は魔人や悪魔の住まう魔界につながっているのではないかと、研究者たちの間では考えられている。迷宮の深層へ向かうにつれ凶暴な魔物が生息しているのは、魔界から瘴気が流れ込んでいるためだというのだ。

 五階層から六階層へ続く階段の前の広場での休憩中、リズはシオンからそのような話を聞いていた。


「特にE級の冒険者にとっては、六階層っていうのが壁になるんだよねぇ。今までよりも敵が手強くなるんだ」

「だ、大丈夫でしょうか……」


 探索初日で最上層の一番奥まで来るとは思ってもいなかった。E級冒険者にとっての壁と言われると、不安になる。


「大丈夫だよ。今までの感じだと十分に戦えていると思うよ? 戦闘能力に関して言えばD級って言っても差し支えないかもね」

「ありがとうございます」


 ここに来るまで何度か魔物に遭遇したが、特に消耗することはなかった。ただ、それは自分の力ではなく、パーティメンバーのおかげだと思うのだが……。

 「ここで不安がっていても仕方がないさ」シオンは、そう言うと立ち上がる。休憩はもう終わりのようだ。

 シオンの言う通りでもある。いつも簡単にここまで来れるとも限らない。ならば、その壁にぶち当たってみるのも経験だろう。




 六階層に降りてみると、先ほどとは空気が変わったように感じられた。歩を進めながら、目の前のクロにそう伝えてみる。


「そりゃ、E級だとここまで来るのも一苦労だろ? D級以上になると、ここより下の階層で稼ぐ方が効率がいいんだ。そうなると、六階層ってのは五階層より凶暴な魔物がいる割に、探索してるパーティが少なくなる。だから魔物が強気で好戦的なんだよ」

「うぇぇ!? それって危険ってことですか?」

「だから壁って言われてんじゃねーの?」


 無茶な冒険者が命を落とさぬよう定められた階級制であるが、それゆえの弊害もあるようだ。

 経験が浅ければ難易度が高く、逆に腕に覚えのある者にとってはうまみが少ない。それが、この六階層の特徴と言えるだろう。


「そんなこと言ってたら、魔物のお出ましだな……数が多いな。気をつけろよ」


 魔物の気配を感じ取り、クロの耳がピクッと動く。その言葉に合わせて、全員が武器を構える。

 今回は魔物もこちらに気づいているのか、「グルルル……」と威嚇するような唸り声が聞こえる。

 現れたのはゴブリンが五匹にオークが四匹の一団だった。オークとは一言でいえば二足歩行の豚の魔物だ。しかし、家畜として飼いならされ脂肪をまとわされている豚とは違い、その筋骨隆々の体は戦士のそれだ。

 どちらの魔物とも上の階層で戦ったが、その時戦ったものに比べ体も大きく、殺気立っている。


「僕がけん制する!」


 シオンがゴブリンに狙いを定め、矢を射る。放たれた矢は吸い込まれるようにゴブリンの喉に突き刺さった。喉を裂かれたゴブリンは、苦しみのあまり転がりまわっている。

 それを見た他の魔物は一瞬ひるんだが、構わずこちらに殺到してきた。リズとクロが前線に躍り出て応戦する。


 リズの相手はオークだ。オークは得物の石斧を勢いよく振り下ろす。ロングソードの腹で受け止めつつ、勢いを殺さぬよう受け流す。斧の切っ先を逸らし、そのままオークの腹をめがけて切りつけた。その傷は深く、オークはその場に崩れ落ちた。


 だが、一息つく間もなく別のオークがこちらに切りかかってきている。回避は間に合いそうにない。リズは腹に力を入れ、剣を構えなおす。石斧を受け止め、鍔迫り合いの形になる。

 しかし、リズにとっては、オークの力任せの斬撃をいなすことは容易でも、正面から弾き返すことは難く、押し込まれそうになる。


「そのまま踏ん張っとけよ!」


 クロが叫んだと同時に、ヒュンッと空気を切り裂く音がした。すると、こちらを押し込む力が消え、リズはたたらを踏んでしまう。

 見ればオークのこめかみにナイフが刺さっていた。先ほどの風切音はクロの投げナイフによるものだったのだ。


 クロの剣技は良く言えば実践重視、悪く言えば出鱈目だ。飛んで跳ねて片手剣を振り回す。離れた敵にはナイフを投げつける。まるで暴風雨のように周囲に暴力をまき散らす。

 クロは一人で四匹の魔物を同時に相手取り、傷一つ負わずに戦いを終わらせてしまった。


「クロさん……ありがとうございました」


 戦闘を終え、リズはクロに礼を言った。


「あんたさ、一人で大勢と闘ったりとか無かったわけ?」

「はい……。剣術は習ってはいたんですけど、道場の実践的な稽古は一対一でしたし、以前経験した魔物討伐も魔物より討伐隊の方が多いくらいで……」


 リズは気まずそうに頬をかく。


 故郷での魔物討伐では一匹の魔物に対して三人がかりで切り付けていたなぁ……。


 そんなことをぼんやりと思い起こしていると、クロが目の前にビシッと人差し指を突き出してきた。


「ここは、稽古場じゃねぇんだ。魔物に騎士道精神なんてねぇから、律儀に一対一で戦ってくれねぇぞ」

「うぐ……。肝に銘じます……」


 実際に二匹目のオークへの対応は後手に回ってしまっていたものだから、ぐうの音も出ない。


「確かに、戦闘能力に関して言えば十分だけど……危険を察知する能力を磨かねぇと、冒険者としては大変だと思うぞ」

「危険を察知……ですか……」

「そ。戦闘に限った話じゃないぞ。常に視野を広く持って、おかしいことはないかってよ。現に今だって――」


 クロが続けようとしたとき……


「おーい!ぼさっとしてないで進むぞー!」

「す、すみません!」

「わり。今戻る」


 少し話し込みすぎていたようで、ローグがせかしてきた。二人は慌てて戻ると、再び隊列を組み、探索を再開した。


 前を歩くクロを見ながら、リズは先ほど彼に言われた言葉を思い出していた。


 『現に今だって』って、今私は何に気づいてないんだろう? 教えてくれないってことは、自分で考えろってことなのかしら……。


 何も思い浮かばないので、目の前のクロを観察してみることにした。肩ほどまである、闇夜のような黒髪はくせが強いのか、外に向かってはねている。体は引き締まってはいるが、華奢な印象も受ける。身長も成人女性の平均くらいのリズとあまり変わらず、魔物を四匹同時に相手にしていたとは思えない。


 ……もしかしたら――


「クロさんって女性ですか?」

「お前は何を言っているんだ?」


 クロがこちらを振り返る。頭が残念な人を見る目だ。


「えとその……何か私が見落としてることがあるみたいっていうのは分かったんですけど、それが何か分からなくてですね……。クロさんを観察してみたら、私とあんまり体格とか変わらなかったんで、女性かなって」

「チビで悪かったなぁ!俺は男だよ!」


 クロが睨みつけてきた。


「や、やっぱり?」

「たりめーだろ!頭お花畑かよ!」


 更に辛辣な言葉を投げつけてくる。クロにとって身長はコンプレックスのようだ。そこにすかさずシオンが茶々を入れてきた。


「リズちゃん。クロくんは確かにおちびだけど、メスじゃなくてオスのわんこだよ」

「ペットでもねぇよ!」


 ットでもねぇよ……でもねぇよ……ぇよ……


 クロの怒りの叫びが迷宮にこだました。それに対してレベッカたちも「遠吠え?」などと、クロをからかい始めている。


 結局、私が見落としてることってなんなんだろう……?


 リズが答えを見つけることができないまま、迷宮探索は進んでいく――。

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