??? PART7
7.
「あ、亥狩さん。お疲れ様です。今、出来上がった所です」
「そんな堅苦しい言い方しなくていいよ。うん、今日もいい出来だ。やっぱり君のお父さんは凄いね」
亥狩はテーブルの上に小皿を置いた。その横には思い出コーナーと書いてある。どうやら故人に関係しているものを置いているらしい。
覗いていると、亥狩が補足を始めた。
「何でも故人様は紫蘇おにぎりが好きだったみたいでね。これだけ好きなものに囲まれていたら、きっと成仏できるだろうさ」
亥狩の視線が思い出コーナーに移った後、凪が小さく耳打ちしてきた。
「亥狩さんはな、俺達の兄貴みたいな存在なんだ。年も近いし話しやすくて、よく相談に乗ってくれたんだ。くれぐれもばれるような真似はするなよ」
「……了解」
彼に合図を送ると、亥狩は話を振ってきた。
「千月ちゃんも好きだったよね、紫蘇おにぎり」
「ええ、よく食べてました」
彼女が、と心の中で呟く。
「そうだよね。
凪が横から千尋とは母親のことだ、と囁いている。もちろんそれくらい知っているのだが、世話を焼く姿が千月と被り気が動転してしまう。
「紫蘇にも花言葉があるって知ってるかい、凪君? 『蘇生』という意味があるんだ。だから思い出コーナーに飾れば故人様が生き返ってしまうかもしれないね」
「へぇ。やっぱり名前の通りいい意味があるんですね。さすが亥狩さんは物知りだなぁ」
凪が満足そうな顔をしていると、突如彼の電話が鳴り出した。その画面を見て顔が青ざめている。
「……じゃあ、俺はそろそろ帰るからな。また何か決まったら報告をくれ」
「ああ」
「ああ、じゃないぞ。ええ」
「ええ、そうでしたね。すみません」
嫌味を込めるようにいうと凪はにやりと笑った。
……まったく。
溜息をつきながら彼を見送る。女言葉を覚えろというが、今まで生きてきた習慣は中々変えられない。だが彼のいう通りこのままではまずいのはわかっている。
彼が飛び出したのと、同時に喪主である子角源七が入ってきて声を上げた。
「うわぁ、立派な祭壇ですねぇ。本が好きだとはいいましたが、まさか本自体が花で描かれるとは思っていませんでした。素晴らしい」
「ありがとうございます」
二人で頭を下げると、喪主が再び声を上げた。
「お、ゆかりのおにぎりまで用意して下さったんですか。家内も喜ぶでしょう、本当にお気遣いありがとうございます」
「ゆかり? これは紫蘇じゃないんですか?」
「どっちも同じものを指すんですよ」
子角は笑いながら答える。
「家内は源氏物語が好きだったので、ゆかりという言葉の方が好きだったんです。おかげで私も移ってしまいました」
「どうして源氏物語が好きだと、ゆかりという言葉を使うんです?」
「……黄坂君」
亥狩がこれ以上質問するなと目で訴えている。だが聞いてしまったものは仕方がない。
「紫蘇は紫に
「なるほど。そうだったんですね。わざわざありがとうございます」
子角が祭壇に見入ってる中、亥狩に軽い肘内をくらった。
「駄目だよ、千月ちゃん。聞かれたことに答えるのは当然だけど自分から質問をしたら駄目だ。それが自分の興味によるものならな尚更だよ」
「すいません。興味があるとつい、口に出てしまうんです」
「そういえばそうだったね。やっぱり大人になっても中身は変わらないんだね」
亥狩は優しく笑った。
「君が小学生の時、よく外に遊びに連れて行ったけど、君は何でもかんでも聞いてきたもんなぁ。おかげで僕の方が花言葉を覚えてしまったよ」
彼に合わせて笑う。千月の性格に同意したためだ。彼女は興味があるとすぐに首を突っ込んでくる習性があった。それほど親しくない時でも彼の内情まで深く踏み込んできたのだ。
嫌味はなかった。ただ彼女は純粋過ぎたのだ。
子角の通夜を無事に終え事務所に戻ると、亥狩は今日も当直らしく事務所のテレビを見ながら蕎麦を啜っていた。
「後は告別式だけだね。通夜が無事に終われば式はそう慌てることはない。今回も特に問題なさそうだよ」
志遠が頷くと、彼は熱いお茶を啜って続けた。
「相変わらず仲がいいみたいだね、君と凪君は。これは僕のお節介だけど、君達二人はお似合いな気がするんだけどね」
「……え? どういう意味ですか」
「いやいや、別に他意はないよ。ただ、なんとなくそんな雰囲気があったというだけさ。気にしないで」
……たしかに亥狩のいう通りかもしれない。
凪は内定先を蹴ってまで自分の店を継ぐと決意していた。そこには自分の意思もあったのだろうが、千月の様態を案じたからかもしれない。
葬儀屋の娘と花屋の息子。千月と凪がくっつけば仕事上でもより強固な繋がりになるだろう。
「亥狩さん、昨日も当直だったんですよね? 大丈夫なんですか?」
「ん? 昨日は当直じゃないよ。きっちり休みを貰ってる」
そうはいうが格好が休み明けだとは思えない。シャツだけでなくスーツまで汚れているからだ。ワイシャツには毛玉が無数についている。
「ああ、服装のことか。これが……僕の秘密だよ」
「秘密ですか?」
「前に話したじゃないか、ひっつき虫のこと」
さっぱりわからない。黙っていると、彼はテレビを消して告げた。
「明日までに調べてくれば答えてあげるよ。覚えていればだけど」
家に辿り着くと、どっと疲れが押し寄せてきた。こんなにもサービス業が疲れるものだとは想像していなかった。他人との距離を測りながらも仕事を一発で覚えるためにメモも欠かさない。今までのやり方とはまるで違う。
一番の原因はいつ千月が出てくるかわからないことだ。
どうやったら彼女は出てくるのだろう、もし出て来たとしても最初はいい。だがその次はきっちりと段取りを組まなければいけない。時を遡るように錯覚させなければいけないからだ。彼女の時間を支配できなければ今回の作戦は成り立たない。
ベットに横たえてこれからの行く先を考えることにした。
だが一瞬の間に意識は奪われていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます