??? PART6

  6.

 

「どうもこのたびはお悔やみ申し上げます。葬儀を担当させて頂く亥狩と申します。さっそくご遺体を斎場の方に運ばさせて頂きます」


「こちらこそどうぞ、妻をよろしくお願いします」


 挨拶をしたのは喪主の子角源七ねすみ げんしちだ。年のわりにはきびきびとした表情でこちらに頭を下げている。


 志遠は部屋を一瞥した。部屋の広さは10畳以上ある。そこそこの広さだ。和を感じさせる物が細々と飾られており高級感を醸し出している。中々の金持ちらしい。


 故人を載せたまま斎場へと舞い戻り、再び喪家の控え室へと故人を移動する。


「とりあえず、こんなもんだね」


 休憩室に辿り着いた後、亥狩は煙草に火をつけながらいった。心地よい香りが辺りを漂う。


「後は湯灌が体を綺麗にして化粧を施す。そのまま棺に入れて斎場へと運ぶだけだよ」


「思ったより淡々としているんですね」


 率直に思ったことを述べる。


「もっとややこしいものかと思っていました。色々な手続きがあるのかと気構えていましたが、そんなことはないんですね」


「そうだね。そんなに難しいものじゃないよ。今回のお客さんは天寿を全うしているからね」


「では、そうでない人達は?」


「……やっぱり難しいね。赤ちゃん、自殺者、事故、病気といった突然起こるものは難しい。対応にもそれなりに差が出てしまう。でもそういった人達は少ない、ほとんどが年によるものだよ」


 亥狩は階段を指差して続ける。


「そういえば祭壇はもうすぐ出来上がるといってたよ。見にいってみたら? 今日は凪君も手伝いに来てたみたいだよ」


 どうやら凪のことまで知っているらしい。もしかすると大分深い仲にあるのかもしれない。


 煙草の香りを惜しみながら螺旋階段を駆け上がっていくと、そこには幼馴染の凪がいた。


「よう。そういえば今日から出勤だったな。元気か?」


「よう、じゃねえだろ、お前はヒップホップのDJか? 挨拶くらいちゃんとしろ」


 大柄な男が彼の頭にゲンコツを加える。


「痛ってえな。千月しかいねえんだから別にいいだろ。それくらい」


「よくないからいってやってるんだ。お前が一人で来るようになってうちの評判が落ちたらただじゃおかんぞ」


 大男はどうやら凪の父親らしい。ポパイのような太い腕、顔は穏やかだが鋭い眼光、どっしりとした体格、どうみても獣がそこにいるようにしか感じない。


「そうだ、久しぶりになるよな。親父に会うのはな」


 凪がわざとらしい説明を施している。


「こういった場なんだ、改めて自己紹介するべきだよな。俺は緑纏凪。で、こっちがうちの親父の緑纏嵐だ」


「よ、よろしくお願いします」


「……大変だったな、千月ちゃん。だけどこれも何かの縁だ。これからはお互い頑張っていこうな」


 頭を下げた後、後悔する。彼女ならもっと明るく振舞うかもしれないからだ。暗い話題があっても持ち前の笑顔で吹き飛ばしているだろう。


「何かの縁といったが、やっぱり千月ちゃんとこうやって話せるのは嬉しいよ。縁もゆかりもない人と仕事をするよりは知っている人の方が張り合いがでるからな」


「そ、そうですか。ありがとうございます」


 ……やはり彼との距離感が掴めない。


 千月なら敬語は使わないかもしれない。だがこうやって礼儀を重んじた挨拶ならきちんとした対応の方がいいような気もする。


 凪は察してくれたのか、一歩前に出て嵐を促した。


「ほらほら、親父は帰った帰った。俺が残りの掃除はして帰るからさ、後は任せてくれ」


「偉そうに。まあいい、花びら一輪でも残して帰るなよ」


「わかってるって。花屋のごみは目立つからだろ。ちゃんと綺麗にしてから帰るよ」


「わかっているのならいい。それじゃ千月ちゃん、後はよろしく頼む」


「はい、お疲れ様でした」


 バタンと扉が閉まると同時に凪の溜息が漏れた。


「やっぱり……お前だよな」


「ああ、今の所変化の兆しは見えない」


 志遠は左腕を見せながらいった。千月に戻った時と区別するために最近は腕時計を左腕につけている。彼女は右手に時計をつける癖があったからだ。


「そっか。それよりもお前、そろそろ女言葉を覚えた方がいいんじゃないか? 千月もそんなに女々しい奴じゃなかったが、無愛想過ぎると不自然だぞ」


「ああ、わかってはいるんだが……」


「親父もきっと違和感があったと思うぞ。普段の親父ならもっと喋るからな。きちんと千月を演じないとこの先、乗り越えられないぞ」


「……そうだな」


「そうだな、じゃないよ。そうよね」


「そうよ、ね」


 小さく呟くと、凪は苦笑いを浮かべた。


「ちょっと固いけど、しょうがないか。ちゃんと練習しておけよ、これも千月のためだ」


「了解だ。彼女が表に出る前にはできるようになっておこう」


「ああ、頼むぜ」


 凪から目を離すと巨大な祭壇が目に入った。


「……しかし凄いな、こんなにも迫力があるものとは知らなかった。これは本当に全部花なのか?」


 祭壇は亥狩のいう通り花で埋め尽くされていた。向日葵と菊でだ。しかもその菊が綺麗にラインをとってある。


 ラインで描かれてあるのは一冊の本だった。風に吹かれてページが捲れてあるようにみえる。立体感もあり絵が飾られてあるといわれてもおかしくない。


「凄いだろう? 親父は菊で絵が描けるんだ」


「ああ、本当に凄い。なんといっていいかわからないけど、これが凄いものだとはわかる。一つ気になるんだが、向日葵は夏の花だよな。今の時期にあるものなのか?」


「いや、ないよ、注文で取り寄せたんだ。大抵の花は注文すれば仕入れられるのさ、高いけどね」


「なるほど。花屋はことができるわけだ。ところで君も手伝ったのか?」


「俺はまだまだだよ。掃除をしたり、親父が挿す花をとってやるくらいだ。今は親父の挿し方を見て勉強している所だな」


「そうなのか。じゃあ早く覚えて貰わないといけないな。千月は時を遡らなければならない。僕の予測通りに動くなら、半月毎に差が出てしまうんだ、冬には向日葵のように夏の花が必要になる」


「なるほど……お前は本当にできると思ってるんだな。お前の揺ぎ無い自信の方が凄いと思うよ」


「揺るがないわけじゃないが……。彼女の意識を取り戻すためには何だってやるさ。彼女が生きていてくれるなら、それでいい」


 ……千月と暖かい家庭が欲しかった。


 スイスへの留学を諦めてまで彼女との道を選んだのは、自分の生きる道を見つけたからだ。祖父から預かっていた時計を元通りにすることが夢だったのに、それよりも千月と一緒にいることを望んだ。


「……どういっていいかわからないけどさ、あんまり落ち込まないでくれよ。その顔で困られると心臓に悪い」


 凪の表情を見て心が穏やかになっていく。どうやら彼は千月のいっていた通りの人物らしい。


 ――情に熱くて、人の気持ちがわかる優しい人よ。


 予想はしていたが、自分の想像を超えたお人良しのようだ。やはり彼になら任せることができるかもしれない。


「ありがとう。君は優しいんだな」


「勘違いするなよ、全部千月のためだ。……それより千鶴ちゃんを説得しなくちゃいけないといっていたけど、そっちは大丈夫そうなのか?」


「いや、まだ考え中だ。色々考えているんだが、どれも論理性に欠けてしまう。中々いい案が思いつかない」


「そうかぁ。俺も考えているんだけど、中々難しいよなぁ。お前が乗り移っているってそのまま伝えてもいけないしなぁ」


「そうなんだ。これが本当に難しい。それにいつ千月に変わるかわからない。なるべく早く解決したいんだが」


「……どうしたの、二人で腕を組んじゃって」


 二人で話し込んでいると、亥狩が姿を見せた。手には小皿があり、その上にはおにぎりが載っている。


「悩み事があるなら聞くよ。僕にできることであればね」

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